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    takanawa33

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    アイドル×リーマン 悠七 オリモブいます

     それは運命的な出会いだった。
     という言葉を双方の出会いに使うのだとしたら七海建人と彼の出会いは運命的ではなく一般的な、ありふれた出会いだったといってもいいかもしれない。

     ことの始まりは年末である。
     師走と言うだけあって師も走る。弟子も走る。社畜なんて走りすぎて倒れる大晦日。実家にはもう五年は帰省していない。そんなエリート社畜の七海はその日も終電近くの電車に乗るため、会社最寄りの駅のホームに佇んでいた。
     周囲には初詣に向かうカップルがわいわいと楽しそうにしている。家族連れもいる。皆一様に新年への期待と興奮、もしくは新年というイベントにかこつけた騒ぎのために瞳を輝かせていた。
     いいなあ、と思う気力すらなかった。草食動物が肉に興味を示さないのと同じくらい、七海にとって娯楽とはもう縁の遠いものであり、自分は今日が大晦日だろうとなんだろうと明日は出勤して上司が消してしまった顧客データの復元をする仕事があることは決まっていたし、親戚の子供たちに送るお年玉は書留ですでに実家に郵送してあるから正月の行事も終わっている。せめてもの情けで毎年会社の差し入れに甘酒が出るのは知っているけれど白濁色の甘未飲料を飲んだところでお祭り気分が味わえるほどハッピーな人間でもないので、ただ業務を粛々と全うするだけだ。
     そんな七海でもこの空気にあてられたのだろうか、いつもは飲まないホットココアなんてものを駅構内の売店で購入し飲もうとした時、ボトルになにかがぶら下がっていることに気付いた。
    「あ、ユウジだ!」
     隣の女性が言うので思わず手を止めて彼女を見た。
    「あ、すいません! 私、彼のファンで……なかなか見つけられなかったので」
    「はあ、そうですか」
     思わずなんの興味もなかったおまけのストラップを見る。それはピンク色のクマで、それが一体全体なんなのか全くわからなかったが、女性がちらちらと見つめている様子を見ると生まれながらに善人気質の七海が放っておけるはずもなく。
    「あの、差し上げましょうか……?」
     そういってボトルから外して前に出すと彼女は嬉しそうに顔を綻ばせ、ユウジと呼ばれたクマのストラップを受け取るのだった。
    「ありがとうございます!」
    「いえ、あの……人気なんですか、そのクマさん」
    「クマ……? あ! あ~! これ、アイドルをクマに見立てたグッズなんです。本人はほら、アレですよ!」
     指差された先。
     なんで、自分は気付かなかったのだろうか。
     そう思うくらいには大型の広告。ライトで角を照らされ、こちらに微笑んでいる青年。
    『おつかれさま! ホッと一息、温まろ!』
     差し出されている七海が持っているものと同じボトル。
     桃色の髪に健康そうな顔つき。大きな瞳。それにこちらまで胸が暖かくなるような笑顔。
    (あ、好き)
     そう思った瞬間、終電が七海と彼を引き裂き、後ろ髪引かれる思いで駅から去っていったのだった。

     七海の行動が早かった。まず、電車の中で彼の正体を調べる。すると七海が予想したよりも遥かに簡単に名前が分かった。
    『虎杖悠仁』それがあの青年の名前らしい。検索すれば出るわ出るわ、情報が。情報量にビンタされながら自宅最寄り駅につく頃にはなんとなく理解できた。
     虎杖悠仁は最近売り出されているアイドル。基本的に一人で活動しているけれど同じ事務所のアイドルと組むこともあり、歌もダンスも演技もできるマルチタレントである。とくに運動能力の高さは目を見張るものがあり、高校ではスポーツ推薦を受けることも推されていたようだが、なんの縁があったのかは分からないが芸能界入りを決意した。
     年齢は十八、現在朝ドラに出演中。コマーシャル出演本数は十本、先日出したシングルはオリコン、ダウンロードランキングにて首位をキープ、表紙を飾った雑誌はほぼ完売、ライブの抽選は激戦。つまり、どう考えても一流アイドルなのである。
     仕事のできる男、七海の行動は更に早い。
     さきほど女性にあげてしまったストラップは通称『ゆじベア』というもので虎杖悠仁をイメージしたクマの擬熊化? マスコットらしい。現在売り切れ続出でなかなか手に入らないものらしく、それに気づいた七海は心底悔しく思ったが、でもしかし、ゆじベアがなければ悠仁との素晴らしき出会いもなかったわけで、プラマイで考えればプラスにお釣りがくるだろう。
     そんなわけで七海はすぐに悠仁のライブが見られる動画配信サイトと契約し、視た。
     家に帰って、風呂に入って、いつもならストロングゼロを三本飲み干してからベッドにもぐりこむだけなのにその日は狂ったように悠仁のライブ映像を鑑賞し続けたのである。
     正月の仕事の休み時間も見た。かえってからまた見た。ライブ映像だけでは足りないので過去の出演番組も民法サイトで課金して見たし映画もドラマも見れるものは全部見た。見たけれど時間が足りない。
     それにテレビの視聴の合間にグッズ収集もしなくてはいけないのだ。幸い、あの日プレゼントしてしまったゆじベアストラップは運命なのか、近場のコンビニでまた出会うことができて購入できたのだが、他にもゲームセンターの商品だとか、悠仁公式ショップのグッズだとか、コラボ商品も多い。飲料水、アイス、ふりかけ、カップ麺。
     幸い今まで望まない節約生活を強いられてきたせいで金はあるのだが、いかんせん時間がない。雑誌も読まなくてはいけないし映画、ドラマに出演する時は原作も読まねばならない。実写ドラマ化するという漫画が五十冊越えの作品だった時には昼休憩の時間が足りなくて発狂しそうだった。

