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    🌐⚔馴れ初め話

    ドォンとどでかい音ともに花の都の空に花が広がる。抑圧からの解放、愛する人との再会。各々がこの日を待ち侘びていた。
    先刻、七日間の眠りからようやく目を覚ましたゾロも勿論例外ではなく。響き渡る太鼓の音に合わせて飲めや歌えや。やぐらを中心に仲間達や赤鞘の侍達、かつて助けたワノ国の少女たちなど皆の笑顔が広がっていた。

    ジョッキを三、四ほど交換する頃にはさらに人も増え。ふと気がつけば視界の端にストライプ柄を見つけたので声をかけた。

    「よう、飲んでるか」

    ゾロがジョッキを掲げて呼びかければ男はパッとこちらに気付き隣の女に失礼、と一言だけ告げる。あまり確認せずに声をかけてしまったが悪いことをしたかもしれない。

    「悪ィ、邪魔したか」
    「いや問題ない、ちょうど酒がなくなったところだったんだ」

    ジョッキを逆さにしながら中身が空っぽなことを示してくる。相変わらず両腕には鉄の塊をつけているが一本のストローを片手に持つ姿はなんだかおかしかった。
    隣いいか?と聞かれるのでゾロが頷けばそのままキラーはドカッと横に腰掛け。ゾロたちが座るところからはやぐらがよく見えるので、数時間前の何とも愉快な光景が思い出された。

    「なァ、さっきのギザ男見たか」

    ルフィに飛びかかろうとしたところ首にぐるぐる腕を巻きつかれ花火と共にドッカーンと夜空に晒されて。世間に凶悪な海賊として知られる男があんな扱いを受けているなど、ワノ国以外のものはきっと知らないだろう。

    「あァ、キッドはどうにもお前んとこの船長に振り回されるタチらしい。お前からも船長に言ってやってくれ」
    「諦めろ、おれが言ったところでどうにもなんねェよ」

    笑い声こそあげていないがぷるぷると震える肩を見るにキラーも先程の光景を思い出しているのだろう。その間にもジャバジャバと瓶ビールを注いでやる。

    「まァ何はともあれ、」

    乾杯、という声とともにカン、と小さくジョッキをぶつけてやった。
    そこからは色々な話をした。屋上での戦闘のこと、互いの技で気になっていたこと、その秘訣など。キラーから聞く話はどれも新鮮で、ぼんやりとした提灯の灯りと人々のざわめきに混じって話は弾んだ。気のいい奴、シンプルだがそんな印象を持った。酒のおかげでほんのり温まり、良い気分で上の方の提灯を眺めながら、はぁ〜と大きく息つく。

    「お前とも一度、闘ってみてェな」

    後ろに手をつきぷらんと足を伸ばす。同じ刃物使いでも自分とは武器も戦闘スタイルも全く異なる相手。話を聞いて俄然興味が湧くというものだ。
    何の気なしに呟いたゾロの言葉にじぃ、と視線を感じる。動きを止めたキラーがこちらを見つめるのが分かった。何となく、言いたいことは分かったのでだってよ、と言葉を続ける。

    「あン時はお互い海賊じゃなかっただろ」

    ぐっと体を起こして下から覗き込むようにしてやる。キラーが一瞬、息を止めた気がしたが構わず続けた。

    「確かにおれは"人斬り鎌ぞう"とは一戦交えたが、"殺戮武人 キラー"と闘った覚えはねェよ」

    な、そうだろ、そう言いながらジョッキに残った最後の一口をぐびっと煽れば、は、と仮面の奥でキラーの息が溢れたような気がした。そのままゆっくりとストローに口をつけたキラーはズズッと音が鳴るまで吸い込み、ごくりと最後の一口を飲み込んだ。

    「あァ、おれも海賊狩りとはぜひ手合わせ願いたい」

    瞳など見えないのに、それでも感じる鋭い視線。血が静かに湧き立つのが分かった。こんなめでたい日に刃を持ちたくなるなんて、どうやら自分達は相当酔っているらしい。どちらからともなくジョッキを置き、人々のざわめきから遠ざかるようにして竹藪の向こうへと足を向け。先程までストローを持っていたキラーの手にはきらりと光る刃が握られていた。

    ***

    キィンと甲高い音が海岸に響き渡る。波の音に混じってはぁ、という互いの息遣いも聞こえてきた。夜は視界が悪い分、耳から入ってくる情報に敏感になって。ザザァ、と波打つ夜の海の音は妙に心地良かった。

    「息上がってきてるみてェだな、鍛え方が足りねぇんじゃねェか」
    「ほざけ」

    軽口を合図にまた一歩踏み込む。すると同時に男もこちらに向かってパニッシャーを振るってくるので右から胴を狙うのだが、当然のように地面を蹴って躱される。瞬間、喉元に嫌な予感がして咄嗟に左で刀を構えればまたキィン、という刃音とともにビリビリと衝撃が走った。

    (こいつ、着地と同時に首を狙ってきやがった…)

    言いようもなく背筋がゾクゾクするのが分かった。道場で習ったような予測可能な動きとは全く異なる。一撃一撃が重たいのに、飛んで、跳ねて、予測不能な動きを取られる。きっとこの男に型というものは存在しない。あるとすればおそらく、勘、なのだろう。叩き上げで身に付けたであろうその戦闘スタイルは刃を交えるだけ興味が湧いた。
    まだ鈍い痺れが走る左腕を前に振えば男はぱっと身体を離すのでそこに追いかけるようにして斬撃を飛ばす。するとその厚い身体のどこにそんなバネがあるんだと問いたくなるくらい身軽に後ろにジャンプしてそれら全てを避けていく。最後に至っては首を晒して仰反るようにしてゾロの攻撃を躱した。今度は向こうから斬撃を繰り出しこちらに勢いよく向かってくる。片腕だけでそれらの軌道を反らせば男は焦ったように再度大きく腕を振りかぶる。

