Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    夢斗(ゆりいか)

    🦑🐻

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💙 🐳 🐬 🌃
    POIPOI 32

    スプラ3/マイイカとクマサンで七夕にかける願いの話。ヒーローモードのネタバレがあります

    #スプラトゥーン3
    splatoon3
    #マイイカ
    #クマサン
    #七夕
    seventhNight
    ##文

    星合の夢 窓からそそぐ太陽の光でユズキは自然に目を覚ました。朝と呼べる時間は終わろうとしていたが、窓を開けるとカラッとした心地よい空気が肌に触れる。バンカラジオの天気予報で三人が話していた通りのお出かけ日和だ。
     着替えて牛乳とシリアルで朝食を済ませる。いつもならばこのままクマサン商会に向かうのだが、今日はちょっと寄り道をすることにした。

     海を埋め立ててつくられたヤガラ市場には、海の向こうからやってきた様々な品物を売るテントが立ち並ぶ。果物や魚、衣類、雑貨から果ては何に使うのかよく分からない代物まで、雑多なそれを物色するのがユズキは好きだった。
     そのあとは桟橋で遠くに活気を聞きながらぼんやり海を眺めるのがお決まりのコースだ。いつもバイトで見る海は淀んでいるのに、ここはなぜか深い青を湛えていた。場所によって色が違ったりするものなのだろうか。海についてユズキが知っていることはほとんどないが、バイトをしていると誰もが頻繁にその名を聞くことになる。彼にはきっと思い入れのある特別な存在なんだろうと、ユズキはぼんやり考えていた。だからこそクマサンから海の話を聞いてみたいし、同時にそれが聞くのを躊躇ってしまう理由でもあった。
     市場の一番大きな通りを歩いていると、広場の隅で見慣れない背の高い植物が目に入った。自生しているわけではなく、わざわざどこかから持ってきて固定したらしい。一見すると木のようだが、幹のような部分も枝葉と同じ緑色をしている。幹の先は無数に枝分かれして細長い形の葉を茂らせていた。
     その枝に、クラゲが何やら飾り付けをしている。自分の背よりずっと高いところまで手足をびよんと伸ばして器用にこなしていた。近づいて見てみると、折り紙でできた貝や星を象ったようなもの、網の目に切り込みが入ったものや、折り紙よりも丈夫な縦長の紙など色とりどりの飾りがある。
    「何をしているんだ?」
     植物を指して聞いてみるが、クラゲは動きを止めてこちらを見るだけだった。言葉を発しないのだから具体的な答えが返ることはないと分かっているのに、ついつい試みてしまう。
     ふと、何かに気付いた様子のクラゲがユズキの手元に視線を送り始めた。
     持っていたのは手のひらサイズの小さな瓶で、中に丸い粒がたくさん入っていた。粒の色は白が多いが、いくつか青や緑やオレンジのものも交ざっている。今しがた通りがかった露店で買ったものだ。
     丸い形に細かな突起がついたそれはまるで空に浮かぶ星の欠片を集めたみたいで、ユズキは一目見て気に入った。露店にはバンカラ街の外れにあるクレーターでの掘り出し物が並ぶこともあると聞くから、こういったものが落ちていても不思議ではないと思う。――本当に星の欠片だと信じているわけではないが。
     クラゲの前に瓶を差し出すと、顔を近づけてじっと中のものを観察している。欲しいのか?と思って栓を開けて手のひらにいくつか出してみると、一つを手にとって日光に向かってかざしたりなんだりした後、そのまま金平糖を持った手を目の下の口があると思しき部分にやっていた。
    「食べ……!?」
     思わず呆気にとられる。恐る恐る嗅いでみると、言われてみればほんのり甘い匂いがするような気もするがよく分からない。仮にこれが美味しい食べ物だとしても、食べて瓶を空にしてしまうことがユズキにはもったいなく感じられた。
     お礼にとでもいうつもりなのだろうか、先ほどのクラゲが縦長の紙を一枚渡してきた。さっき観察したときも分かったがこれだけは折り紙よりずっと丈夫な紙でできていて、単に飾るだけではない用途がありそうだ。そう思ってクラゲを見ると手のひとつを使ってペンで何かを記すような仕草をしたので、どうやらこの紙には書くことがあるようだ。しかし相変わらず言葉を話さない(そもそも発声のための器官を持たないのかもしれない)クラゲからそれ以上の情報を読み取ることは難しく、詳しいことは他を当たろうとユズキはその場を後にした。

