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    qa18u8topia2d3l

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    qa18u8topia2d3l

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    海外ファンの間では慕情の非公式誕生日を2/17としてお祝いしているとききました!
    風信の誕生日の話 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17661953 に関連しています。

    他的生辰<慕情> 湿った空気、湿った吐息。
     慕情は風信の腕の中にくたりと力を抜いて寄りかかってくる。その腹の上の汚れを指先で拭い取りながら、風信は、こんなふうにしてやれるのは自分だけだ、という自負に酔う。しかし、いや、そうではなくてとぼんやりした意識で首をふった。






     気がついた時にはもう遅いものだ。
     今日もう何度目かのため息が風信の口からこぼれ出て、目の前で茶を啜る謝憐と目が合った。
    「……なにか悩みごとでもあるのか?」
     謝憐は眉を下げて微笑むが、風信はというといつものように眉根を寄せてしまう。
    「……いえ」
     風信が首をふって茶杯に口をつけると、謝憐はそうかと頷いて茶菓子に手をのばした。
    「そういえばもうすぐ慕情の誕生日だったなあ」
    「ぐっ」
     鋭い喉の痛みが鼻腔まで突き抜ける。
     風信はごほごほと咳き込み、涙ながらに謝憐を見た。
     このひとは、きっとそうだ。わかっていて言ったに違いない。
    「贈り物は決まったのか?」
    「……決まっていないです」
     風信は掠れ声でそう返した。
    「……なにも浮かばない」
     知り合ってから八百年以上、紆余曲折の紆余曲折の末にそういう仲になって何年も経っても、風信は慕情に贈り物をしようとしたことはなかった。誕生日を知らないわけではなかったが、元来あまりに気が合わないし、好みもおおよそ合わないだろう。だいたいなにを贈ったとしても文句のひとつやふたつ、言われるだろうし、それならば、だ。珍しくその考えは一致したらしく、誕生日といってもおめでとうの一言すら交わさないまま時が過ぎた。
     しかしその年、どういう風の吹き回しだったのか、慕情は風信の誕生日にと贈り物を考えてくれた。それどころか、風信が最も欲しかったものをくれたのだ。それは思わず足を滑らせて天から落っこちるのではないかというほど風信を浮かれさせた。
    ならば今度はと、息巻いたのはいいものの。この有様だ。
    「本人に聞いたらどうなんだ?」
     謝憐はあっけらかんとそう言うが、風信は唇を尖らせる。
    「殿下、あなたは、あいつが素直に答えると思いますか? どうせ、“ふん、お前の審美眼は信用していないから、余計なことは考えるな”なんて言われるのが関の山ですよ」
    「あはは、確かに言いそうだ。風信、きみも慕情の口真似が上手くなったんじゃないか?」
    「……殿下。冗談はやめてください」
     風信は眉を顰め、襟足を掻いた。風信が本人に聞くのを躊躇している、その理由のひとつは口にした通りだ。本当はもうひとつ、『相手を喜ばせたいなら、そこには驚きがあったほうがいい』などと裴茗が話していたのがわずかばかり、気にかかっていたからなのだが。
     なぜだか嬉しそうに微笑んでいる謝憐を恨めしく見遣って、風信はふと思いついた。
    「殿下。すこし時間をもらえますか? 一緒に出かけてはくれませんか」
     謝憐はすぐに「好」と答えて微笑んだ。


    **


     風信から持ちかけられた、一緒に出かけたい、というのがまさかこんなこととは謝憐は想像していなかった。
     人間界の西方、賑わう温泉街。
     すこし地味な装いをしていても、大男三人が揃えばそれなりに目立つだろう、と思えばそうでもない。
     聞くところによると、近年いくつも温泉が湧いたこの地は珍しく、噂を聞きつけて神官たちも密かに足を運んでいるのだとか。
     ここは奇英の領地なので、その点寛容であり素朴な土地柄人柄なのだ。珍しく新たな温泉地として人が集まり、逆に誰も他人を気にしていない。
    今度は三郎を誘ってみよう、と謝憐はひとり微笑んだ。
    「いい場所だね」
     謝憐は隣を歩く慕情に声をかけた。
    「ええ、まあ」
     慕情はやや眉を顰めてはいるが、その瞳に潜む輝きを謝憐は見逃さない。風信、成功みたいだ、と心のなかで呟いた。
     当の風信は沿道の露店を物珍しそうにきょろきょろと見回している。謝憐にとっては鬼市で見慣れた光景だが、確かに風信には馴染みがないのかも知れない。
    「ああ風信、射的があるよ。やってみたらどうだ?」
     謝憐はその屋台を指差した。おもちゃのような弓矢で品物を狙うらしい。
    「……やめておけ」
     風信が答える前に、慕情が唇を尖らせて牽制した。風信なら、難なく矢と同じ数だけ品物を手に入れてしまうだろう。
    「……欲しいものがあったら落としてやるよ」
    風信は横目に慕情をちらりと見るが、慕情はふいと顔を逸らせて興味がないそぶりを見せている。
    「ない。今日はゆっくりしに来たんだろう? ならはやく静かな宿に着いたほうがいい」
     慕情がそう言って歩幅を早めるので、一歩遅れた謝憐と風信はふと目が合った。謝憐がにこりと微笑むと、風信も苦くはにかむ。兎にも角にも、慕情は仙京を離れた小旅行を楽しんではいるようだ。




