Rougeoiment 忘れられない、色がある。異端とされた皆を焼く火の色、殺してしまった領主の黒ずんでいく血の色。ベルナールの心はくすんだ赤に染まっている。
だからだろうか。同期の彼の赤い髪が目に留まった。
「おや、赤毛の知り合いでもおいででしたか?」
ベルナールも若い方だが、彼はもっと若い。巨躯のベルナールより低いとはいえ、背は並の大人より高いがまだ線の細い体つきは少年といっても過言ではない。柔らかく整った面差しは、もしこれほど背が高くなければ美しい少女といっても通るだろう。少し金に近い光沢を帯びた赤毛はかがり火を思わせる。
「なぜ、そう思う?」
「私の髪を見た人はよく知り人の名前を口にしますのでね」
やや不遜な響きを帯びた声音は、どこか笑いを含んでいる。ただし、冷笑に近い。
「嫌か?」
「いいえ。大切な人との思い出は、よいものですよ」
血のように赤い瞳が、しばし伏せられる。
「えっと、確か」
「カイムと申します。この度、異端審問官の末席に名を連ねることとなりました」
仰々しいほどの仕草で礼をするが、カイムの端麗な美貌にはむしろ似合っていた。
異端審問官は様々な事情を抱えている。時には武力介入も辞さないため、誤った異端審問を繰り返す領主の館に単身で忍び込み、殺害したベルナールもその武力を買われて異端審問官になった。一度罪を犯したからこそ、異端の判定にも慎重になるのではないかとも思われている。
「はあっ!」
「せいっ!」
剣技や格闘などの訓練でも、線の細い少女めいたカイムの姿は目立った。
「おや、眠くなりそうですねえ」
わざとらしくあくびをする彼と組んでいた審問官が、嘲笑されたとカッとなった。
「このっ……!」
「この程度の挑発に乗るなんて、審問官が務まりますかね」
怒りで単調になった相手の突進を、カイムは最小限でかわした。
「隙あり」
杖で相手を打ち据える。一瞬、何もないのに杖が浮き上がったように見えてベルナールは目を瞬かせたが、カイムはいつも通り、微風に赤い髪を揺らして佇んでいた。
その赤を目で追うようになってしばらく経ったころ、ベルナールは書庫でカイムを見つけた。ひどく熱心にページを繰っては、本を閉じている。まるで誰かを探しているようだ。ベルナールも、初恋の相手や隣人の名を見出したので知っている。助けられなかった者達を、彼らを焼いた火と血の赤を忘れぬように時々見に来ていた。だから、わかった。
「ベルナールだ。同期の名前くらい覚えていてくれよ」
「これは失礼」
詫び、去ろうとするカイムへベルナールは声をかけた。そうしなければいけない気がした。
「当ててやろう」
そして、あまり余人には話したことがない自分の過去も気づけば話していた。ベルナールを誘った審問官はもちろん知っているが、罪人でもあり、異端審問官として働くことはある種の懲役、恩赦でもあった。助けられなかった過去を、彼らを焼いた火と流した血の赤をカイムの髪と瞳に知らず知らずのうちに重ねた。
「手伝わせてくれ」
「連れ去られたのは私の母です」
いつも浮かべていた冷笑が消え、愁いを帯びる。紅が曇る。
その曇りを払いたい、心から笑う彼の、澄んだ紅が見たいとベルナールは思った。
結局のところ、惨劇は止められず街も人も火に焼かれ、血が流れた。ただ、赤に染まった街にカイムの赤い髪はない。彼だけは助けられたのなら少しだけ報われた気がした。だから、渡された悪魔の似顔絵に見覚えのある色を見たのが信じられなかった。
助けなければならない。この手を染める血ではなく、あの綺麗な紅を。そうすればベルナールの心を染め上げる紅も澄むような気がした。
「俺は、お前を殺してでも」
「ベルナール」
痛みでは彼の悪魔は祓えなかった。名を呼ぶ声は、記憶と変わらないのに。赤い瞳は記憶よりも美しいのに。
「俺、は」
意識が濁った赤に染まる。飲み込まれた。
誰かわからない。けれど、懐かしい、声がする。
「ベルナール」
明るいかがり火色の髪と、涙さえも焼き尽くした浄炎の眼差し。しなやかな指を宙にかざすと杖が動き、炎が現れた。
「c、Aイ、m」
思い出した。だが、名を呼ぼうとした声は、もはや人のものではなく、くぐもった呻きにしかならなかった。
「あなたのその身を焼き払い、解放して差し上げましょう」
あえて笑みを浮かべる。泣けない道化は、笑うしかない。そして、何よりも、友の最期に見る自分が泣き顔では、救いたいと言ってくれた彼の心に添えないから。だから涙を焼いてカイムは笑う。
(ああ、なんと美しい!)
微笑むカイムの火よりもまばゆい赤い髪と瞳を見つめながら、ベルナールはゆっくりと炎の中にくずおれた。