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    takanawa33

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    アイドル×リーマン② 悠七

     ゆじベアを抱きしめながらベッドに転がった七海の心の中はまさに嵐のようだった。荒れ狂う心の中、落ち着かせようと悠仁くんの過去ライブ映像をポチっとつけた瞬間に顔面に降りかかるアイドルパワーにひれ伏した。太陽光を浴びたモグラのごとく痙攣して動けない。
    (まずい)
     これが、来月にはやってくるのだ。三次元、いや、空気も含めたら四次元の悠仁が目の前にやってくる。これはマズい。正気でいられるか定かでない。ただでさえポスターにも発狂しそうな人間が急に生身のアイドルなんて心臓に悪すぎる、福利厚生はいったいどうなっているのか、弁護士を呼べ。応募したのは自分だが当選したことが恨めしくなってくる始末。
     七海にぎゅうぎゅうに抱きしめられているゆじベアが「ぐえ~」と叫びそうになる手前、ようやくクマを解放した七海は立ち上がった。
    「……エステに行きましょう」
     今でも二週間に一度はメンテナンスをしているがそれだけでは足りない。生の悠仁くんを見るということは自分も視界に入ってしまう危険がある。その時に彼に誇れるファンでいられるのか、それが問題だ。
     つまり、美容だ。七海の結論はそれであった。
     その日から七海はさらにジョギングの距離を伸ばし、朝食にフルーツを追加し、スムージーのためのジューサーまで購入し、エステに通い、パックをつけてから就寝するようにした。
    「七海さん、綺麗になりましたね」
     何故か女性陣に好評なアイドル活動生活は順調に進み、そしてとうとう明日はライブ、今日は終業という日がやってきたのだ。
    「え~、皆さん、明日から年末休暇に入ります。家族とでもご自分の時間を有意義に使うでもよし、楽しんでください」
     温和な部長がホワイトらしい優しい口調で朝礼を行う。
    「そしてですね、わが社としては、社員の名刺の他にも、他社様に社員の皆さんを知ってもらいたいという方向性が出ましてでですね。まあ、いわゆるジュジュッターです。これをやっていただきたいんです。頻繁に更新する必要はありません、ただ名前を検索して、どういった人間なのかふんわり分かる程度に記入してもらえればと思います。もちろん個人情報は掲載しないでくださいね」
     詳細はメールで。と締めくくられた朝礼。
     席に着いた七海はご丁寧にアカウントの作り方から教えてくれるメールを見つつ、さっさと自分のページを作成して仕事に戻ったのだった。

     さぁ、そして、いよいよである。
    「……タオル、水、うちわ、本人確認書類、チケット」
     指差し確認をしつつ一つ一つを肩掛け鞄につめていく。タオルは悠仁くんオフィシャルグッズのオレンジカラー、落とした時のために恥を忍んで名前を記入しておいた。
     コンサートは夜の九時からだが物販は昼から始まっており悠仁くんカラーペンライトとストラップ、ゆじベア専用ステージ衣装ライブ限定版を手に入れるためには朝から目的駅に向かわなければならない。しかし時間外に並ぶのはご法度、ネットで勉強した結果、物販開始時間までは近くの喫茶店で待機するのがベスト。待機のための悠仁くん特集雑誌をスマホ電子書籍に詰め込み(もちろん紙媒体でも入手してある)七海は家を発った。
    『今日は今年最後のライブ! みんなでリハしてます! 来てくれるみんなも、家で見守ってくれるみんなも楽しめるようなライブにしたいので応援してください!』
     揺れる電車の中で七海は悠仁くん公式アカウントを見つめる。昨日会社で作ったものとは違い、これはファンとして情報を集めるものだ。アカウント名は『ななみ@ゆうじ担』更新内容はほぼほぼ悠仁くんの番組に対する感想と日々の悠仁くんのための自分磨きの報告。とはいえ一年で悠仁くんに堕ち、ブラック企業からホワイトへ転職し、エステに通いジョギングを始め、食生活まで改善した人間のアカウントは案外需要があったようで、フォロワーもそれなりである。
    (まあ、皆さん私のことを女性と思っているようですが)
     そこに関しては詐欺のようで申し訳ない気持ちになりつつ、ウソは言っていないのだから仕方ないと割り切るしかない。
     ポコン、通知音と一緒に悠仁くん公式アカウントの更新を知らせるスマホ。
    『これうまい!』
     自撮りと一緒にあげられたスポーツドリンクの写真。
    (はあ~~~……今日もかわいい……かっこいい……いつもより更新が多いのはやはり自分だけのライブではないから緊張しているんでしょうか。だとしたらそんなことまで気を使ってしまう悠仁くんが尊い……あ、これ今日のライブのタオル! 絶対買います! おそろい!)
     浮足立つ七海に目的地を告げる車内アナウンス。いつの間にか周囲は『ジュセン』に染まった女性客ばかりで、少しの居心地の悪さを覚えながら七海は降車したのだった。

