暴風雨「じゃあ風間、行ってくるねっ!」
耕助は受話器を置くと、掛けていた二重回しを急いで着始めた。俺はその慌てた様子を見てギョッとした。
「行ってくるって…こんな雨ン中どこ行くんだよ!?」
「事件があったんだよ、公園で首吊りが…すぐ証拠が消えるから急がないと、じゃあね!また酒飲もう、風間!」
また飲もう、と言われても、俺達はまだ口をつけてすらいないのだ。俺は熱燗と猪口を両手に握ったまま、呆気に取られた。随分ご無沙汰だってのに、久々に会ったらこれだ。耕助は何に置いても殺人事件が優先事項なのだ。俺は、関係がない。眼中にもない。
「おい、行くなよ…耕ちゃん…」
俺は咄嗟に耕助の手を掴んだ。熱燗は床に転がって、だらだらと零れていった。
「どうしてだい。だって、おれを必要としてくれてるんだよ」
「必要なのは俺も同じだ」
「えぇ?どうしたんだい、急に…ホラ、手を離してちょうだい。また今度会えるからさ」
いつだ。いつ、耕助と会えるって云うんだ。耕助が冗談めかして、へらりと笑っているのが許せない。
「俺より、殺人事件の方が大事なのか?」
怒りが滲んだ俺の声に、耕助は初めて動揺したような顔をした。
「そ、それは…お、おれの仕事だからだよ。仕事だから…」
「俺が幾らでも金稼いでお前に貢いでやるから。だから、行かなくていい」
「そっ…そ、そんなのお前の都合じゃないか!いいから、離してっ…!」
耕助は暴れるように俺の手を振り払った。俺は自分の感情が分からない。約束を反故にされて怒っているのか、寂しくて悲しんでいるのか。警察だの死体だのに耕助を捕られて悔しいのか。もっと別の感情か。俺の顔を見て、耕助は目を反らせた。
「風間、お前が…なにを、言いたいのかは…分かってるよ。分かってる、けど…」
「それでも、俺から逃げようとするのか」
「逃げようなんてそんな…!風間、なにか誤解してるよ、大切に思ってるよ、君を…」
俺は怯えている耕助から一歩離れた。そのまま後ろに下がって、手をぐっと握りしめた。
「すまん、耕ちゃん。行ってきな」
「風間…」
「いいから。早く行きな」
耕助は複雑そうな顔をして、逡巡しながら、それでもパタパタと座敷を出ていった。俺はどうしようもなく、足元に零れている酒をじっと眺めていた。畳に吸われて無意味に湿っていく様子を、ただ眺めていた。