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    @1919_0307

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    bntnワンドロさん お題「マフラー」

    蘭竜 モブ→蘭 【竜胆がモブを突き落とす話】蘭竜 モブ→蘭 【竜胆がモブを突き落とす話】

    「……アホくさ」
     暖房のついていない真冬の事務所はキン、と凍てつく空気に満たされていた。完全防音で、竜胆以外に動くモノの気配がない室内へ渇いた独白がいやに響く。
    都内の某オフィス街に聳える、地上15階建の雑居ビル。ここは梵天が複数所有する事務所の1つが最上階にあり、主に灰谷兄弟のシマでもあった。
     そしてこの朝、珍しく弟の灰谷竜胆は寝起きが悪い兄を自宅へ放置したまま部下もつけず、単身で事務所へと顔を出したのだが、それは誤り、だった。いつも通り低血圧気味で頗る寝起きの悪い兄をあやし、宥め、共に朝食を取り部下を引き連れてくれば、『こんなモノ』をひとりで見なくても済んだのに。
    事務所の奥側に位置する、金庫室への扉。そのドアノブで首を括りつつも、一面ガラス張りの窓辺から燦々と降り注ぐ眩い陽光を浴び、だらり、垂れさがっている男の姿などは日頃スクラップを見慣れている竜胆だとて、朝っぱらから拝みたいとは思わない。
    「……はぁ、面倒くせぇな。死ぬなら他所でやれよ…って、失敗してんのか。益々どうしようにもねー奴だなぁ、オイ」
     硬質な床をわざとらしく踏み鳴らし、金庫室の扉に背を密着させ弛緩した体を床へと投げ出していたのは黒いスーツを纏った男で。顔色は青く口端からは涎を垂らしているものの、微かな息遣いが漏れている。
     クソ怠っ、と投げ出された男の足を蹴り飛ばしてやるも、当然ながら反応はない。男はドアノブへ括りつけたマフラーで首元を絞められ、完全に落ちていのだ。
    「ほんと、アホだなぁ。お前」
     竜胆は死にかけている男の首元を見下し、嘆息した。実に、馬鹿馬鹿しい。ドアノブへ巻きついたマフラーは、彼の兄が気紛れに男へ与えた物であった。

     ――確か、その夜は雪がチラついており素手などでうっかり外を歩こうものなら忽ち皮膚が強張り、かじかんでしまうほどの極寒だった。
    梵天のスクラップ場は其処彼処に配置されている事務所と同じく、いつ何時特定されても問題ないよう様々な場所に散らばり、複数点在している。なのに、その夜マイキーが使用すると指定したのは寄りにもよって港と隣接する倉庫であった。
     最悪だ。倉庫は数歩ゆけば海面へ容易く吸い込まれる、という素晴らしい位置にある。つまり、容赦なく吹き抜ける雪風に常時晒されているのだ。しかも、倉庫入口は海面側にしかない。
     真冬の海なんて、近寄りたくもないのに、と倉庫の脇に停めた車内で愚痴る竜胆に、兄は同感、と笑った。だが組織のトップ、マイキーは絶対だ。彼の意に背くワケにもゆかず渋々、竜胆は兄と共に黒塗りの車を降りた。運転手役の男も無言で降り2人のあとを追いかけようとしたが、「お前はダメ。ここで待ってな」と兄に制止されていた。
     男は梵天に加入して間もない新人であった。スクラップは必ず幹部のみで執行するのを、この時まで知らなかったのだ。男は新人ながらも堅実で聡い性分を兄に評価されている人物であり、この際も別段制止されたのに食いつこうともせず、案の定「かしこまりました」と模範的に整った礼をし、ふたりを見送った。
     竜胆からすれば、ああした男はイイコチャン過ぎて面白みの欠片もないのだが、兄曰く『ウチのピンキージャンキーみてぇなのばっか見てんと、ああいうマトモそーなのがたまに良くなってくんだよ』らしい。移り気な兄の言うことだ。どうせ暫くすれば、飽きて捨ててしまうだろうに。
     そうして倉庫へ入り、約一時間後。なんの問題もなく作業を終え、冷凍庫のが外よりあったけーとか異常と兄弟ふたり、愚痴を漏らして車へと戻れば肩に雪を積もらせた男が佇んでいた。兄は竜胆の横で一瞬、キョトン、とした顔をしてから鼻で笑った。男は兄の言いつけを守り、暖かな車内に戻るでもなく吹雪の中で忠犬ハチ公の如く実直に主の帰りを待っていたのだ。
     お前も案外、馬鹿なとこあんだな。そう笑うと、兄は自分が巻いていたマフラーを解き、男の雪が積もった肩へかけた。――コレやるから、いますぐ車出せ。ついさっきまで笑ってたのが嘘だったのだろう。兄の声は冷たくも、あたたかくもない、ただただ無機質であった。

