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    takanawa33

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    転生年齢逆転の悠七⑤

     さて、すっかり夢見心地の悠仁はウキウキに収録が終えたのち、無駄に広くセキュリティの整った自宅のベッドでゴロンと寝転んでいた。
     思い出すのは七海のことばかりだ。
    「白かったな……」
     あの様子だと夏休みもろくすっぽ外に出ず読書を繰り返していたに違いない。ナナミンってインドア派なんだな、知らなかった。本当は悠仁の出演作品の視聴に忙しくて外出していなかっただけなのだが悠仁がそんな事情を知る由もなく、ただ昼の七海の姿に想いを馳せる。
     走ったせいで上気した頬、汗、自分より低い身長で見上げる青い瞳。
    「……勃った」
     恋愛感情と性欲とは二人三脚なのだから致し方なし。とはいえ高校生で抜くのってどうなの、と罪悪感を覚えつつ右手を止めることはできない。
    「ああ~……やっば、嬉しい、ナナミン、ナナミンっ!」
     むしろ連絡先に七海が加わったという事実だけで抜ける。翌日の雑誌撮影、いつになく爽やかな顔つきでカメラの前に立ったユウジはスタッフから「なんだか垢抜けた」とお褒めの言葉をいただいたのだった。

    『ナナミンは食べたいものある?』
     金曜の夜に送ったメッセージに返事があったのは日付変更の少し前だった。
     返信は気まぐれと言っておきながら律儀に返してくれる優しさに胸が温かくなる。
    『パンが美味しいところがいいです』
     ふむ、顎を撫でて脳内を検索。人懐こい性質のユウジは人が集まる場所に呼ばれることが多くグルメ情報には少しばかり自信がある。七海は高校生、よく食べる時期だ。そして初めてのデート、できれば静かなところで過ごしたい。
    (この前のホテルかな)
     オーダー式のビュッフェスタイル。個室を予約すれば用意してくれる。そして焼きたてのパンが名物。ここはどうかな、ホテルのアドレスと送れば七海から『では現地集合で』と返事が来たので悠仁はにやける口元を押さえることもせず『楽しみだね』と返事した。



     ホテルを選んだのはある意味正解である意味不正解だと言える。
     運ばれてくる料理に舌鼓を打つ七海の幸せそうな顔を独り占めできた悠仁は始終機嫌がよかったが、問題はホテルを出る時にあった。
    「あの、ユウジですよね」
     女性の旅行客の集団のようだった。ロビーで七海を送るためにタクシーを待っていた二人の前に立つ彼女たちにユウジが「そうだよ」と笑えばキャアと黄色い声があがり出てくるのは「一緒に撮影してほしい」「サインがほしい」のお決まりの台詞。
     七海は知っている。ユウジはそういったファンとの交流を断らないことで有名なのだと。それが彼の仕事でもあるし、腹も膨れたことだから一声かけてさっさと帰ろうかと思っていた時、集団の一人に声をかけられた。
    「ねえ、ユウジの親戚なの?」
    「外人さん? 日本語話せる?」
    「すっごい綺麗~! 二人のツーショット撮らせて」
     興奮して話しかけてくる彼女たちにどうしたものかと困っているとユウジはすかさず七海の隣に立ち「ごめん、撮るなら俺だけにして」と笑う。ちょっとした騒ぎになるロビーには徐々に人だかりができ始め、七海が困惑していると遠目から『カシャリ』とシャッター音が聞こえた。
     ああ、撮られたな。七海が思っていると悠仁は振り返ってその音の方向へ歩いて行った。
    「……ごめん、無断で撮るのはちょっと迷惑かも。俺はいいけどあの子は一般人だから盗撮だよ」
     少し冷たい声音。七海として別段気にならないがユウジがそのデータを消させている間にホテルスタッフがそっと背後から耳打ちをした。
    「あちらのタクシーにお乗りください。虎杖様がもう支払いを済ませてありますので」
    「え、でも」
    「ご心配なさらず、こういう事態には慣れております」
     ささどうぞ、温和な笑みのスーツ男性に導かれるままタクシーへ向かう。振り返って目が合った悠仁はヒラヒラと七海へ手を振ると「ゴメン」と口を動かしていた。

