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    よしみ

    @yoshimi_99

    字書きです。
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    よしみ

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    レクウィル
    30日CPチャレンジの一本です。
    表示を確認したくて試しに過去作を投稿してみました。

    #レクウィル
    requwill

    獣耳 あらぬ方向に注がれた視線に気づき、彼は怪訝な顔をした。
     ハンニバル・レクターは、普段不必要なほど人の目を見る。少なくとも知る限りはそうだった。
     一体何を見ているのか、いつから見ているのか。彼は考え、だが探るまでもないとすぐに思い至った。ひそめられた眉に先ほどまでとは違った意味合いがこめられる。ああ、と得心の吐息はこういった事態に陥るたび繰り返しそうされてきたように、重く鬱陶しげだった。
     手を持ちあげ頭を触れば、髪の中に明らかに異質な感触がある。細く短い毛が密集したそれは獣の手触りであって、あるべき丸い耳は失われていた。耳がどうなったのかを彼は知っている。それを覆う獣の毛が闇のように黒い色をしていることさえ知っているのだ。
     己の煩わしいバイオリズムを確認したウィルは、そのまま何も言わなかった。相手が何かしらのアクションを期待していることはわかっていたが、応える義務はない。手元のニット帽に視線を落とす。彼はこの診療所にやってきてからも、上着やマフラーを身につけていた。着たままでいることも、脱ぐ必要性も意識せずにいたからだ。帽子をついさっきむしり取ったが、こんなことでもなければわざわざ意に介する行動ではなかっただろう。
     狼男に代表されるように、人類にはごく少数だが獣の遺伝子を持つ者がいる。常に血に支配される者や月の満ち欠けに左右される者と様々だが、彼は後者であり、また影響は少なかった。ここのところは外見にまで及ぶような変化は稀となっていたのに。
     彼はまったくうんざりしていて、この件についてかかずらいたくはなかった。それは当然相手に伝わっている。目の前の男なら特に。そうでなくとも精神科医が面談中に患者よりも自分を優先したと気取られるのは失態にほかならないのだから、こちらが望むまでもなく男は口も目も興味も閉ざすべきなのだ。
     彼の拒絶はあまりにもあからさまだ。それを眺めるハンニバルの様子は、観察しているようにも見守っているようにも見える。しかしまるで立ち消える気配のない興味がいつまでもその場に大人しくとどまり続けるはずがないのはわかりきっていた。
     やがてハンニバルが口を開く。ごく控えめな口調だが、実際のところはそうでもない。
    「話の続きをするべきかな」
    「他にあなたのすべきことがあるとは思えませんけど」
     当たり前のようにウィルは素っ気ない態度をとる。それに話ではなく診察でしょうと切り捨てた。しかし愛想がないのはいつものことであって、ハンニバルがそれを気にとめた素振りをみせないのもいつものことだった。
    「君には勿論申し訳なく思っているよ。担当医として恥ずかしくもある。友人としても君を優先すべきだろうね。だがこの特異体質は君を形作っているものなのだから、我々が君を理解する上で論じないのは不自然ではないかな」
    「あなたはただ自分の欲求を満たしたいだけだ」
    「否定はしないよ。それがすべてではないけれどね」
     真意は相変わらず口ぶりとは裏腹で、ウィルがそれを指摘する。するとハンニバルはあっさりと認めた。
     これで完全にこの話題へとシフトされたわけだ。勿論当人が本気ではねつけさえすれば相手を容易に引き下がらせられただろう。しかし不満があっても強くは拒絶できない。彼がこの担当医と完全にビジネスライクなつきあい方をしていたなら、そうできたかもしれなかったが。
     どうせ知っていたんでしょう、とウィルは粗雑な物言いをする。どこか責めるような響きがあるが、本人に意図はない。返答としてうっすらと浮かべられた笑みを彼は見てもいなかった。見なければならない理由に思い当らないからだ。
