老いたる榎木津礼二郎の手記(一)暫く日本を離れていた。
気掛かりがあるから、日本を離れねば
ならぬ仕事を避け続けてきたのだ。
しかし、そのツケをどうしても
払わなくてはならなくなり、それならば
二度とそういった仕事が生ぜぬように、
ついでにあれこれと面倒を済ましてきた。
三年近くを費やした。
帰国してすぐ、気掛かりの様子を見に行く。
世間には居ない事になっている、
世話の焼ける後輩二人である。
勝手知ったるで表屋の横を通る際
長年そこに暮らす少年信者、
最早中年信者とすれ違った。
その頭上に、よく見知った古臭い
着物を纏った男が床に蹲るさまが
浮かんだ。思わず、じっと見やる。
「…京極、倒れたのか」
ビクリと肩がゆれる。
立ち止まるが、振り向かない。
振り向けば応えねばならぬからだろう。
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