    (しめた、隙が出来た)

    本能で感じ取りこちらに突っ込んでくる男に対して低い位置から剣先を向けた。尚もスピードを緩めない男はこちらに向かって腕を振り下ろす。瞬間、ガキィンと刃と刃がぶつかった音に混じって男が息を呑む音が聞こえた。微かに香る血の匂いに、あぁ、と胸の中で一息つけば次の瞬間ガッと胸元を蹴られ一度距離を取られる。ハァ、ハァ、と肩で息をする男の様子にあの感覚を味わってるんだろうなと想像する。つい数分前ゾロ自身も味わった、刃が皮膚を貫く瞬間のあの燃えるような感覚。──躱わせない、などと思ったときにはもうすでに遅く、痛みか、熱さか。何度経験しても戦闘下ではまともに判別し得ないその感覚に、興奮と、屈辱と、恐れ。一気に感情が押し寄せるのだ。

    「はぁ…、今日のところは終いだな」
    「まだだ」

    このままで終わってたまるかと画面の向こうから睨まれるのが分かる。気持ちはわかるので分かってるよと嗜めるように言ってやる。

    「このくらいでお前が痛いだ何だって騒ぐ奴じゃねぇことぐらいもう分かってる」

    何回手合わせしたと思ってんだと口に咥えた刀を手に取った。

    「おれだってまだやりてェよ、でもよ、決めたろ」

    ゔ、そうだったと男が低く唸る。
    キラーと初めて手合わせしたあの宴の日、軋む身体を無視して目の前の興奮を追った。解ける包帯より傷口から滲む血より今はこの男と刃を交えたいと、本能がそう思った。好きなように刃を振るって、躱わして、斬り合い、そうしてお互いにつけた傷が片手では収まりきらなくなったところでぷつんと糸が途切れたようにお互いその場で大の字になり。はは、とどちらからともなく笑ってこのまま寝ちまうか、という言葉を合図に実際に崖の上で寝こけた。そうして翌朝仲良く仲間の元へと戻れば怒号が飛んできたのだ。

    「だから!怪我人のくせに怪我増やしてくんじゃねぇよ!もうゾロも!また包帯取って〜!」
    「そうっすよキラーさん!つゥか何すかその腹の血は!何でそれで普通に歩いてんすか!」

    清々しい気持ちで連れ立って帰れば一斉に非難の声が。

    「いやお前ら、そりゃねぇわ」
    「さっぱりした〜って顔してるのおかしいからね?なに、戦闘員ってどこもそういうもんなの?」
    「ちょっとお兄さんたちぃ、医者泣かせとは聞いてたけど、お前らんとこの船医に同情するわ…」

    しまいには他船の海賊団───という名の医療集団にもやんややんやと言われてしまい。

    「トラ男゙〜、どうやったらアレやめてくれっていうのが通じるんだぁ?」
    「悪ぃなトニー屋、生憎うちにはああいった好んで殺し合うような類の戦闘員はいねぇ」
    「そん〜!」

    船医が他船の船長に泣きつく始末。散々な言われようだった。
    正直、ゾロとしてもチョッパーを困らせたいわけではない。こんな風に泣かれる姿には弱い自覚もある。だからチョッパーがズビズビ鼻を鳴らしながら「ゾロはおれの言うことなんてどうでもいーんだ」なんてそっぽ向いたときには少々慌てた。怒られるよりも落ち込まれる方がよっぽどキツい。そこからぽん、とチョッパーの頭に手を置きくしゃくしゃと撫でてやりながら「悪かった」と謝ったのだが、この応酬ももう何度目か分からない。
    だからその日はさすがに身体を動かすのをやめておいた。筋トレも駄目だと言われるのだから仕方ない。ただそれが持ったのも夕方までで、夜になればどうにも身体を動かしたくなってしまった。焦っているわけでも急いでいる訳でもない。ただ、二十年以上こうやって生きてきたのだ、これはもうそういう性分なのだろうと自分でも苦笑いが溢れた。しかし鍛錬しようにも筋トレグッズの類は没収されてしまい、唯一手元に残った愛刀たちで手合わせしようにもチョッパーからのドクターストップを知っている皆からは断られてしまった。
    そうして海沿いで腕立てでもするかとぶらぶらしていたゾロが、同じく身体に包帯を巻いた男にちょうどいいからとちょっと声を掛けるのは自然なことだった。

    それから手合わせを重ねるうち、一応ルールみたいなものもできて。ひとつ、手合わせしていることはあまり周りにバレないようにすること(バレたら皆にいらぬ心配をかけるから)。ひとつ、手合わせのときお互いにつける傷は最大でも一つとすること(傷が増えたらチョッパー達に迷惑がかかるから)。ひとつ、夜のうちにちゃんとそれぞれの海賊団の元へと帰ること(朝起きたとき姿が見えないと皆に探されるから)(主にゾロが)。
    ここに「無理はしないこと」などが加わらないのがゾロとキラーらしい。言ってしまえばお互いの容態がどうなろうが、傷口がどれだけ開こうがどうでもいい相手なのだ。例え目の前でぶっ倒れられようとそれはお前の責任だ、と言い切れる自身がゾロにはあった。

