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    元作品はこちらhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14651125
    タグはちょっとこれでいいのか分からない

    #不死川実弘
    mihiroPhoenixRiver
    #実弘
    actual弘

    奉納舞の話 本来それは実弘の役目ではなかった。
     だが今年、本来役目を担っている父が腰を痛め、できなくなったため代役を、という連絡があった。特に断る理由もなかったため急遽実弘が役目を引き受けることになり、急ぎ実家に戻って来ていた。
     
     必要なものは衣装と供える日本刀とそれと揃いになっている舞うための刀。一応まだ体は覚えているはずだが、舞うのは三年ぶりである。
     それまでは父と共に舞っていたため、ひとりでその場に立つのは全くの初めてでもある。

     職場にどうにか都合をつけてもらい、荷物を車に入れて神社へと向かう。今年は職場近くの神社だった。
     本番は明日だが、着替えの場所などを確認するために社務所へと顔を出すと、宮司が案内をしてくれた。

     ここはとある一族が管理する神社だった。他にもいくつかあり、今年実弘が担当する神社はここだが、去年父が舞った神社はもう少し北にある。
     そうして持ち回りで舞を受け継いでいる家々が奉納舞をしている。

     着替えるための場所を確認したあと、神楽殿へと向かう。明日の本番を前にすでに場は清められていた。
     中心に立って広さを確認する。見物客がどのあたりにいるのか、笛と太鼓の位置なども宮司に確認して自分が舞うスペースをよくよく眺める。
     この神社の神楽殿はなかなか立派だ。ひとりで舞うとなると、十分に空間が使えるということになる。試しにその場で軽く舞ってみる。三年ぶりではあったが、舞は子どものころからやっていたため動きは体が覚えていた。
     細かい所作などは舞の衣装である袴になった時にもたつきそうではあるが、明日一日、たった一回やりきればいい。たとえ間違えたりしたところで誰も分かりはしないのだ。
     そう気楽な気持ちで実弘は神社を後にした。





     社務所の一角にある部屋で舞の衣装である袴に着替える。白緑の着物に黒い袴、黒足袋と白の脚絆つけ祭の様子を眺める。この時期は桜が咲き誇ってから少し経ち、さらさらと花びらが舞っている。
     この神社の祭は秋に大きなものがあることもあって、神楽舞がメインとなる今回の祭事は氏子や地元の人が見物に訪れるくらいのこぢんまりとしたものだ。露店も宮司の知り合いが数件出ているだけで、篝火や提灯が暗い境内を照らす。
     本殿では宮司や氏子たちが供え物を並べて準備をしている。その供え物の中心には実家から持ってきた日本刀の真剣があった。
     
     鐔が風車のような意匠で、色は木賊色とくさいろ。中の刀そのものもいわゆる鋼の色とは違い、鐔と同じような緑系の色をした刀だ。その上、刀には悪鬼滅殺と彫られている。澄んだ刀身の色にしてはずいぶんと物騒な言葉が彫られており、見慣れないこの真剣を実弘はいつも不思議に思っていた。
     自分の手元にある舞の為の刀も同じように作られてはいるが、真剣と違って軽く扱いやすい。が、刀身の色の再現は難しかった、という話を聞いたことがあった。
     そんなことをぼんやり思いながら境内を歩いていると、時々交番やパトロールで見かける顔もあった。
     奉納神楽舞は午後八時過ぎからで、一時間近く実弘は余裕がある。
     
    「……先輩?」

    ふいに声の方を振り向くと、職場が一緒の後輩がいる。

    「あー、どうしたんだ?」
    「え、どうして、袴なんて?それに今日非番でしたよね?」

     彼は実弘の後輩である。犯人を捕まえるときに顔に似たような傷を負ったことで打ち解けたのだった。

    「あー、今日はちょっと野暮用で」
    「野暮用で袴なんて着ます?」
    「……今日は特別で……」
    「お祭りに関係あるんすか?神社の手伝い?」
    「……あー、……」

     なんとなく奉納舞をすることを言いよどむ。らしくない、ことは承知している。強面で、その上顔に傷まであるせいか、意識せずとも威圧感がある実弘だ。それこそこの姿を知るのは実家にいる家族くらいで、この地域から車で1時間ほどの距離がある。そのためこの地域に知り合いはいないし、奉納舞をする神社がない地元にもこの姿を知る友人はいないのだった。

