「セックスをしないと出られないロッカー、らしい」
「は?」
「セックスをしないと出られないロッカー」
「……」
「私の目が狂っていないのであれば、そう書かれてある」
ナワーブから返答は来なかった。ただ深く重苦しい沈黙ばかりがロッカーの中を満たした。イライも同じように、何事も言葉を発さなかった。ただナワーブの返答を待った。ナワーブは、深いため息でもって沈黙を破った。息を長く深く吐き出しながら、今一度イライの胸元へと額を落とし、摺り寄せた。イライの目が狂うことなど、読み上げられた文字以上に有り得ないと彼はもう知っているのだ。
「またか」
溜息を吐くように呟かれた言葉に、イライは苦笑を滲ませるしかなかった。
そう。イライも、そしてナワーブも、悲しいかなこうした不測の事態には慣れていた。荘園は提供するゲームに際し、多種多様なフィールドを用意する。その空間を作る際に、どうしても綻びが出るのだろう。或いは、荘園の主の悪質な趣向か。定かでないが、こうしたバグは荘園内で度々生じていた。条件を満たさないと出られない部屋にふたりで取り残されたことも有る。壁に嵌って出られないイライを見つけ、ナワーブがナイチンゲールへと救難を出したことも。演繹の褒美としてとんでもない道具を渡されたことだってあった。とにかくなんでも有りなのだ。有り得ないゲームに、時々スパイスのように有り得ないバグが生じ……そうした経験が積み重なれども慣れはしないものの、諦める心は身についていった。
「今回はまた……悪趣味なものに当たったね」
「悪趣味すぎる」
吐き捨てる声音でナワーブは言う。やるしかないとは解っていれども、納得など出来るはずもない。イライの胸元に何度も額を擦り付ける様は駄々をこねる有り様のようで……イライは内心で、その様に心臓を掴まれていた。可愛い。と、状況に似合わないことを思っていると自覚はある為、口には出さないまま頬を摺り寄せられる頭に寄せる。
「第一、準備も何もできない。こんな状況でどうしろってんだ」
「………それなんだけど」
イライは、一瞬黙った。どう言うべきか、言わざるべきかすら思い悩んだ。しかし条件を満たすため、懸念はなるべく減らすべきだ……という、理性のような言い訳のような言い分が羞恥を押し殺した。
「準備はしてあって」
再び、深い沈黙が落ちる。先程のようにやや殺気立ったものではない。間抜けな吃驚に満ちた沈黙だ。ナワーブの頭は胸に寄せられたままぴくりともしない。イライの口は羞恥のままに言葉を続ける。
「ほら、あの、部屋に行く予定だった、ろ? ね?」
「……そうだな」
ナワーブの腕がイライの背に回る。真正面から抱きつくような姿勢に陥る。
「そうだ」