     ハンニバルは診察用の自分の席に座ったまま、向かいの椅子の向こうに立つウィルを見上げている。一度下ろした腰を上げ、オフィスを不安定にさまよう様子を、ずっと追っていた。ハンニバルには優れた観察眼と人並み外れた嗅覚がある。ウィルの言う通り、彼の精神科医は彼の体質を見抜いていた。
     周期により精神や趣向や動作が異なるのを見落とすなら、ハンニバル・レクターは特別に優秀な医師とは認められていない。しかし何より体臭の変化はこの男にとって顕著なあかしになった。間違いなくウィル・グレアムは混血種だ。ただし、不用意に口に出して台無しにするような真似はしなかった。彼はウィルの幾分伸ばしっぱなしになっている巻き毛の中にある、つややかな体毛に包まれた尖った耳を目にして、特別な贈り物を見つけた時のような気分を味わったのだった。
     いいかなと問うハンニバルに、ウィルは返事をしなかった。彼の場合はこれが容認となると理解しているハンニバルは、ゆっくりと立ち上がる。その振る舞いは、まるで動物を怖がらせないように気遣っているようで、しかし気づかれないように偽っているようでもある。
     ウィルは中二階を頭上にし、その場に立ち尽くしていた。近づく気配に警戒しながら、己の眼窩の薄いガラス板に気づき、それを取り外す。自ら準備するような素振りは受け入れるようで好ましくなかったが、そのままにしておけば必ずハンニバルが手ずから取り去ろうとするのは目に見えていた為に、仕方がなかったのだ。
     ハンニバルが立ち止まり、ウィルは押し出されるようにのけ反る。ウィルは彼が近すぎると感じていた。この男はいつも距離を誤るのだ。
     近くからハンニバルがウィルの姿をつぶさに眺める。好奇心によるものだが、あくまで礼儀正しい。それにもかかわらず、浴びせられる視線はウィルを押し潰されそうだとの感覚へと陥らせるほどに意図をはらんでいた。
     息苦しさを紛らわせようとして、つぐんだ口がほどける。
    「僕は、どこかで猫の血が混じったようです」
     ハンニバルは興味深いといった顔をした。ウィルはちらっと相手の目を見る。
    「そもそも猫はあまり好きじゃない」
    「そうかい」
    「うちの犬たちが戸惑うから、迷惑なだけだ」
    「彼らは敏感だからね」
     こんな会話に意味はない。ハンニバルの視線は興味の対象から動かないし、ウィルはプレッシャーを誤魔化せていない。
     ハンニバルは、許されるなら耳や根元、全身に触れて検分していただろう。だがウィルがあなたには触らせないと頑なだったから、節度を保っている。
     ウィルは搾り取られるような気分で話を繋いだ。
    「全身が変わったりはしません」
     僕は影響が薄いから、と皮肉げに笑ってみせる。
     獣の耳は彼くらいの血であれば大げさな変化だった。先祖返りと個体差を理由にしてしまえばそれまでかもしれないが、他に大きく変わる箇所がなく、体や衝動や能力も耳の変化に見合うほどでないならば、解せないのはもっともなことなのだろう。
     耳さえなければ混血と気づかれ人目を引いたりはしなかったのだ。獣人は稀とはいえ非常に珍しいといったほどでもないから、生き辛さは格別でもないけれど、彼のように他人の関心を求めない者にとってはまるきり厄介ごとでしかなかった。ただでさえ肉体の変化はそれだけで面倒だというのに。
    「耳の他は、君は何が変わるのかな」
     ハンニバルは、一応申し訳程度の遠慮を装い続けていた。そうでなければ、この猫は逃げてしまう。
    「瞳孔と、牙、それから舌くらいのものですよ」
     ハンニバルが説明を求めて首を傾げ、ウィルは尖るんですと答えた。
     覆いかぶさるような他人の体温に、彼は居心地が悪い。
    「僕の場合瞳孔が血の影響の度合いを示すようです。尖っていると、あまりよくはない。…どうですか?」
     ウィルはハンニバルに、自分の瞳孔が尖っているかと問う。確認を頼まずとも目に見える部分の変化はすっかり知られているだろうに。
     ハンニバルがウィルの目を覗きこむ。言うまでもなくウィルは目をあわせていられなくて、ぎこちなくずらした。
