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    お金持ちの娘のミケネコJKがおもらさないお話#1
    挿絵ができたらpixiv行き!

    ミケネコ令嬢はおもらさない!第1話《トイレのタイミングはお金で買えない!》 四月の半ば。

     傾いてきた明るい午後の陽射しが昇降口に差し込む。窓枠を影とした黒線がタイルと青いプラスチック製の簀子に引かれている。
     緩い溜息を吐いて、金と黒と白の三毛尻尾が左右に揺れる。不満を表す猫のしぐさ。
     同じく三毛の模様をした毛並みの三角耳ばかりがぴんと張られて立つ。

    「遅いですわ……このリティーヌを待たせるなんて」

     その耳の先もついに低く下して、下駄箱へと背を預けた。
     背を預けてから気付いたように下駄箱から軽く弾き離れて、背を軽く払う。
     また溜息ひとつ。
     ずれた赤い眼鏡のフレームを直し、縦に巻いた艶のある金の髪を整え、輝石装飾の施された小魚髪留めを付け直し、昇降口の方を向く。
     トパーズとブルートルマリン、オッドアイの半目には少々の呆れが滲む。

    「まさか忘れてたりしないですわよね……」

     持ち上げた左手首の時計、チュリフト・クライフ社の精緻なクロノグラフへと視線を移した。

     待ち人は同じグループ課題を今日行った庶民、セトミヤ ムラサキだ。
     この高校に一年の半ばより引っ越しという家庭の事情で編入されたわたくしが最初のグループ課題で一緒になって以来、なにかと一緒に課題を行う仲である。
     特にわたくしが苦手な現代文と古典は良く助けられているし、英語全般に関してはわたくしがムラサキに教えているようなもので。
     教えているというより、ただ書き写しているともいうけれど。それはそうと。
     共に終わらせる課題の中でも特に、公民学・異種混在現代社会学での共同発表は他の庶民生徒と一線を画すことは自負しているものだ。
     わたくしと、庶民のくせに価値観が似ているムラサキとは意見が合いレポート課題、発表をスムーズに終わらせることが出来た。
     二年になっても彼と教室は一緒であり、相変わらずレポート課題と発表を強要してくる公民学・異種混在現代社会学の教師は変わらずで。
     今日もまた発表を乗り越えて、彼と帰りながらの反省会を行うつもりで待っている。

     遅い。

    「遅い」

     口に出る。遅い。
     再度の深い溜息を吐き出してから、耳を思い起こしたように跳ね上げる。
     整頓されたショルダーバッグの中から、あるものを引き抜く。

    「飲み忘れるところでしたわ」

     小瓶だ。
     栄養ドリンクのそれである。表には桃色のラベル、《ケナミン4000》との商品名の文字。
     通販で購入した、毛並みの艶が良くなると評判のドリンク剤であった。
     尤も、評判が良く飛ぶように売れた後で生産中止となったものであり、そう多く流通していないものだ。
     格別に効果が見込めるという口コミだけが浮かぶ幻のドリンク剤であるというものであり、販売経路が限られていることもあって入手困難。
     そうそう服用できるものでもない為に、信憑性の無い情報が幾らかSNSに流れる中、十分な資金を用意し五本セットであるそれを手に入れたものだった。
     別に毛艶にそこまで徹底的に意識するものがないわけではないが、かといって、大企業の娘たるもの、身嗜みに気を使わないという事もなく。
     つまるところ、これは強い好奇心と、その幻の効果とやらを試す価値が見込めたが為。
     意中の相手を落とす際に使う事で効果が見込める、とはよく口コミで触れられていた事だ。

     別に今わたくしを待ちぼうけさせている庶民のムラサキが好きというわけではなく。
     しかし言い寄られれば考えないことはないものではありまして。
     庶民の分際でとはちょっとは思いますが……。
     それはそれであり好意を頂くことは大企業の娘としての評価を頂く事と同義でありまして。
     いえ、それはそれとして特別に好いていただくというのは。
     ではなく、けっしてわたくしが。

     こほん、と咳払い一つ。

    「……、べつにそういうものではありませんことよ。さて……では」

     眼鏡の位置を直して。
     そうして左右を見渡してから、ドリンクの蓋を肉球でつまみ捻って開けた。
     瓶に口を付けて、くぴ、くぴと飲み流していく。
     味は普通の栄養ドリンクといったものだ。
     そもそものところ、流石のわたくしでもこんなものですぐ毛艶が良くなるとなどは思っていない。

     毛の末端まで潤いが届くのか?
     保湿成分が毛根から滲み出る?
     それとも毛がしなやかに?

     そんな急速的な変化は恐らく起きないだろう。
     ブラセボ効果、といえどもこうまで不信が重なれば効果はないのかもしれないが。
     どちらにしても、何も変わらない気がする。
     変わるなら少し変えてみたいと、そう思う。

    「……ふぅ」

     小さな願望程度のものである。
     飲み終えた瓶に蓋を戻して、金の縦巻き髪を弄り、待つ。

     それから彼が来たのはそれから15分後である。


    ----------------------------------------


    「あっ!」

     待たされ続けて思わず声が出た。
     彼が階段から降りてくる様子が見えてきた。

     サバトラ模様、銀の髪の猫獣人の男子、セトミヤ ムラサキである。気怠げな半目とあくび一つ。
     制服を普通に着こなしている、何一つツッコミどころがない典型的な庶民である。

     文句ひとつ言ってやろうと一歩踏み出したところで、賑やかな声が階段上から。

    「ムラっちまって~!」

    「おう」

     雑な応を返したムラサキに続いて降りてくるのは、綺麗な焦げ茶に黒と白色のトライカラー体毛。
     ラフ・コリーの犬種であるロツクサ ミヨは高身長で、あたくしと同じくらいの身長のムラサキよりも頭二つほど差がある。
     最近なにかとムラサキについて回っている様子があった事は、何度か目にしているが為に知っていたものではあるが。