     物販は聞いていたよりも案外楽に買えたように思う。並んでいた女性たちは皆一様に行儀よく列を作っていたし日頃の美容活動のおかげなのか、奇異の目で見られることも少なく、警戒していたよりも居心地はよかった。
    そして物販を終えた今、ライブまであと四時間ほど。七海はコンサート会場から少し離れた喫茶店でゆっくりとコーヒーを嗜んでいた。
     近場で過ごすのもいいけれど、楽しそうに笑いあう女性客に埋もれるカフェは流石に躊躇する。
     暖かなコーヒーがゆっくりと胃に落ちて七海の心を落ち着かせた。いや、落ち着いてくれないと困る。
     物販に並んでいる間にも悠仁くん公式アカウントのつぶやきは止まらず、そのたびに「ヒッ」と素っ頓狂な声を上げそうになって大変だったのだ。そう、ライブ前だからなのか、それとも別な理由があるのか、何故か今夜の悠仁くんは男らしい。
    (いやいや、私は夢男子ではないので、別に悠仁くんのそういった顔を見ても別に)
     誰かに言い訳をしつつ、もう一度さっきの写真を見る。『五条先生と!』事務所の先輩である五条悟とツーショットである。その笑った顔が、なぜか、とても雄々しくて、七海はドキドキしてしまうのだ。
     フーっとコーヒーに息を吹きかけると曇る眼鏡。雑誌の取材に目を通す。
    『ファンに伝えたいことは?――いつもありがとう、みんなのために頑張れる、みんながいるから頑張れる、どんな時でもファンのために頑張るって約束するから応援してくれよな!』
    「私のほうこそ、悠仁くんがいるから頑張れたんですよ」
     好き、尊い、推せる。昂ぶる気持ちを押さえつけるようにコーヒーの取っ手を強く握った時、喫茶店の窓の向こうにいる人影が気にかかった。
    (体調、悪いんですかね)
     街路樹を囲む木製ベンチに座り込むのは青年のように見えた。パーカーを深くまで被っているので顔色は分からないが肩で息をしているのを見るとお世辞にも健康そうには見えない。
    (……仕方ない)
     善行を重ねるのは悠仁くんのファンの務めである。悠仁くんのファンとして恥ずかしくない行いをする、それは悠仁くんに誇れるファンでいるためだ。こんなおじさんでもファンでいていいのだと七海が自分を許せるように、困っている人間を見たら助けずにはいられない。
     コーヒーを飲み干し、外に出る。ベンチに座っていた青年は今では横になり、眠っているようにも見えた。しかし今は大晦日、気温はぎりぎり一桁といったところ。
    「あの……大丈夫ですか、救急車呼びますか?」
     眠っているように見えた青年の肩を揺さぶる。俯いたままの青年が首を振るので七海は鞄を漁り、タオルと水を差し出した。
    「病院に行きますか? タクシーを呼べばすぐくると思いますよ」
    「ありがと、心配してくれて」
     受け取ってくれたタオルで彼が顔を拭く。
    「ちょっと熱っぽくて、でも平気、少し走ったら落ち着いたから」
    「そのようにはとても見えませんけど」
    「アッハハ! でも今日はダウンしてらんないからさ、頑張んないとなんだ。マジで」
     水を煽った青年の顔が少し、見えた。
    (……んんん???)
     キャップをしめ、青年がパーカーを外す。ハラリと落ちる短い前髪、見間違いようのない、桃色の髪に、チョコレート色の瞳。