    「実弘さん!太鼓の人たちが打ち合わせしたいって」

     宮司から声を掛けられ、実弘は後輩にじゃあ、とだけ言って去ろうとすると先輩、と呼び止められた。

    「太鼓……?打ち合わせ?」
    「あー……えっと、奉納舞をすんだよォ。それで」
    「え、去年も先輩がしてたんすか?去年は別の人だったような気がするけど……」
    「……説明すると長くなっから、また仕事でなァ」

     実弘は急ぎその場を離れ、太鼓と笛の人との打ち合わせに向かった。
     そして衣装をととのえ、面布をする。
     それは白い布に漢字一文字で風、と書かれているものだった。刀の刀身と同じ緑系の紐を頭に回して後ろで結び、左手で刀を持つ。
     神楽殿の中心へと足をすすめ、その場で本殿を向いて一礼をした。

     宮司の祝詞が本殿から響き、それが夜空に溶けるようにしてその場を清める。氏子や見物客たちもはじまりを察知してしんと静まった。ぱちぱちと篝火の薪が爆ぜる音がはっきりとすると、やがて神楽殿から太鼓と笛が鳴り始めた。
     実弘は神楽殿の中心で正面を向いて正座し、刀は自身の正面に置いた。
     笛の音が遠く小さく響いていく。前奏にあたる部分が終わった。すると実弘は立ち上がり、鞘から刀を抜くと、どん、と大きく踏み込んだ。
     太鼓に合わせ、腕を大きくしならせて刀を振り下ろす。舞には型があって、爪々科戸風だの、韋駄天台風だの、そういった名がある。その名の通りだいぶ荒々しい。踏み込む足も斬り結ぶように振るう刀もとにかく途切れなく、息継ぎしている暇がない。
     そういう時に、伝わってきた特殊な呼吸をするとなぜか息苦しさが和らぐから不思議だった。
     この奉納舞は風ノ神楽、という。
     曽祖父か、それより前の代に作られたもので、実弘の家に伝わってきた。
     本当かどうかは定かでないが、実弘の先祖が悪を滅した功績があり、それを舞として受け継いでいるのだという。その悪が何なのか、実弘は知らない。
     代々家で受け継いではいるが、後継者がまだ子供だったり、戦争や災害の混乱の時期は変わりの者がいて後継者に引き継げるようになっており、今まで続いている。
     そんなことを考えていると少しばかり足の位置が甘く、型が崩れた。なんとか立て直し、そこからは舞に集中する。
     そしてたっぷり三十分ほどで舞を終えると、どっと汗が噴き出していた。
     面布をはずし神楽殿で見物客と本殿、太鼓と笛の人にそれぞれ礼をし、神楽殿から出る。
     本殿に入って祭壇に供えた刀を宮司から受け取った。
     
     本殿から下がって社務所にある応接間へと向かう。そこではこの神社などを取り仕切っている産屋敷家の当主から直々に言葉をもらうのまでが役目なのだった。
     
     産屋敷家の当主はきっちりと紋付き袴を着て実弘を迎えた。
     すでに還暦近いはずだが、穏やかな顔の作りと癒すような不思議な声色で妙に若々しく感じる初老の男だ。

    「今年は急にひとりですることになったと聞いていたけれど、体は覚えていたんだね」
    「はい、ご当主様もご健勝でなによりでございます。ご隠居様もお元気だと聞いています」
    「ああ、とうとうおじい様は日本最高齢になってしまったよ。父だって八十を超えているから隠居が先代と先々代など、ふたりもいて私でも笑ってしまうよ。あとね、さっきの神楽舞、テレビ電話機能でおじい様に見てもらったんだ」
    「お恥ずかしい……です…」

     三年ぶりとはいえ、考え事をしていた時に少しばかり型からはみ出てしまったのを思い出し、羞恥が湧き上がる。

    「とても大きな動きで大変に見ごたえがあった。記録によれば、君の祖先が今の君と同じ年ごろにあの舞で悪を滅したそうだよ。きっと、君のご先祖はとても力強い風の使い手だったのだろうね。おじい様もあの時の光景を見ているようだ、と」
    「……三年離れていましたので、いくつかは間違いもございました。稽古の時間がなかったもので」
    「ああ、いいんだ。気にしないでくれ。仕事もあるからね。こうして毎年やってくれることがとても嬉しいことなんだ。さ、これは今年の謝礼だよ。父君にはよく養生するよう伝えておいてね」
    「ありがとうございます」

