ONSEN DATE TRIP閑散とした夕飯前の大浴場で、二人口をだらしなく開けながら湯に浸かった。
たかだか数時間の食べ歩きで消耗するほどヤワな鍛え方はしてないが、普段と違う体の使い方をすればやはり疲れはする。それでも、今日一日を振り返ればまるで普通の恋人のような時間を過ごせたことに、口元緩くにやにやしてしまうのはご愛嬌だ。
「何変な顔で笑ってるんですか?」
目ざとくご満悦を見透かされて、しかし隠す気もないから「何ででしょ」と肩まで浸かり目をつぶる。
日向も別に本気で問いただしたい訳でもない。同じようにお湯に沈んで、おっさんくさいため息を二人同時にこぼし、ヒヒッと笑った。
「楽しかったですね」
「明日帰りたないなあ」
「でも帰んなきゃバレーできないですよ」
「んー、それも嫌やなあ」
温泉に浸かりながら喋る話に内容なんていらない。いや、温泉に来た事なんて片手で足りるほどしかないから知らないが。
湯の中でバレーはできるかどうか、飛躍した会話に興じつつ、濁った湯では見えない日向の足をつま先で探った。こつんとあたって、日向が「ん」と下を向く。
すりすりと親指でなで上げる動作に、昼の予習の賜物か、素早く侑の思惑を察して日向は足を引っ込めた。
「侑さん、貸切じゃないです」
ふいと視線をやった先には、頭頂部が涼し気なご老人が一人。
「貸切ならええんや」
日向の手が、侑の脇腹に伸びた。
むにっと掴まれて、力を入れれば面白くなさそうな顔をする。
「かった」
「いやん」
そこから水面下で静かな攻防が始まった。要するに、人前でイチャイチャしたという事だ。これは珍しいことである。日向はあまり外でベタベタすることはない。今日みたいな日はさすがにいつもより距離は近かったが、それでもこんな至近距離に他人がいるのにイチャつくなんて、普段ならありえない。しかしここぞとばかりにありがたく乗らせてもらうことにした。
肩から上を動かしたら負け。少しでも下を向いて周りに気取られる仕草をしても負け。ナンノコッチャと突っ込んでくれる人間もいないので、無駄に完璧な動と静を体に纏わせ日向の肌をいたずらに追いかけた。
俄に額に汗をかいて、同じタイミングで手を休め目を見合わせる。
「…侑さんのせいで熱いです」
朱に染まった肌に、熱い吐息。濡れた髪の毛が張り付く頬に、思わず触れたくなって、しかし他人の目にそんな手をいさめた。
「やらし」
ぽそっと呟いた声は、届いたのかどうなのか。
湯の中そろりと、今まであえてさけていた日向の下半身に手を伸ばした。
「…」
緩やかに立ち上がったそれに、さらに一つ息が上がる。
この肌に触れて、触れられて、興奮してくれたらしい事実が嬉しくて、それがもろに表情に出そうになって下唇を噛んだ。
「あつむさん、…だめ」
握って、上へ、それから下へ。たった一度の往復で、芯は固く、日向の目には膜が貼る。
これはほんま、あかんやつ。
我慢が効かなくなる。名残惜しげに手を離せば、日向の視線がじとりと恨みがましく侑を見据える。
「侑さんだって、」
今度は日向の手によって覆われた自慢の息子は、びくりと反応して硬度を増した。
「これは、やばいな」
「俺、ちょっとのぼせそうです」
「とりあえずおかんの顔思い出そ」
どうにか沈めた愚息を、あのパンツにしまい込んで、真っ赤な顔をして部屋までたどり着く。風流な渡り廊下も、奥ゆかしい木造りの廊下も、正直どうでもよかった。目の前にした部屋の扉が、何よりも輝いて見えた。
入るなり、扉の閉まる音も聞かぬまま日向の唇に自分のそれを押し当てる。小さく漏れる声に、着流した浴衣にしがみつく赤くなった手。落ち着いたはずのそれが、大きくなっていくのを感じた。
「…侑さん、」
「今度は露天風呂付きの部屋にしよな」
「約束」と、オレンジ色にキスをする。さて、来れるのは何年後になるだろうか。
頭上のライトで、潤んだ日向の瞳が綺麗に見える。息が乱れて、わずかに肩が上下しているのまでしっかりとわかる。