    「そうだ、転職しよう」

     そう思い立ったのは悠仁と出会ってから二週間後である。
     何が悲しくて今を輝くトップアイドルとの時間を削らなくてはいけないのか。金はなんのためにある。悠仁くんへ貢ぐためにあるのだ。なら貢ぐ時間がなくなってどうする。
     決めた七海の行動は早かった。即、辞表を綴り、提出、二週間以内に引き継ぎマニュアルを用意し有給をフルで消化、その間に転職活動を重ね、優秀なビジネスマンの彼はめでたく定時退社がモットーのホワイト企業のサラリーマンへ生まれ変わることができたのだ。
    「え、七海さん、悠仁が好きなんですか?」
     新しい会社でめざとくストラップを見つけた女性社員に声をかけられる。後ろめたいことは何もないので「そうです」と言えばいつの間にかホワイト社員たちに囲まれ打ち解けていた。
    「七海さん、今日悠仁くんの番組ありますよね、仕事変わりますよ」
     しかも味方してくれる社員までいた。
     悠仁くんは天使に違いない。転職したての七海は今までブラックに染まり切った自分の心が浄化されていくのを確かに感じたし、人に優しくされる喜びを久しぶりに感じた
    それもこれも、転職と勧めてくれた(してない)悠仁のおかげなのである。
     一種の宗教味を帯び始めた七海の虎杖信仰は穏やかに生活を侵食していった。
     ある日、七海は思ったのだ。悠仁くんを今後一生推すためにはまず健康体にならねばならない。そのために七海は一時全く放棄していた自炊を始めた。
     ある日、七海は思った。こんなおじさんがファンだと悠仁くんが思われたら彼に失礼だ。そのために七海はメンズエステに通い、脱毛をはじめ、肌のコンディションを整え、焼けやすい肌を保湿するために日焼け止めと乳液を塗るようになった。
    ある日、七海は思った。ライブにもし行った時、名前を呼ぶのに息切れしたら恥ずかしい。そのために毎朝ジョギングをすることに決めた。スポーツウェアはもちろん悠仁くんコラボのものとした。
     みるみるうちに七海は内面も、外面も輝きはじめ、悠仁くんと出会ってから一年、すっかり強火の悠仁くんファンとなったのである。

    「年末ライブ……ですか?」
    「はい! 毎年あるじゃないですか、悠仁くんのカウントダウンライブ」
     聞いてきたのは同僚女性である。悠仁くんファンの同士でよく情報やグッズの交換を行うのだ。
     彼女は聞いてきたのは大晦日に主催される悠仁くん所属事務所『ジュセン』のライブである。悠仁くんをはじめとした人気アイドルたちがそのライブに出演するのだ。それはつまり、チケット争奪戦もすさまじいということで。
    「一応……応募はしてますけど……でも無理でしょう。倍率見ましたか」
    「ですよね~、でももしかしたらってのもありますから、もしどちらかが当選してたら限定品の購入協定作っておきましょう」
    「それはもちろん、もし、当たったらの話ですけど」
     約束ですよ、と席に戻っていく彼女の背中を見送る。
     悠仁くんのライブで声出しをするためにとランニングを始めたのはいいが、実は七海は一度も当選したことがないのだ。
     しかしそれに少しホっとしている自分もいる。いくらエステにいこうと、健康にきをつけようと、やはり同性の、しかも年上のファンがいることが悠仁にばれたらと思うと怖い。気持ち悪いと思われたら立ち直れないし、たぶん、きっと死ぬ。でもファンとして悠仁くんを目のまえで見たいという欲もあるわけで。
    「悩ましい」
     当選メールの通知が明日。七海は悠仁くんコラボの『これで元気いっぱい! プロテインずっしりバー』を齧るのだった。

