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    torikawa_juju

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    torikawa_juju

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    読んでみたいとおっしゃていただいたので、硝→歌風味の話その1です。
    ふるさと納税でクエもらって二人で食べるって仲良すぎでは???乗るしかねぇこのビッグウェーブに。

    まともな人庵歌姫という人物は、呪術高専において最もまともな部類の人間だった。
    呪術師などというものは、基本的に皆どこかしらイカれている。頭のネジが何本か飛んでいるのだ。
    幼い頃から見えないものが見え、人が理不尽に傷つけられるところを見ながら育つのだから、これはもう仕方のないことだろう。
    だから、『まとも』である庵歌姫という人物は、まともであるが故に異質でもあった。
    なぜかイカれたやつほど強い呪術師の世界で、彼女はひどく頼りなく見えるのだけれど、私は、この世界で『まとも』な彼女をとてもとてもあいしている。





    「派手にやってますねぇ。私の出番はなさそう」
    手持ち無沙汰になり、一服、とでも思ったが、さすがに先輩の手前やめておいた。代わりに、ポケットに入れておいた飴を口に放り込む。
    まったく、タバコを嗜むようになってから、すぐに口が寂しくなってしまう。
    昼間とは思えないほど暗い空。
    歌姫が下ろした帳のせいだ。
    「あのね硝子、あんまり油断しないでよ。一応、何があるのかわからないんだから」
    呆れたように言うのは、高専を卒業して日が浅い先輩、庵歌姫2級術師。
    教員にと誘われたようだが、経験を積みたいと今は高専を拠点に活動しているらしい。
    「大丈夫ですよ、自称最強がいるんで。あ、先輩も飴舐めます? ミント系いけます?」
    「ありがと。そうだけど、報告じゃ特級もいるって聞いたわよ」
    「それでも、ヘマなんてしませんって」
    23区内の某都立高校敷地内にて、呪霊の発生を確認。校内に置かれていた呪物の影響と思われる。
    発生した呪霊によって付近の呪霊も引き寄せられ、校内には多数の生徒が閉じ込められている模様。また、特級呪霊発生の可能性もあり。
    それが数時間前にもたらされた報告。
    在校していた呪術師3名(内2名学生)が派遣され現在に至る。
    校門で待機するふたりからは校舎が見えるが、そこかしこから派手な爆音が聞こえてくる。
    生徒が無事だといいけど。
    「怪我人がいるかもしれないんで私も連れて来られましたけど、五条ひとりで十分ですって」
    「……だからって、先輩である私を置いていくわけ? 硝子の護衛って言えば聞こえはいいけど、足手まといって言ってるようなもんじゃない」
    自称最強を名乗る五条悟特級術師曰く。
    歌姫は弱い。
    だが、歌姫は決して弱くない。仮にも2級の術師だ。まぐれや偶然での昇級はあり得ない。
    けれど、悟は平然と言う。
    歌姫は、弱いからなぁ。
    「あいつからしたら、全員足手まといですよ。あ、夏油は違うかも。あいつらつるんでイキってるから」
    間違いなく、それは真実。
    けれど、歌姫にだけ「弱い」と言ってからかうのも、また真実。
    「……私だって、わかってんのよ。あいつがどういう意図で弱いなんて言うのか。わかっちゃいるけど、あの態度が腹立つのよ……!」
    「わかります。あいついちいち人の癪に触ることするの上手いですもんね」
    がり、と口の中に残っていた飴を噛み砕く。
    歌姫は、呪術師の世界ではまともな感性を持つ人間だ。普通の世界であれば歓迎されるその感性も、狂ったやつほど強くなれるこの世界では邪魔でしかない。
    常識を越えられないから、一級の壁を越えられない、いや、届きすらしない。
    悟はそれがわかっていて、「弱い」と揶揄うのだ。
    馬鹿か、あいつ。歌姫先輩はそこがいいんだろ。
    「おーい硝子ー!」
    校舎から飛ぶように現れた悟は、一人の女子生徒を抱えていた。
    「悪い、この子先に頼む。呪霊が中に入ってる。人を操るほどの力はないと思う」
    「わかった。もうこれ以上私の仕事増やさないでよ。めんどーだから」
    「あとは雑魚だけだから。歌姫、硝子頼む」
    「だから先輩だっつってんだろ!」
    取り合ってもらえないとわかっているのに、毎回このやり取りする意味あるのかな。
    すでに姿がない悟にも届いていないだろうし。
    横たわる女子生徒は、苦しそうに顔を歪め額には脂汗が浮かんでいる。額に手を当てると、確かに呪霊の気配がある。
    このままだと体内から食いちぎられる可能性がある、早く祓わなければ。
    「歌姫先輩、私がこいつ引きずり出すので祓ってもらえます?」
    「わかったわ」
    硝子の反転術式はもともと希少な能力だが、さらに他人を癒す力という稀有なものだ。
    被術者の身体であれば如何様にもコントロールできるし、本人の細胞以外の異物を強制的に体内から排除もできる。
    ただ、稀有ではあるものの、戦闘能力はほぼ皆無。
    だからこうして、前線に出向くときは護衛が必要になることも多い。
    「出ますよ」
    ペタリ、と鋭い爪がついた手が女子生徒の口から伸びる。肌はぬるりと鈍く光理、生理的な嫌悪感が背中を這っていく。
    「おら、さっさと出てこい」
    硝子はその手を掴むと、目一杯の力で引きずり出した。
    姿はカエルに似ていたが、手足の爪の鋭さは可愛げのカケラもない。
    居心地の良い場所から連れ出されたせいか、硝子に対して強い敵意を向けている。
    思ったより攻撃性が強そうだ、とっとと引き剥がして正解だった。
    「先輩!」
    「わかってる!」
    すでに一歩目を踏み出している歌姫だが、一瞬で状況を把握。
    あいつ、硝子を狙ってる!
    より確実に仕留められそうな人間を選んだのだ。
    クッソ、間に合わない。
    「硝子! こっちに跳んで!!」
    体術が苦手な硝子も、それくらいならば問題ないはず。
    意図を汲んで、硝子が歌姫の後ろへと跳んだ。
    硝子を狙った爪が空を切ったのを目視で確認し、一気に距離を詰める。
    これならいける!
    「先輩!」
    なにもない空間を切り裂いた爪は、まるでゴムのようにしなって動きが読めない。
    「なんなのよ気持ち悪っ!」
    一瞬で間合いを詰めて、一撃で祓う!
    庵歌姫は、弱くない。
    自分よりも格下、もしくは同等級の呪霊との一対一で負けることはない。
    けれど、『まとも』であるが故に、隙が生まれる。常識が邪魔をする。
    次の瞬間に見えたのは、血。
    それが自分の血であること、顔から上半身にかけて、爪で裂かれたことを理解するのは同時。
    血で視界は奪われたが、気配から自身を切り裂いた爪は土中から現れたことを察する。
    「舐めた真似してんじゃないわよ!!!」
    視界には頼らない、必殺の一撃。
    硝子を狙った他に、もう片方を土中に潜ませ狙っていたとは見抜けなかった。
    このレベルの呪霊は、策を持たない。
    そう常識と思い込みで相手の力量を見誤った己の手落ちだ。
    だから……五条に弱いなんて言われんのよ……。
    本当にむかつく。
    「硝子……その子は無事……?」
    「はい、少し治療は必要ですけど……どっちかっていうと、先輩のほうがやばいですよ」
    裂かれた皮膚からは、赤黒い血があふれ地面を汚している。
    「……あとは頼んだわよ」
    失血のせいか、歌姫はその場に倒れ込んでしまった。
    「まかされましたー」
    血で今更動揺することもない。
    やることは、いつだって変わらないのだから。