     この放課後の時間待たされ続けたのは、ミヨと話していたからか。
     そう思うと、急に気持ちがギュ、となる。呼応して手から、にきっ、と爪が出かかる。
     はしたない気持ちだ。平常心を心掛ける。

    「じゃ、またね~ムラサキくん!」

     そうしている間に階段にてミヨは軽く会話を交わして別れ、ムラサキがこちらに来た。

    「おっっっそいのですが!?庶民ムラサキ!」

    「っれ、教室で待ってろって言わなかったっけ、すまね。リティーヌ」

    「あ、貴方という方は……!それはそうとしてミヨ嬢と、その、一緒に居たのでしょう!」

     勢いのままについ先程のラフ・コリー犬種、ロツクサ ミヨの事を言ってしまう。
     彼女は彼女で、ふわふわな長毛に隠れた長身かつ旧放牧犬種が故のプロポーションはちょっとした噂となっている。
     男子にとって一種のマドンナでもある、ということだ。
     彼がどのようなつもりで彼女と一緒に居たのかは気になるが聞かないつもり、無視するつもりであったが。
     思わず口走ってしまった。

    「あ?ああ。リュウトの奴が鼻時出して」

    「は、はぃ!?リュウトが!?ミヨ嬢は、彼女は関係ないのではございまして?!」

    「ん?あ?いや、いや、あいつが付き添いで。保険の先生よくサボるだろ。今日も午後から居なかったみたいで。だから止血の方法とか諸々。バスケのボールがリュウトの鼻先にぶつかったとかで。ほら、行くぞ、リティーヌ」

    「そ、そ……!」

     リュウトはムラサキの男友達でバスケ部のニュージーランド・ヘディング・ドッグという大型犬種の犬獣人だ。
     鼻時を噴き出している様子がなんとなく浮かぶ人物ではあるが。
     彼の男友達の件として絡むと、それも負傷の治療の件として居たのならば言えることはなかった。
     口をパクパクさせ、無数に連なる文句が渋滞している。どれも表に出きらない。
     下駄箱を開いて靴を軽く放って履いたムラサキのサバトラ尾がゆらりと流れたのが視界の端に映り振り返る。

    「そっ、そうでございますかっ!ええ!人助けはよいことでしてよ!ですが淑女たるわたくしを待たせるこ、……庶民ムラサキっ!わたくしを置いて行かないでくださいましっ!?」

     慌ただしくも靴を履き替えて、追いかけた。


    ----------------------------------------


    「結局今回はB班の発表が評価されたように見えたが」

    「あんなものネットで拾った文章を張り付けただけにすぎませんわ。公民の授業の本質は"倫理的主体"を強める事にあるのではなくて?」

    「個人の倫理的主体に則って文章をコピペしたのならそれも個人の倫理的主体の内にはいるんじゃ……」

    「そういうことを言っているのではなくてよ!?」

     横並びで青となった横断歩道を渡る。
     誰かのせいで賑やかな帰り道だ。
     公民学におけるグループ毎の発表と評価は後日発表。しかし教師の反応で伺えるものもある。
     はたしてその時の反応の後、レポートを調べて主体性のある考えであるかどうかを見抜けるかまでは、分からない。
     またもやの溜息を零して、縦巻きの金髪を弄る。

    「しっかり考えて発表とレポートへ打ち込んでいるのが馬鹿らしくなりますわ」

    「まだ評価が決まったわけじゃないし、それに最低限俺は考えて書いているのは知っている」

    「庶民ムラサキに評価されても何の価値も無くてよ!まったく……!」

     なんかいつにも増して不機嫌だなお前、との言葉を無視する。耳が動くので意識して前を剥ける。ビッ、と。
     白地に金と黒の尻尾だけは、明確に不機嫌を表しておく。
     待たされた上に彼はロツクサ ミヨと一緒に居たのだ。待たされている間ずっと。
     不公平である、と思うが、何に対しての不公平かは頭の中で釈然とせずもやもやする。
     とにかく機嫌が悪いのは確かで。

     ふと思い出したことがあり、横断歩道を渡り切るところで追い越して制服のスカートを翻して振り返った。

    「こほんっ。……今日、わたくしが違う点、お分かりになります?」

    「不機嫌」

    「ちーーーがーーーいーーーまーーーすーーーわーーーーッッ!本当に怒りますわよ!?」

    「髪切った」

    「髪、……違いますわ!普通に間違えてこないでくださいまし!」

    「尻尾切った」

    「節穴---!!!」

     尻尾ボサボサにしてフシャー!とはしたなく怒りかけて感情にブレーキ。
     三毛の三角耳がピクピクと跳ねる。
     あのドリンクの効果がどのように現れているのか、というのはやはり客観的には分からないものなのか。
     ムラサキは中途半端にサバトラ尾を傾けて、しげしげと眺める。

    「尻尾?」

    「尻尾……も含まれるものかもしれないですわ」

    「……」

    「じっくり見ないでくださいまし!」

     しゅばっ!と尾を抱き隠す。そうしてから、ぱ、と離して歩き出す。
     不機嫌……と後ろから声が聞こえた為、次言ったらおゲンコツでございますわよと返したら黙った。

     午後の陽射しは明るく、傾きつつも明るい。
     帰宅路は歩きで駅まで、そうしてムラサキはそこから12駅、わたくしは17駅先。
     送迎の車の手配があったが、有意義な時間として下校を庶民と共にするのも悪くないと考え、今このように歩いている。

