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    風呂_huro

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    風呂_huro

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    風金

    ざあざあ雨「イヤー、雨がどしゃ降りでねぇ、参ったよ」

     耕助は松月の座敷に帰ってきて、全身びしょ濡れのまま手拭いで身体を拭いていた。俺は先に晩酌をしながら、帰ってくるのを気楽に待っていたので、その様子に驚いた。しかも傘を持っていないとは思わず、唖然としてしまう。

    「耕ちゃん、傘は」
    「傘は…あった」
    「あった?」
    「あった…んだけど、あの…その、ねぇ…」

     耕助は泣き笑いのような表情を浮かべて、困ったようにこう云った。

    「血が…ついたから」
    「そうか」

     俺はそれ以上聞かずに、心の中で暴れるような感情に耐えながら、酒を煽った。俺の様子に気づいたのだろう、耕助は何でもないように振る舞って、替えの着物を箪笥から引っ張り出していた。

    「おせつさんがお湯沸かしてくれるって。このままじゃ風邪引いちゃうからねえ」
    「そうだな、そうした方がいい…なア、耕ちゃん、腹減ってないか?」
    「うん、湯を浴びたら、風間のお供していいかい?」
    「いいともさ。まだ酌が余ってるし、前に言ってた旨い干物もあるんだ」

     そりゃいいねえ、と耕助は穏やかに笑った。
     耕助の顔を間近に見て、俺は自分が何ができるのかを考えた。だがこの一瞬で、何ができるなんて一向に思いつかなかった。俺は無力だ、そう思う。耕助の抱えている悲哀を、俺が受けとめるなんてできるのか。自信があればどんなに良いか。耕助にだけは、自分に自信が持てなかった。

    「耕ちゃん、無理すんなよ」

     耕助は驚いたような顔をして、すぐに愛嬌よく笑った。そして着替えを持って、座敷から出ていった。
     ふと見ると、畳の上に忘れていった手拭いが落ちている。それをそっと掴んで、顔に近づけると、耕助の懐かしい匂いと、雨に濡れた孤独の匂いがした。
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