据え膳食わぬは【ネロファウ♀】据え膳食わぬは【ネロファウ♀】
※ファウスト女体化。
扉を開けたら出来上がった彼女がいた。
状況を表すのはこれしかなかったが、若干の語弊がある。まず、出来上がった、という言葉にはたくさんの意味がありどれが当てはまるのかが分からない。あと、ネロが出来上がった、と思っていても張本人には出来上がっていないかもしれない。しかしこの距離からも赤くなっている頬を見れば出来上がっているに違いない。ネロは開けた扉を一度閉めた。
自分の部屋を前にして深呼吸をする。日頃の疲れからか、自分の都合のいい幻覚を見ているだけかもしれない。眉間を指で揉みこみ、簡易的なマッサージをする。また念の為、頬を抓るがいつも通り痛かった。よし、と意気込んで扉を再び開けた。
部屋の中は変わらず、出来上がった彼女がベッドの上にいた。先程と違うのは頬を膨らましていることぐらいだった。ネロは心の中で夢であってほしかった、と後悔する。今度は中に入った状態で扉を閉める。そして、苦笑いで問いかけることにした。
「えっと……先生?何してんの?」
ファウストはきつくネロを睨むだけだった。
ネロの恋人であるファウストは、ネロのベッドの上に座っていた。ただ座っているだけであればネロもここまで動揺はしなかった。ファウストが着ている服に問題があったのだ。
いつもであれば肌を見せない全身黒の服を着ているファウストが、可愛らしくひらひらとした白色のベビードールを着ていた。所々透けており、可愛らしさと色っぽさを醸し出している。ベビードールに負けないぐらい白くつやっとしたファウストの肌が、部屋の光に照らされてきらきらとしていた。すらりと伸びた足は美しく、絵画のようにも思えた。サングラスはしておらず、紫の瞳は潤み、頬の赤さと相まって美しかった。ネロは扉の前でまじまじとファウストを観察した。ファウストは頬を膨らませたまま、拗ねたように言う。
「見すぎだ」
「わりぃ。随分かわいいなって思って」
ネロの素直な言葉にファウストの肩は小さく揺れた。ネロはゆっくりベッドに近づき、一人分のスペースを空けてファウストの隣に座った。ファウストはこの距離に眉をひそめた、
「で、どうしたんだ?」
ネロはファウストの手を取り、指を絡める。ファウストはわかりやすく震えたが、気付かないふりをした。恋人の部屋にそんな姿でいるなんて、考えられることは一つしかない。しかし、奥手なファウストがこんなことを思いつくはずもない。誰かの入れ知恵なのはわかりきっていた。ネロの胸の中に嫉妬の炎がちりちりと燃える。ファウストは依然として顔を赤らめたまま目を逸らして話し出す。
「最近、忙しいだろ」
「そうだな」
「だから、恋人として何か癒せないかと思って」
「うん」
ファウストの口からこんな言葉を聞けるなんて思っていなかったネロは必死に表情を作る。気を抜いたら口元が緩みそうだった。胸に灯った嫉妬の火は水をかけられたように消えてしまいそうだ。ネロは続きを待つ。ファウストは羞恥心と戦っているようだった。口を開けては閉じを繰り返し、ついに決心がついたようだった。
「その時、く、クロエからこれを貰ったことを思い出して」
ファウストの声はどんどん小さくなる。しかしこの部屋に雑音はない。ファウストの声だけが静まる部屋の中を支配していた。
「ネロは、こういうの……好きかな、て思って」
「……ん?」
予想の斜め上の答えが返ってきた。クロエがこのベビードールを作ったことは許す。むしろクロエに感謝したいぐらいだった。可愛らしくもあり、元の素材を活かしたものになっている。流石、ファウストと同性のクロエが作っただけある。彼女の魅力を最大限に引き出すことに成功していた。
問題はこの服をファウスト自身が着た、ということだった。あの肌を見せることを嫌がり、引きこもりで、人と関わることを嫌うファウストが、だ。しかも、恋人であるネロを癒そうとしての行動だ。ネロは鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った。震える声でファウストに尋ねる。
「待ってファウスト」
「何」
「確認なんだけど、これはファウストの意思で着たってこと?誰にも指図されずに、自分で着た?」
「……そうだよ」
顔を背けて一言だけ呟いたファウストは、ネロがどんな表情をしていたかは知る由もなかった。ネロの心は射的の的のように撃ち抜かれていた。あまりにも可愛すぎる。恋人があまりにも愛おしすぎて、ネロは叫び出したくなった。入れ知恵ではなく自分の知恵でだった。ただそれだけのことが、胸にどれだけの幸福を運んでくるのかファウストは知らないだろう。ネロは遂に我慢が効かなくなった口元を手で抑えた。隠さねば、酷い顔をファウストに見せることになってしまうからだ。
「で、ネロ」
「……なに」
「羞恥心を捨ててこの服を着た私がここにいるのに、何もしな」
限界だった。ネロはファウストの言葉を唇で遮った。薄い唇を舌で開き、中を蹂躙する。ファウストはそれをただ受け入れ、たまに応えるのうに舌を絡ませてきた。たったそれだけで下半身が重くなるのを感じた。水音が部屋に響く。
満足するまで唇を合わせていたら、いつの間にかファウストを押し倒していた。白のシーツに赤く染った肌、ふわりと広がった髪とベビードール。乱れた前髪の隙間から澄んだ紫色の瞳。蕩けきったファウストの顔は幼くもどこか色気があり、このアンバランスさがネロを駆り立てる。
「話を遮るのはどうかと思うが」
「だって無理でしょ。可愛い恋人が可愛い服着て誘ってんだぞ?手を出さないなんて男じゃない」
「ふふ、ねぇ、似合う?」
「似合いすぎてもうしんどい」
レースで覆われた胸元や透けた布から見えるくびれた腰、ドレープの隙間から覗く足。全てがネロをその気にさせるのに困らなかった。ネロはファウストの瞼や頬にキスをしつつ、足に手を這わす。擽ったいのかファウストは体を攀じった。ファウストの一つ一つの行動がネロを刺激していた。
おもむろにファウストがネロの手を取り、自身の胸まで誘導した。ネロはされるがままにファウストの柔らかい胸に手を当てる。高鳴る心臓が直接伝わった。ファウストも興奮しているのが言葉にせずともわかる。
「先生もヤル気じゃん」
「……呼び方」
「ごめん、ファウスト」
ネロは詫びのキスを送る。これで許してもらえることは知っている。今日もファウストはキス一つで機嫌を直すのだ。
「ねぇ、ネロ」
「ん?」
「このベビードール、胸のリボンを解くと簡単に脱げるんだ」
「は」
「ネロはどうする?こういうのは据え膳と言うのだろう?」
ファウストの瞳に欲の火が着いた瞬間を見逃さなかった。ネロは息を呑んで、ニヤリと笑った。もう口元は隠さなかった。
「もちろん頂くよ」
ネロはリボンを手に取った。
Fin.