     実弘は礼を受け取ると更衣室として使っている部屋へ戻って着替えた。日本刀は刀袋にしまい、汗のしみ込んだ襦袢を洗うのが面倒だと思いながら謝礼を開封する。

    (……おお、これちょっと手に入りにくい日本酒だな)
     
     産屋敷家からの謝礼は、多少の金銭とそうした少しばかり人気の品である。謝礼金は今回実弘が使っていいと父から言われてはいるが、毎年この謝礼金で供えた真剣の日本刀を研ぎに出したり、衣装のクリーニングや、場合によっては新調に使っている。
     実際、三年ぶりに袖を通した自身の襦袢や袴は傷みや汚れもあった。今回は時間がなくて本番で使ってしまったが、なんとかした方がいいだろうと実弘は考えた。
     
     荷物をまとめ、宮司に挨拶をして社務所を後にする。
     見物人はすでになく、氏子たちが片付けをしていた。篝火はまだぱちぱちと音を出しており、祭事のあとの穏やかな空気が境内に満ちている。
     
    「先輩!」
    「……まだいたのかァ」

     職場の後輩が待ち伏せしており、興奮気味に実弘に詰め寄る。

    「神楽舞、とてもすごかったっす!なんだか知らない人みたいでした。でも、やっぱり去年とは違う気がします」
    「去年は親父がやったし、この神社じゃねェからなァ」
    「あ、確かに、去年の神社の掲示板には『奉納神楽 水ノ神楽』ってありますね。俺地元だからほぼ毎年来てるんすよね。秋の祭はでかすぎて人多いからこの春の神楽の方が俺は好きなんですよ」

     実弘の後輩がスマホで去年の写真を見つけたようで、確かに水ノ神楽、とあった。そして同時にそこに写っているのは青系の衣装を纏った舞手だ。面布には水、と書かれている。
     
    「先輩のは風ノ神楽ってありましたね。他にもあるんすか?去年のは水ですね」
    「確か、ヒノカミと、雷と、……水、風、炎だったか。去年ここは水だったから、今年は風。来年は炎だな。風は来年北の神社でやる」
    「結構あるんすね」
    「このあたり一帯の神社を毎年持ち回りしてんだよ。全部まとめてやると丸一日じゃ済まねぇからなぁ」
    「は?神楽だけで丸一日?はんぱねぇっすね」

     そんな雑談をしながら実弘は家路についた。



     実弘が似たような家がいくつかあることを知ったのは中学に上がってからだった。毎年舞う場所が変わることに実弘は疑問などなかったが、むしろこうした神楽の方が珍しいのだという。
     他に水ノ神楽、ヒノカミ神楽、炎ノ神楽、雷ノ神楽などがあった。など、というのは全部を実弘が把握しているわけではないからだ。この持ち回りの神楽は産屋敷家が取り仕切っており、スケジュールや稽古場の貸し出しなどを取りまとめている。本番の三か月ほどまえに参加できるか打診があり、舞手の家の様子を聞いて割り当ての神社を決めているらしかった。
     そういうわけで、他の神楽を実弘はあまりじっくり見たことはない。同じ時期に別の神社で奉納されていて、見る機会がないのだ。
     ただ、実弘が知っているのは、この風ノ神楽は結構荒々しいものだ、という感覚だった。正月や大祓で見る巫女が舞うものとは大違いなのだ。

     始まりから百年程度の神楽だが、実弘自身、神楽舞は好きでも嫌いでもなかった。ただ、荒々しい舞の合間にある、あの呼吸が楽になる感覚は他では味わえないものだったし、妙に体になじむのだ。
     それが不思議で、これまで一時的にやらない時期があってもやめようとは思ったことがないのだった。





    (とうとう親父から引き継いでしまった……)