     ユズキにとってクマサンは学校の先生のようなものだ。分からないことがあればとりあえずクマサン商会に向かうし、分からないことがなくても暇があればバイトをしているので、生活の中の大半をこの場所が占めている。
     商会の階段を下りて地下につくられた部屋に入ると、普段そこにないものがユズキの視界に飛び込んできた。
     ――普段存在しないどころかついさっき初めて見たばかりの、例の背の高い植物がそこにあった。
    「やあ、おつかれさま」
    「おつかれ。ええと、聞きたいことがいろいろとあるんだが……」
    「これかい? もうすぐ七夕だから、短冊に願いごとを書いて飾ってもらっているんだよ。よければキミも書いていきなさい」
     クマサンは報酬交換所脇の定位置ではなく、事務スペースの机の上にいた。壁際の使われていないパイプ椅子に件の植物が括られている。座面には彼の説明と同じ旨が書かれたメモと、短冊と呼ぶらしいクラゲから貰った縦長の紙が置かれていた。
     市場では注意して見ていなかったが、場所が場所なだけあってここの短冊に書かれているのはバイト関連の内容が多い。「でんせつになりたい」「オオモノ金バッジ手に入れる」「目指せオールカンスト」「5000兆ゲソ欲しい!」「いつメンの足を引っ張らない」「納品増やす」などの目標や抱負から、「支給スペシャルにハイプレが返ってきますように」「クマブキもっと増えてほしい」「ウロコ中抜きを許すな」「船沈め」といったクマサンに対する個人的な要求や愚痴としか思えないようなものまで様々だ。微笑ましい気持ちで眺めていると、奥の方の目立たないところにバイトマニュアルと同じ無機質な字で「商売繁盛 クマサン」と書かれた短冊も見つけた。
     その彼が言うには、七月七日が近付くとこういった「七夕飾り」を用意する習慣がかつてはあちこちにあったらしい。
    「昔から伝わるこんな物語があってね」クマサンは咳払いをひとつした。アルバイターの現場への案内は全て自動でアナウンスされるため、定位置から席を外しても問題はない。ユズキと駄弁っているときでも彼は部屋全体をよく見ていて、初めてのアルバイターが来たときは案内する必要があるため知らせてくれる。
    「空に住まう機織りの織姫が牛飼いの彦星と出会い、恋に落ちた。お互い相手に夢中になって仕事をしなくなったことに怒った帝は、二人を天の川の両岸に引き離して会えないようにした。年に一度、七月七日の夜を除いてね。雨が降ると天の川が氾濫して渡れなくなるから、七夕の夜が晴れて二人が会えることを人々は願ったんだ」
     天に住んでいる人というのは要はおとぎ話みたいなもので、本当に住んでいるわけではないのだろう。でもそうだったら面白いのにとも思う。今日はいい天気だから、きっと夜も雨は降らないはずだ。
    「二人はベガとアルタイルという星と対応していて、デネブと合わせて夏の大三角と呼ばれる、夏の夜によく見える代表的な星だ。こういった伝説と他の信仰やら行事やらが合わさって――まあ平たく言えば、星に願いごとを届けて叶えてもらおうというのがこの七夕飾りの趣旨かな」
     確か、去年のクリスマスに貰った宇宙の図鑑にもそんな名前の星が載っていた記憶がある。
    「願いごとはなんでもいいのか」
     ユズキは貰った短冊を取り出した。折角だから自分も何か書いて飾ろうと、勝手知ったる事務机のペンを一つ拝借する。
    「七夕の由来を考えると習い事や勉学の上達や夢を願うのが筋ではあるけれど……そんなにむずかしく考えることもないさ。自由に書いてごらん」本当に学校の先生みたいなことを言われて浮かんだのは、やはりというかクマサンのことだった。
     何かの上達というのは、自称ものぐさのユズキにとって関心から遠い物事のひとつだ。よく言えばマイペースで悪く言えば向上心がない。好きこそ物の上手という言葉のように回数を重ねて自然に上達するならまだしも、ハードルを高くしすぎて折角楽しくてやっていたことが楽しくなくなってしまうのは避けたかった。バイトも時間はかけているので編成や仲間に恵まれれば評価が上限までいくこともあるが、いけなくても気にしない。何事もなあなあで乗り切るのがユズキのスタンスだ。――その彼女が、真っ先に思い浮かぶ夢。
    「じゃあ、『クマサンの助手になりたい』だな」
    「……なぜそんなことを」
     常に落ち着いている彼にしてはかなり困惑を帯びた声だった。助手になりたいと言われるなどとは全く予期していなかったらしい。
    「私はクマサンの役に立てるのが何よりも嬉しいんだ。だって、家を出て学校でもうまくいっていなかったときに、居場所をくれたのがクマサンだから」
     あっけらかんと答えると、拒否されないのをいいことにユズキはそのまま短冊を完成させた。
    「それは初耳だね」「そうだったか?」
     自分の話をしたがらないユズキは、地元を離れてから付き合いが一番長いクマサンが相手でも同じだった。あれこれ詮索されないことが彼に心を許している理由の一つでもある。昔のことを気にしていないことと、差し出された手の温かさをいつまでも大切に覚えていることは違う。ただそれだけのことだ。
    「そうだクマサン、これ知らないか? 市場で見つけたんだが」
     ふと思い出して、ユズキは例の小瓶をクマサンの前に置いた。
    「これは金平糖だね。砂糖にシロップをコーティングして作られた菓子だ」
     コンペイトウ、と聞こえた言葉を口の中で転がす。食べ物なのは間違っていなかった。砂糖ということはやはり甘いのだろう。甘いものは好きだが、それでもユズキは食べる気にはならなかった。
     「これ、クマサンにあげる」こんなことを言ったら貴方は笑うかもしれないが、と前置きして彼女は話し始めた。「最初に見たとき、空から降ってきた流れ星を集めたみたいだなって思ったんだ。なんだか持っていたら願いが叶いそうな気がしないか?」怪しく思うことを知らない純粋な声が、窓のない空気のこもった地下に眩しく響く。「私はクマサンのことを何も知らない。分かることといったら燃料になる金イクラを集めて何かをするんだろうなってことくらいだ。――だったら、その何かが上手くいくように祈ることくらいはしてもいいだろう?」
     彼は何も言わずに聞いていた。胸の内にどんな感情を抱いているのか、分かる者はいない。

