魔術師に作られ、ここの洞窟にいろと命令されてからもう何千年経ったかしらん。僕を作った魔術師は僕に人間の生命エネルギーを吸い取れと命令した。作られた当初はよかった。僕が生まれた時、この洞窟はその当時栄えてた街の近くで、それはもう人がやってきてどんどんエネルギーを吸収したものだ。けれどそれも今は昔。いつの間にか人間は移り、都市は寂れ、今ではこの洞窟にやってくるのは雨をしのぎにやってくる狼やら狐やら。僕はもう何百年も人の姿を見ていない。そしていつの間にか僕を作った魔術師はいなくなってしまった。
ああ、今日も暇。あくびをしたいけれど僕にはそんな器官はないわけで、そもそも睡眠すら必要ないわけで。暇つぶしに迷い込んだうさぎをこねこね可愛がってみるけれど人間みたいに面白くない。ああ~、また人間と遊びたいなぁ。人間が僕の手でとろとろになっていくところがまた見たいなぁ。
「へぇ、こんなところに遺跡かな?」
ザクザクザク、入り組んだ樹海を軽い足取りで切り開いていく人間。孫悟飯は白い石柱に囲まれた洞窟を覗き込んだ。
ジャージに大きめのリュック、どう考えてもちょっとしたピクニックのような出で立ちでやってくる場所ではないが、防水ブーツを泥に汚しながらやってきたのは間違いなくこの軽装ここに極まる人間だった。
「さっきあっちの方にもなんかあったもんなぁ」
考古学は専門ではないけれどもしかしたらまだ誰にも知られていない未知の都市かもしれない。首からぶら下げた防水カメラでパシャリと外観を撮影してからスマホの地図に記録。今度同じ大学の考古学チームに聞いてみよう(こんな調子で大発見をホイっとよその研究室に放り投げるので彼が新種爆弾だの発見狂だの言われていることを本人は知らないが)。悟飯は被っていた帽子を目深に直し、洞窟の入口を見据える。そしてジメっと暗い洞窟に一歩踏み出したのだった。
中は発光植物があるのか、案外明るい。帽子につけていたライトをいったん切り、悟飯が中に入っていくと、足元にブニュルとなにやら柔らかい感触があった。
「……ぅ、わ!」
驚いて一歩下がる。
そこには、ピンクのうねうねと蠢く肉のようなものが、地面に這っていた。
「……ッ、い、いきもの?」
うねうねうね、悟飯の足元で動く肉。痛がっている様子もなく、襲ってくる気配もない。そっと腰を下ろし、膝をつきながらその生き物(仮)を見下ろしつつ『チョン』指で触ってみる。とたん、肉はピョンと跳ねて嬉しそうに先端を悟飯の手に巻き付けた。
「あの、えっと、君、だぁれ?」
知能はあるのだろうか、本体はどれだ。そもそも、これはいったいなんなのだ。悟飯の知的好奇心がムズムズと大きくなるのに従って、肉は悟飯の指に絡みつき、引っ張った。敵意はない。荒野で暮らした悟飯だからこそ、野生動物の気配には敏感だ。その悟飯が攻撃する意思を感じないのだから、本当に無害な生き物のように思える。
「そっち? いっていいの?」
いいよ、言わんばかりにクイクイと引っ張られ、悟飯は立ち上がって肉の意思のまま歩き出した。
しかしこの指に絡まる肉の感触、色、どこかで見たことがあるような。悟飯は思う。自分はどこかでこれと出会ったことがある。
思考、思案、歩きながら記憶をほじくりだし、そして気付く。
「あ、そうだ、魔人ブウと戦った時だ」
そうだそうだと顔をあげた時、いつの間にかこんなとろこまで来たのか、分からないけれどともかく入口よりずっと奥の奥、僅かに壁を照らす発光植物の光の中、悟飯は自分の目の前で無数に蠢く肉の触手の前に、思わず喉をか細く鳴らしてしまうのだった。