     ハンニバルはたっぷりと時間をかけてウィルの目を確かめた。勿論彼であればそうするのだ。普段ならばこのような鑑賞の機会はないから、存分に堪能する。この特別な男の美しさを彼はすでに知っていた。そこにある色彩に息をのむ。恵みを得たばかりの苔むした森を映す深く静かな湖のような、緑と群青に、夜半の鈍い光がきらめいている。ハンニバルにとってそれはいつまでも見ていたいと思わせる芸術品だった。
    「いつもの君の目のようだよ」
     ようやく否定を得たウィルは、すぐさま視線を剥がす。影響が薄いと知り、だったらなんでといっそう忌々しげに吐き捨てた。牙を噛む彼の歯は実際に尖っている。ほんの少しばかりであって、まだ食肉類には程遠いけれど。
     それをハンニバルがじっと見つめていた。よく見たいと申し出る彼に、ウィルの難色は言うまでもない。露骨に正気を疑うような目を向ける。しかし結局は押し流され、望みは受け入れられた。
     己の歯を確かめようとする舌を唇の隙間にちらつかせ、ウィルは見るほどのものはないと言い置いた。
     口を開け、不承不承ながらもよく見えるようにと牙をむく。ハンニバルが目を凝らし、のめった影がとうとう不憫な猫を飲みこんだ。笑みを浮かべる様子が意識の端にひっかかる。
     牙になればなるほど人間的な食事が困難になるのだとウィルが愚痴をこぼしたのは、無駄口を叩いていればこの状況を直視せずにいられるからだ。彼は舌についての言及を受け流した。
     観察対象が牙からとげへと移っても、ウィルはただこれが早く終わるようにと考えている。歯に比べ舌の変化は著しい。口内の感触からそれは了解されていた。びっしりと突起のついた舌はさぞかし物珍しいだろう。これでさっさと満足すればいい。
     彼はまったく投げやりな気分だった。不意に相手の手が持ち上がり頬に触れてきても、構うどころか反応する気にもならない。ただ迷惑に思った。
     指先は頬を撫で、そこから滑り落ちると顎をすくい上げた。ウィルはあまり口を大きく開けておらず、舌は外へ出さずに、たいして顎を上向けてもいなかった。興味を満たすにはいい環境とはいえない。よって観察条件を向上させようとするのは自然ななりゆきといえるだろう。しかし行動の前に言葉という当然の手段が用いられなければ問題が生じる。
     やんわりとではあるが上を向かされ、ウィルは顔をしかめた。勝手にすればいいと思っていたが、それはこういったやり口を認めるものではなかった。第一、彼はそもそもからして乗り気ではないのだから、度を超すならばすぐさま取りやめにされるとの危惧があるべきだ。だがハンニバルは巧妙で、危ういところへ踏み入るくせに、いつの間にか一線の手前に立ち戻っているように思いこませる。
     手懐けられているような感覚からは目をそむけなければならない。ウィルは思わず直視してしまった琥珀色の双眸を頭から追いやった。
     お望み通りいくらでも見ればいいと相手の好きにさせる。それだけ早く終わるだろう。わずらわしいものの、はねつけるわずらわしさと天秤にかけるのすらわずらわしいのだから、これでいいのだ。
     自ら進んでは何も協力しないが、ハンニバルが両手で頭を包んでも、彼は特に拒まなかった。パーソナルスペースの浸食は今に始まったことじゃない。
     ハンニバルはたっぷりと味わった。それから、名品を手に取るように歯に触れる。
     一番尖った牙の先が、人差し指の腹を押し返した。
    「本能に従うなら、私は指を失っているだろうね」
     うっとりするような口調は、ウィルに耳を疑わせる。返事を期待してはいませんよねとすがめた目が非難した。
     しかしハンニバルの手つきは変わらない。それどころか、その手は牙以外を確かめる。まさか指先を舌がかすめたから、舌が追われたわけではないだろう。
     狭い口内には希望に見合う退路はない。エナメル質から離れた指がどこへ向かおうとしているのかを察し、ウィルはさすがにぎょっとした。咄嗟に逃れようと舌をひっこめる。けれど指の長さならば簡単に喉の奥まで届いてしまうのだし、舌ならなおさらだった。
     ハンニバルがウィルの舌に触れる。密集した鉤状のとげに、牙に触れた人差し指で、牙にしたのと同じように皮膚を引っかけた。
