無題蒼天堀、招福長通りから少し外れた所にある古いラブホテル。
時刻は午前3時を回ったところではあるが、全部で24部屋あるうちの3つほどしか、部屋は埋まっていなかった。関西一の歓楽街とはいえど、週のど真ん中ともなれば、客足は疎らなのは致し方ないとフロントの男は溜息をつく。
ぷかぷかと紫煙を部屋に浮かばせ暇を持て余
していると、入口を開く音が聞こえた。
耳を澄ますと、3人分の足音。客のプライベート保護の為フロントを隠す壁の隙間から、黒のスーツに挟まれた白のダブルスーツが見えた。
不審に思ったが、客には変わりないと目の前の男達に声を掛けた。
「いらっしゃい。」
「部屋空いとるか?」
「2階の3部屋以外はスカスカだよ。好きなとこ選びな。」
「どうしますか、桐生様」
「…どこでもいい、真島さん、早く済ませよう。」
「なんや桐生ちゃん、もう我慢出来へんのか?」
「なっ、そんな訳ないだろう!!」
何となく会話に耳を傾けていると、関西訛りの男に妙な違和感を覚える。同じ人物が喋っているはずなのに、時折口調がバラバラになるのだ。
―まるで、二人いるかのように。
「すまないが、エレベーターはどこだ?」
桐生がフロントに問い掛ける。その声にハッとしたと同時に、不吉な考えを振り払う。
まさか、同じ人物が二人いるなど、そんなはずはない、と。
案内をする為フロントの窓から顔を出す。話し掛けようと顔を上げた瞬間、目の前の光景に、思わず「ひぃ!?」と悲鳴をあげた。
そこには、白スーツの男を挟むようにして、全く同じ顔をした眼帯姿の男が左右に立っていた。
「ど、どうかしたのか?」
男は素早く窓を抜け出し、奥へと戻っていってしまう。男のただならぬ形相に驚いて桐生が問い掛けると、慌てて「何でもねぇ!」と取り繕った。
桐生は左右にいる真島とともに訝しげな表情を浮かばせた。
(何だよ今の…双子なんてレベルじゃねぇぞ…)
目の前の有り得ない光景に、恐怖のあまりどくどくと痛む心臓をぎゅう、と押さえた。
不審に思った真島は、窓から男に問い掛ける。
「なぁ、早いとこルームキーくれへんか?405号室。」
あまりの衝撃にすっかり忘れていた男は、慌ててキーを取り出し、男に手渡した。
「い、いやぁ悪いね。念の為聞くけど、三人でのご利用かい?」
「なんや、三人でヤったらあかんちゅう決まりでもあるんか?」
抗議の声を上げたのは、果たしてどちらか。生き写しの様に瓜二つな二人の顔が、桐生を挟んでフロントの男を睨む。顔の造りや声だけではなく、表情の作り方など一つ一つが不気味な程同じだ。一卵性の双子でも微妙な違いがあるはずなのに。地面から這い上がってくる様な恐怖感から、項の辺りがぞわ、と粟立つ。
「と、とんでもない!え、エレベーターは奥の通路を真っ直ぐ行って、左だ。」
「おおきに。ほな、行こか桐生ちゃん。」
「…ああ。」
真島は、チャリチャリと手の中の金属を鳴らしながら桐生の肩に手を回し、もう一人の真島は腰を抱き寄せ、三人はエレベーターへと向かっていった。
「ごゆっくり……。」
奥へと進む3人を目で追いながら、客を見送る時の決まり文句を呟く。今までの出来事が衝撃的すぎて呆気に取られているため、覇気のない気の抜けたような声色になってしまった。
そして数秒後、エレベーターの開閉音が聞こえ、3人の足音は完全に消えた。瞬間、どっと全身の力が抜け、机に思い切り倒れ込む。
「なんだったんだ、あの三人は…。」
ラブホテルに務めて早10年、男が三人というパターンは珍しいとはいえ、今回が初めてではない。それだけならいい。問題は、双子よりもそっくりな、眼帯の男二人だ。一体全体、何をどうしたら、あんなことに?もしかしてドッペルゲンガーのような、怪奇現象なのだろうか?
そこまで考えると、一気に恐怖が押し寄せ背筋がぞわりと粟立つ。これ以上はいけない。身の危険を察知した男は、さっさと忘れていつも通り仕事をしよう…と椅子に座り直した。
一方その頃…エレベーターを降りた3人は、部屋に向かって歩を進めていた。
「なんや変なおっさんやったな。あんな青ざめて、お化けでもおったんかいな?」
「…そりゃあ、あんたら二人が一緒にいれば、誰だって驚くだろう。」
「確かに。そういう意味では、お化けと変わらないかもしれませんね。」
「だから早く行こうと言ったんだ…」
「そないなこと言うて、ほんまは兄さん達と早うやりたかったんとちゃうん?」
「違うと言ってるだろう!ば、場所が場所だろう…恥ずかしかったんだ…」
既に幾度となく抱いているはずなのに、未だに初な反応を見せる桐生に、「二人の」真島は顔を覆う。
これからする事が何なのか、わかった上で言っているのだろうか。否、おそらく無自覚なのだろう。
今日はとことん可愛がって、とろとろに溶かしてやろう。互いの腕の中にいる愛しい恋人と共に、これから濃密な時間を繰り広げる部屋へと入っていった。