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    yabaiya2

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    白鐘優子の不幸

    顔に痣ができた日の記憶 お母さんが死んだんだって。死んだってなあに?注射とか心臓のやつとか、全部外されたけど、元気になったってことなのかな。お父さん泣いてたけど、なんでだろう。病院の先生がゴリンジューって言ってたけど、あれってなあに?お母さん、お家に帰って来られることになったけど、まだ起きないまま。いつになったら起きるかな。

     お家に帰ってきてもずっと、お母さんはお布団で寝てる。さっき、絵本を読んでもらいたくて声をかけたの。でも、とんとんってしても、ゆすってみても全然起きない。治ったばっかでまだ疲れてるのかな。お顔に布が掛かってるけど、苦しくないのかな。とってあげようとしたけどダメなんだって。
     でも、たっくんのお母さんもみーちゃんのお父さんも布をとってお母さんにお話してた。他にもいっぱい人が来て、お母さんの近くでお椀みたいなのをチーンて鳴らして手を合わせたあと布を取ってお話ししてる。これじゃあお母さんゆっくり休めないのに、お父さんはみんなに来てくれてありがとうって言ってるの。
     だからかわりに「お母さん寝てるから静かにね」って注意してあげたけど、困った顔のお父さんに他のお部屋に連れて行かれちゃった。「こんなにいっぱい人が来たら、お母さんゆっくり休めないよ?」って言ったんだけど、お母さんはテンゴクで休んでるから大丈夫なんだって。
     みんなが帰るまでおひまになっちゃったから、お母さんのお部屋のご本をみてみたの。でも、お母さんが読んでくれないと優子はわからないんだった。お父さんは忙しそうだし、ご本を読むのがあんまり上手じゃないから頼みづらい。しかたないからお絵かきしてたんだけど、誰かが優子の絵を見てかわいそうにねぇって言ってた。お母さんとお父さんと3人でピクニックしてる絵、優子は楽しくかいてたのに、変なの。

     変な日がおわって、次の日は朝からお父さんとっても忙しそう。今日はオツヤの日なんだって。オソウシキの前の日って言ってた。黒くって長ーい車が来て、お母さんを箱に入れて連れてっちゃった。お母さんは荷物じゃないのに。
     お花がいっぱい、椅子もいっぱいの所で、一番前の所にお母さんを入れた箱が持っていかれる。お母さん、あんまり人前が得意じゃないらしいから、お席に人がいるときに起きたらびっくりしちゃうね。
     最初は静かだったけど、チョウモンの人たちが来てどんどん騒がしくなる。
     しょうくんのお母さんとさちこねえねのお母さんが「晴子、優子ちゃんの入学式に出るって頑張ってたけど残念ね…」「まあ仕方ないわよ、膵臓がんじゃ…」「でも幼いうちに母親が亡くなるなんて可哀想ね…男手一つで育てられるのかしら?」「まあ白鐘さんはコウキュウトリだし優しい人だから大丈夫でしょう」「きっと保険金も出るだろうから、お金については問題ないかもしれないけれど…でもねえ…」なんてお話ししてた。
     オツヤが始まると、頭がツルツルの人と一緒に大人が長ーい言葉を言ったり、列に並んでオショウコウ?したりしててすごく静か。これがオツヤなんだなーって思ってたら、お父さんがみんなの前で挨拶し始めた。みんな悲しそうだけど、なんでかな。

