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    8ruta_lm

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    もろもろ捏造
    かおるくんがこういうメンヘラだったらいいなって話

    #ラストメタル
    lastMetal
    #ラスメタ
    lathMeta
    #富喜薫
    fuXiManganese

    不眠症のかおるくん 日付けが変わって一時間足らず。潤はバー「R. I. P.」のホールを少しだけ覗いて、すぐに考えを改めた。世絆への挨拶はスタッフに預けて、ラウンジに行こう。出迎えてくれた新人にその旨を伝えて一旦裏口にまわる。
     この時間のデッドライトシティはまだ明るい。世絆が経営するバー「R. I. P.」もそうで、ホールはひどく賑わっていた。高級感を売りにするバーだから馬鹿騒ぎするような客はいないが、客の多さとスタッフの仕事の機敏さ、世絆の表情が賑わいを表現している。それは世絆が理想とするバーの形だろうとひと目でわかるほどだった。ならばわざわざ邪魔することもない、とすぐに気づいた。彼にお金を落とすことが目的ならラウンジでもできる。そちらでの飲食費もきっちりツケにされているのだから。
     収支状況から今日の予算を計算しつつラウンジに入る。目に入るのは二台の赤いソファと、眠っている仲間だった。ローテーブルを挟んで向かい合わせになったそれの片方で、凛己が横になっている。そしてその足元、床に座った薫が体を丸めている。
     大量の本が入ったバッグはラックに置いて、真っすぐに薫の元へ向かった。こちらから声をかけるより早く薫が顔を上げる。
    「潤」
     笑ったのか、何もしなかったのか、わからないほど小さく目元が動いた気がした。
    「起きていたのか」
    「うん。凛己は二部までの間寝る、って」
     なるほど。凛己はよくこのラウンジで仮眠を取っている。トラブルもアフターも特にない場合はバーまで戻ってきて(自宅より近いらしい)このソファをベッド代わりにして。もしかしたら家は汚くて寝る場所もないのかも、と成が以前、怪訝そうに言っていたが。
     頷いた潤を見上げたまま、薫が小さく首を傾げる。
    「潤は」
    「俺か。俺は少し『案件』を手伝っていた」
     そして今度は潤が首を傾げる。
    「起きていたのか、とは『薫は寝てないのか』という意味のつもりだった」
     音が鳴りそうなほど強く、薫が息を詰める。はく、と唇だけが動いて目線が泳ぐ。
     結局は潤の足元で落ち着いたようだった。
    「ええ、と……凛己を起こす時間まで待ってようと思って」
     つまり眠らないということだ。このあと数時間は確実に。出会ってからそう日が経ったわけでもないが似たような場面は多かった。普段の生活の様子を見ていても薫の不健全性など見て取れる。
     神からギフトをもらった方の人間だと、潤は自分を認識している。このギフトは人を救うための力だと思っていた。天才だとかエリートだとか、そう言われて、ならば人をも救えるだろうと、守れるはずだと、思って。思い込んで、死んで。きっと天才でもエリートでもなかったが、まだギフトはこの身に残っているはずだった。少なくとも今の潤には薫に受け渡すべき「ギフト」がある。
     薫の隣に腰を下ろす。案の定慌てた様子で薫が身構えた。
    「だめだよ、僕に近づかないで、それに床に座っちゃ……」
    「ならば薫も床に座るべきじゃないな」
    「ぼ、僕はいいんだ、でも潤はそうじゃない」
    「それも思い込みのように聞こえる」
     目を合わせてそう伝えると薫はもう口を閉ざしてしまった。胸の前で拳を作る薫の手首をそっと掴む。薫が震える。けれどそのままゆっくりと引いて立ち上がらせると、一緒に向かいのソファに着いた。二人分の体重で沈むソファは、わずかに潤の方に傾く。