    「もうすぐロクハシ商店に通り掛かるし、待たせた件の分、何か奢る」

     そう言って彼はわたくしを抜いて歩き出した。
     別にお金なら、と口に出しかけて。

    「ええ、そうですか。では、庶民感覚に期待でもしておきますわ」

     と眼鏡の位置を直しながらも返す。

     ロクハシ商店は帰路の途中にある駄菓子屋だ。
     小中高の学校の近くにあるこの街の小さな駄菓子屋であり、交差点を挟んだ目の前に小さな公園がある。
     買い食いの絶好のスポットでもあり、それがある為にわざわざこのルートを通る事もあるくらいのもので。
     当然、100円にも満たない値段のお菓子が並ぶ。まさに庶民専用。
     しかしながら社会を知る一環として見ておくのも悪くはないとは思うのだ。
     けっしてべつにお菓子が好きだからとかではなく。
     たったの10円で買えるマタタビ棒シーフード味が好きとかではなく。
     マタタビ棒、……マタタビは入っていないが。
     けっして別に好きとかではなくムラサキの付き添いなのだ。
     別に何を奢られるとかの期待はしていない。ない。

    「……」

     耳がぴくり、と僅か動く。
     肩を少しばかり竦めて歩みが遅れる。
     尾を改めて跳ねさせてから、斜めに傾けて。
     遅れた距離を取り戻すように小走りで彼に追い付く。

     話し込んでて気付かなかったけれど、すこしだけ、お手洗い行きたいかもしれない。
     駅に着いたら行こうと思うものの、彼に断りを入れて待たせたくない。
     お手洗いに行きたいと言うのは、ちょっと恥ずかしくて、嫌だ。
     最後にお手洗いに寄ったのはいつだったか。四限目か、五限目か。
     ふるり、と尾が跳ねた。
     肌寒さが意識される。

     これは、やっぱり駅のお手洗いに寄る必要がありますわ……。
     
    「リティーヌ、とうした?」

    「っはい!?い、いえ!なんでもありませんことよ!」

     無意識に握っていたスカートの側面を慌ててて払いつつ、またいつの間にか開いていた距離を、小走りで詰めた。
     すこし響く。意識されるようになる程度のムズ痒さを覚えるような尿意が留まっていた。
     今いる場所から三分と経たないところに、ロクハシ商店はある。
     三分、そんなにかからない距離の間だ。
     淡々と今日の発表における問題点の論議を続けるムラサキに付いていき、その間、妙に意識される尿意に半ば上の空の応えを返すまま、駅までの道のりの時間を試算してしまっていた。
     時折銀の髪とサバトラ模様の耳を跳ねさせて振り返るので、その度に両手を意識して自然なように開いた。
     商店の前へ辿り着いた。
     店構えは相変わらずの様子で、小さく小分けされた色とりどりのお菓子の袋が棚田のように古びた木箱枠に敷き詰まっている。
     大きなプラスチックの四角のボトルも敷き詰まっていて、斜めに開いたボトルの中にもお菓子の山があった。
     カラフルな、そしてレトロな甘い匂い。
     彼が灰色と白の縞尾を緩く動かして、お菓子とお菓子の並ぶ境界たる店内にすんなり入っていく。

    「ちょっと待ってろ」

    「ま、……そ、ムラサキ!あの!」

     呼びかけに聴こえているような耳の動きはあったが、有無言わさずのようでもあった。
     店内は奥に深く進むことが出来、突き当り左にもお菓子が敷き詰まった通路が続くL字の建物だ。
     冒険心がくすぐられるような気持にもなる造りをしている。
     彼は、ムラサキは探し物になると熱心になる性格でもあると知っている。
     探し物や、調べもの、興味が向いたことに関しては周りから聞く耳持たなくなるのだ。
     好奇心は猫を殺すとは、猫獣人の性質を言ったものではあったが。
     結局あまり見向きをされていない気がする。あのドリンクを飲んでも。
     好奇心は猫を殺す。
     その強烈な好奇心の方向は、こちらには向かない。
     もしかしたらあのラフ・コリー犬種、ロツクサ ミヨの方に向いているのかもしれない。
     それも、わたくしとの約束に遅れるくらい。

    「っ……」

     ぶるり、と尾が末端まで跳ね上がって震えた。
     内腿を寄せて短く息を吐く。
     お手洗いに行きたい。
     逸れた意識が無理矢理戻るくらいに尿意が主張し始めている。
     右足、から左足に軸が移って、また戻る。
     じっとして待っていることが辛い。

     遅い。
     遅い……。

     思わず振り返る。
     道路を挟んだ公園が視界に入り、そこで遊んでいる子供の声も聞こえる。
     そこにある白い小さな建物も、視界に入る。
     最小限の用途として建てられたものだ。
     横断歩道は離れた場所にある。交通量はまちまちで、タイミングさえ意識すれば渡れない事はない。
     でも、流石にムラサキがすぐに戻って来ると思う。
     戻って来るはずだ。
     戻って。

    「っ、……」

     そわり、と尾が揺れる。
     少しの足踏みをして、肩に掛けているショルダーバッグを掛け直す。
     まだ大丈夫そうではあると思うものの、今行っておきたい気持ちが出てくる程度には。
     そういう程度には溜まっていることを感じる。
     まだ来ないから、今のうちに公園で済ませてきたい。
     勝手に居なくなったら変だから、ショルダーバッグだけでも置いておこうか。
     ムラサキに声をかけるかどうか。
     全く戻る気配がないから、もっと時間が掛かるかもしれない。
     そもそも何を探しているのか。
     昇降口でもあんなに待たされたものだ。
     やっぱり行くべきかもしれない。お手洗いにいきたい。
     でも、我慢できずお手洗いにわざわざ向かったと思われたら、少し、嫌だ。
     どちらにしろ駅で行くのだから同じ様なものかもしれない。
     でも、駅の方が自然に行ける。
     駅までは、ある程度距離はあるけれど我慢できないことは、なさそう。
     だけれど。
     けれど。
     やっぱり今、公園のお手洗いに。