    そうしてキラーとゾロが斬り合った数も片手では数えられなくなった頃、ちょうどあの宴から一週間経った頃に、事件は起きた。

    ***


    その日鈴後は冬と春の間のようなぽかぽかとした天気だった。すると春の陽気に釣られたのか巨大なクマが暴れたのだ。

    「この国はイノシシだけじゃなくクマもでけェのかよ?!」

    口をあんぐり開けながら近くにいた人々を庇うようにゾロが刀を構え前に躍り出る。幸いこの辺りに家屋などはないがもしあったとしたら全て薙ぎ倒せそうなくらいのデカさだ。何故こんなデケェ奴が人里にとゾロが思うも、遠くの方で眼鏡をかけた着物姿の男が馬か何かに乗りながらクマを追いかけるようにして何やら叫んでいて。

    「すまねェっ!ソイツが寝てるところに間違えてコウフンスールっつう薬草ばら撒いちまって…!誰かァ!ソイツを止めてくれェ〜!」

    薬のせいで暴れているらしいことが分かった、が、そのクマを気絶させるだけなら造作もないものを、タイミングの悪いことに後ろにはさっきの着物男が。ゾロのいる位置からでは正面からの攻撃になってしまうのだがこれではクマが倒れたとき後ろにいる男も下敷きになってしまう。
    チッと小さく舌打ちするのと同時、瞬間、ゾロの視界の端にまたストライプ柄が映った。

    「キラー!」

    遠くからこちらに向かって飛び掛かる様子に全てを理解したゾロはそのままキラーとは反対側、腹側から峰打ちを決めてやる。それだけならばぐらりと後ろに倒れてしまっていたであろう巨体も、背中側の、それも後頭部をキラーに打ち付けられたことでズゥン、という激しい振動の後、クマは前に倒れることも後ろに倒れることもなくその場にストン、と座り込んだ。まるで、テディベアのぬいぐるみのように。そのまま動きを止めた様子にわぁっと歓声があがる。

    「あぁ〜!本当にありがとう!せっかくまた薬草の研究ができるようになったのに全部台無しにするところだった…!」
    「あんたら海賊だろう?!助かったよ〜!」

    花の都と違って建物も人も少ない場所で良かった。おかげで被害はゼロで済んだらしい。気絶したクマにオチツカセールという薬草を飲ませている間にゾロは男に話しかける。

    「おう、何でお前がこんなとこに?」
    「あぁ、何でも寒いとこでしか育たねェ木に船の修繕に丁度良いやつがあるらしくてな」

    来てみたらこれだ、と肩をすくめながら手に持った木の板を見せてくる。どうやって血を流させず後頭部を打ったのかと思ったがなるほどこれを使っていたらしい。木が割れていないところを見るにやはりコイツも武装色の覇気が…?とゾロが思考する間に先程の着物男にぐいっと腕を引かれる。

    「いやァ〜兄ちゃんたち、本当に助かった!例と言っちゃあ何だが酒を振る舞わせてくれ!」
    「あぁ本当だよ!高級なもんは出せないけど、良かったらほら、お仲間の皆さんも一緒にどうだい?海賊は宴が好きって話だろう?」

    女房と思われる女のその言葉にキラーの顔を見合わせる。何かにつけて"宴"を催すのが海賊だ。画面の向こうの表情は見えなかったが考えていることが同じなのは分かった。

    「「あァ、じゃあお言葉に甘えて」」


    ***

    飲み干した酒の本数が十を過ぎたあたりでゾロは新たな酒をもらおうと人だかりから抜けた。暫く座りっぱなしだったので、んーっ、と伸びをすれば脇の間を夜風が通り過ぎて。花の都の気候は暑くもなく寒くもなく、すぅと通り抜けるそれが酒で熱くなった身体には心地良かった。
    先程までは件の着物男たちと飲んでいたのだがあれでなかなか酒に強い方らしく、しこたま日本酒を飲まされ。ふわふわとした頭で酒を求めて歩けば、不注意だったのかとん、と誰かと肩がぶつかった。

    「すまないっ…、て、ロロノアか」

    キラーだった。相変わらず、変な仮面。へにゃ、と自分の表情筋が緩み、瞬間、疲れが一気に肩に乗っかってきたのが分かった。

    「なんか、お前の顔見たら疲れが一気に来た」
    「疲労を人様の顔のせいにするんじゃねェよ」

    嗜めるように言われてしまった。

    「あー…、もう一杯飲もうかと思ってたところなんだ、一緒にどうだ?」

    断る理由もないのでいいぜと答える。そういえばキラーと手合わせこそすれど、一緒に飲むのはあの宴以来だ。先程までゾロがいた輪より少し離れたところにはまた違う輪ができており。そこでは日本酒ではなくジョッキで何やら飲んでいるようだった。

    「あっ、キラーさん」

    各々調達したジョッキを手にキラーと隅の方へ移動しようとしたところ、不意に声をかけられる。

    「ちょっと待っててくださいね、今取ってきますから!」

    そう言って踵を返そうとするキッド海賊団の一人にゾロは思わず、は?と言葉を返してしまう。そんなゾロの様子に逆にうん?と眉間に皺を寄せられ。

    「何だ海賊狩りぃ、知らねェのか? キラーさんはこういう時ストローが無いと飲まないんだよ」

    とんとん、と自分の頬を指すようにしてキラーの仮面がその理由であることを示された。そういえば先日の宴ではジョッキにストローを指し、仮面の穴からちゅー、と吸い上げて酒を飲む奇妙な光景を見た。しかし、ゾロの隣からは、あー、という声が聞こえてきて。