     去年一人で舞ったあと、稽古で父親とふたりでやってみると刀がぶつかりそうになったりとうまくいかなかった。三年前とは実弘の体格が違う。また体の使い方も中年も過ぎた父親と肉体的には最高潮と言える年齢の実弘では大きく違っていた。
     稽古場の鏡で見ても動きがそろわないのだ。伝統芸能を生業としているわけでもない実弘の父が体力的に厳しくなるのは明らかだが、舞の後継として父親を心配したからではなかった。
     やはりあの舞はよく考えられていると実弘は感じていた。この一年、舞の師範である育手の元に通い、稽古をつけてもらってかなり体が動くようになった。足を踏み出すタイミング、腕を振り下ろすタイミング、刀身を鞘に戻すまでの一動作、一呼吸が効率的に、そして最後の型へと入るまでに最大になるようになっている。
     本当に悪を滅したのなら、これはもしやそうした戦いの方法だったのではないか。そう思うようになっていたからだ。

    (悪ってなんだよ、って話だがなァ)

     家に伝わっている古い写真には自分とよく似た先祖の横顔がある。顔の傷まで似るなどあの世の先祖も思いもよらなかっただろう。

     今年も袴を着て面をつける。
     本殿に刀を供え、神楽殿へと向かう。去年と違うのは、自分の意識だった。妙にはっきりと鼓動を感じる。視界が開けている気がする。緊張というわりには、自分の中が凪いでいるのが不思議だった。
     夜の八時、篝火とわずかな提灯の灯りしかないのに見物客がよく見えた。

    (こんなに見えたっけか……?)

     疑問に思っても仕方ない。今は舞に集中する。
     この舞は荒々しい。だがそれが実弘の性質とよく合う。自分の中にこれほどの強く滾るものがあることも分からなかった。
     それを余すところなく体にのせて振るうことができる。
     そうしてふと最後の型に入った時、ぐっと体が熱くなるのが分かった。その熱が血流にのって刀を持つ手へと伝わりそれを大きく振り回す。それはまさしく台風というにふさわしいほどの勢いがのり、そこにさらりと不思議な風が舞った。

     想定外に体はぐったりとしたが、まずは神楽殿を出て本殿で真剣の日本刀を受け取る。そして産屋敷家当主と対面した。

    「素晴らしかったな。今回は熱の入りようも違ったし、本当に過去にあったものを見たのかもしれない」
    「……過去、ですか」
    「この日本刀、日輪刀と言うのだけど、ここに悪鬼滅殺とあるだろう?当家の記録によると、本当に鬼を倒したというんだ。その時の当主があのおじい様」
    「……鬼、ですか……」

     それは何かの比喩だろうか、と実弘は思う。あの仕事をしていれば世間には鬼の所業をなんとも思わずにやってのける人間がいることをよく知っている。

    「にわかに信じがたいだろう?私もそうだ。けれど、この呼吸や型などを極めていくと、細胞に刻まれた『記憶の遺伝』というものを感じることがあるという。もしかしたら、実弘はそこに近づいているのかもしれない」
    「……」
    「困惑するよね。あまり気にしないでくれるかな。さあ、こちらが礼だ。今年もありがとう」

     実弘は着替えの部屋に入るとそのまま畳に横になった。体への負荷が相当だったのか、すぐに着替える気にもなれなかった。
     あの感覚は剣道でも柔道にもないものだった。
     他の舞手はどうなのだろうか。自分のように妙に体に合う者がいたり、『記憶の遺伝』を見ることができた人はいるのだろうか。

     ぼんやりとしているとすうっと意識が閉じてしまいそうになる。あまりの眠気に実弘はあわてて目を覚まそうとするも、体が動かないことに気づいた。

     暗い森のような場所だった。ふと、目の前にいるのは異形の者。それを自分が持つ刀で斬りつけている。

    ――風の呼吸肆ノ型―昇上砂塵嵐

     あっさりと異形の者の頸が飛び、その死体は灰となって消えていく。
     自分の手が刀を握り、詰襟を着て白く丈の短い羽織を着ているのが分かった。

    「風柱様、怪我人処置完了しました」
    「こっちも全部終わったぜェ。今日はしまいかァ」

     頭巾をかぶり、顔がほとんど見えない人間がかしこまって報告してくる。自分の意識はあるのに言葉や体は別のもの支配されていた。
     体の持ち主が刀をおさめ、ゆったりと顔を上げると空が白んできているのが目に入った。

    (『記憶の、遺伝』……?)