    「待たせた」

    「っっ、っ!」

     尾が、しびびっ!と跳ね上がった。
     公園の方から振り向いて、彼を見る。
     表情が引き攣る。

    「リティーヌ?」

     マタタビ棒シーフード味と、パックのオレンジジュース。
     彼が買ってきた二つが眼鏡のフレーム枠の視界に入る。

    「これ……は」

    「待たせた分のオレンジジュース」

     差し出されて、受け取る。
     よく冷えている。
     武者震いが尾の末端から、肩にまで抜ける。
     
    「あ、ありがとうございますわ……」

    「ん。そんじゃ行くか」

     陽射しに眩しそうに灰色の髪を撫で整え、歩き出した。
     その様子を眼鏡越しに捉えて、ついていく。
     ようやくに歩き進めつつも、横に見える公園へと視線が流れる。
     駅への距離を思う。
     右手に持ったオレンジジュースを見る。
     彼に、ついていく。
     左手にはマタタビ棒シーフード味。
     パッケージには《木天蓼は入っていません》と書いてある。

    「オレンジジュースあんまり好きじゃなかったっけ」

    「えっ、あ、いいえ?嫌いではないですわよ」

    「好きでもないみたいな物言いじゃねーか。要らなかったら飲むけど」

    「庶民ムラサキ、貴方お礼の意味わかっています!?もう……!」

     尻尾がほんのり膨れつつ、マタタビ棒シーフード味の包装を開けてオレンジジュースにストローを挿した。
     シーフード味のサクサクパフのお菓子だ。味わって食べたかったが、微妙に余裕がない。
     片手が空かないと、落ち着かない。
     さくさくと食べ進めていく。

    「何、腹減ってたのか?」

    「もっ、……!んぐっ! なっ、ちょっ、ちがいますわっ!」

     無理矢理飲み込んで言うも、ムラサキが振り向いて様子を見ていた事に気付くのが遅れた。
     耳にまで熱が行くのがわかる。
     空いた包装を畳んで、畳みつつも慌ただしくポケットに突っ込む。

    「今日は頭を十分に回転させましたのでっ!糖分が必要でしてよ!」

    「それ、糖分入ってんのか?オレンジジュースは入ってるかもだけど」

    「お、おだまりくださいましっっ!」

     耳を低く寝かせて言えば彼は肩を竦めてまた歩き出した。
     歩幅は横並び。のんびりとした歩調だ。
     オレンジジュースに浮かぶ水滴が指に伝う。
     冷たく、そして全然飲めていない。
     飲みたくない。
     今意識されている尿意は、先程より強い。
     歩き進む動きで誤魔化せているが、とても落ち着けないほどにその欲求は大きくなっていた。
     やっぱり、さっきの公園で済ませておけば。

     しばし歩き進めても、事態は悪化していくばかりだった。


    ----------------------------------------


     続く次のレポートの内容にも具体的な会話を交わせたのにと思う。
     返答は、浅い返答になってしまう。
     空いた左手の置き所がない。何かを強く握っていたいような、ぴりぴりした感覚。
     呼気が少し乱れる。整えるように意識する。

    「ええ、ええ、そうでございますわね」

    「だろ?だから、海洋の問題としては――」

     上の空な肯定の言葉が零れるばかり。
     少しの前屈みは、早く駅に着かないかという願望も滲む。
     それのみでもないのはよくわかっている。
     焦りに体毛が少し逆立っているのを感じている。

     お手洗いにいきたい。
     駅のお手洗いに。
     あとどのくらいの距離なのかを焦る頭で考える。
     そこで、ムラサキが立ち止まった。
     すぐにでも駅に行きたいのに。

    「な、なんですの……?」

    「リティーヌ、オレンジジュースやっぱ嫌いなんじゃないのか?」

    「みっ、……! え、いえっ!?先ほども言いましたがそういうわけではっ!」

    「そう?あんまり飲んでないように見えたから。待たせた埋め合わせで嫌いなもん奢ってたら、ちょっとなって」

    「き、……嫌いではないですわよっ!」

     言って、証明する様にもストローを咥えて吸う。
     冷たさが喉を伝う。
     喉を鳴らして飲んで、ストローから口を離す。

    「っ、ぷは、……ですが庶民の、っ、っ、」

     腰が、引ける。
     左手はスカートを握りしめて、三毛の尾がぶるぶると震えて中途半端な水平で引き攣れた。
     呼気が止まる、止める。
     膝が笑いそうになった。

    「……何、リティーヌ、いや、いいけど。やっぱり、」

    「っなにもっ!」

     波に、耐えた。
     背筋が寒くなった。
     まだ余裕はあったが、何度も耐えられる気はしない。

    「なんでもありませんことよ!行きますわよ庶民ムラサキ!」

    「はいはい」

     ローファーの音を立てて、早歩きに変わる。
     駅までの距離と時間を逆算する。
     まだ耐えられると思いたい。
     お手洗いに行きたい。
     急がないといけない。
     けれど、悟られないようにもしないといけない。
     左手をぎゅ、と握って、開いて。
     その手でショルダーバッグをかけ直して、歩幅を合わせていく。

    「それで、海洋ゴミの件だけれどやっぱあんまりピンと来ない奴は多いよな、海獣人辺りには死活問題だろうけれど」

    「……ですわね」

    「レポート題材としては多少分かり易いものはあるんだけどな。俺も実は寿司――」

     ぶるり、と尾が緊張する。尾が張り詰めて固まりつつも自然を装い歩き続ける。
     尿意の、波。
     指先が震えて、ショルダーバッグの肩紐を左手で強く握り込む。一方の右手は紙パックだ。
     中途半端にいきんで、アンバランスに耐える。

     耐えきれない、かもしれない。
     駅まで。
     駅のお手洗いに、おトイレに行かないといけない。
     間に合わないかもしれない。

     ムラサキの声が遠い。
     尾が痙攣する。一向に退かない欲求の波に歩幅が短くなる。
     慌ただしくスカートの側面を、ショルダーバッグから離した左手で掴んで耐える。
     息が震える。
     なんでこんなに、急に限界に差し迫っているのか。