     終わった後はお母さんの箱の近くに人が集まってきて、お顔を覗いて話しかけてた。みんなお母さんを起こしに来たのかな。お母さん起きるかな。読んでほしい絵本があるからはやく起きてほしいな。
     その後、みんなでご飯を食べた。美味しいご馳走を食べれるならオツヤも悪くないかもなー、ちょっと退屈だけど。大人の人たちはおしゃべりしてるけど、優子はもう眠たい。寝てて良いよって言われたから、部屋の隅っこで大人しく寝ることにする。優子はお姉さんだから大人の邪魔はしないの。
     次の日になっちゃって、今日はお葬式。お通夜のちょっとゴウカ版?みたい。オツヤと同じでやっぱりつまんない。
     お葬式が終わった後は、バスに乗ってみんなでお山に遠足。お母さんの箱をお花で飾ってあげるんだって。お母さんはお花が好きだから、綺麗なお花に囲まれたらきっと喜ぶね。でも、その後箱を穴みたいな所に入れて、みんなで何かいってるのは変な感じ。
     その後またおご馳走を食べて、大人はおしゃべりしてる。優子はまたお暇になっちゃって、仕方ないからお菓子を食べてる。
     お腹いっぱいでうとうとしてたらお父さんに起こされた。今度はみんなで別のお部屋に行くみたい。2列に並んで優子はお父さんと一緒に先頭。白いやつを壺の中にお箸で入れるんだって。いつもはお箸とお箸で同じもの持つと怒られちゃうのに、今はいいのかな。これがお母さんのイコツだよって言われたけど、よくわからないや。壺の中に白いのをいれてみんな寂しそうにしてる。この部屋にはお母さん来てないのに、隣にいるおばちゃんが「晴子ちゃん、こんなに小さな姿になって……」って言ってた。

     おうちに帰ってきたけどお母さんもお母さんの箱も見当たらなくて、お母さんは?って聞いたら困った顔されちゃった。お箸で白いの入れたやつを見て、「お母さんはあの壺にいるよ」だって。最近ね、お父さん、お母さんの話すると困った顔するの。その後静かににこって笑ってくれるけど、お母さんの話するの嫌がってるみたい。お母さんのこと嫌いになっちゃったのかしら。
    とにかく優子はお母さんとぎゅってしてお話ししたいし絵本を読んでほしいから、お母さんどこ?いつ帰ってくるの?って何回も聞いたの。何度も、何度も。
    最初はお父さん、困った顔をしながら「ごめんね、帰ってこないんだよ」って言ってたけど、だんだんなんにも言ってくれなくなっちゃって。おしゃべりしてくれるかなって思ったのに、うるさいって言われちゃったんだ。優子、お父さんとお母さんと3人で一緒がいいって思ってただけなのになぁ。でも、いつもは優しいお父さんだけど怒るととっても怖いから、明日からはお母さんのお話しないようにしようっと。



    そうして私は、大好きだったはずの亡き母との思い出話を全くしない、そして仲良しだったはずの父親をはじめ、周囲の人の顔色を伺い、自分の意見を押し殺して生きる女子高生に成長した。
    父はあれから数年後、母がいなくなった悲しみに耐えきれなくなり酒を浴びるようになると、やめられなくなってとうとう仕事をクビになった。祖父母はどちらも早くに亡くなってしまったから、私がアルバイトしたお金とおじいちゃんたちの遺産、そしてお母さんの生命保険をうまく父から隠してやりくりして家計を回している。だけど父は、やさぐれ落ちぶれてしまった自分の前で、同じ悲しみを味わったはずなのに未だ真っ当に生活している私のことが気に入らないようだ。心の傷が癒えていないからか、私の存在が母を思い出させるのか、八つ当たりをしてくるようになりとても居心地が悪い。
    最近は、機嫌が悪い時の父を刺激しないようひたすら隠れて生活しているけれど、もう少し幼かった頃はよく怒鳴ったり追い出されたりされ、髪を引っ張られたり腹を殴られたり腕を掴んで引っ張られたりした。お母さんに年々似てくる顔だけは、今までただの一度も傷をつけられたことがないけれど。

