今日は特に騒ぎもなく、穏やかな一日だ。
牛鬼も暇なのか、朝から俺の部屋でゆっくりくつろいでいる。
俺は倉から借りてきた古い書物を読み、牛鬼は俺の隣で静かに寝息を立てて眠っていた。
「(……かわいい)」
牛鬼の無防備な姿に思わずそう思ってしまう。
普段はあんなにも威圧感があるというのに、今はまるで子供のようなあどけない表情をしている。
「ん……」
すると牛鬼が寝返りをうち、こちら側に顔を向けた。
そしてそのまま再び眠りにつく。
「(こんな風にぐっすり眠ってるのも、俺に心を許してくれてるからなんだろうな)」
そんなことを思いながら、牛鬼の頭を優しく撫でてやる。
すると牛鬼は気持ちよさそうな声を出した後、また規則正しい呼吸を始めた。
その様子に思わず笑みを浮かべてしまう。
「(……よし、今日中にこれ読み終えちゃお)」
そして俺は再び本へと視線を落とした。
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書物も1冊目を読み終え、2冊目を読み始めた頃だった。
「ん〜……」
寝ぼけた様子の牛鬼が寝たまま抱きついてきた。
牛鬼はそのまま、俺のふとももに頭を置いた。
「えっと……牛鬼?」
「…………はよ」
牛鬼はうっすらと目を開けて、ぽつりと呟いた。
「おはよう、ぐっすりだったね。よく眠れた?」
「……まだねみい」
「ふふ、そっか。寝てていいよ」
「おー……」
そして牛鬼は目を閉じた。しかし、どうやらまだ寝てはいないようだ。
すると牛鬼は小さく口を開いた。
「……お前、あったけえな」
「そうかな? でも確かに人より体温高いかも」
そう言いながら牛鬼の頬に手を当てる。
「牛鬼はひんやりしてるね」
「おう」
「冷たいけど気持ちいいよ」
「……ふーん、そうか」
しばらく沈黙が続く。
すると牛鬼はむくっと起き上がり、俺の後ろから包み込むように抱きついてきた。
「牛鬼、今日はどうしたの? 動けないよ」
「別にいいだろ」
そのまま牛鬼は俺の首筋に顔を擦り付けてくる。
俺はそれを優しく受け止めていた。
「(なんか猫みたい)」
そんなことを思いつつ、俺は本を読み進める。
「彼方」
耳元でぼそりと呟く声が聞こえた。
「なあに?」
「好きだ」
「んー? 俺も大好きだよ」
「愛してる」
「……もう、照れるなあ。ほんと今日は甘えん坊だね」
「るせ」
そう言って、牛鬼は俺を強抱きしめる力を更に強める。
「……なあ、彼方」
「ん?」
「いなくならないでくれよ」
俺の首筋に顔をうずめたまま、弱々しい声でそう呟いた牛鬼に少しだけ驚いた。
顔は見えないが、こんなに不安そうな牛鬼は珍しい。というか見たことが無い。
きっと今の言葉は、今まで大切な人を失ってきたが故の恐怖からきたもので──
「……いなくならないよ、絶対に」
「……」
「俺はきっと……死ぬまで、君と一緒にいるから」
「……ん」
安心させるように、ゆっくりと頭を撫でてあげる。
牛鬼はそれに応えるかのように首筋へキスをした。
「んっ……」
少しこそばゆい感覚に、思わず声が出てしまった。
それに気をよくしたのか、何度もそこに唇を押し当てる。
「ちょっと、そこばっかりやめてよ……」
「嫌だ」
「え〜……」
結局その後も、牛鬼は俺から離れようとしなかった。
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彼方と俺は、種族が違う
人間と妖怪、姿も違えば、生きる時間もまるで違う
人間は脆くて弱い。その上、妖怪に比べれば人間の寿命はずっと短い。
そしてそれは、いつか必ず、コイツは俺を置いて死んでしまうということであって。
それが、酷く恐ろしく感じた。
「(…………弱くなっちまったな、俺も)」
自分よりずっと小さくて細い彼方の体を抱きしめながら、そんなことを考えた。
服越しに彼方の体温を感じる。その温かさに包み込まれるような気分になった。
手離したくない。そう思うと、思わず彼方を抱きしめる力を強めた。
たとえいつか俺を置いて死んでしまうとしても、今は、今だけは、この幸せな時間を噛み締めていようと思った。