    「いや、いいんだ」
    「へ?」

    ありがとうな、と言いながら男を引き止めるキラー。ゆっくりとこちらを向き、仮面の向こう側で静かに口を開く。

    「…こいつの前なら、必要ない」

    瞬間、さぁっと夜風が二人の間を通り抜けていった気がした。へ、とか、え、とかギザ男ンとこのクルーが何やら言っていた気はしたがあまり耳には入ってこなかった。酔っ払った頭でも、いや、酔っ払った頭だからこそ、今の言葉に何故か反応してしまって。
    そんなつもりはないだろうに、お前になら噛み付かれてもいい、と喉笛を目の前に晒されているかのような感覚に陥った。
    次の瞬間にはそのまま輪を抜け歩き出す背中に気付き、酒ありがとなとだけ声をかけてキラーを慌てて追う。人気の少ないところまで来てどかっと腰掛けるキラー。なんてことないように静かに仮面を外し、ふ、と眉を下げて笑う男のその瞳に、どくりと心臓が脈打ったのが分かる。

    「そんなじろじろ見るな」

    苦笑いしながら言われてしまった。ころんと転がされた仮面よりも、自然と目が、男の顔を目で追ってしまい。

    「別に初めて見るわけでもないだろうに」
    「…包帯つけてねぇところは初めてだよ」
    「つけてた方が好みだったか?」
    「どうだかな」
    「ファッファッ 二度とつけるか」

    隣に腰を下ろしながら雪の中で刃を交えたときのことを思い出す。包帯で素顔を隠し、服装も髪型も何もかも変わり果てたときのこいつの姿を。

    自由に靡かせるこの男の髪を、好ましく思っていた。ゾロからすれば煩わしく、戦闘の邪魔でしかないそれを腰のあたりまで伸ばしているキラー。そして、それをものともせず、飛んで、回って、自由に舞っている様子を。ゾロは屋上で、海岸で、何度も目にした。 でも、あの雪の中では、この男の髪はきつく縛り上げられていて。
    同情などはないが、ただ、今のように下ろしている方がやはり似合っていると素直にゾロは思った。

    「なんだ、酔ったか」

    酒を持ったまま暫し思考するゾロに問いかけてくるキラー。風は相変わらず穏やかに吹いており、頭上では煌々と月がワノ国を照らしていた。
    風に靡く柔らかな金の髪と、その奥に垣間見える緩やかな青い瞳を見て、やはりこいつの顔は嫌いじゃないと、ゾロは小さく笑う。考えていたことを口にするのは何だか今じゃないような気がしたので、そんな訳あるか、と、短くキラーに返答してやりながらゾロは盃を軽くぶつけた。

    ***

    それからの一週間は手合わせ以外にも一緒に過ごすことが増えた。この二年のキラーの筋トレ法を見せてもらったり、刀の手入れ法をキラーに見せてやったり、女子供からすれば面白くも何ともないことかもしれないがそれでもゾロにとっては有意義な時間だった。
    キラーと過ごすことが増えて気付いたのだなコイツは随分感情の起伏が穏やからしい。一緒に歩いている中でゾロが道を逸れてしまうことがときどき、本当にときどきあるのだが、そんな時慌てたり怒鳴るということが一度もない。一度ウソップに連れ戻されたときもまたか、と言って肩をすくめるだけだった。

    「お前ェあんま慌てたりしねェんだな」

    ゾロを引き渡しながらウソップが言えばキラーは一瞬首をこてんと傾げてあァ、と呟く。

    「思い通りにならねェやつはキッドで慣れてるからな」

    そう穏やかに笑う様子にウソップはほぇーと変な声を出していた。

    またある時は、一緒に風呂にも入った。顕になった上半身を見て、その筋肉のつき方と、あとは互いに互いがつけた痕が残っているのを確認したことだろう。少なくともゾロはキラーの胸元から腹にかけて自分の斬撃の痕をしっかりと見た。

    「いい筋肉ついてンな」
    「そっちこそ、随分男前な身体してやがる」

    能力を持たない者同士、この身で全て勝負してきた。頭の中のことまでは分からないが、少なくとも、そこに蓄えられた質量だけ、刻まれた傷跡の数だけ、多くの時間を費やしてきたことが言葉にせずとも分かった。

    「噂には聞いてたが、ほんとに綺麗な背中だな」

    唯一傷跡のないそこを見てキラーは声を漏らす。そこは素直に感想を言うのかと少し笑ってしまった。遠慮をしている訳ではないが、ゾロはキラーの左腕の痕に触れたことはない。キラーも同じように、ゾロの胸元の傷について聞いてきたことはない。互いの領域に不用意に踏み込まない、その距離感が心地良かった。
    そう、この男といる時はとにかく楽で、余計なことを気にしないですんだのだ。だからこのときもついうっかり、をやってしまい、湯船でつい話し込み過ぎてキラーがのぼせてしまったのだ。そんなときも慌てることがないのだからむしろもっと大袈裟にしんどそうにしてくれとまで思ったものだ。

    「めんどうみ、いいんだな」
    「お前を担げる奴なんてそういないだろうが」

    あー、としんどそうに声を漏らしながら全身でゾロに寄りかかるキラー。仮にも敵船のクルーを前にちょっと警戒心が無さすぎやしないかと思うも、久しぶりの風呂だから嬉しかったんだと言われたら何も言えなかった。日中だと見る機会が少ないせいか、どうにもキラーの仮面を取った姿は無防備に見えて、こうして寄りかかられるとどうにかしてやりたくなってしまうのだ。

    そうしてキラーと日中を過ごした日も、決まって夜はいつものあの海岸で過ごすことが多かった。手合わせをするにも人気の少ないここがちょうどよく、何より、海と、星と、自分達の船がよく見える、この場所を互いに気に入ってしまったのだ。
    夜風にあたりながら大概酒を少し飲んで解散する。南の海じゃあ夜に海に近付くと海の化け物にヘソを取られるなんていう都市伝説があったんだとか、そんな他愛もない会話をぽつぽつと交わして。

