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    Maze_abk

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    初夜失敗at病院

    かしこいこども「怖いですか」
     怖いと言ってくれたらやめてやろうと思っていた。本当だ。

     使える駒は立派な駒になるまで丹精込めて育てられるわけだが、それはそれとして、偶発的に生まれたモノでも利用価値があるなら使わない手はない。
     出会った時分より必要以上になつかれている自覚はあったし、それを上司がもちろん把握していることも知っていた。仲良しでよかったなあ、などと言われるからには、うまくやれと指示されているも同然であった。かくして俺は、かつて拐かしたまだやわらかい髪の子供の恋心を、不器用にももてあそぶことになり。手に触れて、口付けを交わした。海を渡った見知らぬ土地の吹き荒ぶ寒さに身を寄せ合った。さらにその次を望んだのは彼だった。樺太を共にした元英雄に、隙を見せて深々と傷をつけられたあの日は数日前のことだった。
     そういうわけで俺はいよいよ、いとけない上官の、これまで蝶よ花よと守られてきた褐色の純潔を散らす、ともすればおそろしいほどの役得を手にすることとなったのだが、おそろしいのは彼が、おのれを抱こうとしているその男こそ、かつての誘拐犯であることをほとんど承知の上であるということだった。痛々しく巻かれた包帯に反して、健康的につややかなその肌はしっとりと汗ばみ、手のひらに吸い付くようである。くつろげた胸元からは妙にまろやかな香りがした。まるで軍人の体臭とは思えない。
    「怖いなんてわけあるか」
    「ほんとうに?」
    「月島…おまえ今日変だ」
     いざベッドに乗り上げて聞いてみればけたけたと笑う。なにも知らぬ子どものくせしていやに色気のある口角の上げ方をするのが気に食わない。
    「まるでお前が抱かれるみたい」
    「はァ」
    「緊張しているな?」
    「いや別に。」
     そう言って無防備な鎖骨を晒したまま、年下の上官はおれの頬を両手で包んだ。導かれるまま、彼の顔におのれの顔を寄せる。自分の低い鼻と、むこうの嫌味ったらしいほどに高い鼻がツンと触れて、静かな部屋の中で夜風の音だけが響く。
    「私はな、緊張してる」怖くはないが…と言い聞かせるような響きで言葉が溢れた。
    「月島に愛想を尽かされないかどうかと…」
     はあともうひとつ溜息を吐いてから、依然顔を撫で回す彼の手をそっと外して無理矢理口を合わせた。ぬる、と舌で唇をなぞると従順にそのあわいは開かれて、勝手知ったるというように舐め回せば肩がビクンと震えた。かわいいなと思った。
    「ため息を吐くな」
    「すみません」
    「ため息をつかずに、わたしの頭を撫でて、それから見つめていろ。それで、抱け」
     ハキハキとした口調で、まっすぐとこちらを見据えて鯉登音之進はそう言った。そう言うので、クセではあ、と口をつきそうなのを収めてハイと返す。御所望通りにそっと髪を撫でれば気持ちよさげに目を閉じた。切長の、光をたくさん取り込む大きな目なのだ。北海道の冷たい空気の中、早朝の陽に照らされてやたら輝くその目を思い出しながら、彼の首筋に顔をうずめる。スゥと息を吸うとくすぐったいのかウフフと笑った。ガキめ、余裕こいていられるのも今のうちだぞと思いながら、片手で入院着の隙間をまさぐる。
    「鯉登少尉」
    「うん」
    「こわいですか?」
    「怖いと言ってほしいのか」
     彼の体はまるで震えたりしていなかった。処女らしいかわいげなんてなくて、もはや偉そうに堂々とその身を布団に投げ出している。
    「怖くないぞ、月島」
     怖いと言ってくれたら、やめてやろうと思っていた。というか、やめる理由になると。
     あのとき父親に死を求められながらも気丈に戦って、そして泣いていた、少年の魂のことを思う。かぶりつきで見つめている、例の劇場は、おのれは死ぬまで、いや死んだあとも、その座席に居座ると決めているのだが、座長が笑顔で連れてきたこの子どもを、本当にこのまま帰してやらないでいいのかわからなかった。帰してやるとかやらないとか、そもそも自分の判断が及ぶことではないし、この劇場に送り込まれたからには、もはや彼は舞台演出のひとつであって、そこはもう紛れもない結果なのだけど、自分の人生をどうでもいいと捨て置くことは簡単にできても、きっとこれから正しい道を選ぶこともできる若い命を、自分の手で歪ませるのは恐ろしかった。これこそが、信奉を問う儀式なのかもしれないと思いながらも。
    「月島だから、月島なら何にも怖くない」
    「怖がってほしいです」
     肩口の傷を包帯越しに撫でると長い睫毛が震えた。
    「これも鶴見中尉の差金だとしたら」
    「……」
    「あなたはそれでも抱かれてくれるんでしょうか……」
    「お前は…」
     意志の強い眉が急に吊り上がってまだ幼さの残る喉仏が大きく躍動する。怪我人だがその体温は生命力を物語るように高く、ぬくい。丹念に洗ってもこそぎ落としきれない、深爪の中に入り込んだ、どこの地のものとも知れぬ砂利とともに、この肌をさわることはやはり罪なのではと思う。
    「お前はわたしがどんな気持ちでお前に脚を開こうとしてるのか、なんにもわかっていない」
     怖がってほしい。恐れてほしい。身を捩ってほしい。不気味だから触れるなと嫌悪を剥き出しにしてくれてもいい。いっそ全てから逃げ出す選択をしてくれたら、自分はやっと人間に戻れるのかもしれないと思っていた。この子を殺せない自分を見たい。若い魂の存続を願うことで自分に一筋の希望を見たい。だからこんなに優しく触れられたくなどなかった。
    「どんなお気持ちなんですか」
    「お前がわたしから離れないように。それだけだ…」
     そう言って鯉登少尉は自ら浴衣を寛げて裸を晒した。肩の傷は残るだろうか。海の軍人になっていたなら、こんな傷は負うこともなかった。
    「離れるわけがない」
    「命令だから?」
    「そうです」
    「お前は命令なら何でもできると思っているのだろうな。もういい、興が削がれた。出て行け」
     かたい手のひらで額を押されたので大人しく従う。少尉ははだけたばかりの浴衣を緩慢なうごきで整えて、それから気だるげに布団をかぶって丸くなった。廊下のほうからギシギシと木の軋む音が聞こえた。
    「家永かな」
    「人払いは伝えていますが」
    「フン。まあ、なんでもいいわ。はよ下がれ。もっと意気地をつけてから出直すんだな」

     待っててやろう。そう続いたような気もしたが、気のせいかもしれない。失礼しましたと形だけ謝って、補佐役の下士官らしい足取りで病室をでる。さて、おのれの股間を眺めてから、厠に向かうか自分の寝床に戻るかで迷い、俺はしばらく立ちすくんでいた。
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