     ――男は実に愚かだ。
     兄が愛しているのは実の弟である竜胆ただ独り、だけなのだから。
     どれだけ有能に立ち振る舞い、時には愚直な愛情表現をしたとて、兄は決して竜胆以外へ心を動かさないと賢い脳味噌で理解した結果がコレ、なのだから。

     ドアノブで首を括る男が最初は死ぬつもりだったかは、竜胆の知るところではない。しかし男は灰谷兄弟の元へ配属され、最初に下された命令は『対抗組織の上役をひとり見せしめとして拉致し、無理矢理に首を吊らせて来い。勿論、録画は忘れずに』、だった筈だ。これは誰でもない、竜胆自身が下した命令である。
     男は兄が買っているだけあり、竜胆の命令をぬかりなくやり遂げた。スナッフフィルムに映し出された上役の男は実に良い、吊りっぷりを披露し一発であの世へと旅立ったのだ。
     首を吊り、死ぬ。ただそれだけの行為は存外に難易度が高く、吊る角度・体制が正しくなければ、自殺ではなく自傷で終わってしまうのも珍しくはない。だが、兄のお気に入りである男は残念ながら、優秀だった。一度成功させていることを失敗するような、間抜けではない。
    「男のかまちょって、キメぇよなぁ」
     竜胆は男とドアノブを結ぶマフラーを解く。やはり、近くで確認すれば吊る体制が適していないのは明確であった。マフラーを巻き、首を絞めた痕だけはほんのり残っていたが。
     この男は死ぬつもりで吊ったのではない。わざわざ兄のマフラーで命を絶ちかけた、という演出までして『遠回し』で『健気』な愛情を体現しようとしたのだ。実に、愚かだ。兄と同じ血の流れる体から、わざわざ唾を吐き捨ててやる価値すらない。
     どうせこの男が自身の一生を、兄へ捧げたとて。どれだけ熱の籠った視線を兄へ投げつけたとて。灰谷蘭は弟の灰谷竜胆しか愛さない。これは絶対だ。生きとし生けるモノがすべて、いつしか必ず命尽きるのと同義ですらある。
     どうせ叶わぬ恋なのだから、たまに事務所で気紛れに弟を抱き潰す兄を監視カメラ越しに覗き見てシコる程度で済ませておけば良かったのだ。そうすればこの男は兄にとって、いつまでも『有能な部下』でいられただろうに。
    「……さっむ」
     窓を開けば肌を刺す、冷気が突風となって竜胆を煽った。事務机に無造作に置かれたままの書類が吹き飛ばされ、室内に散ってゆく。
     竜胆は兄のマフラーを自らの首へ巻き付けると、トアノブの下でぐったり伸びている男の足を掴み、引き摺った。金庫室は窓の真横だ。窓際まで弛緩した男を引き摺るのは、元々腕力に自信がある竜胆にとって手間や苦労を感じさせなかった。
     15階建ての最上階から頭を下にして落ちれば、どうなるかなど想像する必要はない。いじらしく想い人の私物でつけた首の痕すらも、どうせまともに確認できはしないだろう。
    「ホント、アホくさ」
     竜胆は握った男の足に力を込め、意識がない弛緩した体を窓の外へと宙づりにして、手を離した。
     男の体は重力に逆らわず、下へ、下へと落ちてゆく。
     実にあっけない、最期だ。決して実らない恋に身を焦がしながらも、身の丈にあった生き方を選べなかった者は、自身の死にざますら選ぶことは叶わなかった。
     ただ、それだけの話だ。

     くしゅり。クシャミひとつして、竜胆は窓を閉めた。肌を刺すような冷気漂う真冬に、防寒具がマフラーだけでは装備が貧弱過ぎる。これから遅れて事務所へ到着する兄に、新しいコートでもねだってみようかな、なんて思いながら竜胆は暖房のスイッチを入れた。
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