     ジャンパーのポケットから一粒の薬を掴んで薫の手に握らせた。中身は大したことのない――けれどここクロスロードではひどく珍しい、現世の処方箋薬だ。主に不眠症の治療に使われる。
    「預かってきたものだ。本来医者の許可なく飲むべきではないんだが……ここはクロスロードだから許されると思おう」
    「これは……睡眠導入剤か」
    「ああ。薫が酒を飲んでいないようなら、今すぐにでも飲んで少しでも体を休めてほしい。凛己を起こすのは俺がするから」
     薫の目が、じっと薬をとらえる。そのあと潤の目も。「『案件』って、燎さんの?」とだけ尋ねられたので頷いた。すっと目を閉じる。凛己、と呟いたと思ったら手慣れた様子でシートから薬を取り出して飲んでしまった。水もなく嚥下する喉の形が潤の目に焼き付く。

     確かに燎の依頼だった。
     医者というものは、現世では重要度が高くともクロスロードではそうではない職業の代表だ。病気にならないと言われるこの世界で(そしてスラムにも似た治安をしたこの町で)医者にかかる人間などそうそう居ない。そうして金に困った医者の一人が詐欺に走ったということで、彼の家から被害の補填になりそうなものを押収するのが今回の案件だった。もうすでに「懲らしめる」フェーズは済んでいるらしく、物理的に襲われる心配はないとは言われていた。ただ、腐っても医者だった以上薬の類を抱えている可能性が高く、その危険性を判断する知識源として万と潤が呼ばれた。万はもちろん刑事としての違法ドラッグの知識、潤は市販、処方箋を問わず医学や薬学の知識を期待されていたのだ。潤への報酬は現場で拾える金目のもの以外すべて。
     十分だった。法に則った正当な手続きではないがただの悪事でもない。それで医者の使う道具で勉強できるならデメリットがない。
     医学書と多少の医療器具を見つけて満足し、帰ろうとした潤の手を掴んで燎は一粒の薬を握らせた。聞いたことのある名前だった。現世の日本で正式に流通している薬。けれど人が病気にならないと言われるこのクロスロードでは不要なもので、滅多と見かけない。おそらく現世から流れ着いたものを医者がサンプル程度に家においていたのか。
     不思議そうにする潤を見下ろして燎は笑って、軽く肩を叩いた。
    「潤クン、ついでだと思って別件で黒猫さんやってくんないかな」
    「別件で、黒猫?」
    「うん。こういう薬を探してほしいって依頼でね。きっちり前金ももらってるんだけど俺もなかなか見つけられなくて……やっと一個見つけた。潤クンに思い当たる子がいるだろ? その子に渡してあげてよ、それで正解だから」
     思い当たる子、という言葉にはすぐに返せないが、黒猫についてはよく理解した。潤が頷く。
    「配達員、だな。十分すぎる報酬ももらったし、この薬だって違法ドラッグではないようだ。確かに預った」
     ジャンパーのポケットに薬を仕舞った潤を認めて、燎が「毎度あり」と笑った。そして「今後も見つけ次第渡すからさ、黒猫さんしてやってね。ブツは都度相談ってことで」と付け足して万と共にどこかへ飲みに行ってしまった。
     燎が潤に「思い当たる子」「その子」というならVenomous 8のメンバーで、しかも潤より歳下だろう。万ならこの場で手ずから渡すだろうし、世絆ならこれをネタにツケ解消をゆすりに行ったはずだ。潤より歳下の四人――真也は人前以外ではずっと眠っているようだし、凛己もよくラウンジで仮眠を取っている。成は精神科で処方されるような薬など使ったこともないだろう。薫か、と消去法であたりをつける。
     薫は。帰路を辿りながら潤は思う。薫は、確かに不健全で、病的で、不安定だ。ここクロスロードでは異質なほど。

     薫は背をまっすぐに、まばたきをするだけだった。時折口が開いては声も出さずに閉じる。言葉を探しているのだろうか。詞ではあんなに饒舌なのに会話では迷う様子を見せる。レスポンスが苦手なのかもしれない。