    ある日いつものように斬り合った後、以前そんな故郷の話をしたからなのか、キラーは不意に今日は故郷の酒を飲んでもらいたいんだと言って小瓶を取り出した。二人ともウイスキーをニ杯ほど飲んだあたりだった。

    「ハニーウイスキー、って知ってるか?」

    ゾロが首を横に振れば故郷の飲み方なんだ、と言ってグラスに注がれたウイスキーに小瓶から掬ったものを垂らしていく。とろっとした蜂蜜色は芳醇な香りを漂わせながら糸を引くように琥珀色に溶ける。ちょうど、小匙一杯分。ほんの少しだけ。
    こくりと飲んでみると鼻に抜ける香りに目をぱちりと瞬かせる。きっと、その辺のただの蜂蜜じゃあない。何か、シナモンとか、グローブとか、ちゃんと時間をかけて漬け込んだような、そういう手間暇のようなものを感じる何かだった。キラーに視線を向ければファッファッと穏やかに笑い声をあげていて。

    「いい反応を見せてくれて何よりだ」

    こうして二人で飲むときは、キラーは仮面を取っ払うのが常だった。膝に頰をつけるようにして微笑む様子に、こいつはどんな反応をするのだろうかと気になってお前は飲まないのかと聞けば、これは貴重なやつだから今日はいいんだと言う。

    「…高価なやつなのか?」
    「あァいや、違う。南の海でしかなかなか手に入らないやつでな、あとおれが調合したスパイスも入れてあるからその辺に出回ってるものじゃねェのは確かだが、別に高くも何ともない」

    そうは言われても飲むのが申し訳なくなる。

    「いいんだ、この飲み方はうちのやつは皆すきな飲み方でな、一度お前の反応を見てみたかっただけなんだ」

    普段はもうちょっと多めに入れるんだけどな、甘いのが苦手なロロノアならこのくらいが丁度良いだろう? そう言ってキュッと小瓶の蓋を閉めてしまう。確かに甘過ぎないこの香りは飲み込んだ後まで楽しめる。しかし、この男が自分の飲むところだけ楽しむというのはどうにも気に食わなかった。

    「ならこれ、飲めよ」
    「?」

    ズイッと距離を詰めて隣からグラスを差し出す。いやおれはいあんだと両手をふるキラーに無理やりグラスを持たせ、しっかり持てよと指も巻きつける。肩がくっつく距離で真横から視線をぶつけてやった。

    「お前の反応、見てみてェ」

    ついさっきどこかで聞いたような台詞を言ってやれば困ったように眉を下げられる。こうなるとゾロが引かないことはもう分かってきているのか、ゆっくりとグラスを傾けたキラーは口の中の香りを楽しむように舌の上で酒を転がし、そしてまたさらにゆっくりと、飲み込んだ。
    今日は風が穏やかで、チャプン、と船の揺れる音まで届くくらいだった。ごくり、という音が聞こえたと同時、長い前髪の奥でとろんと瞳を緩める仕草が見てとれた。キラーの瞳は隠すには惜しいくらい綺麗で、こうして解けた瞬間の碧色のきらめきはより一層だった。その様子に、何だか満足して、ふっと、ぼんやりしながら微笑めば、柔らかな風が起きて。

    「───は、」

    唇が重なった、と気付いた瞬間にはキラーとの距離はゼロからまたどんどん離れていくところだった。

    「あー…すまない」

    一言だけそう告げ、その場を後にする男に声をかけることなどできなかった。チャプン、という波の音に混じって遠ざかっていく足音だけが響いてくる。こんなときでも男の背中で揺れる金髪が月に反射して綺麗だななんて、そんな場違いな感想がゾロの心の中で呟かれた。



    ***

    翌朝目覚めたゾロは昨日のは何だったんだと思いながらもその疑念は無視するようにして頭を振った。キラーが何を思ってあんなことをしたのかは分からないが、しかし、止めるまでもなくあれを許してしまったというのは何にせよ自分の気が抜けていたからに他ならない。そう結論付けたゾロは三本の愛刀達を手にある人物の元へと向かった。

    どうも最近気が抜けている、これじゃあ駄目だ、だから気ぃ緩めねぇためにも頼む、一本手合わせしてくれ。三本の刀片手にそう頭を下げれば馬鹿かお前、とため息とともに呆れた声が吐き出された。

    「ゾロ屋、頭を上げろ。怪我人に身体を動かさせるような医者がどこにいるんだ」

    そう言わずに一回くらいならいいだろうと食い下がっても無駄だった。

    「だいたい、お前の気が抜けてるなんてことがあり得るのか」

    そう問われたので普段ならあり得ないことが起きちまったんだと詳細は端折って伝える。ぼうっとしちまっていつもならあり得ないところまで距離を詰められたんだと。するとそこまで聞いたローはハ〜と長い溜息を漏らす。

    「いいかよく聞け、そういうのはな、"気が抜けてる"とは言わねえ」
    「はぁ?」

    どういうことだと問えば眉間に皺を寄せながらもローは答えてくれる。
    少なくともローの知る限り、ルフィ達といるときのおれは一秒たりとも気を抜いてることはないんだとか。もちろん仲間を信頼していないという訳ではなく、戦闘員という役職柄なのかなんなのか、宴の最中でも買い出しの間でも、どこかぼーっとしたように振る舞っておきながらも緊張の糸をすぐに手繰り寄せられるよう、その手にいつも軽く握っている印象を持っていたらしい。仲間といるときは心から笑い、思うがままに振る舞い、しかし、少しでもその糸を震わすものが現れれば次の瞬間には即座に糸をピンと張り巡らせ戦闘体制に入る。それがお前だろうが、と。

