手紙いさ子は高校1年生になった。
16歳。新たに環境が変わってやっと少し慣れた所だ。
雑渡と同棲して、2年。
学校ではいさ子と雑渡の話を知らない人はいない。
「遅くなっちゃったなぁ。」
友達と少し勉強について話をしていたら遅くなってしまい、少し急いで帰る。
下駄箱を開けると、一枚の手紙が入っていた。
「なにこれ?」
そっと手紙をとり見てみると、
「いさ子さんへ」との文字が。
「ん~?」
なんの手紙なのか勘の鈍いいさ子が手紙を開け見て見る。
「えーっと…」
黙読でたんたんと読んでいくと、
いさ子の顔から表情が暗く、薄く黒い影がどんどん強くなっていく。
部活活動の音や、他の生徒の声がどんどん遠ざかって、身体の芯から熱くなり、逆に手足は冷たくなっていく感覚になっていく。
「いさ子ちゃん、どうしたの?」
「こんばんは。」
いつもなら、土日に来る恋人が平日の夕方頃にやってきた。
両親に許可を得たので泊まりに来たいと連絡があり、急いで帰ってくると玄関の前で座って待っていたようだ。
スカートを少しはらって立ち上がり「すいません。急に。」
と謝ってきたが、雑渡にはそんなことどうでも良かった。
「なにかあったの?」
「…」
どうやらなにも言いたくないらしい。
聞いてもなにも答えないなら、まだ話したくないのだろう。
「とりあえず、ご飯食べようか?」
手には今日の夕飯に必要だと思って買った袋をいさ子の前で見せる。
「お願いします。」
とやはり少し影がある表情で答えた。
対面キッチンでいさ子をチラと見ながら料理を作っているが、どうも集中できない。
(心配だなぁ。)
いつもの明るいいさ子からはあまり見かけない顔だ。
初めてみたかもしれない。
受験だってそんなに悩まずに受けた子なのに、なにがあってそんな表情になってるのか
(大人だから我慢しないと。)
いさ子の事になると、なんでも知りたくなるが、ここまでなにか思い詰めてるようなら無理して聞かない方がいいだろう。
「ご飯できたよ。」
「オムライスだ…」
少し嬉そうにしたいさ子を見て安心する。
かさっと紙の音が聞こえたので、音の方を見ると(手紙?)
雑渡に隠すようにいさ子の後ろにあったのを確認する。
「美味しそう!いただきます!」
いつもの明るいいさ子の顔になった。
あえてなにも聞かずに一緒に「いただきます」と食べることにした。
雑渡が明日も仕事なので早めに寝る準備をして、いさ子も早々とパジャマに着替える。
2年も過ごすとある程度は慣れてきたもので、一緒に着替えても普通に過ごせるようになった。
雑渡はいさ子が隠した手紙を探すが、既に回収されていたのかなかった。
(原因は手紙か。)
さて、原因がわかったがどう切り出そう。
それともこのままがいいのか…。
悩んでいると(トイレ…)と思い出して向かっていった。
トイレから戻ってくると、いさ子がゴミ箱の前に立っていた。
「いさ子ちゃん?どうしたの?」
「あ、なんでもありません!
