close to me「SAI! 朝だぞ!」
まぶしい。最初に思ったのはそれだった。薄目に飛び込んできた光が強すぎて、遮光カーテンを開けた人物のシルエットしか見えない。
次に、うるさい、だ。寝起きの耳にはあまりに大きすぎる音量だった。
うう、とうなると、かすかに笑う気配がした。寝起きの悪さを見られた若干の決まり悪さをごまかしたくて、努めてなんでもないように身を起こしてみせる。今さらすぎるのはわかっているけど。
「……おはよう、龍水」
龍水に起こされても驚きはしない。没頭すると時間を忘れるSAIを寝起きのいい龍水が起こしに来るのは、この家で一緒に暮らし始めてから日常茶飯事だからだ。
龍水は朝だと言ったが、時刻はもう十時をまわっていた。とっくに朝食を終えていたらしい弟は、もそもそと最高においしいパンを咀嚼するSAIの向かいに座って紅茶を飲んでいる。それだけの姿も悔しいくらい様になっていて、一応は同じ家に育ってなぜこうも違うのかと、常々持っている疑問がまた頭に浮かんだ。
半分しか血がつながっていないにしては顔の造作はわりと似ていると自覚しているが、龍水のまとう華やかでノーブルな雰囲気は龍水だけのものだ。
明るい色のさらさらした髪も、しょっちゅう海の上にいるくせに滑らかな肌も、ひとつひとつの丁寧な仕草でさえ、太陽の光にも負けないくらい本人が発光してるみたいにまぶしい。
口を動かしながらぼんやり見ていると、龍水が視線を合わせて、なんだ、と無言でたずねるように少し口角を上げた。おまえの顔を見てたなんて言えるはずもなく、SAIは目をそらす。
「……いつも起こしに来なくてもいいのに」
この弟の前では、SAIはいつも素直になれない。
龍水がSAIを見た。目を背けていても感じるくらいまっすぐな視線、これに弱い自覚はあった。
「迷惑か?」
「め、迷惑、じゃっ……ない」
「そうか!」
「嫌、でもっ慣れるだろ」
ああ、まただ。べつに嫌なんかじゃないのに。
しかし、龍水はそれを聞いてふっと笑った。
「もう三年近く経つからな」
もう三年とも思うが、まだ三年かとも思う。SAIの人生の中で、それくらい密度の濃い三年だったからだ。新しいことが多すぎて、目まぐるしくて、でもどれも嫌じゃなかった。
龍水にせがまれて旅行にも行った。観光やら名物料理を食べるのやらにつきあってやっただけだったが、喜ぶ弟を見て家族旅行ってこんなものかと思った。SAIはプログラミングができればべつにどこだっていいのだから、それくらいの願いをきかない理由はない。
ときには新作のデバッグがてら夜通しゲームもした。龍水はSAIが新作を完成させるまぎわになると、いつも仕事を調整してSAIのところに飛んでくる。いつも弟のほうが勝ちは多かったけれど、悔しさよりも、自分が作ったゲームをこんなに楽しそうにプレイしてもらえることが嬉しかった。
ここで一緒に暮らして、あの七海の広い家で遠くの部屋に暮らしていたころには知り得なかったことをたくさん知った。喧嘩もしたけれど、そのたびに仲直りもした。
子どもの頃なれなかった、普通の兄弟のように。
「いつか、あのころはいつも共にいたと思い出すのかもしれんな」
まるで懐かしむような口調。それにかちんときた。なんだよそれ。あのころはって。
ふたりがこうして一緒にいるのは遠い過去じゃない、今この瞬間なのに。
「……べつにっ離れる予定、ないだろっ」
少なくともSAIはこの生活に不服はなくて、出て行く予定もない。おたがいに生活のペースやこだわりは違うけれど、合わせることにもその逆にもだんだんと慣れてきて、これも悪くないと思っている。
なのになんで、そんなこと言うんだ。
感情のままに言葉を放ってしまってから、気づいた。どっと汗が吹き出す。
まるでこれじゃ、……まるで……。
こんなの、SAIが龍水といつまでもそばにいたいと、そう思っているみたいじゃないか。
なんとかごまかそうと口を開いたのだけど。
「……フゥン! そうだな!」
もう三十歳も越えた弟の笑顔が子どもみたいに心底嬉しそうだったから、まあいいか、と口をつぐんだ自分も大概だ。