     途中で山査子飴を買うなどして、温泉街を楽しんで宿に着けば、三人は感じの良い女中に奥まったしつらえの良い部屋に通された。出された茶を啜り、整えられた庭を眺め、ああでもないこうでもないと雑談を交わす。
     菩薺観でこうやって茶を囲むことはたまにあるが、環境が違うとまた違うものだ。
    「……それにしても、よくあの男が許しましたね」
     慕情は本当に意外だとばかりに呟いた。
    「俺も正直一番それが厄介だと思っていました」
     茶菓子の麻花をがり、と噛んで風信も頷く。
    「意外なものか、三郎はいつだって私の意見を尊重してくれるよ。三郎は慕情のことを好きではないかもしれないけれど、私の友人付き合いに口を出すことはない」
    「……私の誕生日を祝ってくれるつもりなんですよね? それなら今日くらい惚気を聞かせるのはやめてくれませんか? 正直いつあの忌々しい蝶が視界に入ってもおかしくないと思いますよ私は」
     慕情はほとんど白眼を剥きかけながら、麻花を選び取りがりがりと音を立てて噛んだ。
    「の、惚気てなんていないし、さすがの三郎もそんな……とにかく! 折角温泉があるんだ、食事の前に入ってしまおう!」
     謝憐は温泉に浸かるより早く頬が熱くなるのを感じ、勢いよく立ち上がった。



     いまや潔癖気味である慕情に気遣って風信が選んだのか、彼らには部屋からいくらか歩いた離れに小さな貸切風呂が用意されていた。岩造りの湯船に、風流に竹などが植えられてあって、見上げる夕焼け空の移ろう色が、言葉にするのは難しいほどに美しい。
     空気はひやりと冷たいが、満たされた湯は熱いと感じるほどだ。
    「いやあ、気持ちがいいね」
     謝憐は肩まで湯に浸かりながら、傍で同じように湯に沈む慕情に声をかけた。
     慕情は長い髪を纏め上げ、ゆったりと目を細めていた。もともと肌が白いので、上気した桃色の頬と唇がよく映える。
    「熱い?」
    「いえ。……悪くないですね」
     その言葉に嘘がない表情で、慕情は息を吐いた。
    風呂は小さいといっても、十人くらいは入れそうな大きさで、風信はといえばやや離れたところにおり、こんなに気持ちの良い風呂に浸かっているというのに気難しげに眉を顰めている。変わらず風信らしいといえばそうで、しかしいつも髪を垂らさず纏めているので、湯につかないよう乱雑に結んでいるだけのいまの姿はすこし珍しい。案外髪が長いんだな、と謝憐は呑気に思っていた。突然脳裏に花城の姿が浮かぶまでは。
     湯船のなかで、悪戯っぽく笑って、素肌をなぞって―
     謝憐はまるでそこが熱湯に変わったかのような心地でざばりと湯を掻き分けた。
    「わ、私はもう出る!」
     突然自分が思い描いたものに驚き恥ずかしくなったのが半分。
     加えて今更幼馴染の裸を見ようが気にすることでもない、のだが、いまはただの幼馴染ではなくて、自分があまりに邪魔者であることに気がついたのが半分だ。風信自身も想像していなかったことなのか、謝憐にはやっと彼の気まずそうな様子の意味がわかった。
    「え、殿下?」
     風信の不思議そうな声が追ってきたが、謝憐はもうふり向かなかった。


     髪を乾かすのもほどほどに、あとは部屋でやろう、と考えながら謝憐は足早に風呂場を離れた。
     しかしふたりを残してきたのはよかったのか、今頃なにを、いや下世話にもほどがある、風信は自分も一緒のほうが慕情は喜ぶと言ったが、果たして本当にそうだったか―
     謝憐はさまざまな経験も判断力もそれなりに自信はあるが、恋愛ごとについては例外である。
     悶々としながら部屋に戻れば、卓の上には箸や皿が並べられ、食事の準備が整えられていた。奥の部屋には柔らかそうな寝具が並べられ、謝憐にもわくわくとした気持ちが舞い戻ってくる。
     そうだふたりが戻って来たら驚かせてやるのだ気分も変わるだろうと、謝憐は少年のような心地で寝具をめくりあげた。


     謝憐が寝具に潜り込んでほどなくして、ぼそぼそとした話し声と足音が戻ってきた。
    「あれ、殿下?」
    「……寄り道でもしてるのか」
    「まあすこし待ってみるか……」
     そこから話し声はまだ続いているようだったが、それは更にぼそぼそと小さく、掛布を頭から被った謝憐にはよく聞き取れない。
     しばらくして声が途切れ、頃合いかと謝憐が掛布を持ち上げると屏風に映った影がちょうど揺れた。
    否、人型の丸みを帯びた頂点が、重なった。見間違いで、なければ。
     謝憐は声も物音も立てなかった自分を褒めるべきだと思う。
    「……道にでも迷っているんだろう」
    「探しに行くか」
     そう言ってふたつの足音はまた遠ざかって行った。
     ひとり部屋の中で寝具にもぐった謝憐は泣きたいのか笑いたいのかわからない。もちろん自分のことは棚に上げたまま。
     なんにせよ、今日は祝盃に溺れずにはいられまい。