ゴミ捨ててただけです。」
ニコッと笑って「じゃあもうおやすみなさい。」と雑渡のベッドに向かった。
「寝るって…まだ7時だぞ?」
いつもなら寝る準備をして、グダグタ二人でテレビを見るか、二人で今日の出来事を話しをするのに。
早く寝ると言ってもまだ寝ない時間帯だ。
「もしかして。」
ゴミ箱を除くと、雑渡の読み通りあの手紙の残骸であろう紙がバラバラにされ入っていた。
雑渡は少し、罪悪感があったが意を決して「ごめん。いさ子ちゃん。」
バラバラになった紙を丁寧に拾い上げていく。
「なるほど。」
いさ子が暗くなった要因はこれか。いさ子に対しての告白の手紙だった。
しかし、内容には雑渡の事について書かれていた。
それについて、「可哀想」だの「逃げろ」だの…。
「これは怒るなぁ。」
こいつには私はどんな風に見えてるのかがわかる。
しかも、多分、自分がいさ子を助けられる人間だと信じて疑わない。
「まぁ、多分。普通ならそれが正しいんだろなぁ。」
よくある映画や漫画ならそうなってもおかしくないだろう。
原因がわかり、机に置いてあるタバコに火をつけて、
バラバラになった手紙をライターとともに台所へ持っていく。
台所シンクで雑巾もちをしパラパラと落ちる手紙。
手に残ってる手紙は吸っているタバコの火にかけてまた落としていく。
ある程度灰になったら水に流し、流れていく灰を汚物でも見るかのような目線で見届けた。
「さて」
知らない呈でいさ子に話をすることにした。
一応もう寝てたら眩しいだろうと思い、居間の電気を消して寝室へ入っていく。
「いさ子ちゃん?寝てる?」
声をかけると布団がモゾリと動いたので、どうやら起きているみたいだ。
ギシっといさ子の横に座り、顔を見ようとのぞいたら布団をかぶっていて見えなかった。
「なんですか?」
布団を被りながらなので声がくぐもって聞こえるが多分そう言ってるのだろう。
「いさ子ちゃん今日はどうしたの?」
もぞっとまた布団が動いた。しばらく返答を待っていると
布団からいさ子が出てきた。
カーテンから街灯の光が漏れていて、いさ子の顔が照らされると泣いていたであろう跡が光っている。
泣いていたのかと思うと先ほどの手紙をもう一度燃やしたくなった。
「・・・雑渡さん。私は悔しいです。」
「え?」
「周りからどんな目で見られようと平気だと思ってたんですけど・・・。」
「うん。」
ゆっくりと話し続けるいさ子の頭を優しく撫でてやる。
「今日、手紙を貰ったんです。
名前も知らない人から、その手紙には雑渡さんのこと悪く書かれてて…。
すっごい悔しかったです。
よく、私に「可哀想」と言う人がいるのですが、言った相手がいれば「それは違う」って言えたら良かったんです。
相手を納得させられることができるから。
でも、今日の手紙はそれに対して返事を書けないし、反論もできないし・・・。決めつけられてるのもムカつきます…。」
(なるほど)
いさ子が暗い顔したのはそう言う理由か。
頭を撫でながらいさ子に語りかける。
「いさ子ちゃんがそこまで悔しがってくれるのは嬉しいよ。
でも、泣くまではしなくていい。その時間は勿体ないよ。
顔も名前も知らない奴からの手紙なんて気にしなくていい。
相手がどう思うかなんて考えてない奴のことなんて、考えなくていいよ。」
「ぐす。そうですよね。そう・・・なんですけど・・・。」
「まぁ、もし逆の立場だったらいさ子ちゃんと同じように悔しい思いをしてたと思うよ。(絶対相手のことを探し出してヤキ入れるぐらいはするかもだけど)」
「うう、ありがとうございます・・・。」
座ってる雑渡の腰あたりに抱きついてきたので、よしよしと頭を撫でてやる。
「明日は学校行けそう?」
「はい。大丈夫です。」
ベッドで二人並んで話をする。
いさ子は雑渡の胸に抱きついて、雑渡はいさ子の頭を撫でてその幸せな時間を噛み締めていた。
「ちょっと私は早いから、鍵置いて出ていくからね。」
「わかりました。おやすみなさい…。」
雑渡の身体の体温が温かくて、すぅっと眠りについていった。
「お休み。」
いさ子の瞼に軽くキスをすると、雑渡もそのまま眠りについた。
「んぅ。」
携帯のアラームで起こされた。
目を開けると雑渡の姿がなく、つい起き上がって探してしまったが(あ、もう仕事行ったんだ。)と思い出してベッドから降りる。
机には朝食にラップを巻かれ用意されていた。
横には紙切れが置いてあり、それを見ると
おはよう。よく寝れたかな?
朝食作ったから食べてね。
食器はシンクに置いとけばいいから。行ってらっしゃい。
「えへへ、雑渡さん。」
いさ子は幸せの手紙を受け取ってニヤニヤしながら眺めてた。
オマケ
「昨日の手紙は見てくれました?」
知らない男子生徒からの言葉に、
いさ子は目を見開き、すぐに睨んで
「あんたが昨日の手紙の相手?」
と怒気を含めて答えた。
「あ、そうです…。」
男子生徒は、自分が想像していた対応ではなかったのか戸惑いながら受け答えると、足に強い衝撃を受け、体制を崩した。
いさ子の足が男子生徒の足に蹴りをいれたのだ。
「なにを」
「余計なお世話かもしれないけど、手紙を書くときは相手の事を考えてね。」
足早にその場を去ってしまった。
残された男子生徒は他の生徒に「なにを書いたんだ?」
としばらくは滑降のネタになった。