軽いキスも、深いキスも、口の周りがべたべたになるまで繰り返して、ワックスが無いせいで束でパラパラと落ちてくる、まだしっとりしている髪の毛をかきあげた。
「…ずるいなあ」
「何が?」
「今日、改めて再確認しただけです」
「答えになってへんし」
抱き合いもつれながら、部屋の中へとだらだら入る。いつものスケジュールに追われる生活ではありえないほどの時間をかけて、畳の上にあがった。二人どっと倒れ込めば、むわっと香る畳の匂い。実家と同じ。さっき思い出したばかりのおかんの顔が浮かびそうになって、慌てて日向にキスをした。
ちゅっ、ちゅっ、と、何度も何度も口を押し付けて、足でそれとなく中央のテーブルを押してどかした。
時計を見れば、夕飯まであと一時間。一回戦くらいはできるやろと、手は浴衣の袖から日向の脇腹へと伸ばされる。
「え、これからご飯ですよ」
「翔陽くんの事触っとるだけやし」
「嘘をつけ」と、雄弁な瞳の中には、しかし燻る炎をがちらりと見える。繰り返すキスで反応したそこが良い証拠だ。
「でも。正直、お腹ちょっといっぱいです」
日向が侑の浴衣を肩から外した。帯で引っかかる不思議なスタイルだが、日向からしてもらえるのが嬉しくて、それにもやっぱりキスで応えた。
「なら丁度ええやん。えっちしてお腹すかせれば」
「そう思っちゃって、侑さんに感化されてるなって」
「嬉しそうな顔やな」
侑は、日向の浴衣の前を割りパンツの上から尻と太ももを撫ぜた。さらりとした手触りが気持ちいいが、視界に入るビビットな色のパンツにうっかり笑いそうになって、深呼吸を挟んだ。
脱がせてもいいけど、どうせならこのまま。
太ももから、パンツの裾に手を潜り込ませて直接尻をつかんだ。つめたくて、引き締まったそこは数え切れないほど触ったけれど、浴衣に下着も身に着けたままというのは、なんとも背徳感を煽られる。
もう片方の手は、引き締まった腹を撫でた。いつもより少し膨れているそこが愛おしくて、笑い声が漏れた。
「全部うまかったな」
「ですね。足湯のサイダー最高でした」
「翔陽くんの指もな」
「…侑さんの残念な所も魅力的だと思います」
尻をもんでいた手を、相変わらず裾から突っ込んだままぐるりと前に回して苦しげに布地を押すそこにしゅるりと絡ませ握り込む。その刺激に「ン」と、噛み殺せなかった喘ぎ声が一つ漏れた。
パンツの中なので、いつもの様にはいかないが緩くごしごしと扱く。先走りのお陰で少しずつスムーズになっていくそれと共に、日向の息も上がっていく。そんな恋人の姿に勿論興奮して、気持ちよくさせたくて、可動範囲の限られた布の中で侑の手が蠢いた。
「侑さん、まって…パンツのびる」
そっと、静止の手がパンツ越しに侑の手を握った。
その暖かさが気持ちいいなと思いつつ、やんわり空いた手を絡ませどかした。
「だめなん?」
「あたりまえじゃないですか」と、むう、と尖る唇がかわいい。
「また買えばええやろ」
「そういう問題じゃないんです!」
「……特別なパンツやしな」
脱衣所で、そう言われて不覚にもきゅんとした。
俺が選んだら特別なんや。
あそこでそこまで言ってたら、日向は羞恥心で否定しただろうか。そうしてほしくなくて言わなかった。
車の助手席をこだわるのも、温泉デートなんて行きたいと思うのも日向だから。そもそもユニバだって、あんな待ち時間の多いところ他のやつとだったら絶対行かない。無駄に値段の高い、煩いほどハートが散りばめられたパンツも、日向が選んでくれたのでなければ履くわけがない。
「翔陽くん、好きやで」
思う以上に素直に出ていった言葉に、日向は少しきょとんとして、それからまるでコートの中にいるみたいに、不敵に笑った。
「俺のですからね」
「俺も大概やけど、翔陽くんもわりかし会話する気ないよな」
結局、パンツのゴムを心配した日向に再度言われて、渋々そこから手を引いた。