     とにかく、薬を飲んでしばらく経つが目立った変化はまだなかった。しっかりと時間を測ったわけではないが超短期型の睡眠導入剤だ、もうそろそろ眠気の出てくる頃合のはず。あと数分は様子を見るか、と頷いて薫の目線を追う。
     凛己が眠っていた。薫と同じで潤から見ればまだあどけなさの残る歳、しかし薫とは対照的でよく口の回る男だった。
     薬を飲む直前、薫は「凛己」と呟いていた。あのタイミングで名前を呼んだ意味を考える。薫の中で何かが繋がったはずだ。あのとき手渡した情報は薬の現物、それが預かってきたものであること、燎の仕事に関係するものであることの三つ。ここに凛己が絡むとすれば――凛己が手を回した結果だと、薫は確信したのかもしれない。
     真相はどうかわからないが仮に凛己が燎に依頼したとして。凛己にとって薫の不眠を解消するメリットはなんだ。金を払ってまで仲間の病を癒すことで凛己は何を得ようとしたのか。
     自分なら、と潤は思う。自分なら救った。ギフトがまだこの身に残っていてもいなくても、そういった手段があるなら救った。なぜなら自分たちは仲間で、共犯者だからだ。復讐をするための。ならば自分自身のみならず仲間全員の体調管理は必須だ。凛己はそれを金で買おうとしただけかもしれない。
     潤がそう結論付けたところでこくんと薫の体のバランスが崩れた。薫、と突き出した手が簡単にその上体を支える。
    「眠気が来たか」
    「う、ん、そうかも……ごめんなさい」
     薫は小さな声で謝りつつ、難しい顔をしてゆっくりと姿勢を戻そうとするが上手くいかずに揺れてしまう。まばたきもさきほどより明らかに遅くなっていた。もう寝た方が良い、とクッションを枕に寝かせた。
     横になってなお、薫は小さく体を丸めるから潤の座るスペースは十分にあった。余裕のある座面を見つめていれば、ぐずる子供のような薫の声がラウンジに響く。
    「現世ではこの薬、ちっとも効かなかったのに……どうしてだろう、クロスロードだからかな、それともしばらく薬を飲んでいなかったからかな」
    「さあ、どうだろう。断定するにはサンプル数が足りないな」
    「……でも不思議、断薬症状は出なかったのに薬への慣れはなくなるなんて」
    「そうか」
     断薬症状、という明らかな専門用語を簡単に使ってみせる薫の生前を思う。病を自覚し、薬をもらい、飲み方を理解し、薬を断てばどうなるかも知っていた。どの薬が何に効いて、しかし自分の体には効かないこともすぐに答えた。それだけの理解力を有しながら薬を飲み続けるほど病を抱えて生きてきたのだ。
    「クロスロードでは人は病気にならない、だとすれば癒えない僕の苦しみは病気ではなかったのか。この絶望感が僕のパーソナリティなのか。嫌になるな……本当に。二十で死ぬつもりだったのに二年も長く生きて、やっと死んで、それなのにちっとも楽にならない。楽になっていいとも思えない」
    「薫、もう眠ろう、眠いんだろう」
    「……クロスロードに流れ着いたとき、安心したんだ。僕はまだ死にたくなかったんだ、生きていたいと思えていたんだって身に染みてわかった」
     だから絶対に現世に戻ってみせるよ、と薫がかすかに笑った。眠気を感じて、口の閉じ方を忘れてしまったのかもしれない。薫は脳にある言葉をそのままノートに書き出すように話している。
    「ここに猫がいてくれたらどんなにいいだろう。白くて、軽くて、いつもころんと丸まっている。僕は彼女を眺めて、時折撫でて、隣で眠るんだ。彼女は柔らかい体をブランケットの中に滑り込ませて、朝目覚める僕の邪魔をする。だから僕は体を起こさずに、ベッドで彼女を表す言葉を探している。そんな猫がここにいてくれたら」
     突然の動物の話題に潤は一瞬言葉を失くした。薫は猫が好きだから、悲しくなると強く求めてしまうのかもしれない。しかし精神疾患を抱えた人間とペット、という話題に思い当たるものがあって反射的に口を開いてしまった。