     立ち止まった。
     立ち止まらざるをえなくなった。

     出そう。出る。
     おしっこが出そうになってる。
     お漏らししそうになっている。

    「っ……!」

     "何で"、よりも"どうにかしなきゃ"、が優先だ。
     たぶん、間に合わない。駅には。
     そうしたら、どうなるかは分かりきっている。
     ムラサキのいる場で、お漏らししてしまうことになる。
     絶対に、それは、駄目だ。
     でも、間に合わない。
     駅に走らないと間に合わないけれど走る余裕はもしかしたら無いかもしれない。
     ムラサキが常に付いてくることになる。距離もある。
     寧ろ近いのは公園のお手洗いの方だ。
     公園。

    「そんなわけで少なからずの価値というのは――」

    「ムラサキっっあっ、の、忘れ物っ!したから!商店にっ!」

     身を引き攣らせて上ずった声が出た。
     ちりちりとする指先の感覚。紙パックを持っている手の震えを無理に抑える。
     咄嗟の言葉だった。
     彼に言って、行かなければないのは間違いなかった。
     それでも、お手洗い行きたいからとは。
     おしっこが漏れてしまいそうだからとは、言えなかった。

     少し進んでいた彼は振り向いて首とサバトラ模様の三角耳を傾けた。

    「マジ?じゃあ戻ろうぜ、何忘れたんだよ」

     こちらに歩き出した様子を今にも歪みそうな視界に収めつつ、ぶ、わ、と体毛が膨れる。

    「っ、っ、」

    「戻るならすぐだし。とりあえず一緒に探すぞ、リティーヌ」

    「学校かもしれない!学校に忘れてっ……!」

     彼は目の前で立ち止まり尻尾を傾け、怪訝そうな表情を向けてきた。
     
    「は?いや今お前ロクハシ商店って、……そも何忘れたんだよ」

     追及に頭が真っ白になる。
     意識がぐちゃぐちゃになりかける。
     耳が熱い。
     スカートを掴んでいる左手が跳るように震えた。
     彼についてきてもらったら、ぜんぶ。
     何をしたいかが、何が起きているかが分かってしまう。
     今すぐおトイレに行きたくて、もう限界であるということが。
     片足が震えて、内に寄せる。出来る限り自然な動きで。
     だけれどもう、どう見えているかわからない。

     何を置き忘れたか、何を。
     何も置き忘れてはいないけれど、何かを。
     何か言わないと。

     おしっこしたい、おトイレにいきたい。
     もらさないように意識を割く中で答えを探す。
     腰が、ほんの少しずつ引けてくる。

     だめっ。

    「ふっ筆箱」

     でる。

    「なんだそりゃ。明日で良いじゃねーか」

     おしっこ。

    「っっ中に大事なものっ、があって」

     もう。

    「ああ、まあ、リティーヌの持ち物だいたい高価だからな。その前に鞄の中身探してみろよ」

     もうっ。

    「かば、ない、なかっ、探しましたわ!」

     もれっ。

    「……本当かよ、今急に思い出した感じだったろ、お前。とりあえず、鞄の中見てからでも――」

    ――全身がぶるりと震えた。

    「かっ、」

     鞄。
     言おうとしたところで、膝が笑った。
     ぎゅっっ、と左手がスカートを握り、尾が水平に、そして低く痙攣し、そうしてから、ビクッビクンッ、と跳ねた。
     妙な前のめりに腰を引いた姿勢で。

     耐、えっ。

    ――じゅっっ、じょろっ……。

     噴き出した、くぐもった音、感覚。
     下着に、熱。
     直ぐに温かさとなって、拡がる。
     太腿に、伝う感覚。

     右手が小刻みに震える。
     思わず手に力が入って、右手に握る紙パックを圧迫して、オレンジジュースがストローから少し飛び出した。
     全く飲み進められていなかったもので、少しの圧力で勢いよくオレンジジュースが噴き出たのだ。

    「わっ、と、リティーヌおい!?オレンジジュース……!」

     もれた。
     でた。
     ちびった。
     もらした。

    「――――っ」

     ダメだ。
     絶対に、だめだ。ムラサキの前では。
     
     ぎゅ、とスカートを左手が強く握りしめる。
     太腿が震える程の、我慢。
     息が止まる。危ういバランスで保つ。
     閉じ、留める。

     ちょっと、出た。
     でも、でも耐えて、耐えた。
     我慢した。我慢できた。

     そう離れていないムラサキが、跳ねたオレンジジュースの雫を視線で追ってコンクリートの地面を見た。
     つられて、耳の熱さと感覚の遅延さえ起きている錯覚もする中、眼鏡越しの視線を落とす。
     コンクリートに黒く染みとなった、こぼれたオレンジジュースの斑点滲み。
     それと、スカートの下、足元に。似たような、数滴の雨が落ちたような、斑点滲みが、あって。
     雫が、続いて滴った。
     おしっこが、地面にこぼれている。

     尻尾が逆立つ感覚。

     咄嗟に、そのオレンジジュースの紙パックをムラサキに押し付ける。
     反射的に受け取った彼の手を見る余裕もなくボサボサの尾を翻した。

    「ごっ、……ごっごきげんようっぅっ!」

    「おい!リティーヌっ!」

     そうして、来た道を走り出した。
     せき止めた尿意が、駅まではもたないことは確実だった。
     ムラサキを置き去りにして向かう先は、駅よりまだ近い公園だ。
     駅よりは近い。
     間に合うかは、わからなかった。
     わからなかったけれど。

     絶対に、おもらしだけはしたくなかった。

    ----------------------------------------

     歩いてきた距離を駆け抜ける。

     時折早歩きに変わるが、もう猶予はない事があまりにも分かっている。
     もうすぐだ。

    「っ、は、っは……!」

     スカートを揺らし尻尾を水平に伸ばしたまま駆ける。
     走る振動が響くが、まだ波が来ないうちに駆け抜けるしかない。
     濡れた下着が気持ち悪い。
     張り付いて嫌な感覚がする。
     でも、少しちびっただけ。少し。

