限定ケーキの話「あ、ここの限定スイーツだって。」
「あ、本当ですね?」
伊作と雑渡はここのケーキが好きで休日に食べに来ていて、
店内に貼っている広告ポスターの
『秋の限定ケーキ!9/○ 発売!』との文字が目にはいった。
すると広告ポスターの横に半分のチラシが貼ってあるのにも気づいた。
見ると『数量限定 9/○ 和栗モンブラン 』という文字が。
「ゴクリ」
二人は喉に唾を飲み込んだ。
「雑渡さんも同じやつ見てました?」
「見た。あれは美味しそう。更にここのモンブランだから余計にね。」
二人はポスターの文字を追っていく。
「待って、丹波栗が入ってるって!あれ美味しいんだよね。」
「そうなんですか。雑渡さんは食べたことあるんですね。」
「うん。丹波栗って栗ブランドの中でも高いから、お店でもなかなか取り扱いが少ないんだよ。」
「そうなんですね。いいなぁ。食べてみたい。」
伊作は頼んだケーキセットの紅茶を飲んで一息。
雑渡はしばらくモンブランのポスターを眺めて、まるで片思いしている少女のような顔をしてため息をついた。
「この日は土曜日だけど、仕事だなぁ。」
「・・・」
伊作は雑渡の残念そうに目を伏せている表情を眺めるとある決意を胸に秘めた。
(思い切って大学を休んでしまった。)
雑渡の喜ぶ顔が見たくて大学を休んでまでお店に足を運んだ。
予約は不可なので、10時オープンに合わせ一時間早く店に向かった、しかし伊作は己の甘さを痛感することになる。
店にはすでに行列ができていた。
一時間早く来れば買えるだろと、タカをくくっていた自分を殴りたくなる。
(整理券を配られていない所をみると間に合うかもしれない。)
伊作は簡単には諦めなかった、なにせ大好きな恋人の好きなケーキだ、
少しでも希望があるならと並ぶことにした。
伊作は自分の不運を忘れた訳ではない。
なにせここのお店に来る途中も多少の不運に見合われたからだ。
しかし、それでもなんとかここまで来れたのはツいてる、(諦める材料としては足りない!)
鼻息を荒くしながら列の一部になる。
その後も続々と並ぶ人数は増えていき、伊作は心で(どうか買えますように)と祈った。
結局。やはりと言うべきだろうか。伊作の番になると無慈悲の声が響いた。
「あぁ、雑渡さんの喜ぶ顔が見たかったのにっ!」
変わりにお店で季節限定ケーキは買ってきたが、雑渡の欲しがってたモンブランではない。
(それでもやはり高いケーキで、フランスから取り寄せてるナシを使ってるそうだ。)
トボトボと変わりのケーキの箱を持ち帰りながら、雑渡の残念そうにしていた顔を思い出してしまう。
(雑渡さんは喜ぶとは思うけど、きっと限定モンブランだったらもっと喜んでくれたろうに。)
自分の甘さにまた腹を立てつつも、
ケーキが崩れないように慎重に歩いて、二人で住んでいるアパートについた。
そのままケーキの箱ごと冷蔵庫に入れ、時間を確認するともうお昼だ。
気分がのらずそのままふて寝を決めようか悩むと、ガチャンと玄関のドア開いた。
少し急いで入ってくる足音にびっくりしつつ、顔を向けるとドアを開けたのは雑渡だった。
よそ行きの黒い本革の眼帯をつけてきっちりスーツを着ている。
その姿に似つかわしくない、手には今日行ってきたケーキの持ち帰り用の可愛らしい小さい箱を持っていた。
「え?伊作くん大学は?」
「あ、えっと、休みました。」
思わず正直に答えてしまった。
職場が家から近いが、この時間に帰ってくることなんてまずないので不意打ちを喰らってしまい、思わず嘘をつくのを忘れてしまったのだ。
「えー、そんな子にはこれやれないなぁ。」
「それ、あの店のケーキの箱…どうしたんですか?」
雑渡はニヤニヤしながら伊作の前に差し出すと、伊作はそれを両手受け取る。
「今日、取引さきの女の子が手土産をもって会社にきてくれたんだ。
そしたら、私がここのケーキが好きだって言ってたのを覚えててくれたらしくてね。
早く行って並んでモンブランを買ってくれたんだってー。」
ラッキーだよね。と伊作の顔を覗きこんで反応を見ていた。
伊作は、もちろん嬉しかったが雑渡に顔を向けて思った事を伝える。
「でも、だったら雑渡さんが食べたらいいじゃないですか。雑渡さん楽しみにしてたのに。」
「…うーん。」
少し期待していた反応と違ったので姿勢を直し、何かを誤魔化すように頬を人差し指でカリカリと掻いた後、伊作の顔をまっすぐ見て少しイタズラっぽく笑いかけた。
「伊作くん、食べてみたいって言ってたでしょ?だから。」
伊作は、雑渡の気持ちが嬉しくて視線を箱に移動し、箱に顔を近づけて表情を見えないようにした。
「じ、実は、ぼくも、今日雑渡さんに、…そのモンブランを買いに行ったんですが、買えなくて、季節のケーキを変わりに…。」
「あ、そうなの?…ふふ、ありがとう。」
その日はケーキを半分こに切って食べた。
お互いに、どんな顔して食べてるのかと思い、盗み見ると目が合った、
くすぐったい気持ちになって頬を緩ませたのだった。