    「あー、小難しい話はいいから早く手合わせしようぜ」
    「聞け、あのな、そういうのは"気が抜けてる"とは言わねぇ」
    「じゃあ何なんだよ」
    「そういうのは…、"気が休まってる"と言うんだ」

    そいつといるときは自然と仲間の分の緊張の糸をそっと置くことができるから、だから気兼ねなくいられるんじゃないのか、そう言ってローはそれまで開いていた本をパタンと閉じた。

    「だ、れのことだよ」
    「おれが知るか」
    「じゃあ何で仲間以外って」
    「勘だ」

    しれっと言ってのけやがった。ハァ〜と今度はこちらからため息が漏れ出る。ごちゃごちゃした脳内の中で不意にかつてローと手合わせしたときのことを思い出し、そういえばと口にする。

    「トラ男、首狙うことなかったよな」

    あァ?とまた眉間に深い皺が寄ってしまった。

    「逆に普通の手合わせでそこを狙うバカがどこにいるんだ」

    そう言い残してクルーの元へと戻ってしまった。ひらひらと揺れるコートの端を目で追いながらも、普通、はそうなのか、と小さく呟くことしかできなかった。

    ***

    キッド海賊団の二番手、殺戮武人のキラーは一人で廃屋にゴロンと寝そべっていた。何もいつもこんな風に自堕落に過ごしているわけではない。航海のために必要な修繕材料や補給物など、それら今日のうちにやらなければならないことはもうすでに昼間のうちに粗方済ませてしまったのだ。何もしない時間を作ると決まって一つのことに脳内を占領され、そちらに気を取られないよう光の速さで捌いていったら今日の分の仕事が早々に終わったというわけだ。
    もちろん空白の時間を作りたくなかったので手合わせでもどうだと誘ったのだが、つい先程仲間たちから返ってきた言葉を思い出す。

    「手合わせできるのは光栄なんスけど、海賊狩りじゃなくていいんスか?」

    少し、固まってしまった。そんなキラーの様子に仲間達は笑い声をあげる。

    「いや、そりゃあバレてますよ。麦わらンとこのトナカイも勿論知ってる」
    「でも言ったってどうせ聞かないし、最近は前みたいに血をドバドバ流して帰ってくることも無くなったし、それならまァまだいいかってことで見逃してるんスよ」
    「最近のキラーさん、妙に楽しそうだったし、そんだけ海賊狩りが特別っつうことでしょう?」

    困ったようにへらりと笑いながら口々に言われ、恥ずかしいやら申し訳ないやらですまないと一言だけ言えば謝んないでくださいとバシバシ背中を叩かれてしまった。

    ロロノアが、特別…?そんなこと、考えたこともなかった。確かに妙な縁で出会った男ではある。あの男にこの胸を斬られたことでおれはキッドと再会するきっかけを貰ったのだから。しかし、キッドとの再会についてはロロノアがいようといなかろうと結果は変わらなかったのではないかとキラーは思っている。
    キッドは必ずあの牢獄から抜け出す。生きている限りキラーはまたキッドに会える。
    それはあの地獄にいたキラーにとっての確定事項であり、死んだ方がマシとも思える環境でそれでも生きることを選択した理由の一つでもあった。

    しかし、と、ここまでのことを考える。酒を酌み交わす中で、刃をぶつかる中で、ここまで心地良いと思った相手は確かに初めてであった。ロロノアから聞く話はどれも面白く、神に出会ったことや「ピッキャララ」という笑い声のやつと闘ったことなど、キラーが経験していないことばかりで新鮮だった。手合わせでここまで全力でぶつかれるのも、力が抜けてしまう風呂場で全身を預けられるのも、これも全てあいつだからなのだろうと今ではそう思える。
    ただ、何故と。昨夜、気付いたときにはキスをしてしまっていた。故郷の酒を久しぶりに飲んだ俺の様子を見て、ロロノアが嬉しそうに笑ったから。あ、と思ったときにはもうすでに遅く、勝手に動いた身体に自分でも戸惑いながら一言だけ謝ってその場を後にしたのだった。ロロノアは、怒っているだろうか。

    キラーがそこまで考えたところでガサッと遠くの方で音がしたため慌てて身体を起こす。見聞色を少し使うも敵意は全く感じられない。こんな人気のないところに一体誰だと眉を顰め竹藪を睨めば、スポッと毬藻頭の男が登場した。木の枝と葉っぱをつけながら「?」とハテナを飛ばしながらキョロキョロする男。何をやってるんだとふはり笑いながら声をかける。

    「お散歩か、ロロノア」
    「っ、…錦えもんのとこに手合わせを頼みに行こうかと」
    「? 逆方向だぞ」
    「っ、」

    またファンタジスタを発揮していたらしい。偶然会ったとはいえ無視はされなくて良かった。一人ほっと胸を撫で下ろしていれば都の方から笛の音が聞こえてくる。夕方になると時折聞こえてくるそれは故郷の鐘の音と違ってどこか切ない気持ちにさせられた。ロロノアも気付いたのか自分が今来た方に顔を向けていた。その様子に、あー、とぽつり呟く。

    「一曲、どうだ?」

    わざとらしく背中側に手を回し、もう片方の手を差し出してみる。ノってくるだろうか、内心ドキドキしながら数秒待つ。すると、

    「ダンスパーティーの誘いにしては随分物騒なんじゃねェか」

    こちらに顔を向けたロロノアはニィと口角を釣り上げていた。

    そのまま、すぐ近くのいつもの海岸へと移動し二人して早々に刃を構え。ロロノアの向こう側には夕陽が見えており、構えた刃先がきらりとオレンジ色の光を反射する。あァ、この感覚だ、とキラーは背筋がゾクゾクする感じを味わっていた。あの刃先に触れれば焼けるような痛みが走ることなどこの身を持って知っているにも関わらず、それでも毎度静かな興奮を覚えずにはいられなかった。
    ハァ、という吐息の音がどちらからともなく聞こえた瞬間、互いに踏み込む。