    「っ、信号、……!」

     丁度横断歩道が左手に見えてくる。
     直線の先に商店と、道路を挟んで商店の目の前に公園の入り口が見えてきた。
     横断歩道を渡れな、すぐだ。
     歩行者信号は、青の点滅。

    「え、っ、あっ!あっ!?」

     走ろうとしたところで、赤になった。

    「っ、は、は、はっ……!?」

     横断歩道手前で立ち止まった。
     荒い息を躊躇いなく吐き散らす。
     耳の端が小刻みに痙攣し、左肩に掛けたショルダーバッグの肩紐が一本ずれ落ちるが、直す余裕もない。
     両手が両膝に触れて、中腰になる。
     赤信号で止められていた車が、エンジンの音を立てて目の前を通り過ぎていく。
     太腿を強く閉じ擦り合わせる。

     まだ大丈夫。
     まだ大丈夫。
     まだ大丈夫。

     車の通りはそこまで多くはない。
     よく注意をして左右を確認し渡ればなんということはない道路だった。
     実際のところ公園から道路を挟んだ駄菓子屋までの最短直線を、左右を見て渡る光景もよくあったものだ。
     小学生から高校生まで。この遠回りの横断歩道を使う事は、少なかった。

     だから。
     だからこのまま商店の方に向かって、そこからまっすぐ公園に。
     交通ルールを破って、行ける。

     けれど。
     そんな、はしたない事をもし誰かに見られたら。
     そんなはしたない様子を見られては、ならない。
     そんなルールも守れないひとにはなってはいけない。
     チュリフト・クライフ社の一人娘であるわたくしが、そんなはしたない真似をできるわけがない。
     絶対に。

     道路を挟んだ横断歩道の先に、公園で遊び終えた帰りの様子の小学生が三人。
     犬の獣人の男の子と、馬獣人の女の子と、獅子獣人の男の子。
     高学年辺りだろうか。賑やかに話をしている様子が眼鏡越し視界に入った。
     車の通りは相変わらず疎らで、それでも律儀に信号を待っていた。

    「っ、う、う、っっ……!」

     反射的にも尾が、ぐ、ぐ、と内巻きに。
     中腰であったが、一度膝を伸ばす。
     息を浅く保って、少し出しかけた指の爪を仕舞う。
     肉球からの手汗を感じて、スカートを改めて握り直す。
     耳が低く寝て、堪える。

    「っ、ふ、……っ、……!?」

     咄嗟だった。
     スカートの上から股座を強く抑える。
     猛烈な尿意が迫ってきていた。
     しかし、湿った体毛と布地の感覚に慌ただしく手を緩める。
     スカートに、染みになる。それは避けなきゃ、だめだ。
     そのまま腰を落とすように屈み、左片膝を立てて、右爪先を引き……踵を立てて、股座を押さえた。
     濡れた下着が密着する感覚も厭わない。
     もう、そうしないと我慢できない。
     あと少し。
     あと、少しでお手洗い。

    「ふーーーっ、ふーーーっ……ふーーーっ……」

     ふと、正面の小学生たちが視界に入った。
     男の子の二人はじっとこちらを見ていた。
     賑やかな会話をしながらではあったが、目を離せない様子があって。
     今、左膝を立てている。
     その現状と見え方を思い、慌てて両手でスカートを引き下げる。
     下着、見られたかも。
     耳に熱が及ぶが、それどころではない。まだ立てもしない。
     猛烈な尿意。

     と、そこで信号が青に変わる。

    「っ、は、っはぁっ……!」

     立てない。
     まだ、波が。
     今、もうすぐ。
     今、いける。
     行ける。

    「っ……!」

     足に力を込めて、どうにか漏らさないように。
     右足で身を持ち上げて左足を前に。
     小学生たちが丁度横断歩道の半ばに差し迫るまで鬼気迫る切羽詰まった表情で座り込んでいたのだ。
     痛いくらい視線が刺さるのを感じながら、両手でショルダーバッグの紐を強く掴んで横断歩道を渡り切る。
     渡り切った。
     あとは、公園に直線。
     そうして公園に入ってすぐ左。
     すぐ、お手洗いの小さな白い建屋がある。
     そこまで、そこまでいけば。

    「っはぁ、っはぁ! っくっ、ぁ、あ!」

     走りながら、左手がスカート越しに前を強く押さえる。
     小学生たちの視線が無い今、もうなりふり構っていられない。

     お手洗い。
     お手洗いに。
     おトイレに。
     おしっこ。
     おしっこがでる。
     もうでる。

     頭の中がごちゃごちゃになる。

     とにかくおトイレに。
     絶対に漏らしてはならない。
     出してはいけない。
     おトイレで出したい。

     その意志だけで、息を散らして走り込む。
     走って、走り、その足がもつれかける。

    「あ、あ……!」

     疲れたわけではない。
     これでも運動は得意な方だ。
     バランス感覚だって、種族譲りなものがある。
     原因など、一つしかない。
     一歩一歩が、もう、この猛烈な尿意を刺激する。
     そして、もう耐えられそうにない自覚があった。
     もう入り口目前で、策を隔てたすぐ左に真っ白の建屋があるというのに。
     いますぐ座り込んで、耐えるべき尿意に切迫する。

     それでも、走った。

     入口の石畳を踏み弾く。
     重心を左に傾けて、一歩。

     まだ、漏らしていない。
     おもらししていない。
     絶対にトイレで。
     絶対に。

     ぜっ、

    「っ、ふ、ッッッ……!」

     入り口の、ステンレス製の車止めに右手の肉球が強く叩き付けられた。
     硬質で空洞の音が鈍く小さくも響いて。
     冷えた鉄の感覚が酷く汗ばんだ肉球を伝い、へっぴり腰から伸びた尻尾が、しびびっ!と何度も打ち震えて。
     足がガクガクと震えるまま、左膝のみをその場に着いて。
     左手は。
     咄嗟に。
     左腰辺りからスカートに乱雑にも滑り込ませ下着へ指を引っ掛けそのまま強く左にずらしたと同時に腰を突き出すように。
     尻尾が、うち震えながらも跳ね上がった。

    「――っは、っあっっっ、あぁ!」

    ――じゅっ!じゅっ、じゅーーーーっ!!!
     ――じゅおぉおぉーーーーーーーーーーーーっ!!!

