バンカラ祭 エンガワ河川敷の舗装されたアスファルトを文字通り埋め尽くす人出に、この世にはこれほどの人が存在しているのかとユズキは一周回って感心する。遠くからでも充分見られるほど大きな花火を、間近で大切な家族や友人と見ることをここにいた全ての人が楽しんでいた。一箇所に大勢が集まると大変なのがこの帰りで、河川敷を出る人たちが狭い道に行列を作っている。警備服を着たクラゲが自分の頭にも負けない大きさのメガホンを担いで必死に何かを訴えていた。花火を打ち上げる音はとうに止んで久しい。
バンカラ街の団地に越してくる前のユズキであれば、クマサン商会から家までの帰り道か、部屋のベランダから僅かに見える分だけで満足していただろう。わざわざ人混みに揉まれてまで行く人の気が知れないとすら思っていたのに、どういう風の吹き回しか彼女は今河川敷の土手に座って人々の流れを観察している。
この分だとバイトの編成の切り替わりには間に合いそうにないが構わない。気が遠くなるような時間の後、この広場から誰もいなくなる瞬間に居合わせてみたい。なぜかそんなことを考えていた。明日以降のスケジュールを確認しようとして、スマホがネットに繋がらないことに気付く。
未だ熱気の冷めやらぬなか、人混みから外れて一人でじっとしているとそよ風がゲソを揺らした。ローカルに保存している音楽ファイルの中から、古くから追い掛けているアーティストの新曲を選んで再生する。何もかもが変わっていく夏の終わりに大切な人と最後の時間を過ごす歌だ。
「――」
自分も彼と一緒に花火を見ることができたら何か変わったのだろうかと、 詮無い仮定に苦笑を漏らす。風が強くなった気がして顔を上げると、あれほどすし詰めになっていた人たちが随分捌けていた。最後の花火が打ち上がって拍手が起きてから既に三十分近く経っている。
土手を降り、屋台の裏手を通って広場に出る。花火は終わってもかきいれ時は終わらないとばかりにクラゲたちが客寄せをしていた。閉店間近のスーパーのように割引されて売られているものもある。焼きそば、えび焼き、かき氷――川に沿うようにずらりと屋台が軒を連ねる。 折角だから何か食べようかと思ったはいいが、ひとつに決められないまま端まできてしまった。
最後の屋台の前でユズキは足を止める。割り箸に刺した赤くて丸い果物が大小二つだけ並んでいた。その果物は透明な飴に身を包み、夜闇を照らすライトを反射してガラス細工のように輝いている。美味しそうより綺麗が先にくる食べ物があることが興味深かった。二つ分のお代を物言わぬ売り子に渡すと、完売したのを喜ぶかのようにポポポと体を揺らす。商品を持ち帰り袋に入れようとしてくれたのを断って、手に持ったまま屋台の通りを後にした。
気付けば帰る人たちの列はすっかりなくなっていた。華やかな大輪を咲かせたキャンバスには星がささやかに瞬いている。店じまいをする屋台も徐々に増え、いまや広場は熱気と喧騒の名残のみを湛えていた。なんとなく後ろ髪を引かれるような思いを感じるが、そろそろ帰らなければならない。
橋を渡って、クマサン商会や自宅のある街の方向へと向かう。親子のように仲良く並ぶりんご飴を見ながら歩いていると、ふと残り物には福があるという言葉を思い出した。一体どこで知ったのだったか。まるで自分に買われるために残ってくれていたみたいだと、柄にもない想像をした。