    ガキィン、という音に刃と刃がぶつかった。鼓膜を震え、頭の中まで揺れるようで。ビリビリと両腕に伝わる痺れは全身に走り、束の間、息が詰まる。目が合った隻眼は夕陽を反射させるように灰色を煌めかせ、ドクンと跳ねる鼓動の音が聞こえてやしないかと心配になるくらいで。

    その音に、振動に、琴線をぶち鳴らされた気がした。

    頭で考えるより、言葉で並べるより、こんなに、意図も容易く、分からされた。あァそうか、と。
    なぜついぞ誰にもやることのなかった故郷の酒をあいつに飲ませたいと思ったのか、なぜあいつの唇に己の唇を重ねてしまったのか、なぜあいつのことをこれほどまでに、無意識にも、特別扱いしてしまっていたのか。これなら、辻褄が合う。

    それから何度も、刃を交わし、斬撃を飛ばし、ようやくお互いにまた一本ずつ取ったところでハァ、ハァ、と息を切らせながらゴロンと寝そべる。
    一度、ハァァと大きく深呼吸をする。先程まで気付かなかった鳥の声が波の音に混じって聞こえた。

    「なァ、ロロノア」
    「あ?」
    「俺に、堕ちてくれないか」
    「は、………?」

    戸惑った気配を感じたが想定内なので構わず続ける。夕陽はとうに沈み、空には美しいグラデーションが広がっていた。

    「困ったことにな、お前に惚れちまったみてェなんだ」


    ***

    何を、馬鹿なことを。そう返したゾロにすぐにとは言わねェよ、とキラーは身体を起こしながら眉を下げて笑った。先ほど脱いだ仮面は二人の頭の上に転がっている。
    何を考えているんだと寝転がったまま怪訝な視線を向ければ、キラーはそのまま、至極自然に上半身を折り、静かに顔を近付けてきた。

    「…おい」
    「駄目だったか?」
    「てめェ、また」

    チュッというリップ音を静かに鳴らしながらゆっくり顔を離されるので咎めれば、悪戯っ子のように笑ってきやがった。
    また顔を近付けてくるのでやめさせようと手を出せば逆にそこに指を絡められ地面に柔らかに押し付けられる。

    「おい、っ、」

    咎める声をやめさせるように下唇を吸われ、思わず息を詰める。柔らかな口づけと、夕方の穏やかな風が妙に心地良くて、触れるだけのそれを許してしまえば次第に深まっていって。気付けば、熱い舌が差し込まれ、甘く絡まる。
    あー……これ、は、ダメなやつ、じゃないか……?
    そう思った瞬間、唇が離れようやくまともに息を吸うことができた。

    「っはあ…」
    「すまない、犬に噛まれたとでも思ってくれ」

    瞬間握り込まれた手を捻り上げ男を蹴飛ばしてやった。

    「ヴッ…容赦、ないな…」
    「何がだ!犬でもンなことしねェぞ」

    あんなことを許してしまった己を忘れるかのように頭を振って男を睨み付けるとでも手合わせはするだろうと挑発するように言葉が返ってくる。それに対して当たり前だと返答しながらも、どうにもざわつく胸を抑えるようにしてゾロはその場を後にした。

    ***

    それから数日間、ゾロはキラーを避けるように過ごしていた。元より別に毎日会っていた訳じゃあない。キラーからの誘いを断ってゾロからキラーを誘わなくなれば会う機会など格段に減るのが二人の距離だった。
    そうして過ごしていたある日の夕食後、今日はさっさと寝るかと戻ろうとしたところ声を掛けられた。

    「ちょっとゾロさん、ティータイムに付き合っていただけません?」

    ヨホッ、と何とも愉快そうに肩を揺らすのは麦わらの一味の音楽家、ブルックだ。断る理由もないので頷けばそのまま部屋の中のちゃぶ台の前まで案内され。自分には紅茶を、ゾロには緑茶を目の前にそっと置いた。一体どうしたというのだろうか。ゾロがズズ、と熱いお茶を啜ると同時に、ブルックはいやぁ〜と口を開いた。

    「まさかゾロさんがあの殺戮武人のキラーさんとお付き合いされてるとは、私驚きました〜」
    「ブーーーッ」

    勢いよく吹き出したお茶をうわ〜汚いですよ〜とゲンナリした顔を寄越される。

    「いや、おま、なん」
    「え〜いやこの間ですね、魂だけ飛ばしてふよふよしてましたら海岸でのお二人を見ちゃいましてね」

    ほんのり頬を赤らめてキスしていたところを見ていたのだと言ってくる。でも、

    「…付き合ってねェ」
    「へ?」

    事実を告げた。どうやらブルックはおれたちが付き合っていてここ最近の様子から喧嘩をしたんじゃないかと思って声を掛けてくれたらしい。老人の要らぬお節介でしたね、トホホと肩を落とすので気遣いは嬉しいと礼を言った。

