「あ! 白鷹だ!」
「しらたか兄ちゃん!」
手を握り込め、眼前に手漂う水泡をただ眺めていた途上、その耳に飛び込んだ嬉々たる声音によって、白鷹は意識をそちらへ傾けた。見れば、門の傍で屈んでいた子供のふたりが、顔を上げて白鷹へと走り寄って来る。よほど興奮したのか、宙に水泡を浮かべる器具は地面に置きっぱなしのままだ。𠮟るべきなのだろう。そう悟ったが、白鷹は笑みを浮かべて膝を屈め、己の腰元に駆け寄った子供を撫でてやる。久方ぶりに帰った兄貴分が早速叱るというのも難だ。叱られる前に気づかせてやればいい。
「元気にしてたか」
「うん!今日もね、母ちゃんの手伝いしてから遊んだよ」
「シャボン玉も、にいちゃんとはんぶんこであそんでるよ!」
「そうか、偉いな。その…シャボン玉、だったか。俺にも見せてくれるか?」
「いいよ!」
「待ってて!」
さりげなく置いてけぼりの玩具を回収するように誘導すると、白鷹は膝を伸ばして立ち上がる。子供たちが地面においてあった玩具を手に持ち、再び白鷹へと駆け寄る頃には、伴って里の門へと歩き出していた。麓の町と交友があるため、そして鷹族が強いため、この森に密猟者は滅多にいない。加えて鷹族の里の近く…それも門の傍の広場は安全とはいえ、子供ふたりで帰すのは気が引けた。過保護だと言われれば、そうかもしれない。近頃首ったけの番がいるために、白鷹の庇護欲は以前よりも露見している。
「白鷹、およめさんは?」
「あのきれいな鳥さんはいっしょじゃないの?」
少し歩き、遠目に門が見え始めたころ。子供たちは改めて白鷹の周りをきょろりと見渡し、そう声を上げた。星々のような青い鱗粉を零す、夜色の美しい羽。ここに発つ前、新居の玄関先で目に、優しく撫でた番のそれが瞼の裏によぎる。白鷹は仮面の下で愛しそうに、切望するように目を細める。
「お仕事で忙しくてな。今回は留守番してもらってる」
「えー!」
「会いたかったのに」
「今度は連れてくる」
「やったあ」
髪の柔らかな頭部を撫でて言えば、未だ呂律のつたない子供が上擦る声を上げる。一時期…森を守る計画を立てるために鷹族の元で暮らしていた際、夜行梟は子供になつかれていた。偏見や噂の知らない子供たちは、彼の根にあるやさしさを感じ取るらしかった。照れた風に微笑むその横顔を思い出して、胸の裡が締め付けられる。今すぐにでも踵を帰したい。半ばほど本気で、そんな衝動にかられた。
「帰ったか、白鷹」
「ああ、久しいな」
「そうでもない。…いや、チビ達にはそうだったらしいな」
昔戦場へ赴いたこと、戦術指導をした経験、元は里の若とすら言われていたことから、白鷹は殆どの鷹族と面識がある。無論、本日の門兵とも顔見知りなもので、白鷹の腰元に抱きつくように歩く子供に苦笑が送られる。
「長老にも会うんだろう。チビは預かるよ」
「ああ、頼む」
「ええー!」
「やだ! シャボン玉みてもらうの!」
「シャボン玉は後でな、ほらおいで」
白鷹ほどの者でなくとも、里に暮らす者は皆が協力し合い生きている。門兵が慣れた素振りで子供たちを呼び寄せると、白鷹の腰にしがみついていた彼らは渋々といった顔をしてその腕を離していった。「後でな」と白鷹が言えば、「絶対だよ!」「ぜったい!」と強い眼差しが帰ってくる。これは中々に付き合わされるやもしれない。脳裏に手立てた予想にそれなりの覚悟をしながら、白鷹は門をくぐった。