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    bluenoise006

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    bluenoise006

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    綾人とトーマ 社奉行のお話

    君思う故に桜散るらむトーマは今でこそ稲妻に馴染んでいるものの、
    稲妻に初めて来た頃に異国人だから物凄く迫害されていたとしたら、
    毎日毎日心身ともにキツいのに綾人の前では「お気になさらないでください」とか言ってる。
    それが何日も続く。
    ある日の夜。就寝前に少しだけと綾人はトーマと会話の時間を設けた話。



    「……何か、不手際がありましたか」
    綾人はとにかく時間がない。忙しい日々でわざわざこのような時間を取るなんて。
    それを知っているから、トーマは早々と自分から切り出した。
    「いいえ、貴方の仕事は大したものです。何一つ、責める点はありません。しかし……」
    綾人のいつもの柔和な表情に陰りが差す。
    トーマは何を言われるのだろうと畳を見つめていた。
    屋敷には誰もいないんじゃないかと思うくらい、静寂が包む。
    「最近疲れているのではないですか、休むことも仕事のうちです。休みを取れるよう手配しましょう」
    想いとは裏腹に心配を含む綾人の声が、今のトーマには逆に応えた。
    「待ってください。そのように感じられていたのなら、申し訳がない。俺はまだ働けます」
    「そうでしょうか……」
    「若、心配してくださるのはとても嬉しいですが、今日はもうお休みになってください。こんな夜遅くまで働いてらっしゃるんですから」
    「しかし……」
    「俺は大丈夫です」
    トーマはにっこりと笑って見せる。
    また。またこの笑顔。
    綾人はその、疲れた笑顔を見るのはもう沢山だと感じていた。
    「でしたら、その空元気はやめましょう」
    「えっ……」
    「せっかくこのような時間を設けたのです。現状、洗いざらい話していただけますか」
    いや、でもという問答が少しあってから、トーマは稲妻での迫害を報告せざるを得なかった。
    若に対して嘘をつくのも真摯ではないし、かと言って話題に上げたくもなかったが、綾人は聞かせてほしいとねだるのだ。
    仕方なく全てを話した。
    トーマは、気にしてほしくないと必ず付け加えた。
    「……そういうことでしたか」
    少し思案するような仕草をしてから綾人はまた柔和な顔に戻っていた。
    「話しづらいことでしたね。ありがとう、トーマ」
    「若……」
    「今日はもう休みましょう。これらを片付けたら、私も寝るとします」
    そのようにして、この夜は幕を下ろした。


    夜の帳が下り、朝焼けが訪れる。
    次の日からすぐさま、トーマは違和感を覚えた。
    いつも躓くところがスムーズであり、何の隔たりもない日常に異変を感じた。

    それら全てが綾人の仕業であることは明白だった。

    その晩、すぐさまにでも若に問い詰めたかったが、若はしばらく社奉行に帰ってこなかった。

    日々の経過はトーマの違和感をより濃くしていく。
    話を聞いてくれなかった天領奉行は交渉に応じるようになった。
    飯屋を営む■■さんは値段をふっかけてこなくなった。
    そしていつも蔑むような声を上げてきた離島の■■さんが行方をくらましたらしい。

    重なる事象に胸騒ぎがした。トーマは、これではいけないと早く綾人に伝えたかった。
    しかしトーマがようやく綾人に会えたのは、一か月も後となった。

    城下町の商人から購入した今年の催事用品を抱えてトーマが神里屋敷に戻ると、入り口からすぐさま、長閑な風景に馴染む綾人の姿を目にした。

    「おかえりなさい、トーマ。今年の品はとても出来がいいですね」
    「わ、若! ああ、えーっと!」
    綾人にようやく会えて、トーマは話したいことが膨張して焦りが先立ってしまう。
    「どうしました?」
    どうしましたじゃあない。
    トーマは聞きたいことを頭に並べて、今すぐにでも全部聞きたかった。稲妻におけるすべての変化。
    『これら全ては若の仕業ですか!』
    と聞くのが一番手っ取り早かったが、それは不躾が過ぎる。どう聞くのがいいのか上手に言葉が出てこない。
    「若、お話したいことがあります」
    一呼吸おいてようやく出たのはこれだけだった。
    「おや、でしたらその品を納屋に納めたら、城下町で五目ミルクティーを買ってきてください。一緒に午後のティータイムというのもたまには良いでしょう」
    切迫したトーマと違い、麗らかな午後を満喫したいという綾人の声は優しく、今日も穏やかなものだった。
    「若……あの……それは買ってきますけど」
    早く、早く。早く聞きたい。
    それだけが脳内を巡るのに、このひとは。
    「トーマの分も一緒に買ってくださいね。共に楽しみたいですから」
    「かしこまりました。急いで行ってきます」
    駄目だ。焦っても仕方ない。これを片付けて、茶を買って来れば話す時間を設けてもらえる。そうしたら聞こう。
    これらの事象の真実を。
    トーマは綾人に一礼すると、納屋へ荷物を置いてから駆け足で城下町へ向かった。
    屋台で茶を二つ注文して、また神里屋敷へ戻る。
    大きな桜の木の後ろで、日が落ちようとしていた。

    続く。
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