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    01act_rs

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    新刊?予定の父水小説冒頭部分です。
    転生後、毎日見た目が変化してしまう不思議な呪いにかかってしまった水木の話。暗いです。まだ父出てこない。
    毎日見た目が変わるという設定はビューティー・インサイドという映画からお借りしています。

    #父水

    その日、俺は文字通り「飛び起きた」。こんなに何かに急かされるように起きるのは初めてのことだった。サンタクロースがやってくる朝だって、テストの日だって高校受験の合格発表の日だって、こんな風に起きたことはない。何だかとんでもなく不吉な夢を見た気がするのだが、起きてしまえばあるのは嫌な感覚だけで、夢の手がかりすら掴めそうもなかった。はあ、はあ、と息を吐く。肩が激しく上下する。汗でぴったりとパジャマが張り付いていて気持ち悪い。はあ、と大きくため息をついて顔を覆って…違和感。
     なんだかいつもと違う。例えば、顔を覆ったときに指が触れる位置。例えば、肌のざらつき。髪の硬さ。自分がこれまで所持していたものと全く違う荷物を今、抱えている。恐る恐る顔を覆う手を外し、両手を見た。
     違う。俺の肌の色はもっと白いし、手はこんなに大きくない。何より、こんな皺の寄った肌ではない。もつれ込みながら自室の姿見の前に立つ。目の前の光景は夢の続きのようだった。

    「だ、誰だ…」

     鏡に映っていたのは、全く知らない中年の男だった。自分は今高校三年だ。一晩で急激に年を取ったのか?それにしては、顔つきが自分の物とは思えない。どんな風に成長したって、己の顔がこんな年の取り方をするとは思えない。やはり、他人の顔だった。

    「兄ちゃん、寝坊だよー!!」
    「っ…待て、開けるな!!」
     制止の声も虚しく、弟のカズキは俺の部屋の扉を開けた。いつものように、ただ、寝坊してきた兄をからかうつもりで。カズキの無邪気な顔は、一瞬無にリセットされて、それから戸惑いと怯えを浮かび上がらせた。

    「えっ…?え…?だ、誰……」

     自分から見たら別人に見えるだけで、他の人から見たらいつも通りの俺なんじゃないか……そんな期待はこの瞬間に消え去った。どういう仕組みかは知らないが、やはり俺の見た目はこの夜、変化してしまったのだ。

     家族に自分が自分だと証明するのに随分苦労した。昨日までいつも通り、十八年間一緒に暮らしてきた家族だというのに、他人を見るような目で見られて随分参ってしまった。ようやく信じてくれた家族は、俺を病院に連れて行こうとしたがそれは断った。家族ですら信じてもらうのにここまで苦労したのだ。赤の他人がこんな突飛な話、信じるはずもなかった。質の悪い悪戯だと思われるか、俺たちの頭がおかしいのだと思われるか。そんなのはごめんだった。眠っている間に見た目が変わったのなら、また眠ればきっと元に戻る。そう笑ってみせたら、家族も曖昧に笑い返してくれた。俺は昨日と同じように笑ったつもりだったけれど、笑い方すら俺を思わせる要素などないのかもしれない。でも、そんな家族の絆もまた一晩経てば元に戻る。俺は漠然と、でも本気でそう信じていたのだ。希望は無くなることなどないと――しかし、現実は非情だった。

     次の日、鏡の前に相見えたのは中学生くらいの知らない女子だった。肩くらいまでに伸びた黒髪が無造作にはねている。なんだかバカにされているみたいだった。
     今度は女になった。そう淡々と伝えると、母親は顔を覆って涙を流し、俺を抱きしめた。父は難しい顔をして部屋を出ていった。弟は俺に近寄りすらしなかった。

     一晩経つたびに姿が変わる。分かったのはそれくらいだった。毎朝一度だけ、リビングにいる母親に他人の顔を見せに行く。毎朝縋るように抱きしめてくれていた母は、いつしかその手を伸ばさなくなり、ただ涙を流すだけになり、その涙も乾きこちらを見なくなった。ある朝、空気よりよほど重たい溜息を肺から排出して、ただ一言呟いた。
    「いい加減にしてよ……」

     ああ、いつからだろうか。突然謎の現象に見舞われた俺に、一番同情的に接してくれていた母から敵意を感じるようになったのは。父が仕事ばかりで全く家に帰らなくなったのは。夜中、夫婦喧嘩をする声が止まなくなったのは。弟が俺を居ないものとして扱うようになったのは。

