I'm a wizard 陽光を紡いだような美しく長い金の髪と蒼天の瞳、彫りの深い端正な面差し。冷たく冴えた冬の晴天のような美貌はいかにもハルマらしい。一方で、調和を良しとする彼らには珍しく、長い髪を奔放に背へ流し、白い服も大きく着崩している。
「一週間後はハロウィンだ。クロウタドリ達も自由に歌っていいだろう?なに、担当者の許可は取っている。たまには楽しみたまえ」
ミカエルと名乗ったハルマは審問官たちへ片目をつぶってみせた。
「そういう問題でしょうか」
「とかく君達は誤解されやすいからね。祭りに参加して市民たちと交流するのも大切だ」
飄々とした男に反論できるものはいなかった。
大地の恵みが見える者、人ならざるモノをその身に宿す者、理由などないが他者と交わって過ごすことに苦痛を見出す者。そうした者が時折、異端と断じられることがある。異端審問会は、そのような人々が虐げられる前に、あるいは他者を傷つけてしまう前に保護するためにハルマが作った機関だった。パクス・ハルモニア。追放メギドはもちろん、そうでない者も含め、調和や統一をヴィータへも求める彼らにとって異端者は時に和を乱し好ましからぬ事態が起こる。だからこそ保護し、遠ざけて彼らも残る者も暮らしやすいようにする。しかし、遠ざけるがゆえに誤解を招いた。異端審問は異端者への対応が集団生活で避けられぬストレスや心的不安と重なった際に、審問という名の他害へ名分を与えてしまった。事実、ボダン村など誤った異端審問の他害はずっと残り続け、異端審問会はひそかに恐れられている。彼らがクロウタドリと符丁を使うのも、異端審問への誤解からあらぬトラブルを避けるためでもあった。しかし、知らないことは誤解を生む。未知は恐れを生み出す。誤解を解くように、知ってもらうようにと仮装してハロウィンへ参加するというミカエルの提案を審問官たちは受け入れた。
かくして、ハロウィン当日。異端審問官たちは仮装して街へ出た。
「トリックオアトリート!」
お菓子をちょうだい、それともイタズラがいい?思い思いの仮装をした子供たちが街ではしゃぐ。王都のハロウィンはとりわけ賑やかだ。
「あ、狼男だ!ねぇねぇトリックオアトリート!」
「ああ、お菓子だな。これでいいか?」
「ありがとう、狼のおじちゃん」
「俺はまだそんな年じゃない!」
ピンと立った狼の耳と尾をつけた男性はまだ若い。せいぜい二十代の半ばだろう。
「ベルナール、気持ちはわかる」
「まあ、子どもから見たら俺達はおじちゃんかもな」
口に作り物の牙を着けた男性や、肌を青く塗って傷跡を描いた男性がベルナールと呼ばれた青年をなだめた。彼らもまだ若いが、もう少し年齢を重ねている。
「俺の甥っ子も同じくらいの年だしな」
目を細めて子どもたちが去って行った方を眺める者もいた。
「カイムの奴くらいだろう。おじちゃんなんて呼ばれないのは」
「ん?そういえばアイツどこ行った?」
審問官の一人が周囲を見渡す。
「お前が女装させようとしたから逃げたんじゃないか?」
「ええ。反省してちゃんと男物用意したじゃねえか。魔法使いの衣装」
女性の審問官もいるが、職務上武力を振るわざるを得なかったり、早馬で夜通しかけるなど強行軍も強いられる異端審問官はどちらかといえば武闘派のたくましい男性が多い。審問官たちでもとりわけ若く、二十歳にもならないカイムはその秀麗な美貌もあいまって同僚と並ぶと女性めいて見えることもあった。鮮やかな赤い髪は王都でも珍しいこともあって、どこにいても目を引く。ミカエルも彼の美貌に目を留め、ぜひ参加するようにと強く進めていた。
「ベルナール、お前知らないか?よく一緒にいるだろう?」
常に穏やかな笑みを浮かべているカイムだが、普段はあまり同僚たちとも話をしない。ベルナールは数少ない例外だ。
「俺、探しに行ってきます」
「わかった。俺達はもう少しこの辺りにいる」
同僚たちに手を上げて告げるとベルナールは走り出した。
