夜行梟がその男を見つけたのは、鳥の羽ばたく音さえしない夜のことだった。正確には何日か前からその姿はあった。自分を囲う檻越しに、その肩についているコインがちらちらと輝くのが見えていた。だけどそのとき、夜行梟はその男を個として識別するのを拒絶した。そのときの夜行梟にとって、男は人間たちのひとりにすぎなかった。森を汚し、自分を汚し、森の番人たる神聖なこの身を売り物としか見ていない下賤な人間たち。その一角でしかなかった。「彼を買おう」男がそう言うのを、夜行梟は羽に顔をうずめながら聞いていた。そのときはもう、唾を吐きかける体力すら残っていなかった。
男の輪郭がその眼に映り始めたのが、その夜だった。歯車が回る音と、ガタゴトと揺れる車体、かび臭い檻はそのままに周りの空気だけが華やかに移ろう。きっと移動しているのだろう。そんな変化を終えた後の夜だった。男が檻の中に入ってきて、夜行梟に語り掛けてきたのだ。
「君の願いを少しだけ叶えよう。その代わり、私の願いも少しだけ叶えてくれ」
男はそう言って、夜行梟に手を差し伸べた。手には、柔らかな白いパンが乗っていた。「これを食べてくれ」男は黒グローブに覆われた指でパンをちぎった「ひと欠けでもいい」
夜行梟は驚いて、顔を上げた。森で人間たちに囚われて以来、この檻の中に入ってきたのは、この男が初めてだった。誰もが威嚇する夜行梟に怯え、恐れ、檻の外から彼を見た。たったそれだけで満たされるといわんばかりの下品な目で夜行梟を見つめていた。「これがあの夜行梟」と声に出す者さえいたのだ。しかし男の目や声は、そのすべての目と声と違っていた。男の目は何も満足していなかった。輝く瞳で夜行梟を見つめ、それ以上を求めてきた。パンを千切った指は、夜行梟の羽をもごうと握った手とは遠くかけ離れていた。
なぜ?
そう考えようとして、止めた。考えるだけの力がほとんど残されていなかった。もう何日も食べていなかったのだ。餓死を望んでいたが、天眼という規格外の目を嵌めた体はそれを許さないらしいと理解し始めたばかりだった。つまるところ、タイミングが良かったのだ。
「森の木の葉が欲しい」
夜行梟の願いは、存外すぐにかなえられた。木々の一部から手折った小枝は、今も水の入った小瓶に入れられ生きている。