    『電話していい?』
     いちいち確認をとる律儀さに驚きながら『どうぞ』と返信すればすぐに液晶は着信画面に切り替わった。
    『昼はごめんね、もっとゆっくりしたかったんだけど』
    「いえ、それが虎杖くんの仕事でしょう。私は何も気にしていません。むしろ奢っていただいてありがとうございました」
    『あはは、いいよ全然。使い時なくてさ、ナナミンを喜ばせるためにたくさん貯金しておいたんだ』
     それはそれでどうなんだと思うけれど学生の身分で高級ホテルのビュッフェを支払えるわけもなく言葉に甘えることにした。
    『それでさ、次のデートなんだけど』
    「まだデートと言い張りますか」
    『うん、デートだもん。あのさ、また邪魔が入ったらイヤだから今度は俺の家にこない?』
     七海は考える。そして一言。
    「……犯罪では?」
    『いや! エッチなこととか絶対しないし! ただ、こう、友人? として招くっていうか、いや友人以上にナナミンのことは好きなんだけど、とにかく俺は合意がない相手を無理強いするような男じゃないから、信じてくださいっ!』
     お願いします、と頭を下げる彼の様子がありありと分かった。そのあまりに懸命な声に思わずクスリと笑い、七海は「では、お邪魔させてもらいます」と言えば電話越しでも分かる弾けるような笑顔。
    『ちょっと間が空いちゃうけど二週間後なら丸一日空いてるから、その日はどうかな、うちで映画でも見ない?』
    「ええ、いいですよ。私もちょうど学校が午前のみなので午後から伺います」
    『迎えにいくよ! 校門の前で待ってるから』
    「……その申し出はありがたいですけど、君は車から出ないでくださいよ」
    『うん! ちゃんと待ってるから』
     犬かな、わふわふと興奮する息遣いが受信器から耳に伝わる。
    「でも虎杖くん、前にも言いましたけど会う回数を重ねても私は君を友人以上に見れませんよ」
     これだけはちゃんと伝えておかなくては七海も気が休まらない。こうして受け入れるたびに悠仁の期待を膨らませているのならあまりに酷だ。しかし当の本人はいつも通り、カラリと爽やかな声で言うのだ。
    『問題ないって、むしろ友達に格上げしてくれたの? 嬉しいな、ナナミンといられるのが幸せなんだよ俺』
    「そうですか」
    『うん、じゃあまた連絡するね。おやすみ』
     プツリと切られる電話。液晶が着信画面から初期設定の待ち受けに切り替わるのをぼんやりと見つめながら七海は布団に入った。そういえば悠仁と約束した日の前日は彼の出演する映画の公開初日だ。
    (予約しておかないといけませんね)
     できることなら舞台挨拶をする劇場を選びたいけれど見つかったら面倒なので地元のしがない映画館を利用することにした。暗い客席から一人を見つけるなんて芸当ができるとは思えないが悠仁の野生の癇は甘く見てはいけないのだと七海は知っているのだ。

     最寄りの駅で待ち合わせをしたのはいいが都市への主要線路が揃うターミナル駅、空を覆う高層ビル群、少し視線を巡らせるだけで視界に入る高級スーパーの数。なるほど住む世界が違うのだと一目でわかる。
    「ごめんナナミン、待った?」
     深く被ったキャップにサングラス、少しダボっとしたオーバーサイズの服で現れた悠仁はグラスを少し下げてニコリと笑いかけた。メイプル色の瞳が柔らかく形を変えるのにドキリと心臓が高鳴る。恋愛感情はなくともファンとしてこの笑顔は非常に厄介なのだ。
    そしてそのまま当たり前のように七海の右手を掴むと手を握りながら「こっちが俺の家」と歩きだすので熱が伝わる手を振りほどくのも面倒になってしまう。
    「わざとやってます?」
     唇を尖らせれば七海を見つめる悠仁はただ穏やかに微笑むだけなので包まれる手を握り返さず二人はマンションまで静かに足を進ませたのだった。