    「でも、犬を飼っている。黒い犬だ」
     薫はひどく嬉しそうに口元をほころばせた。
    「そうだね。潤はよく知ってる……」
     長い長いまばたきをして、薫の大きな目が潤をとらえる。生まれて初めて、もしくは死んでからやっと、自分にも苦手なものがあるのだと思い知った。
    「ねえ、潤はお医者さまなの?」
    「……いいや。俺は黒い猫だ」
    「そう。じゃあきっと僕の友達でいてくれるね」
     薫がやっと目を閉じて、何の言葉も話さなくなった。薫、と呼びかけても寝息が返ってくるだけだ。髪を撫でても起きる気配がない。

     ため息を吐くと、相槌を打つような小さな足音がした。顔を上げてドアを見れば成が顔をぐしゃぐしゃにしてその場に立っている。現世ではかなり大きい方だった潤よりもさらに大きなこの男は、ひどく感受性が幼く涙もろい。
    「盗み聞きか?」
     潤が笑って尋ねると「出ていく、タイミング、なくして……」とまた泣いた。
    「ギターの練習してたらこんな時間になっちゃって、だから少しお酒飲んでから帰ろうって思って……この時間だったら凛己が一部の仕事終わらせて帰ってきてるかもだから一緒に飲めたら楽しいかなって、思って……そしたら薫と潤が悲しい話してたから」
    「悲しくても、よくある話だ」
    「悲しい話はよくあっちゃだめだよ……」
     顔を拭った成が向かいのソファ、凛己の足を避けた端に座った。浅く腰かけているせいで今にも滑り落ちそうな姿に思わず笑うと「俺はこんなに悲しいのに」と成が眉を下げる。
    「ねえ潤、黒い犬って何? 薫はあんなに猫好きなのに……」
    「ああ、それは比喩で本当のことじゃない」
     初めて黒い犬に不吉さを見出したのは古代ローマの詩人まで遡る。しかしここで答えるべきはもう少し現代的に噛み砕かれた例だ。
     潤は薫に目線をやって、そこに子どもの黒い犬が寄り添っている様を想像する。子犬であれどすでに大きく、重たく育ったそれは薫の体にのしかかって我が物顔で主を沈み込ませる。
    「有名な話だ、とあるうつ病患者が自分の病を黒い犬と呼んだ」
    「うつ病?」
    「そう、病的なほどにひどい気分の落ち込みのこと。ただ、薫は比較的軽度でうつ病というよりは抑うつ状態だと思う。黒い犬はまだ子犬だ」
    「小さくても、黒い犬は病気なんだよね? このクロスロードでは病気にならないってヴァルカが言っていたでしょ? 薫は治らないの……?」
     首を振る。それがわかっていたら潤がもう動いていた。
    「わからない。確かなのは、現時点の薫が精神的に健康ではないことだけだ。病気にならないと言っても精神疾患は別なのか、新しく病気にはならないだけで元から持っていたものは治らないのか、治るにしても時間がかかるのか……」
    「そっ、か……俺にできることは?」
    「……正直なところ、俺にもよくわからない。一般的には無理をさせないのが肝要らしいが……俺は臨床医じゃない。病気の定義やメカニズムを多少知っていても、治し方や患者との接し方までは知らないんだ。――友達としてなら接することはできても」
    「友達、か。そうだね」
     成が泣いた目で潤を見つめる。薫も好かれるならこういう犬だったら良かったのに、なんて冗談が浮かんで、少しは気が楽になった。
     きっと誰のことも救う力は自分にはない。守れずに死んだ。励ましは下手。現世に還ることもままならない。けれど、そういった潤では救えない人もきっと成は軽々と救ってみせるだろう。友達として。
     そういえば黒い猫の方は、と尋ねられて「配達員のことだ、睡眠薬を届けた」と答えると成はやっと笑った。明け方、成と共に潤が凛己を起こしたが、彼は薫を一瞥しただけで仕事に行った。


     その言葉とその音を、誰よりも憎んでいる。
