炎の花 呼ぶ声にカイムは振り返った。
「我が君、いかがなさいました?」
ただ一人と定めた主の少年が、息せききって駆けてくる。手には紅白のひらめく何かを手にしているが、物を持ったまま走って危なくないだろうか。
「カイム!あの、わわっ!」
折悪しくアジトの床に落ちていた何かを踏んだ少年が、バランスを崩して転びそうになる。
「我が君!」
カイムは咄嗟にフォトンに干渉して杖を浮かび上がらせた。倒れそうになったソロモンは杖に掴まって転倒を免れる。
「ふぅ、助かった。ありがとうカイム」
「当然のことをしたまでです。ところで我が君、このカイムに何の御用です?」
「用。うん、用っていうか……あ」
ソロモンは手にしていた花束を見てため息をついた。深紅の薔薇に白いモーリュの花を合わせた花束は、転びかけた時に薔薇が折れてしまっている。
「ごめん、その。この前カイムの転生日だっただろ?でもアジトにいなかったから」
今日はいると聞いて贈り物を用意してくれたようだ。花を選ぶのは、いつも皆のことを考えてくれるソロモンらしい。
「ごめん、でも潰れちまった」
落ち込む少年へカイムは首を横に振った。
「我が君のお心遣い、このカイムしかと受け取りました!ほら、ご覧あれ!」
薔薇を抜き取ったカイムはリジェネレイトしてから覚えた技で火を送る。炎の薔薇が束の間、ソロモンの前に咲いて消えた。
「きれいだ」
「ええ」
「あ、でも。やっぱりこれはやめておくよ」
ソロモンが花束を後ろへ引っ込めた。
「いかがなさいました?」
「うん、ほら。カイム、モーリュの花は好きじゃなかったかなと思って」
「そんなことありません。我が君がくださるものはどれも素晴らしいものです!何よりもそのお心遣いが値千金、何物にも代えがたく尊いものです」
手を振るカイムの仰々しいほどの身振りにソロモンは苦笑したが、花束を渡そうとはしない。
「だけどさ、出撃のあと、燃やしてるから」
「我が君」
カイムは首を横に振った。
「モーリュの花は、魔除けなのです。そして、火はすべてを浄化します」
「そう、なのか」
「ええ。モーリュの花には、かつて魔女から身を守るために使われたという言い伝えがあるのです」
友の罪も、友のための涙さえも焼いた。後は笑うだけ。この悪魔にできることは限られているが、主と定めた彼のためにはまだできることがある。カイムは柔らかく微笑むともう一度炎の花を咲かせた。