     星が、爆発する時、その音は地球には聞こえない。いや、正確に言えば空気摩擦がないのだから音なんて発生しないので星の爆発を確認した人類のもとに音がやってくることはないのだ。それはいいとして。
     その日、七海の心臓は爆発した。

    「は、ひょ、え。ゆじ、く」
    「お兄さんみたいなファンが待っててくれるからさ、ちょっと熱があるからなんて休んでらんないよ」
     タオルを首にかけ、虎杖悠仁は立ち上がる。
    「タオル、借りるね」
    「え、ぁ、どうぞぉ」
     それでもふらふらと立ち上がるトップアイドルを放っておくことなどできない。七海はとっさに悠仁くんの手を掴んだ。
    (あああ~! 悠仁くんの手! 掴んで! しまった!)
     しかしそんな煩悩はひとまずおいておいて。触れた手が、熱い。明らかに病人のソレだった。
    「こ、これ、そんな頑張るとか頑張らないとかそういう問題じゃないですよ!」
     もちろんライブは大切だ。この日のために生きてきた。けれど、それは無理をする彼を見るためではない。
    「ん、でもさ」
     困ったように笑う彼を見て七海の胸は痛いくらい締め付けられる。
     こんな顔見たくないのだ。だって、七海が好きなのは『アイドル』の悠仁くんではない、人として尊敬できる『虎杖悠仁』に惚れ込んでいるのだから。だから、七海の手のひらすらどんどん熱くなっていく病人のことを放っておくわけにはいかない。
    「わ、私は……悠仁くんを見て転職も頑張れました! ジョギングも頑張れたし、自炊もしたし、恥ずかしいけど美容にも気を付けようと思いました! 君はファンがいるから頑張れるって言いますけど、ファンだって君がいるから頑張れるんです!」
     手首を掴む。尋常じゃなく熱い。
    「でも、無理して頑張ってるなら、私は……辛いです。元気にキラキラしてる悠仁くんが、私は好きなんです」
     あの日、大型広告の中から七海に微笑んでくれた悠仁。七海の運命を変えてくれた偶像。
     大きく目を見開いたアイドルに、七海は思わず手を離して頭を下げた。
    「あ、すいません、見知らぬ相手にそんなこと言われても迷惑ですよね、でも本当に無理はしないで……」
     恥ずかしい。年甲斐もなく叫ぶように一方的にまくしたててしまった。でも、こんな、苦しそうな彼を見ていたら言わないではいられなかったのだ。
     そして、押し黙ってしまった七海をジイっと上から下まで見つめた悠仁は熱のこもった両手を伸ばし、そっと両頬を包んだ。
    「ヒェ」
    「ありがと、でもやっぱり俺、今日はやりきらないと。俺が倒れないように観客席で監視してて。お兄さん、今日のライブきてくれるんでしょ」
     アイドル虎杖悠仁のスマイルではない。もっと、もっと男に近い。
    「見てるから、俺も、アンタのこと」
     にやりと笑う時に見える白い八重歯に心臓が爆ぜた(本日二回目)。
     それからの記憶は定かではない。
     もう一度戻った喫茶店でコーヒーを飲んだような気もするしわけもわからず特大パフェを食べたような気もするし、ライブなんて気が気ではなかった。あの時、ベンチで横になって弱っていた男の姿はどこにもなく、ステージに立つ悠仁はパーフェクトトップアイドル虎杖悠仁そのもので、うちわを出すことも忘れるくらい七海はそのパフォーマンスに圧倒されたのだった。

    『むり、ゆうじくん、しゅき』

     ななみ@ゆうじ担の呟きはカウントダウンライブ後の呟きを最後に一週間ほど更新を停止したのだった。
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