     嘘のない言葉は薄っぺらく、腹の底に響くような強い意思を孕んだ音がハエのようにうるさかった。けれど凛己に必要なのはその言葉と音だった。富喜薫という男の紡ぐ言葉でないと、富喜薫という男の出す音でないと奇跡は起きなかったのだ。
     誰よりも憎んだものを誰よりも必要としている。その矛盾に心が焼き切れそうだと自覚して、けれどすぐにああそれなら耐え切れると気づいてしまった。矛盾に心が焼き切れそうになるなど日常茶飯事だからだ。嘘など簡単に吐く。今日の飯のために何度だって心を殺してきた。そうやってどうにか二十年と少しを生きてきた。だから現世に還るまでの期間くらい、大丈夫だ。
     ラウンジに戻る足取りはすでに重かった。ベースの音がしていたから。ドアの前で深呼吸をし、台詞と行動パターンを数種類検討。一番凛己のペースで動けるものを選んで、表情を作った。
     ドアを開ける。音が止む。
    「凛己」
     ベースを抱いて縮こまる薫の目の真ん中に凛己の姿が映る。
     一瞬飛びかけた台詞をどうにか引き戻して、凛己は無理矢理笑った。笑え。嘘を吐け。嘘を。嘘こそが身を守る盾であり相手を刺すナイフだ。その過程でどれほど心が壊れようと生き抜かなければ心も直せない。
     ラウンジの真ん中を進んで、ソファに腰かける。軽く跳ね返す座面は職場のものと遜色がない。自分の中のスイッチを入れ、台詞を舌の上に乗せる。
    「ただいま」
     ぽんっと言葉を放り投げると薫がはっと口を開いて、けれど上手く言葉にならずにまた閉じる。重ねてただいまと伝えれば薫は理解の及ばない顔で「お、かえりなさい……?」と尋ねるように挨拶を返した。バーのラウンジであって家ではないのに、とでも言いたげな表情を鼻で笑う。もうこちらのペースに巻き込んだ。もう大丈夫だ。
     いつも通りソファに体を預けてあくびをひとつ。薫を見上げる。所在なさげに丸まった小さな体が凛己の様子を伺っている。深夜一時になろうかというこの時間。薫はよく深夜に楽器を練習していて、凛己はよくそこに鉢合わせた。
    「寝てねえの?」
     薫は頷くだけだった。何かを付け足そうとした口が何も言わずに閉じる。
     今までホストとして見てきた人種の中でもこの類の人間の扱いはわかる。失望したように見せなければ永遠にこちらを裏切らないのだ。そもそも最初から期待などしていないと悟らせず、失望した風にも見せず、ただその場にいることを許し続ければいい。
     そしてこの空間において、薫への許しとは役割と同義だった。ここにいる理由を与えればいい。それだけで彼は自分に懐くだろう。
    「薫さあ、寝ないなら今日も時間が来たら起こして」
    「う、うん」
     ベースに助けを求めるような姿勢の薫が、しかしきっちりと頷く。それだけを認めて凛己は目を閉じた。
     先日も同じような流れで、薫がソファの足元に座ったことまで覚えている。その日は薫が上手く眠れたようで成と潤に起こされてしまった。
     ただ今日はそうではないようだ。一日二日、単発的に眠れたところで根本的な解決にはならないらしい。やはり継続的に対処しなければいけない。そうでなければ――現世になど還れるものか。
     どうせ金なら余っている。現世に還れば不要になる金などここで使い切った方が良い。現世と同じ仕事をするだけでかなりの額が稼げるのだからそれを仲間のメンテナンス費に充てよう。燎以外にも依頼して薬の回収率を上げるべきだ。
     凛己が思考を回したところでふと髪に体温が触れた。ワックスを付けた髪を細く、しかし硬い指が撫でつけている。指が離れる。微笑むような呼吸音。
    「おやすみなさい」
     凛己はただぐっと唇を引き結んだ。そんな凛己の足元で、薫が静かに、本当に静かに、ベースを鳴らすことなくうずくまる。
     そのまま眠ってしまった凛己を起こすとき、薫は「今日も僕の黒い犬は凛己の役に立ったね」と笑っていた。
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