    「ごめんなさい、先輩。傷、残っちゃいました」
    ほどなく。
    某都立高校にて確認された有象無象の呪霊は祓われた。
    生徒に怪我人はあったが、死者はゼロ。
    特級呪霊がいた可能性を考えると、上出来な部類だ。
    「生徒に被害者が出なかっただけで十分よ。私の怪我は、私のヘマだしね」
    笑った歌姫の顔には、頬から鼻筋にかけて大きな傷が生々しく残っていた。
    「とにかく、硝子は気にしないこと。と、報告に来いって言われていたんだった。じゃあね、タバコはほどほどにすんのよ」
    喫煙に関しては誤魔化せたと思ったが、お見通しだったようだ。
    ……気をつけてはいるけれど、衣類に匂いが残っていたのかもしれない。
    誰もいなくなった医務室には、血の匂いが充満しているというのに鼻がいい。
    「……シャワー浴びよ」
    制服は黒いから目立たないが、歌姫の血があちこちに染みてしまっている。
    新しいものを用意してもらわないと。
    「ヤッホー硝子。さっき歌姫とすれ違ったけどさぁ、顔の傷どしたのあれ。やられちゃったの?」
    ノックもなしに入ってきたのは、傷一つない悟。
    憎たらしいほどに綺麗な顔だ。
    「歌姫はさ、現場に向かないんだからさっさと教師にでもなりゃいいのに」
    おおよそなにがあったのか察しているのか、まるで見てきたような物言いだ。
    なにも間違っていないところが、歌姫も腹立たしく思うところなのだろう。
    「それに硝子なら傷跡残さずに治せんでしょ。なんで治してやんないの。意地悪?」
    「そうだよ。意地悪だよ。悪い?」
    あの傷跡を見るたびに、私だけが思い出す。
    彼女が私を助けるために傷を負ったのだということを。
    どうしようもなくイカれた、独占欲。
    この世界で『まとも』でいられる彼女をあいしているから、
    「顔なんて、どうでもいいよ」
    どんな傷があったって、いとおしい。
    「こわっ。硝子もイカれてんね」
    「お互い様。ねえ、なんか持ってない? タバコでもいい」
    「そんなもん持ってねぇもん。あ、これ美味しいよ」
    悟はズボンのポケットを漁ると、小さな包紙を投げてよこす。
    どうせ甘いんだろ、と思ったが、たまには甘い飴も悪くないかと口の中に放り込んだ。





    あれから、たくさんの人間がいなくなったり戻ってきたり死んだりした。
    でも、相変わらず歌姫の顔には傷が残ったままだし、あの頃と同じようにこの世界で悟にからかわれている。
    変わったことといえば、歌姫が教員になったことだろうか。
    とっくにイカれてしまった自覚のある硝子は、歌姫の傷を見るたびに思うのだ。

    大丈夫。あの人の傷が残っている限り、まともな世界を忘れずにすむ。
    だから、何度だって言う。
    「先輩はそのままでいいんですよ」
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