     黄色に色付いた液体が、尿が、熱く噴き出した。
     強い水流が跳ね上がり、真正面、車止めの水平に伸びた支えの棒に叩き付けられて弾ける。
     銀の車止めを、爪の出ている右手で強く握りながら。
     高いレース付きの、最初の失敗によって薄黄色に濡れた下着を左手で横に無理矢理引っ張りながら。
     弾けて溢れ零れる液体は公園の入り口の石畳に打ち付けられ、溜まりに溜まった膀胱の中身は止めようもなく放出されていく。
     硬く平らな石畳に噴きつけられ飛沫を立てて、黄色の斑点を描く。

    「う、あ、ぁ……! っ、は、はぁ、っはぁっ……!」

     出ている。
     おトイレじゃない場所。
     おトイレに間に合わなかった。
     ダメだった。

    ――じゅっじゅっ、じゅーーーーーーーー……
     ――じゅびびっ!じゅおぉおぉーーーーーーー……

     溜め込んだ水袋は細い出口から強く噴き出し続け、止めようもなかった。
     止めようと思っても、尾が妙な会釈を繰り返すだけの様な滑稽さとなって、水流に歪な跳ねを生み水滴を散らすのみ。
     ホースを引き絞った水音と石畳を打つ音は否応なく耳に届く。
     それのみに留まらない。
     公園で遊ぶ元気な子供の声と、そして車の通過するすぐ横の道路の車の音。

     公園の入り口である。

     いつもの、音消しまでして用を足すトイレの中ではない。 
     そこは秘匿されるべき囲いのある個室のトイレの中ではない。
     外の、それも公共の場で。それも公園の入り口で、排泄してしまっているのだ。

    「はぁーーーっ、は、は、っ、はぁっ、はぁっっ……!」

     わかっている。
     公園の入り口で、おしっこをしてしまっている。

     溢れ続ける放水に止まる気配はなく、水飛沫を散らし続ける。
     水溜まりの面積を一気に、そして離れるつれて緩慢に広がっていき。
     溢れた尿の水音は水溜まりに打ち付けるぴちゃぴちゃといったものに変わっていった。
     風に流れ切らない濃い匂いは、ビタミン剤を服用した後の様なそれであって。
     その臭気が、屈む足の間、スカートの下からもわりと立ち昇っていく。

    「……っ、ぐ……く、ひ、っく、っ……」

     やってしまったのだ。
     やってしまった。
     おトイレに間に合わなかった。
     こんなところで。
     こんなところで、おしっこしてしまった。

     眼鏡の鼻の方から曇っていく。
     放出の勢いは、ようやく収まっていく。
     水溜まりとなった石畳の上に水音を立てて、大粒の黄色い雫が絶えず滴っていき。
     それとは別の、雫が滴っていく。
     ずび、と鼻を啜る音が響いて。
     息継ぎの合間に、短い嗚咽が混じる。

     間に合わなかった。
     なにをしても、トイレには間に合わなかった。
     咄嗟に、その場でするために下着をずらして、してしまう他、なかったのだ。
     左手にも引っ掛けてしまっていて、体毛が濡れて寝ていて気持ち悪い。

     ムラサキと帰るつもりだったのに。
     こんなところで、失敗して。
     急に、お手洗いに行きたくなったせいで。
     それでも。
     それでも、ムラサキの傍でみっともなく失敗しなくて。
     それだけは、よかった、のかもしれない。

     失敗してしまったことは、違いないのだけれど。
     そう思って、一息を吐き出したところで……笑い声に耳と尾を強く跳ね上げる。
     歩道の方から数人の声。
     声変わりの済んだ中学生くらいの声であって、それが近付いてくる。

    「っ、っ、……!?」

     慌てて、下着を引き上げつつも立ち上がる。
     立ち眩みがしそうな程の息の荒さは整い切らない。
     白かったレース付きの下着はびしょびしょで、気持ち悪いがそれどころではない。
     左足を引いて、惨状を見る。
     暫く雨も降っていない地面には不自然過ぎる、広い歪な水溜まりが出来ていた。
     石畳の区切り溝に沿って広がり、匂いが立ち昇っている。
     それが何の液体であるかに気付くのは、そう難しくないものだ。
     こんな非常識な場所で、という要素を除いて。

     スカートと尾を翻し、来る学生達の方に背を向けて歩き出す。
     本当に、丁度公園から出てきた生徒と、公園に差し掛かった生徒という様子にも見えるように。
     早歩きでその場を立ち去っていく。

    「っと!水溜まり!」「おいおい気を付けろよ、ってか雨暫く降ってねーよなってか、なんか」「これ雨じゃな、ってか、くっ――」

    「っっ……っ……!」

     後ろに鋭く寝かせた三角耳は、その学生達の賑やかな声、驚くような声や冗談を言い合う声が聞こえていた。
     そして、強い猫科の尿の匂いは……トイレに流さないとこんなにも気付かれることをその場で知る事となった。

     火傷するほどに耳に熱を持ちながら、尿で濡れた下着をどうするかを考える帰路となる。
     落ち着きを取り戻した時に、ちびっただけ、お漏らしまではしていない、という事で自身を納得させたけれど。
     ムラサキに、明日どう接するか。
     あのおちびりがバレていないか。
     筆箱は問題なく見つかったとだけ言って、問題ないか。

