「王子様」「トキメキ」 静寂を聞き流すために流したラジオから最近話題のバラードが流れる。薄暗くなり始めたばかりの空を巽は眺めていた。
「運転、変わりましょうか?」
既に長いこと運転を任せていたHiMERUに問う。丁度サービスエリアを示す看板の横を通り過ぎたところだった。
「いえ、あと三十分程ですし大丈夫ですよ」
目的地に着くまでに気を失ってその気を失ってしまっては困るとHiMERUは即座に断りを入れた。そんな心配よりも、先程から天辺だけ見えるラブホテルが気になる。特に栄えていない場所に設置された高速道路から見える背の高い建築物は大体ラブホテルだと勝手に決めつけているだけだが。運転中ずっと見ていた景色が標識、ラブホテル、そして時々恋人と来たらHiMERUは気がおかしくなりそうだった。
「そういえば少しだけ見ましたよ、あのバラエティ」
気を紛らわそうとHiMERUは巽に話題を投げかけた。先日、各所の『他称爽やか系アイドル』がかき集められた女性向けバラエティが放送された。少し、ではなく思い切り録画をしていた事は伏せた。何故か自分は呼ばれなかったが巽に「君は美人系ですよ」と絆されたのでそういうことにしている。
「あはは、お恥ずかしい……中々頑張ったつもりでしたが、結構カットされてしまいました」
確かに、『視聴者の皆さんが考えた最強胸キュンセルフ』や『失敗した後の照れ隠し選手権』では巽の姿は映されていたがそれ以外は目立っていなかった。
「何でしたっけ、『刺激的なセリフでたまにはギャップを』みたいな企画ありましたよね」
物凄く楽しみにしていたのに巽の番が来ることは無かった箇所だ。
「そうです、それ、良い印象でオファーされた事は光栄でしたがギャップと言われると何だろうと悩んでしまいまして」
「それで、巽はなんと答えたのですか」
一番気になっていたところを、何となく話のついでに聞くフリをして問うた。すると巽は頬を赤らめあからさまに照れ始める。あまり珍しい反応をされるとガン見して事故をしかねないので辞めて頂きたい。発言を躊躇しているようだったが、間をおいて再び話出す。
「その……一応は爽やか系と言われたものですからその逆を行けばギャップになるかと思いまして……その、俺様系と言いますか」
「はい」
あくまで平静を装っているようにも見えるが、HiMERUは真顔を貫くのに精一杯だった。風早巽の俺様キャラなど、そんなのは十八禁になりかねなくないか?共に雛壇に座っていたティーンのアイドルを羨ましく思うと同時に心配する。
「こう、愛のあるお尻ぺんぺんみたいな……『いけない子ですね、身体を差し出してください……躾をしてあげましょう』と言いました」
自分がアイドルじゃ無かったら耐えられなかた、とHiMERUは思った。でも耐えられた、何故なら彼はアイドルだから。
「そしたら司会の方に、この放送はゴールデンタイムの全国放送だからと叱られてしまいました、不甲斐ない」
どうやら共演者も全くHiMERUと同じ思考をしていたらしい。黙っていたHiMERUに、巽は呆れられてしまったと思ったのか焦って自分の話はやめようとハッとした。
「や、やっぱり俺様系を履き違えていましたかね……HiMERUさんなら何と答えますか?参考までにお聞かせくださいな」
突然話題が自分に向いてしまい、巽の際どいセリフを噛み締めていたHiMERUは焦った。確かに俺様系と言うよりは嬢王様だが、今はそう言う問題でもない。それなりに思考を巡らせるがしっくりくる答えが無い上またラブホテルの数が増えてきてイライラする。どうして田舎はこんなにもラブホテルが多いのか。
「そうですね……これからお前に、天国を見せてやろうか、とかですかね」
口にした瞬間、圧倒的に襲いかかる間違えた感にHiMERUは意味もなくクラクションを鳴らしたくなった。今時どんなスケベオヤジでもこんなセリフ言わないだろう。早く何でもいいから言葉を返してくれと祈ると、巽は自らの胸を押さえ出した。
「どうしましょう……もしかしてこれが、トキメキですか?」
ラブホテルに行く事を濁そうと始めた話題が何故か欲情を煽るハメになっていた。巽は服の胸元をキュ、と掴んだままHiMERUを見つめる。
「……もう、着きますよ」
高速道路の出口を抜けると、割と綺麗な道路に反してあたりは森、林、遠くの方に住宅街。カーナビに従って進むと急に開けて、大きな建物が現れた。異国を連想させるような煉瓦の外壁に尖った屋根、異様な黒さの窓。電球が古いのか微妙に灯ったネオンの看板。
「まるで、お城みたいですね」
巽は法悦とした瞳でそれを眺めていた。駐車場が外なく、車のまま建物の中に入るのが余計非日常を煽る。鼓動が早くなる。
「行きましょうか」
車を降りて人の気配を感じられない通路へ進む。
「段差、気をつけてください」
HiMERUは手を差し出して振り返った。その手に巽は自らの手をそっと重ねた。何だか王子様みたいだ、と微笑む。
そのまま、二人は薄暗い闇の中へと消えて行ったのだった。