    そんな生活でも、何とか家族として共に暮らしていたある日のことだ。
    アルバイトを終えて夜遅く帰宅すると、いつも通り酔って正体を無くした父が「晴子、晴子…!」と母の名前を呼びながら私に近づいてきた。
    刺激しないよう母のふりをして、うまく距離をとりつつ父をあしらい、早いところ夕飯を済ませて自室に逃げてしまおうと台所に向かったけれど、どれだけ躱してもずっと父が私の後ろをついてくる。父には本当に私が母にしか見えていないようで、久しぶり、だの、会いたかった、だの、愛している、だの、鬱陶しいくらいに纏わりついて話しかけてくる。関わると厄介だと思い、見向きもせずにお味噌汁を作っていた、ちょうどその時だった。
    「晴子ぉ〜。久々に会えたのに冷たいなぁ〜。嬉しくないのかぁ〜?」
    そう言うと父は強く私を抱きしめる。母の名を呼び愛おしそうに私の頬をさすり続ける父。嫌な予感がしたけれど、父の腕は振り解けない。恐怖に思わず目を瞑った、直後。
    父が私に口付ける。頬を撫で擦り、唇を舌で撫でてくる。
    嫌だ。気持ち悪い、酒臭い。……怖い。
    頭を振り乱して必死に叫ぶ。
    「やめてお父さん!私はお母さんじゃない!!」
    愛する妻だと思い抱き締め、熱く口付けたその女は、決して妻には成り代われない癖に、日に日に姿ばかり面影をなぞっていく、目障りで羨ましく、厄介な娘だった。
    有り得ないような事態に何を思っただろう。少なくともとうに崩れ壊れていた彼の心では、この現状を受け止めるなど到底不可能だっただろう。
    男は呆然と立ち尽くし、娘を思い切り突き飛ばす。そして次の瞬間。
    「全部…、全部お前のせいだ!!晴子と同じ顔で俺の周りをうろつきやがって!!晴子はどこだとしつこく迫りやがって!!俺への当てつけか!?そうなんだろ、何とか言ってみろ!!」
    激情した男は、すぐ隣、グラグラと煮えたつ鍋からお玉を引く抜くと、思い切り振り下ろす。
    予測などできるはずのない攻撃。もうもうと湯気を放つ金属の塊は、真っ直ぐと優子の額に押しつけられる。
    じゅっ。皮膚の焼ける音がして、大量の湯気と独特な匂いが顔を覆う。熱い、痛い。額から顎へと撫でていくように、いや、確実に焦がしていくかのように、それはじゅうじゅうと音を立てて滑っていく。
    その合間にも男は、お前のせいだと唱え続ける。
    これは、この信じられない現状は、本当に全て私のせいか?そんなわけがない。そんなことあるはずがないけれど、私のせいにすれば丸くおさまると頭の片隅で理解していた。正しさを求めて抗うよりも、全て堪えて過ぎるのを待っていた方が楽だとも知っていた。世の中、大抵の事象において、余計な口は聞かない方が得策なのだ。
    静寂が訪れる。お玉を床に投げ捨てると、父はどこかへ去っていった。どこへでも行けばいい。手当と逃避に費やせる時間はきっとその分増えるはずだから。
    顔に触れてみれば、大部分にわたって皮膚が爛れてしまっている。氷やら水やら保冷剤やら、思いつく限りの方法で必死で冷やして見たけれど、痛みがひく様子などさらさらない。幸いなことに視力は無事だったけれど、目の周りもひどく痛み、もはや開けていられない。
    一晩中冷やし続け、救急箱に入っていた軟膏を塗ってみたけれど、顔にできた大きな火傷跡は生々しくてよく目立つ。
    幸い前髪が長いので、うまく隠して学校に向かう。心配そうに声を掛けてきた担任に、不注意で茹で汁を浴びてしまったのだと笑ってみせた。訝しげな視線を向けてきつつも、必要以上の詮索はしたくないようで助かった。

    その日、家に帰ると父はいなかった。この数年、あの男はゴミなど纏めたことすらなかったはずなのに、あらゆる荷物を押し込んだゴミ袋がいくつも玄関に並んでいた。町に出かけて暴れているのではと慌てて探しに出かけたが、どうやらその気配はない。
    何はともあれ、苦しみの元凶がいない夜は快適だ。久々にゆっくり食事をとり、湯に浸かって、ゆっくり休もうと床に就いたところで電話が鳴った。
    十中八九父のことだ。他人に迷惑をかけるわけにもいかず、仕方なく応対する。するとそれは病院からで、しかも救急だとか。
    医師に話を聞いたところ、飛び降りで意識不明だとのことであった。
    入院費がかかって厄介だな、純粋にそう思った。死んで保険金になるか、起きて働くかしてほしい。だが、数日経っても意識は戻らず、男はただ静かに息をしていた。
    私の顔の爛れた皮膚が過去の傷跡に変わっても。

    私は、今まで以上に人の顔色を伺うようになった。危害を加えられないように、悪意の眼差しを向けられないように。元々その才能があったのだろう。私は、人の心情を察して共感することがとても得意な人間に育った。カウンセラーの職についている今、この特技は日々訪れる人との会話に生かされている。そして稼いだ薄給で、何とか父の治療費を賄っている。
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