     毎朝、姿見の前に立ってみる。その度に期待が裏切られる。こんなのは人間じゃない。化け物だ。学校をもうずっと休んでいた。行けるはずもなかった。友人から心配のラインがいくつも届いていたが、もう返事をするのも億劫になっていた。言い訳を考えるのも面倒くさかった。状況は悪化もしないが良くもならない。少しの兆しもない。これ以上何らかの進展を見せることなどありそうもなかった。
    どうか学校の人達には、よくある不登校になったのだと、現代ではありきたりなケースの一つに分類してそのまま忘れ去って欲しい。彼らのクラスメイトが化け物になっただなんて、絶対にバレたくない。俺から山月記の虎を連想するようなことが絶対に起きないで欲しい。

     台所で水を飲んで部屋に戻ろうとした時、ちょうど学校から帰ってきたカズキと玄関で鉢合わせてしまった。「よう、おかえり」といつもの調子を装って声をかけてみても、その声は幼い女の子の声だった。こんな頼りない柔らかい高音が兄の声なわけがなかった。弟は顔を歪ませて、そのままリビングへと向かう。兄弟喧嘩を何回したって、キレた弟が掴みかかって来たって怖くなんてなかったのに、今は中学生の弟の僅かな不機嫌の気配にも怯えている。やるせないままに階段を上がろうとした時、カズキと母親の話声が聞こえてきた。

    「なあ、いつまで続くの?こんな生活」
    「カズキ、辛いのは皆一緒なのよ」

     皆一緒、と言いながら、母の声色は辛いのは自分一人みたいな響きをしていた。少なくとも俺本人は、彼らの辛さに含まれることはなさそうだった。

    「けどもう、我慢できねえよ。毎日知らない奴が家に居るんだよ?普通こんなの、怖いだろ。気持ち悪いよ。毎日部屋に籠ってるだけだし、あんなの兄ちゃんじゃない」
    「こら、そんな言い方しないの」
    「お母さんだってそう思ってるだろ!あんなの気味の悪い化け物だって。近所の人にも引きこもりになったって噂されてる。万が一、兄ちゃんのことバレたらどうするの?きっと俺たちまで色々言われるに決まってるよ。いい迷惑だ。兄ちゃんだって…そりゃ、きついかもしんないけど、もう十八だろ?このままずっと家に置いとくの?兄ちゃんは一人でもどうにか暮らしていけるよ。そうじゃなくてもせめて、あの変な病気が治るまではどっか遠いところに隔離しとけばいいじゃん。ほら、爺ちゃんの家とかさあ」
    「カズキ!やめなさい!」

     パシン、と乾いた音がした。きっと、母がカズキをぶったのだ。忍び足になるのも忘れて二階へと駆け上がる。殴られるべきなのは、カズキじゃなかった。

    「出て行ってください」
     リビングのテーブルで、父と母が並んで頭を下げている。机の上には厚みのある茶封筒と通帳、保険証、印鑑。行ったこともない隣県の、よく分からない住所が書かれた何処かのアパートの契約書。人一人が独り立ちする準備が、俺の知らぬところで既に整っていた。俺はもう、他人なんて次元ですらないのかもしれない。この家に不法滞在する犯罪者。それだけが今の俺なのかもしれない。その日の俺は五十代くらいの気の弱そうなおじさんの姿をしていた。間違っても「このまま家に置いてくれ、俺を見捨てないでくれ」なんて恥ずかしくて言えないような、いい歳した大人。たとえそれが本来の姿でなくても。

     お父さん、お母さん。俺のこと、もう少しも愛していないの?口が裂けても言えるはずがなかった。ああ、前世で一体どんな罪を犯せば、こんな目に遭うというのだろう。女を弄んで捨てたりしたのか?無垢な幼い子供の夢を奪ったのか?大切な人に酷いことをしたのか?多くの人間を殺した大量殺人鬼だったのか?どれだけの罪が、この人生に値するのだろうか。

     「分かりました」と他人の声で答えれば、両親はほっとしたように息を吐いた。俺の言動で両親が笑顔になるのは酷く久しぶりな気がした。そしてもう、これっきりな気がした。だから俺の胸にはポジティブな気持ちが筋違いにも去来していた。彼らは最早俺を見ようともしなかった。でもきっとそれでいいのだと思う。見たところで、そこには彼らの家族はもう居ないから。目の前に居るそいつは、彼らの愛する息子の形をしていない。日毎に姿を変えるそれに、誰が持続的に愛を注げるというのか。分かっていたことだった。自然なことだった。むしろこれは普通のことなのだ。毎日、家に知らない人間がいる。俺はこの家の敵になっていた。

    「じゃあ…行ってきます」

    人は見えるものに縛られて生きている。俺自身は何も変わっていないのに、周囲は俺を遠ざけていく。俺はいつしか、俺の人生の加害者になっていた。まだよそよそしい「孤独」という名の友を抱えて、俺は一人で生きていくその扉を開いた。初めて姿が変わった日から、三か月が経過した夏の日のことだった。
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