まきおぜ書きたいとこだけ「おいミツ」
「おい……なんだ無視かよ」
「ミツー」
「呼んでるだろ?こっち向けよ」
「ミーツミツミツミツミツ……」
「ァアナタはッ‼︎」
「お、やっとこっち向いたな」
なんとか首を回し背中越しの視界の端ギリギリに収めた顔は、想像以上に憎らしい。
「こんなときにまでうるさい人ですねッ、黙れないんですか⁈」
「こんなときって?どんなときだよ」
腰に、背骨と腰骨の境に直接圧が掛かる。熱い手が圧している。反対側、腹側は湿ったシーツが張り付いていて不快だ。一刻も早くどうにかしたい。具体的には、背後の不届き者を退かせて体を起こし、汗やその他の……体液を強めのシャワーで洗い流したい。肌の上がこんなにも長時間ベタついているなんて有り得なくて卒倒しそうだ。
ほとんどぐるっと半周腰を掴んでいた手がするりとシーツと腹の間に滑り込んできた。そして布地が吸いきれず肌との間にぐずぐずと溜まった粘液をかき混ぜる。ゾワゾワとする感覚が堪らず喉の奥からヒッと悲鳴が漏れた。
「なにミツ、イッてんじゃん」
背後の男が身じろぎしてブチュッと聞くに耐えない音する。先程、抵抗を捩じ伏せられて奥まで流し込まれた液体だろう。予想がつくことが腹立たしい。
「先にイクなよ、俺、挿れたばっかなんだけど」
「そんなことッ」
「あー……うるせぇ」
首がっもげるッ‼︎この馬鹿力が‼︎
顎を掴まれて反っていた背が悲鳴をあげた。背中と言わず肩も腰も全てが本来の機能とは逆の方向を向かされてバラバラになりそうだ。なのに文句を言うことが叶わないのは口を塞がれてしまったから。
今日だけでもう何度目かわからない他人の体液をなすりつけられる行為が嵐のように襲ってくる。ヌルヌルと唾液を纏った他人の舌がなぜ自分の口内にあるのか全くもって不明だ。理解し難い。なのに何故。――こんな不逞な輩の舌なぞ、噛み切ってしまえばいいものをッ‼︎
ぢゅっ
「ッハ、ァ」
舌を吸われて、拍子にピタリと合わさっていた唇の端が一瞬ずれた。自分の喉から漏れたとは思えないか細い声。驚いて背がビクつく。あ、りえない……ありえないありえないありえないッ!なぜ私がこんな、女の様な声をッ‼︎到底受け入れられないと、傍若無人な舌を押し返すために自らの舌に力を込めた。侵入者は固く厚みを増した舌の上を滑り上顎に新たな感覚が走る。ゾワリと今度は下腹が震える。腰骨が揺れるのはなんとか抑えつけた。抑えつける腹圧で浮かび上がる挿入された異物のカタチ。
合わさっていた口が、ニヤリと端を上げた。
「ヒッア、ァアあっんんんんっ」
唇がずれる。またそこから漏れる。わざと大きく外されてできた隙間から漏れる、声が。
首を激しく左右に振って逃れ奥歯をグッと噛み締め耐える。
「なんだよ、可愛い反応して……」
耳の後ろで声がした。
「ああ、コレか」
ずっとそこにあった手が下腹の皮膚を指で混ぜるように撫でた。撫でて親指を臍に引っ掛けて、押し上げた。
「ヒァアアアアアーーーッ‼︎」
「ミツ、お前なんつー声。そんな悦いかよ」
――きっと牙を見せて嗤っている。
意に反して仰け反ってしまった背中。カクンと首が背の方に揺れた。
「んぁあっ、あっ、アッ」
腹の奥を圧されているだけなのに視界の端がぼやぼやとした。体が勝手にビクつき、その度に自力では閉じれなくなった口の端から聞くに堪えない声と唾液が零れる。上手く動かない体にあちこちを濡らす体液が空気に触れて冷えていく感覚が鋭利だ。こんなっ、私がこんなッ!何という醜態をっ‼︎……すべてこの男のせいだ。軽々と片手で腰を持ち上げる膂力も手の厚みも、ピタリと背に沿っている胸板も鼓動も、何もかもが気に入らないっ!ワナワナと震える。そうだこの震えも何もかもこの男のせいだこの、牧尾薫という男が、私の人生に介入してきたから。無遠慮に踏み入られてただいいように扱われて、甚だしく不愉快だッ無礼だッ!このままいいようにされるだけは我慢ならないッ