     その感覚に、ウィルは困惑する。これは明らかに異常な事態だった。彼の線引きは曖昧だったが、いくらなんでも舌を触られれば抵抗を感じる。
     なぜこんな目にあっているのか、なぜ目の前の男はそれを自らに許可したのか、まるで理解の範疇から外れてしまっていた。特定の関係を除き、診断目的でもなければ誰もがこんな状況には出くわすはずはないというのに。
     筋組織が生理的に盛り上がり、体内の異物を押し返す。それが侵入者を喜ばせるのがわかってもどうしようもなかった。
     彼はまた、なぜ自分がその場に留まり続け、されるに任せているのかも分からずにいた。こんなことを受け入れる理由などないはずだ。だが何もかもわからなさ過ぎて、身動きがとれない。
     眉を下げ、助かりたくて、苦痛と混乱を訴える。けれどハンニバルは取り合わず、何食わぬ様子でウィルが落ち着くのを待っていた。無断で踏みこんだ上に我が物顔で居座っておきながら、強引に動き回らないことでそれが無理強いではないと見誤らせようというつもりでいるのだ。
     混乱にあっても、ウィルには自分の内部へ押し入った男への反感があった。けれど何も判断できないなら、感情は持続せず、じきに舌は緊張をほぐし通常のところへ戻っていってしまうだろう。そうせざるをえないのだ。口内に逃げ場はないのだし、逃げられていなかったし、無理に引っこめたままでいるのは辛いのだから。
     ウィルはおずおずと舌を緩ませる。明け渡すのだという自覚も、それが生む葛藤も遠ざけられた。
     彼は妥協した。しかし抵抗が働きかけられずとも、異常な状況において神経は過敏であることをやめられはしない。やや粗い呼吸をし、なおこわごわと力んで、警戒している。とはいえ、舌の上に異物を乗せているにしては馴染んでいると言わざるをえなかった。つまり彼は従順という言葉も思い出してはならないのだ。
     ハンニバルはずっと動かなかったが、ウィルが震えるのに任せるだけで、充分に味わえていた。
     いくらこわばっていようが異物感や緊張で常にそこはうごめく。唾液を飲みこもうとして口蓋や歯がかすめるのや、うまくできずに喘ぐ様子をつぶさに眺めるばかりか触感を得られるのは格別なのだから。湿った吐息がなぜ引きつっているかを思えば、彼が飽きさせられる理由など一つとして見当たらない。
     ウィルとハンニバルは繋がった箇所でまるで同じ温度になっている。けれどお互いに境目を見失うことはなく、同化を強く意識しながらもそれぞれの熱や感触に敏感だった。
     ハンニバルがウィルの舌をやんわりと撫でる。神経を張りつめるのに疲れ始めていたウィルは、思わずきゅっと息を止めた。
     粘膜に覆われたとげに、己の体液で湿ったものがざりざりと引っかけられていく。尖った突起は元々、毛づくろいや肉を骨からこそげ取る為のものだ。半端な獣人である彼にそれは必要なく、彼が今口の中に入れているものにもそうされる必要はまるでなかった。
     ウィルは理解に苦しみ、途方に暮れる。少しだけとげを引っ掻くと、ハンニバルはそれきり動きを止めた。抜き去るのではなく、またじっとその場にとどまるのだ。相手が望んでいないと承知していながら。どうしようもなく、舌はびくびくとうごめくしかない。
     ウィルの顎は上向いたままで、開いた口も、相手の為のものだった。口内を侵す手の代わりとばかりに、後頭部をハンニバルのもう一方の手が支えている。捕らえられているというべきかもしれないが、どちらでも変わらないだろう。その手にうなじを撫でられ、彼は呼ばれているのだと理解した。力なく目を合わせる。
     ハンニバルは楽しげだった。
     翳って暗い琥珀を前に、自らの身がいずれ自分の元に戻ってくるのかと考える。今この男の手の中にあり、この男には手放すつもりがないというのに。
     体内に入りこんだものを飲みこんでしまえればいいと彼は感じた。けれどそうすることはできない。思うようにそこを潤すのすら困難なのだから。
     覗かれている。
     乾く、とウィルはうめいた。
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