どこにいるのだろう。近年は王都も治安が悪い。子ども達が街を練り歩くハロウィンの騒ぎに乗じた人さらいなどがいないとも限らない。赤髪は珍重されていて、赤毛の者は高く売れるとベルナールも聞いたことがある。腕力はさほどではないが身の軽いカイムが人さらいに後れを取るとは思わないが、何があるかわからない。不安になったベルナールは息が上がっても自分を叱咤して街を駆けた。
ベルナールの視界の端をチラリと赤いものが横切る。
「カイム?」
足を止めるといっきに今までの疲れが押し寄せる。かがみこんで休みたくなるが、ベルナールは路地裏で目を凝らした。赤は青年の目の高さにある。子どもの背丈でその高さに赤い髪が見えることはない。ベルナールはすぅっと息を吸い込んだ。
「カイム!」
赤髪が動く。振り返った彼は踊るような足取りでベルナールの元へ近づいてきた。
「おや、どうしましたベルナール」
「カイム、こんなところにいたのか」
「こんなところとは随分なご挨拶ですねえ」
「そうじゃなくて、その。急にいなくなるから何かあったのかと」
「ハロウィンでしょう?お菓子を配っていただけですよ」
カイムは手にした籠を少し傾けて見せた。一杯に入っていたお菓子は残らず無くなっている。
「そうか、でも」
微笑む彼はいつも通りで、だからこそベルナールは不安になった。優しかった近所の人も、初恋の少女もいつものように過ごしていて、ある日突然連れ去られたことを思い出す。
「カイム、良かった……お前まで」
「ベルナール?」
「お前まで、いなくなったかと。俺はまだ、お前の母親を見つけ出せていないのに……」
まだ細い体を抱きしめる。
「貴方は、優しいですね」
息がつまりそうなほど強く抱き締められれば苦しい。しかし、彼のこぼれる真情に触れると抗議どころか、いつもの皮肉さえ出てこない。カイムの手がそっとベルナールを抱き返した。
「カイム」
今も苦しめられているだろう母を探して駆け付けたいだろうに、そんな思いをおくびにも出さない彼をベルナールは改めて美しいと思う。こみあげる思いが愛おしさだと分からぬまま、ベルナールの手に力がこもる。
「心配させてしまってすみません。……戻りましょうか」
「あ、ああ。そうだな」
思わず抱きしめていたことに気付いたベルナールが赤い顔で手を離した。
「戻ろう。他の連中も心配していたぞ」
「ええ。ああ、そうだベルナール」
「なんだ?」
「トリックオアトリート?」
魔法使いの扮装らしい杖が、手を触れていないのにくるりと回る。
「カイム?今のは」
時々、起きる。彼の周りでは、誰も手を触れていないのに物が勝手に動くことがある。
「ベルナール、私は悪……」
もし、伝説の悪魔メギドだといったらベルナールはどうするのだろう。悪魔を生んだ母は魔女と断罪された。本当は知られる前に離れた方がいいのかもしれない。常に抱く愁いが試しの言葉を言わせてしまった。
物が勝手に動く、不思議な現象を問いただしたベルナールの前で、カイムが一歩下がった。
「ベルナール、私は悪……」
「おーい!カイム、ベルナールそこにいるか?いたら返事をしてくれ」
同僚の声が聞こえる。カイムは帽子を脱ぐと芝居がかった仕草でお辞儀をしてみせた。
「私は悪、そう!私は悪の魔法使いなのです!」
おどけて片目をつぶるとベルナールが目を丸くした。それから吹き出す。
「ハハハ!そりゃあ今日はハロウィンだからな」
さしずめ自分は使い魔の狼かと笑い、手を差し出した。
「ほら、行こうぜ」
「ええ」
カイムは頷いた。そっと手が重ねられる。
「ああ。そうだ。今日は私の家に泊まっていきませんか?」
「家に泊まる」
「カボチャをたくさんいただいたので、キッシュとプディングを作ろうと思うのです。私一人では食べきれないので、手伝っていただけますか?」
「ああ、なんだ。そういうことか。俺はめちゃくちゃ食べるぞ?」
「ええ、ぜひ」
同僚が近づいてくる。
「おい、探したぞ!」
「ああ、すみません。今行きます」
カイムが離した手をそっと胸に当てた。ベルナールが空になった手を見つめる。相手の温もりを互いにいとおしんだ。