しかし体格で相手に分があるのは火を見るよりも明らかでそれがまた神経を逆なでてくるが、まぁいい、そうやって油断していればいい。無論私は鼠ではないが、窮鼠猫を噛むとも言うだろう。
「呼べよ」
「ふぅうっ、は、ア」
「呼べ」
「かお、るッ」
わかっていた。名前を呼ばせたら口づけてくることなど。
だから今度は、私が翻弄してやるのだと舌を差し出した――。
んぢゅうーっちゅっぢゅるっ
舌がッ抜けるッ!仰け反った体勢で動けないのにさらに左腕で頭を抱き込んでくる馬鹿力。舌の裏、唾液腺のあたりをまさぐられた。肉の弾力を確かめられ、そのまま口蓋の探っては前歯の裏を舐め、繰り返し。掴まれて指の形に凹んだ頬の内側を舐めあげ、その舌が内側から口角をくすぐる。腹の奥から胃の裏あたりにせりあがってくる感覚に必死で身をよじると、ちゅっと高い音をさせて腫れぼったくなった唇が離れた。
「舌、だせ」
口に指を入れるなッ
その人差し指と中指で器用に舌を摘まんでくる。いつだったか同じ指に挟まれていた煙草を思い出した。私は嗜好品などではないッ!一気に頭に血が上ってクラクラとする。眩暈の間に指の腹と爪の固さを舌先に感じて視界が白んだ。おもむろにヒトの舌を指先で弄ぶ。舌の裏の筋を辿る中指の爪先。こんな辱めはない。震えているのは怒りだ。犬か猫のように扱われて。いや、犬猫でもない、舌を掴まれるなど。
「ミツの舌はちっちぇえなぁ」
「んぁ?」
恐ろしく間抜けな声は舌を摘ままれているせいだ、やはり全て、この――。
「ちっちゃくて可愛い」
ぐにぐにと親指で揉まれる舌先へ唾液が滴り、当然の如く薫の指も濡れた。
「なぁ、俺とセックスすんの、イイだろう」
暗い部屋の中だが、こんな状態で顔をそむけることもできず、せめて視線を逸らす。
「まぁいい」
再び臍の下を撫で下ろしてゆく。クチャリという音がさっきより大きく響いて強張った。
「ホテルでよかったなぁ?自分でぐっしゃぐしゃにしたシーツ洗うの嫌だろ、ミツ」
何を言い出すのか。
「――せっかくだからもっと濡らせよ」
唇をゆがめて獰猛に嗤う。
至近距離で見た双眸に身が竦む。なぜ私がこんな男にッ!水っぽくなりかけた目尻を引き絞って見返せばルームライトの光が虹彩に入り込んで普段より数段明るい金色に見える。汗に濡れた頬でうっそうと嗤う表情によく似合って気圧されるくらいだ。だがそんなのは今一時のことだ。背中にのしかかっているのは牧尾薫というただの変わり者。力の緩んだ指先から舌を引き抜く。
「そちらこそ、私とのセックスはそんなにイイですか」
ずっと痙攣が続いていた内腿のに力を込めた。押さえつけるのは震えだけではなく、背後でふざけたことしか言わない喉が息をむ。こちらも奥歯で頬の裏側を噛んで耐えた。
「ほら薫、挿れたばっか、なのでしょう?」
「……チワワのくせに」
「え?なんて」
言い終わらないうちに吸い込まれた舌を唇で扱かれる。溢れる唾液ごと吸い上げられて息もできない。過剰反応を繰り返す粘膜はこの男に狂わされたのだろうか。だとしたら損害賠償モノだ。私の人生にこんな男とこんなキスをする予定はなかった。唇の裏側をぬるっと舐められる感触なんて知らなくてよかったのに。
「んふぅっ……う、んん」
「もうちょい付き合ってくれんだろ?」
広がりきった薄い粘膜を引きずって抜けていく感覚に今度こそ身震いする。ハ、と触れ合ったままの唇で息をついた。抜け切る前にゆすり上げながら戻ってきて、また舌先に歯を立てられたまま息を零す。震えていた。黒い狼が嗤った。