     どうやら頭巾の人間からはカゼバシラと呼ばれている。
     実弘はそのまま流れにまかせることにした。動かそうにも体は言うことをきかないし、産屋敷家の当主から聞いた話が気になったからだ。
     状況に身を任せると決めると突然鴉が大声を張り上げる。それが援軍の要請だと分かると、体の持ち主は人とは思えない速さで走っていく。

    (鴉は人語を話すし、この体の持ち主はまじで人間なのかよ。こいつやばくねぇか)

     実弘は意識の中でそう思いながらも感じる鼓動や呼吸の仕方に既視感があった。それがまだはっきりとわからないことがもどかしくてたまらない。
     鴉の案内で援軍を要請された場所にたどり着くと、そこではいくつも人間の死体が転がっている。それもただの死体ではなかった。
     歪にちぎられた手足、噛みつかれ欠けてしまった顔が焦点の合わない瞳そのままに捨て置かれている。
     これまで実弘が目にしたどんな現場よりも凄惨だった。あたりにべったりと土に浸み込む血に嘔吐感がせりあがって感覚のリアリティが襲い来る。
     それはこの体の持ち主も同じだったようで、一瞬体の動きが止まるのがわかった。
     
    「風柱様!」
    「わかってらァ。俺がひきつけるから怪我人を下げろ」

     頭巾の人にそう言うと、この死体の山を作ったと思われる異形のものと対峙する。そしてこの体の主は異形の者を勢いよく斬りつける。それは実弘が舞っているものを数段階激しくしたものだった。
     動きは同じなのに勢いも重さも、速さも違う。肺の使い方が違うことが体感として分かり、その独特な呼吸というものがいかに戦うために特化していたのかが実感できた。
     
     目の前の敵は斬っても斬っても体が繋がり、再生していく。果たしてこれは劣勢ではないか、と実弘は目の前の自分の体を通した映像を見ながら焦燥を隠せずにいた。
     しかし、体の主は違う。

    「上等だァ。頸が三つか。全部斬り刻めば問題ねェ」

     不敵にそう言って構えをとる。その手には、あの澄んだ翠の刀身を持つ刀があった。
     そうして自身が今意識を持つ体から繰り出されたものに実弘は圧倒された。目の前に、確かに暴風が起きて大地を、木を削いで異形のものを斬り刻んだのだ。

    「頸は残り二つ!」

     二つあるという頸があっという間に切り落とされ、そして灰となって消える。塵が風に舞って消えていくと、刀を鞘に戻した。遠くから朝日が差し込んできて、『戦闘』が終わったのだと実弘は感じた。

     その瞬間、実弘は目を覚ました。時間を見ればほんの十分ほどしか経ってない。大きく深呼吸して鼓動を落ち着かせる。
     どうにか起き上がって荷物をまとめ、ぐるぐるとまとまらない思考のまま社務所を出た。

    「実弘さん、神楽舞おつかれさまでした」

     宮司に声を掛けられ、ふいをつかれた実弘はあわてて挨拶する。
     
    「毎年、持ち回りで奉納してもらってるけど、風ノ神楽が一番見ごたえがあるね」
    「そう、ですか」
    「去年ここは水だったんだけど、風とは正反対の非常に流麗なものだったよ。私の好みは勢いのある風だねぇ」
    「他の舞、どんな感じなのですか。俺自身は見たことないんすよね」
    「ああ、そうだろうねぇ。多少日にちはずれるにしても、仕事しながら自分が舞う日も近いのに見に行ってられないだろう。動画、見るかい?全部あるわけじゃないけど、記録用にとってあるんだ」

     宮司に動画ファイルの共有をしてもらい、実弘は自宅に戻ってそれを再生した。それぞれの舞をこうしてみるのは初めてだった。

     流麗な動きの水、速さがある雷、勢いが絶えない炎。そして今日自分が舞った風。衣装もそれぞれの色にそろっているようだった。
     太鼓と笛のお囃子も少し調子が違い、それぞれの舞に合ったものになっている。その中でも実弘がやっている風ノ神楽は宮司の言う通り、他の神楽と比較すると荒々しいものだった。
     父から引き継いだ神楽の古い本がある。それはもう実弘には読めないもので、何代か前の継子――舞の第一継承者そそう呼ぶ――が現代仮名遣いにしてある解説書というものを開く。そこには「この舞は風柱によってつくられた」とあった。
     着替える前に見たあの夢のような不思議な映像で カゼバシラ、と呼ばれていたことに気づく。不思議に思っていたが、思いがけず記述を見つけピンと来た。風ノ神楽の使い手で最高位が風柱と呼ばれているのだろう、ということだった。
     そして記憶の遺伝、というものがあるという話もここでつながる。
     まるでオカルトで怪しさ満載ではあったが、自分が体験するとすべてを否定する気にもなれなかった。
     
    (……えーこれ、まさか、“風柱”の記憶が俺に遺伝してんのかァ?)

