ネクタイピンいつもの呪専の社用車ではなく車のグレートが2つ程アップした車のハンドルを持つ伊地知。黒のスーツなのだがオーダーされた上品な素材…いつもと違う着心地に落ち着く訳もなくただ黙って運転している。後ろには七海が居て伊地知と同じように普段とは違うダークスーツでベストとジャケットを着込みゆったりと座っていて、ハザードを焚き停車できる場所に車を止めて伊地知は振り返った。
「七海さんそろそろ目的地になります。私はあなたの使用人ですのでよろしくお願いします。…あと…それと…」
髪型が普段とは違いオールバックにアンダーリムではなく縁なしの眼鏡。白い手袋をしている彼が胸ポケットから小さな箱を取り出すと七海が待ったをかけた。
「伊地知君私が隣に行くか、君が隣にくるかどちらか選んでください」
七海に言われ「はい」と言うとシートベルトを外し七海の横に滑り込む。握りしめたままの小さな箱を七海の手のひらに置いた。
「開けてみても?」
「えぇ…是非」
革製のケースを開いてみるとそこにはネクタイピンがあった。しかもこのピンはよく見ると宝飾が施されているようで気がついたら最後…目を奪われてしまう。
「…これは…?」
驚きながら伊地知を見つめる七海に対して微笑みながら目を逸らす。
「七海さんは普段ネクタイピンをされてませんからこれは…その…贈るチャンスがきたと思いまして…」
「伊地知君、これを用意するのはとても手間だったのでは?」
「それがネクタイピンを探している時に一点物で置いてありまして…少しだけリメイクはお願いしたんですが手間はあまりかかりませんでしたね」
恥ずかしそうに頬を掻きながら話す伊地知を愛しく見つめる七海。そして急に真顔になり毅然たる態度で呼びかける。
「伊地知。このピンをつけてください」
七海の雰囲気が変わった事に多少戸惑いながらも伊地知も乗っていく。
「…建人様。失礼します」
七海についていたピンを外して自分が渡したピンを取り付ける。交換したピンを七海が持つとそっと伊地知に取つけて残ったのは元々伊地知が付けていた伊地知が普段愛用しているネクタイピンだ。
「君がつけていたピンは私が預かりましょう」
伊地知のネクタイをそっとなぞりピンに着くと親指で触れる。満足そうに見つめると
「よく似合っている。そのまま使うようにしてください…」
「かしこまりました」
「ネクタイピンを贈る意味はお分かりですか?」
「あなたを支えたい、尊敬しています…です」
「ふっ…それだけでは無いでしょう?貴方に首ったけ、私のものにしたい…そうそう、既に私は貴方のものもありましたね」
セットされた伊地知の髪が崩れないように項と腰を掴むと赤らめて困ったような顔をしている恋人と目があう。
「な、なな」
「建人様です。伊地知」
「建人様…離してください…任務中ですよ…」
「おや主人の言うことが聞けませんか?」
「…狡いですよ!」
防音対策のとれた車内。他に聴く者などいないのに七海は伊地知の耳にそっと吹き込むように囁く。
「この首輪(ネクタイピン)は自分で外していけません。私が外すまで誰にも触らせないように…分かりましたか?」
「…!畏まりました…」
「いい返事です。ご褒美をあげましょう」
そっと顎を掴むとそのまま口を合わせてキスをする。伊地知の唇を食むと最後にチュッと音をたてて顔を離す。自分が濡らした伊地知の唇を指で拭き取った。
「伊地知この任務、迅速に終わらせますよ」
「畏まりました…では向かいます」
「えぇ…よろしく」
お互いに少しだけ興奮した色が目元にはあったが任務という意識を切替えると空気が変わる。
(その君の首輪を外すのはいつのことになるでしょうね…楽しみだ)
ゆっくりと進み始めた車内で窓に目をやりながら七海は口の端をあげたのだった…