    「ただいま帰りました、悠仁くん」
     親が見たら泣くかもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。七海は玄関先に置いてあるふわふわゆじベア(カントリーコーヒー限定ぬいぐるみコラボ商品)に挨拶をしてから悠仁くんがラジオで愛用していると言っていたミルク石鹸を使って手を洗った。
    「まだ時間がありますね」
     悠仁くん出演バラエティ、熱血指導たいいく学園まであと二十分、ザ・ホワイト企業の七海努める優良証券は七時始まりの番組も自宅で見れちゃうのだ。
     土日にまとめて作っている常備菜からきんぴらごぼうと鶏肉の南蛮漬けを取り出し昨日作ってあまった豆腐とわかめの味噌汁を温め茶碗に注ぐ。タイマーセットでホカホカの白米をこんもりよそい、夕飯の完成。使用時間は十分、涙が出るほど健康的である。ちなみにきんぴらごぼうは悠仁くんお勧めで少しだけ味噌を加えるのがポイントだ。悠仁くんは料理もできるのである。パーフェクトヒューマンかな。
     テレビをつける。録画準備になっているのをしっかり確認して正座待機。そして三、二、一……。

    『こんばんは~!』
    「はい、こんばんは……今日も顔がいいですね、かわいい……」
     カメラにアップで映る悠仁くんがひらひらと手を振ってくれるのに律儀に返しながら七海のごはんはスタートした。なんと、悠仁くんを見ながら食べるごはんはいつもの十倍美味しいのである。ノーベル賞がとれるかもしれない。
     液晶画面の向こうの悠仁くんはタイトルの通り、とある学校に体育の指導をするために向かっている。どっきりで出てくるため校長室までお忍びで向かう悠仁くんはオレンジのパーカーにジーンズである。
    「はぁ……かわいい……かわいいのに筋肉質でかっこいいんですよね」
     ぱくぱく。白米すらうまい。大きめのスニーカーをパタパタ言わせながら歩くのもかわいいし靴を脱ぐときにきちんと揃えて脱ぐのも推せる。校長先生に挨拶する時、元気にお辞儀するのも最高だし担当の教員と握手する時なんか両手で握ってくれるのだ。
    「最高ですね」
     いいこの推し最高。孫を見るような気持ちで見てしまう。そして第一の見どころ、在学生にキャーキャー言われる悠仁くんである。どっきりで現れた彼にパニックに近い状態になるこどもを見ると七海の中のよくわからない感情が揺さぶられ比較的気持ちの悪い笑顔になってしまうのだった。
     そして本命、ダンス部の稽古。なんでも学際で踊るフリがなかなか決まらないのだという。
    『ん~、俺は振付師じゃないから違うって思ったら言ってくれていいんだけど、ココかな。ココの手を下げるタイミングが合ってないとどうにも動きが鈍く感じるんだよな。だからちょっといい、見てて?』
    「あああ~~~~……かっこいい……教えるのも上手いし物腰も柔らかいしかといって適当に流すわけでなく熱血指導してるしとにかくダンス上手い……しゅごい、悠仁くんのダンス好きすぎる……私ダンスやったことないからサッパリですけど」
     ターンの動きとか、クラップする時の笑顔とか、とにかくイイ。よすぎる。悠仁くんを推すようになってから七海のクオリティオブライフは爆上がりだ。
     もはや拝むような手の組み方でテレビを見つめた七海はその日も悠仁くんコラボのメンズシャンプーを使い風呂を済ませ、擦りまくってるライブ映像を見ながらパックをして肌のため、十時には就寝するのだった。

     事態が急変したのは、出社し、昼休憩に入った瞬間である。
     件の彼女とソファに座り、携帯が震えた瞬間に二人で手に取った。
    「くぁあああああ! ダメだったかぁあああ!」
     頭を抱える彼女の横で、七海はスマホを握りしめる。
    「七海さんはどうでしたか……え? 七海さん?」
    「……どうしましょう」
     震える声でスマホを彼女に見せる。そこには。
    「当選……して、しまいました」
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