脱いでもらうその横で、「ローションローション」と呟きながら、立ち上がる手間を惜しんでずりずり這いながら鞄を手繰り寄せた。中から手のケア用品が入ったポーチを探り当てて、その中からさらにローションとゴムを一つを取り出す。
「俺の分も」
「えー、翔陽くんのちんこから精液でるとこ見んの好きなんやけど」
「畳の張替え料金高そうですけど、車売ります?」
無言でもう一つ取り出して、やっぱりずりずりと這いながら日向のもとへと戻った。
めんどくさいから浴衣も脱いで、ハートパンツも脱ぎ捨てる。そうしてる間にも日向はすでに全てを脱ぎ終わっている。躊躇いのない脱衣は、その肉体に恥じるところなど一つもないからこそではあると思うが、浴衣の着衣えっちは今晩絶対しようと心に誓った。
横になった日向の腰の下に、折った座布団を差し入れて、ローションをたらりとその手のひらに落とした。よく揉んで温めて、繋がる場所へと指をそわせる。
一本、二本はそれなりにすんなり入る。三本目からは少しきつくて、呼吸のタイミングを合わせてもらってぐっと奥に押し込んだ。
「んん、…はぁ…」
「…そういえば」
三本の指で後孔を慣らしながら、ふうふうと息をする日向に声をかけた。
「お土産、買う?」
「チームの皆、に…一箱とか?…ッ!」
「せやな、そうしよか。あと治に温泉饅頭買うてかな殺される」
「たしかに…ん、そこ…!あ…っ…!……下のばいてんでさっきいい匂いしてたから、あとで見に…、いきましょ」
そんなどうでもいい会話を、さらに一つ二つと繋げながら、その内容と全くそぐわない行為に侑はひたすら没頭する。
今晩、布団の上での浴衣えっちは必ずしたいし、明日は明日で観光したいし、帰りは車移動で座ってもらわねばならないし。無理は絶対させられない。
ゆっくりほぐして、しかし萎えさせないよう時たまそこに刺激を与えて、目の前の体が満足いく仕上がりになった頃には別の意味で息が上がっていた。
「一気にいれる?ゆっくりがええ?」
「ん…ゆっくりがいいです」
「りょーかい」
先をあてがい、要望通り焦らずじりじりと腰を進めていく。
何度挿れてもきついそこに、受け入れてもらえることが嬉しい。
覆いかぶさった侑の首に、日向は手を回す。綺麗に切ってある爪は、背中に傷一つつけてくれないから、それがたまに寂しい。キスマークなんて以ての外、それでも何か証が欲しいと思うワガママを、いつか日向に聞いてほしい。
全部入って、大きく息を吐き出した。
「痛ない?」
「へーきです」
「ン」
根本まで全部入り切らずとも、その気持ちよさは何事にも変えがたいほど。
何度ヤッても、日向がくれる快感にはまるで初めてのように翻弄される。すぐさま出し入れして好きなように欲望をぶつけたくなるから、半端じゃない自制心が必要となる。
それなのに、こんなにも我慢しているというのに、日向はぐいっと首に回した手に力を入れて侑の顔を引き寄せた。足は腰に絡ませる。
「気持ちよくして」
耳元で囁かれた言葉に、何と返したかは正直あまり覚えてない。
気づけば汗まみれで、汚したゴムもそのまま荒く息を吐き出しながら畳に転がる侑と日向。射精の余韻でぼんやりする頭の片隅では、もうあと10分後に迫る夕飯に、やばいと思考を飛ばしている。
「あつむさん」
「わかってる」
お夕飯はお部屋で豪華な御膳を、と予約サイトで見て、部屋で食べれてええなあなんて安易に考えていた。しかしこんな部屋に何を準備してもらうというのか。
「とりあえず換気して、服きましょ。俺のパンツどこですか?」
「知らん。食べた」
「わけわかんないこと言ってないで!ほら、早く立って侑さん!」
えっちの後のいい感じのムードは、寝る前に期待しよう。完璧に頭が切り替わってしまった日向に、やれやれと立ち上がる。
「あれ、俺のパンツは?」
あれー?と、きょろりと周りを見渡すマイペースを、日向は腰に手を当てながら「そこ!」と指さしつつ窓を開ける。
もたもたと浴衣を着終えたその瞬間、コンコンと控えめなノック音に二人は顔を見合わせた。