    **


     謝憐が急に湯から飛び出していくと、そこにはさざ波が残された。
     怪訝に出入り口のほうに視線をやりつつ、波に誘われるように風信がわずかに近づくと、慕情は忌々しいものを見るかのように吃と風信を睨んだ。
    「おい、寄るな!」
     まるでひどい言い草だが、風信も正直言って否定の余地もない。
     頬も唇もよく熟れた桃の色に染める慕情は、目に毒だ。普段情事の合間に蕩けた表情を見せてくれる時だって、だいたい薄暗くて色などよくわからない。けれどそれをまざまざと知らされるようなそれは、とにかく、いまは直視すべきでない。
     少年の頃から一緒にいて、目の前で衣を脱ぐことはいくらでもあったし、こんな気持ちになるなんて風信は想像もしていなかった。
    「私ももう出るから、こっちを向くな」
     慕情はやはり刺々しくそう言って、風信が言われるがままに顔を背ければ湯に新たな波が立つ。
     風信はほっとするような、わずかに惜しいような心地で息を吐き、天を見上げた。
     ややあって風信が湯から上がると、慕情は既に薄い衣をきっちりと着込んで、まだ濡れたままの長い髪に櫛を通している。
     その後ろ姿を眺め、風信はやや神妙な気持ちになった。


     部屋に戻れば、卓の上には食事の準備がされているというのに、先に出たはずの謝憐の姿が見つからない。
    「あれ、殿下?」
     風信と共に戻ってきた慕情は、腕を組んで呆れたように小さくため息を吐いた。
    「……寄り道でもしてるのか」
    「まあすこし待ってみるか……」
    そう呟くように言って、しかし風信はいまがちょうど探していた機会だと気がついて鼓動が跳ねた。
    「慕情」
     名を呼べば、慕情はいつもと変わらない調子でちらりと視線を向けた。
     ああ睫毛が長くてきれいだ、なんて感想、昔の自分がきいたらそれこそ白眼を剥けるかも知れない。少年時代にもなかったような心地よく楽しい時間の隙間で、そんなことをふと感じてしまうことに風信は背徳感すら感じている。
     殿下、感謝します、と心の内で呟いて、風信はいまは目の前の氷肌玉骨に語りかけた。
    「もらって欲しいものがあるんだ」
     風信は部屋の隅に重ねた衣の間から、薄紙に包まれたそれを取り出して慕情に差し出した。
     慕情は怪訝に眉を顰めながらも、掌を広げる。
     そこに風信が静かに載せたのは、つげ櫛。
     薄紙に透けるそれを指先で撫でた慕情は、喜怒哀楽のみえない表情でじっとそれを見つめている。拒絶ではない、ことに風信はわずかばかり安堵して続けた。
    「お前がぼろぼ…傷んだ櫛を大事に使っているのを知ってる。きっとかけがえのないものなんだろう。これだってそんなにいいものではないし、お前は気に入らないかも知れないが、どうしても渡したかった」
     慕情の表情がわずかに揺れる。
     正直なところ、この贈り物を風信が思いついたのは数刻前で、温泉街の露店で手にしたものなのだ。気に入らなければ改めて選び直したっていい、けれど心に決めてしまったからにはどうしても、という想いが止められなかった。
    「……あれは母の形見だ。……父が母に贈ったものだと」
    「……櫛を贈る意味は知ってる」
     その時風信が目にした慕情の表情は、本当に言葉では言い表せない。
     ただ、言葉もなく、慕情はその櫛をぎゅっと握り締めた。
     それを目にしたところで風信の視界は一瞬翳り、唇のすぐ上で、謝々、と掠れた声を聴いた。
    「……道にでも迷っているんだろう」
     次のまばたきの後には慕情はそう言って踵を返し、しかしその櫛をさっと胸元に仕舞ってくれるのを風信は確かに目にした。
    「探しに行くか」
     風信はその背を追いながら、やはり足を滑らせそうなほど浮わついた気分になった。



     探しに出たふたりが戻れば謝憐は部屋にいて、なんだ入れ違いだと呆れて笑いあった。
     やがてささやかな宴が始まり、気兼ねのないようすべての料理が運びこまれると、謝憐は迷いなく酒の甕を手に取った。
    「殿下、呑むんですか?」
     風信が意外だと首を捻ると、謝憐ははにかみながら酒盃を引き寄せる。
    「もちろん! こんな日に酔わなくてどうするんだ。ねえ、慕情」
     そう言いながら謝憐は慕情のほうに甕を傾け、慕情は、はあ、と気のない返事をしながら酒盃を持ち上げた。今度は風信がそれを受け取り謝憐に酒を注ぐ。最後に風信の酒盃が満たされると、謝憐は声高らかに告げた。
    「慕情、生日快樂」
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