    「ぐすっ……。はぁ……」

     ただそれだけが、杞憂で済めばいいなと思うのだった。
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    mttbsmn

    DOODLE妄想!!!
    カナタくんとイリルちゃん混浴想定書き散らし寒い時期の突然の大雨~で(塾?部活?何か用事?で)外に出てたカナタくんびしょ濡れなトコにイリルちゃんが心配して傘二本持ってって渡したとこに車が通り掛かって泥ぶっ掛かるかわいそうなイリルちゃん(かわいそう)なところからの、フーラ家近いから一緒におうち行こう~な流れになって、カナタくんめっちゃ冷えてる+イリルちゃんどろんこで靴もビショ濡れだし靴持って二人で脱衣所まで来たとこで~カナタくん体冷えてるじゃん今お風呂沸かすから先に~というかシャワー使えるからvsイリルこそ泥だらけだし先に脱衣所、というかシャワーで泥落とす必要あるじゃねーかよ!の靴持ちながらの譲り合い合戦~なところからおねーちゃんただいまー!って帰ってきて咄嗟にイリルちゃんがお風呂場にグイッとカナタくん引っぱって避難!シャワー全開にお風呂使ってるよアピールで、靴もお風呂に持ってってたバレず、カナタくんにお風呂に入って!!!てやって、脱衣所におねーちゃんが来る&お話~で泥んこになっちゃったからシャワー使ってるよ!なところと、あれ?おねーちゃん今日用事あって帰り遅くなるんじゃなかった?というイリルちゃんの鋭い気付き&ポンコツおねーちゃんっぷり効果大でおねーちゃんがウワー!わすれてたー!って撃退(撃退)するわけで、もう出てきていいよ!ってカナタくんに言うけどアレー!?お風呂沸かしてる途中だったから中途半端に冷ため!?みたいなのでガクブルだったから、引っ張り出して暖かいシャワーを当てて温めて、いや、イリルも寒いだろ、それに泥ついてるしってなんか半々で掛け合う妙な気まず時間が流れて泥落としてるところで胸とか腰とかの張り付き輪郭~なところ意識し始めたとこでお風呂が沸きましたになって、ああ、じゃあ、とはいうものの、どっちもどっちな様子で両方びしょ濡れ寒々で、片方シャワー片方お風呂~とか浮かぶものの、なんか服着てるなら一緒に入ってもいいんじゃね?とかカナタくんがすっとぼけたことを言っちゃって~~というかさっきイリルに咄嗟に入れって言われたけど帰りの服、いや、まぁビショ濡れだったし同じようなものだけど!みたいな様子と、明日休みだし、貸せるパジャマあるしみたいな外堀からなんか埋めてっての、おねーちゃんも暫く帰ってこないし、な様子で、着衣混浴!!!
    1031

    mttbsmn

    MEMO副題:MMO適応障害
    FF14所感-新生~黙約の塔-FF14所感~ゥ!
    まーどんな感じでプレイしてどんな感覚でやってるかとか色々出していって今後の展望で変わるのかなーとかまだ見えてないが故の色々な不安垂れ流しも含めてアレソレ出していこうかなくらいの垂れ流し。

    そもそもFF14やる、ってなったのがロスガル(メス)出ますよの話が出て、っていう前になんか始めた機会があったんだよね、UI弄りと、アクションゲーム画面ながらの停止してのスパンの速いリキャストタイム式コマンドバトルにドチャクソ衝突してレベル15でアーー無理ホントムリ死んじゃう!ってなって止まって一年後くらいにメスガル正式決定して、じゃあやりますか……とふたたびUI弄りから始まったとかのなんかで。

    そもそもとしてMMORPGに対してとんでもねーーー忌避感は持ってて、MMOじみたある種の最大出力な世界観持ってキャラが生きてる非MMOな遊びをずっとやってた身としてはハマると即死すると知りつつ、一方MMO性の強さに疲弊しそう(ゲームだからさぁ要素/効率とかボタンポチポチとかストーリー性の薄さの一方ナラティブ性-個人体験-重視というのは分かっているけれどなんかそこに更にコミュニケーションとかが絡んでくるんでしょうとかの)でハマらなくても嫌な形で即死するのは知ってて、実際のところ新生の殆どとリヴァイアサンとクリスタルタワーでそのMMOさが圧倒的に猛威を振るって死んだのはあってそれはそうなんだけど。先に書いておくか……。
    6457

    mttbsmn

    DOODLEほしいものリスト
    ください/ほしい/欲しい/描きたいの文章の抽出

    またたびはアイデアがパッと浮かんで"消える(迫真)"ので出してしまってそこに描きたいとか欲しいとかのワード付けといてあとでツイート条件検索してまとめてサルベージしてる(システマチックすぎるのやめーや
    ほしいものリストfrom:@mttbsmn ください

    2021年6月13日
    耳の中覗かれて死ぬほど恥ずかしい思いをする垂れ耳ケモとかほしい。ください(くさい)

    2021年8月10日
    例えば馬車の長距離移動で男女パーティとか!そういうシチュでも絶対に起こりうるコトだよね?っていうのは、みんなが特に描かない、描く必要がないと捨て置いてるだけで、そこは確実に"あっていい、あることができる"モノなんだよね!
    どういう様子でその状況を解決するのか、それは大事な要素……!
    という事で長距離馬車止めるタイミング逃しておもらしする冒険者メスケモください(※誰も描かないのでまたたびが描きます)

    2021年8月14日
    ガーターベルトってパンツの下に履くものって知って確かに脱ぐとき困るもんな、ってなるほどってなったあと、…………パンツの上にガーターベルト付けちゃって脱ぐのに手間取ってギリギリトイレ失敗しちゃう新入りメスケモメイドおもらし絵ください!!!!!!!!!!!!!!ってなったのでください
    21400

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