チェカ君のプロポーズ設定を一部捏造しています。
夕焼けの草原は18歳が成人ということにしています。
「おじたん!ぼくとけっこんしてください!」
初めてそう言われたのはいつだったか。
レオナがまだ在学中で、ホリデーに仕方なく帰省した際の夕食後だったはずだ。ファレナ達だけでなく、その場にいた臣下たちがこぞって目を丸め、口が塞がらない様はまさに滑稽だった。驚きのあまり、皿を落とした者もいたとか。
それほどまでに誰もが驚く光景で、もちろんレオナも何を言われたか一瞬理解が出来なかったが、周囲に比べれば微々たる反応だ。
座ったままでも目線を下げなければ合わないほど小さい、甥。いつもとは違う真剣なまなざしでレオナを見上げ、握りしめた拳は僅かに震えている。これまで散々好きだのなんだと言われたことはあったが、こう改まってプロポーズをされたことはなかった。というか、こう言う意味での「好き」だったとは誰も思わなかったのだ。
―――マジか。
それが率直な感想。子供だからと好きにさせていたが、まさか公開プロポーズをされるとは。
しかし、だからどうだというのだ。チェカはまだ6歳で、好きの区別もつかないような子供だ。大方結婚を好きな人とずっと一緒にいれること、くらいにしか認識していないはずだ、と思案を巡らせるレオナは再度チェカを見やる。こちらをじっと見つめ、返事を待つ様を周囲がおろおろしながら、しかしファレナは頭を抱えて見守っている。
皆が皆、固唾を飲んでレオナの一声を待っていた。
そもそもだ。そもそもレオナがチェカを慮る理由はなかった。
「――――――はっ。俺は優しいからな、
「答えはノーだ。誰がお前みたいなガキを結婚相手に選ぶかよ」
レオナと背後からファレナが諫めるように呼ぶがどこ吹く風。周囲に責められたとて知ったことではない。
「……こどもじゃあ、けっこんできないの?」
「当たり前だ。まずは法律もお勉強でもしてろ」
この話はこれで終わりとばかりに言い捨てたレオナは席を立つ。
これ以上見世物になるつもりはない。
チェカは見るからに落ち込み、顔を下げてしまっているが、不意に顔を上げた。
「――――――わかった」
「ぼく、がんばるね!」
それだけ言うと、おやすみなさい!と元気よく挨拶をし、その場を後にした。
残されたものは何が起こったか分からず置いてけぼり。それはレオナも例外でない。
「……はぁ?」
何を、頑張るというのだ。
その疑問だけが残ったが、掘り返したくはなかったのでこれ以上誰も突っ込むことはなかった。
あれから12年。
月日はあっという間に過ぎるもので、レオナは現在宮廷術師でありながら、兄であるファレナの補佐役として多忙な日々を送っている。王になることを諦めたわけではない。それでも国民が豊かに暮らしていけるよう心を砕き日々改革を進めていくうちに多忙な日々が過ぎていた。
「レオナさん、僕と結婚してください」
それは、また突然だった。
身体は見違えるほど立派に成長を遂げたチェカは、レオナの足元に跪き、見上げてくる様はいつしかの目線に近い。しかし懐かしんでいる場合ではない。
あの頃と同じように真剣なまなざしを向け、そっとレオナの手を取ると触れたかどうか分からないほど優しく唇を落とす。
「……だめ?」
小首を傾げながらこちらを伺う様は大の大人がするには厳しいものがあるが、小さいころから足元を走り回っていたこの甥は未だに不思議な幼さを残す。それはレオナに対してだけ向けられるチェカの愛情表現ゆえでもある。
不安そうに眉を垂らし、レオナの手をきゅっと握りしめる。
「……跡継ぎはどうする」
「従兄弟のライニーに話をつけてあるよ。ライニーは既にハーレムを持っているし、これから子供も生まれる予定だしね」
「兄貴はともかく、上のじじぃ共は納得しねぇだろ」
「それはどうかな。これまでのレオナさんの功績は嫌でも耳に入るし、実際国の財源を増やせたのは間違いなくレオナさんの改革あってこそだ。跡継ぎ問題さえクリアできれば大臣たちも口は出せないよ」
――――――……言いたいことは他にもある。そもそもレオナはチェカが憎かった。王位継承権をあっさりと超えていき、当時はどれだけ絶望したことか。覆せない決定打と言ってもいい。それが、レオナを好きだという。幼いながらに思いをぶつけてきたかと思うと、意外とあっさり引いたことに当時は驚いた。
けれどそれでいいと気にしてはいなかった。
しかし、蓋を開けたらどうだろう。チェカは確かに大人になった。それだけではなく、王になるべく責務を果たすための努力をしている様を嫌でも目に入ってきたのだ。かつてレオナが王を目指した時のように―――――。自分とは違う、持って生まれた立場に胡坐をかくことなく。
零れそうなほど揺れ動く瞳は、レオナが思考を巡らせている間もじっと見つめていた。まるで忠犬、一世一代のプロポーズなのだから当然だ。もしここで断りでもしたら泣き出すのではないか、なんて考えると笑えてくる。
―――――ああ、悪くないな。
「――――――……せいぜい、退屈させるなよ」
相変わらず眉間にしわを寄せてばかりのレオナが、くしゃっと笑みを零す。
「っ!!……―――はい、レオナさん!」
先ほどとは一転してぱあっと花が咲いたように笑うチェカを見て、さらにレオナは頬を緩める。何も変わらない、あの頃からチェカはずっとレオナに一喜一憂しては百面相ばかりしている。
―――それを見るのも悪くない。
昔からこの甥には叶わない。そう思わずにいられないレオナだった。