     確かにこの神楽は舞手がたくさんいても、継子として実家が代々受け継いできたと聞いていた。だがしかし、記憶の遺伝というものに遭遇して、それがもしや本当かもしれないということに動揺を隠せない。

     実弘はタブレットを置いて背を伸ばす。
     明日は研師のところへ行き、衣装のクリーニングをださなくてはならない。そして引き継いだことを決めた時に誂えた新しい衣装も取りにいく。
     どうせ考えたところでわかるはずもない、と諦めもつくのも早かった。
     これが本当に記憶の遺伝だとして、あの時見た祖先であろう風柱のやり方は人間技とは言えないものだ。あの領域まで辿り着くことはない、ということがよくよく分かる。
     ならば今舞としてやっている型がそこまでいきつくほど自分ができるはずもない。それならもう記憶の遺伝として見ることはないような気がするのだった。





    「先輩、毎年舞やるの大変すよね。跡継ぎもいないと~とか、そういうのもあるんすか?」

     次の日、職場へ行くと後輩にそう言われ、実弘は正直ピンとこなかった。跡継ぎ、ということを考えたことがなかったからだ。実弘は引き継いだばかりだし、自分以外にも舞手はいる。あくまで自分が舞手のとりまとめである第一の継承者である継子、というだけだ。
     それに今後跡継ぎの人材に困るようなことをしていては後世に残せない、とむしろ産屋敷家主導で「御神楽体験ワークショップ」など夏休みにひらいているほどだ。後輩が感じる程敷居は高くない。

    「いや俺以外もいるから」
    「あ、そーなんすか?なんか、ああいうのって家で受け継いでいるってイメージが」
    「確かにうちの実家に伝わってるが、従兄弟とか親戚もできるし、ほかにもできる人間はいる。うちがたまたまメインだか本家らしくてなァ。爺さんが死んだあと親父まで倒れたとき、俺は小学生だったが、俺は稽古だけして本番は五年くらいいろんな人でフォローしてくれたんだよ」
    「へえ」
    「戦後は男手なくて、死んだ婆さんがやってた時期もあるらしい」
    「じゃあ、跡継ぎも心配ないんすね」

     一子相伝なる仰々しいものでもなく、必ず宗家で、というこだわりがあるものでもない。男子だけ、というわけでもなく、その地域で、と限定されるものでもない。比較的気軽なもので、ゆるく長く続けていくという方向性である。

    「あ、そうだ、お前もやるかァ?」

     実弘はぽん、と浮かんだ考えがこれ以上ない名案だと思った。

    「は?」
    「あの舞、別に誰がやっても構わねぇやつだから。なんなら夏のワークショップのチラシももらってきてんだ」
    「いや、そんな、無理っすよ!それになんかワークショップって!?神聖さの欠片もない!」

     実弘はそのチラシをぴらりと後輩の目の前に出す。
    子供のための日中の時間と、大人のための夜の開催があり、実際に舞う時の刀を持ち、やってみたい神楽を体験できるという。

    「誰が本番の神楽舞をやるかは俺が今代の継子だから、俺の一存で決められんだよなァ」
    「ほら、俺ら仕事が……。あと、先輩の稽古キツそう……」
    「稽古つけるのは俺じゃねぇ。育手っていう、舞の稽古をつけてくれる先生がいんだよ。まあ、無理にとはいわねぇが、お前がやれば来年は二人でできんなァ」
    「あ、あれ一人っていう決まりでは」
    「そんな決まりはねえな。それに俺が決めていい。お前は背が高いから、衣装は誂えるか」
    「そんな、勝手に話すすめないでくださいよ!?」

     実弘はこの後輩と舞うことは悪くなさそうに思えて、むりやりにでも稽古に連れていく算段を立て始めているのだった。

     一方そのころ、日本最高齢のご隠居様は、実弘の舞が実弥とまるで生き写しだと謎の画家とタブレット越しに話していたのだった。




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