オカルト研に付き合わされた悪魔償還セットを自室に拡げ、虎杖悠仁は畳の上で胡坐をかきながら頬杖をついた。
いわく、自分と相性のいい悪魔を呼び出す簡単召喚セット。必要なのは自分の血だけ。しかも親指を針で突いて一粒浮き出たものを魔法陣に擦り付けるだけだという。
通販で購入したと目を輝かせた二人は部室でさっそく召喚の儀を執り行ってみたけれど配送料無料、三セットで1800円(税込み)のそれはうんともすんとも言わないのだった。
『なんか、ごめん』
小遣い使って購入したそれをしおしおの顔で押し付けてくる級友は『家でやってみて……捨ててもイイヨ』と虎杖に言ってからよたよたと部室から二人出ていったのだった。なお、経験則からいって明日には新しい都市伝説だのオカルトジュジュチューバー動画だので盛り上がっているだろうからそんなに心配はしていない。
さて、それはそうと目の前で広がっている和紙(悪魔召喚なのに!)に印刷された魔法陣をジっと見つめる。明日はちょうど紙ごみの日なので捨ててもいいのだけど友人が600円(税込み)出して購入したそれをポイと捨てるのも忍びない。
「よっし!」頬を叩いて気合を入れ、封入されていた悪魔召喚ナイフ(ペーパー製)を親指にブスリと差し込む。白の鋭利なつまようじのようなものに赤みがじんわり染みこんでいく。そんで和紙の中央に拇印のようにソレをギュムと押し付け待つこと数分。
「まあ、起きないよね~」
なにも起きるわけもなく。悠仁は少しドキドキした自分に頬を赤らめ、魔法陣を畳もうとした瞬間。白の和紙が隅から徐々に、墨汁を滲ませるかのごとく黒くなっていくことに気付く。
「え、お?」動画! 動画撮っとけばよかった! なんて思ってる間にも和紙はどんどん黒くなっていき、最後に悠仁の血がボっと燃える。燃えたのだ。
「こんばんは、君が私を呼び出してくれたのですか?」
耳の奥に熟した果実を絞って注がれたような、そんな声音に硬直する。声は、頭上からである。悠仁は座っている。畳の上に座っている状態で視線は畳の上に広がる和紙にある。けれど、足は見えない。
グググ、首を動かし、上を見上げるとシーリングライトを背後に浮かぶその男は、天使のような金色の髪を光らせながら、どう好意的に解釈しても見るからに黒く、大きく、蝙蝠にも似た。所謂悪魔の羽を広げながら悠仁の前に浮かんでるのだった。
「えっとぉ……あ、悪魔?」
悠仁の声に男は魔法陣の上に着地した。よくみると尻からひらりと伸びるザ・悪魔な尻尾をゆらゆらさせながら品よく立っている。
「……なるほど、君はこれを悪魔召喚の儀だと思って行ったんですね」
「ハイ、ソウデス……」
男はう~ん、と首を傾げてから丁寧にも悠仁に視線を合わせるためにしゃがんでくれる。
「じゃあ、間違いですね。私は淫魔なので」
「いんま?」
ポカン、口を開いている悠仁に海の瞳を細くさせ、男は口を開いた。その薄い唇の蠱惑的なこと。桃色の、開いた瞬間、上下の唇はねっとり離れていく様。
「淫魔、サキュバスとかインキュバスとか、そういうものです。生命力の強い人間に呼ばれれば行ってしまう……まあ、平たく言えば魔界のデリヘルですね」
「わあ、ひらたい言い方」
「こんなガラクタみたいな召喚儀式でも君の生命力が素晴らしいのでうっかり来てしまいました。でも大丈夫、私はこどもの相手はしませんので。もう少し大人になったらまたのご利用お待ちしております」
男はそういって悠仁の唇にヒタリと指先を当てる。黒の皮手袋、黒のスーツ、シャツは赤。それらがむっちりとした肉体を包み込んでいる。
悠仁はここにきてようやく目の前の男をゆっくり観察した。
金髪碧眼、タッパもケツもでかい。態度はデカそうなのに知性を感じさせる仕草、言葉遣い、そして下半身にゾクゾクくる声。つまり、ど真ん中である。
「え、あの! え! 子供は! ダメ、なの?」
「ダメではないですよ。ロリコンショタコンペド野郎も私の中にはいますし。でも私は趣味じゃないんですよね」
男は立ち上がり、少し浮かび上がる。(あ、靴の裏赤い、エッロ)悠仁は目の前の男の一挙手一投足に目が離せないでいる。
「ガキは嫌いなんです」
見下ろす青い瞳の鋭利なこと。
(ゾクゾクすんな)出会ってまだ三分も経ってない。けれど運命を決める時間なんてそれだけあれば事足りる。
「でも、俺の生命力? が欲しくてこんなチャチな召喚に応じちゃったってことでしょ? とってけば? 俺の生命力」
「……フー……私けっこう大喰らいなんです。君、死にますよ」
「わかんないじゃん?」
「……私は七海、君は?」
「悠仁! 虎杖悠仁! よろしくね、ナナミン」
「ひっぱたきますよ」
別にひっぱたかれてもいいかな。悠仁はもう一度畳に足を降ろしてくれた淫魔の手を取り、本能のまま唇を重ねていた。