    「でもゾロさん、付き合ってないならなんであんな…」
    「…知らねェ」
    「知らないってそんな」

    お相手からは何も言われなかったんですか? ゾロさんは何とも思ってないんですか?と心配そうに尋ねられ。

    「…よく分かんねェんだよ」

    ここ数日考えをまとめようと思ったが結局こんな答えしか出てこなかった。そう、ですか、と呟いたブルックは突然ほんとにすみませんでしたと言って立ち上がる。

    「これは老人の戯言と思って聞いてほしいんですが…、」

    先程までのルンルンな様子と一転、落ち着いた声を響かせるブルック。

    「ゾロさん、私とキスできますか? できないでしょう」

    は、と声が漏れた。するとブルックはまぁ例が悪いかもしれませんね、骨ですし、と肩をすくめ。でも、と続けた。

    「何にでも白黒はっきりつけるあなたが"分からない"なんて言葉で誤魔化してる時点で、とっくの昔に答えは出てるんじゃないでしょうか」

    嫌なところを、つかれた気がした。
    そのままブルックは、以上老人の戯言コーナーでした!おやすみなさい〜といつもの調子に戻ってビュンと姿をくらました。

    ハァ〜と大きくため息をついて床に転がる。月明かりすらも思考の邪魔で腕で顔を覆った。
    ここ数日、何度も考えた。その辺ですれ違った野郎ともキスできるのかと。他船の他の船員ともできるのかと。答えは、否、だった。いや、正確に言えば、できはする。ただ、小さく鳥肌が立った。性的な対象云々の話ではなく、シンプルに警戒対象との過度な接近は想像するだけで身体が緊張する。ならば仲間はどうか。勿論、できる。それも緊張状態にも陥らず。ただ、舌を差し込みたくなるかと言われれば、それは否だった。熱い舌を絡め、ぼうっとするあの感覚を仲間と共有したいとは到底思えなかったのだ。
    と、ここまで考えて、件の男へと意識を向ける。キラーとキスできるか。

    「…あァ、できるさ」

    唇を重ねるのも舌を差し込むのも、あの男ならば平気だったのだ。そこまで考えたゾロは、またハァ〜と大きくため息をつく。

    「だからなんだって言うんだ…」

    クソ、と小さくした舌打ちはきっと誰の耳にも届くことはない。腕を解けば月が煌々と辺りを照らしている。自分の気持ちまで見透かされるような気がして、ゾロはそれを無視するように無理やり目を閉じた。

    ***

    翌日また一人街を歩いていたゾロは、ストライプ柄が女衆に囲まれているのを見つけた。腕を掴まれ、しなだれかかられ、それを嫌がる素振りも見せず受け入れるキラー。一度女が耳元に囁くようにしてキラーをぐっと屈ませた拍子、ゾロの位置からはキスでもしてるんじゃないかという風に見え。心の内に広がった静かな苛立を無視するようにして踵を返した。しかしどうしてかあの男は目がいいようで、後ろからロロノア!と声をかけられる。癪に触ったので無視を決め込む。そういえば最初の宴でもあいつは女共に囲まれていたが、普段からあんな感じなのかもしれないなと思い起こす。
    ゾロは、キラーとならキスができると思っている。しかし、キラーはどうなのだろうか。もしかしたらあいつはおれじゃなくても、そんなことを考えながら行先も考えず歩き続ければ自然といつもの海岸へと辿り着いていた。

    「ロロノア、久しぶりだな」

    後ろでハァと息つきながら声をかけてくるのは確認するまでもなくあの男だと分かる。このスピードとこの距離で息なんて上がるはずがないのに、何をそんなに焦ることがあったのだろうか。無視は傷つくぞと言いながらゾロの正面に回り込んでくる。何を言えばいいか分からず、それでも無視を決め込むのは負けた気がしてキッと下から睨みつけた。

    「手合わせ、しようぜ」

    ***

    昼間に斬り合うのは初めてのことだった。ロロノアの踏み込みも、軌道も、夜と違ってよく見えた。ただ、今日は斬撃の端々に怒りのようなものを感じた。そんなにこの間のキスの件を起こっているのだろうかと考えながら斬撃を受け止めていればロロノアからチッと舌打ちの音が聞こえる。

    「なんで、テメェは、っ」

    また踏み込んで、片腕で交わして。
    おれが、何だ?
    一人首を傾げた次の瞬間、先刻周りにいた町娘たちのことをロロノアが口にするものだから耳を疑った。それは、と口を開きながら大きく両腕を振りかぶるのが見えた。ゾロの動きに合わせてキラーは首の前でパニッシャーを構える。
    ガキィン、とまた、刃と刃が震えた。

    「それは嫉妬してくれた、と受け取っていいか?」

    淡い期待を込めてそう告げたキラーの言葉に、ゾロは一瞬隻眼を見開く。瞬間、あ、いける、そう思ってゾロの腹部に肘を喰らわせマウントを取る形で刃先を顔に迫らせた。一本、その一言を合図にゾロの口からもハァ〜と深い息が漏れ出た。刃先をしまってゾロの身体をぐっと起こしてやる。屈んだキラーと、地べたに座り込んだゾロ。視線は大体同じくらいになった。

    あー、とゾロが項垂れた拍子、綺麗に切り揃えられた若草色の後頭部がこちら側に向く。こうして見ると本当に毬藻そっくりだな、口に出せば容赦なくぶった斬られそうな感想がふと頭に浮かんだ。やがて毬藻の輪郭が半分になったかと思うと灰色の瞳と目が合った。チッという音が聞こえた気がしたのは気のせいだろう。次の瞬間、ガッと胸ぐらを掴まれ下から噛みつかれるように唇を重ねられた。

    「…認める、てめぇに絆された」

    きっと、この男なりの精一杯の白旗。三度目のキスは、夕陽も星空の雰囲気も言い訳にできない、穏やかな空色が広がる真下で交わされた。男の隻眼が真っ直ぐとこちらを射抜いてくる。
    舌打ちしながら言うやつがあるかと苦笑いを溢すも、その台詞は確かにキラーの胸を擽った。
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