    「ここにジュースあるから好きに飲んで、おやつはここ、トイレはアッチ、コップとかは使ったらそこの洗浄機に突っ込んどいてね」
     お邪魔しますとリビングに通されると悠仁は嬉しそうに棚を開けては七海を案内する。
    「ちなみにお風呂はこっち」
    「……犯罪では?」
    「違うって! まだ暑い日もあるし、ナナミンがさっぱりしたかったらどうかなって思っただけ! ホント! やらしー感情一切なし!」
     わたわたと弁明するのがおかしくて思わず吹き出してしまった。
    「……ナナミンの本気笑い初めて見た。かわいいね」
    「そういうのいいですから。喉乾いたので炭酸水もらいますね」
     勝手は知らない他人の家だが自由にどうぞと言われたのならそうするまで。七海は神経が太い方だった。言われた通り棚から好きなコップを取り出してフランス産の炭酸水をグラスに注ぐ。
    「あ、やっぱそれ好きなんだ。この前のビュッフェで頼んでたから同じの買ってみたんだ」
     俺も飲んだけどおいしいよね、と笑う姿に(そういうところ!)と胸が高鳴るけれど自慢のポーカーフェイスで「そうですか、それはどうも」と一蹴する。
    「どうしよっか、映画なににする?」
     色々あるけど、と笑う悠仁。
     昨日の公開初日に見たユウジ出演作品はベタな恋愛映画だったので二日連続は避けたい。というかユウジが出ていなかったら全く興味がないジャンルなのだ。七海はしばらく考えたあとに「ホラーはどうですか」聞くと悠仁は意外そうな顔をする。
    「いいけど、ナナミンそういうの見るんだ」
    「いえ、見たことはないんですけどよく考えたら前世でも術師で集まって見たことはなかったので」
     見えない側がどう表現しているのか気になる、と言えば悠仁は確かにと笑ってコントローラーを握った。
    「これとか有名だよね、あとこっちは去年大ヒットしてた。あとコレ……は、いいか」
     クルクルとジャンル別に人気作品を並べた画面が回っていく。飛ばしたのはユウジが主演していたモノ。思わず口が滑った。
    「私がけっこう好きでしたよ」
     覆水盆に返らず。口から出た言葉は引っ込めることができない。しまった、口を引き結ぶが悠仁は大きな目をさらに大きくさせて七海を見つめた。
    「見てくれたの?」
    「た、たまたまロードショーをしていたので」
    「これまだ民法で流れてないよ」
     再びのしまった。七海は炭酸水を口に含み、この生暖かい空気が去るのを待ったが悠仁の輝く瞳がそれを許さない。どうしたものか、悩んでいる時に空気が揺らしたのはスマホへの着信音だった。
    「あ、ごめん、俺のだ」
    「どうぞ」
     ああ、よかった、ホッと息を吐く七海の前で悠仁は電話に出る。
    「はい、ユウジです……え、あの舞台? 覚えてるけどなんで? は、いや、大変なのはわかるけど俺もう用事入ってるし……うん、ごめんね、他の人頼んでみて」
     はあ、と珍しく重い溜息を一回。七海が「どうしました」聞けば少し目を泳がせてから話し出した。
    「三年前に俺がやった舞台がまた上演されてるんだけど主演の子が倒れちゃって代役探してるんだって。俺にどうかって言われたけど……でもせっかくナナミンと会えたし」
    「台詞は覚えてるんですか?」
    「覚えてるよ。でもさぁ」
     こっちのが大事、と視線で言う悠仁に対して七海の衝動は「見たい!」これに尽きる。
     七海がユウジのファンになったのはここひと月程度のこと。以前のユウジは舞台を中心に活動していたがテレビ出演が多くなってからはからっきしなのだ。だから七海は後悔していた。もっと早くユウジを知っていれば舞台を見に行くこともできたのに。舞台とテレビでは演技は全く違うという。生で演じる彼を見たいと願うのはファンなら当然のこと。
     そんな七海の心情など知らずユウジの爆弾投下は止まらない。
    「それにさ、俺もう芸能人やめようかなって思ってるんだよね。だって俺がこれやってたのナナミンに会うためだし。なのに仕事ばっかで全然会えないしこの前のデートみたいに途中で邪魔は入るし、今日だって」
     シュンとする悠仁。その一方で七海も大事件である。
     辞める、辞めると言ったかこの男。七海の人生の潤いが幕引きだと言ったのか。
     そうはさせない。七海は思考回路をフルに稼働させ、ポツリ言葉を吐き出した。
    「……困っているヒトと助けないなんて、随分変わりましたね」
    「え……」
    「私は君の純粋なまでに他人を思いやる気持ちを好ましく思っていました。でも、今の虎杖くんは違うんですね」
    「ナ、ナナミン……」
     ――嘘である。
    確かに他人を思いやる心は素晴らしいとは思うが別にそれを強要するつもりは一切ない。悠仁が助けたいと思うヤツだけ助ければいいし助けたくないヤツは放っておけばいい、そう思うけれど七海の価値観より今はユウジの舞台である。大人は時に汚いのだ。
    「ごめん、そうだよね、困ってる人は助けないと……俺、出るよ」
    「素晴らしいことだと思いますよ。でも私も虎杖くんと過ごすのは楽しみだったので、もしよければその舞台を拝見してもいいですか」
    「え、もちろんだよ!」
     よっしゃー! ガッツポーズで仰け反りそうだ。
     かくして七海は無事、ユウジの舞台の席を手に入れることができたのだった。
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