     *

     インカムをつけた熊三号が返答に迷っている様子をカメラで認識しながら、オルタナの外の世界に彼の居場所が存在していることをわたしは喜ばしく思った。三号は結局その金平糖と呼ばれる砂糖菓子を受け取ることにしたようで、モニターに映っていたインクリングは満足した様子でバイトに向かった。
    「慕われていますね。よほどあなたに恩があるのでしょう」
    「……あれはあの子が勝手にそう解釈しているだけで、ワタシは何もしていないよ」
     何もしていないどころか、三号のやろうとしていることはあのインクリングたちを滅ぼすこととほぼ同義だ。無知がこれほど皮肉な結果を生み、彼がそれを甘んじて受け容れていることが、今のわたしには耐えがたかった。
    「三号。これは仮定の話ですが……たとえあなたが今すぐ計画を中止しても、誰もそれを咎めません」
    「そういうわけにはいかないよ。あの子がワタシと知り合ったのも商会の活動があってこそだ」
     彼は淡々と答えた。分かっていたことだった。
    「ワタシに願いと呼べるものはない。あったとしても決して叶わないそれを、『願い』と呼ぶことに意味はあるのか」
     インクリングに恨みがあるわけではない。地球上で哺乳類が覇権を取り戻すことを『望んで』いるわけでもない。ただ、生き残った以上そのために動くのが己のすべきことだと思っているだけだ。少なくとも本人が言及する限りにおいては。
     しばらくの間、三号はモニターに映し出された金平糖を見ていた。彼にとってそれが無意味でないことを、わたしはただ祈っていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭💕💕💕🙏🌠🎋🌟
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    夢斗(ゆりいか)

    DONE🦑/タイトルが決まらないけど書き上げてどっかに載せるまで寝られないフェーズに入っちゃったので投稿します!!!(やけくそ) ※23/07/31改題、加筆修正
    Irreversible バンカラ街に変わらず広がる澄んだ青空と照りつける日差しを、今日ばかりは恨めしく思いながらユズキは足を引きずるように帰宅した。
     思い返せば朝起きたときから何となく体全体が重いような感覚はあったのに、気のせいだろうとスルーしてバイトに向かったのが良くなかった。体調を崩すことが滅多にないので完全に油断していた。初めは問題なくクリアできたもののクマサンポイントが1200に到達する頃にははっきりと熱っぽさを感じ、クマサンに相談して昼前でバイトを引き上げることになた。
     街の空間を埋め尽くすように並ぶマンションの一画にユズキの部屋はある。愛用しているバンカラコロンを脱ぎ捨て、窓際にたたまれた布団を広げてすぐに飛び込む。狭いワンルームには、三年ほど続けているバイトの報酬ギアが詰め込まれたクローゼットの他は最低限のものしか置いていない。自炊はしないのでキッチンはきれいなままで、小さな冷蔵庫に入っているのは賞味期限の切れた調味料と飲み物くらいだ。
    5769

    夢斗(ゆりいか)

    DONEスプラ3/マイイカとクマサンで七夕にかける願いの話。ヒーローモードのネタバレがあります
    星合の夢 窓からそそぐ太陽の光でユズキは自然に目を覚ました。朝と呼べる時間は終わろうとしていたが、窓を開けるとカラッとした心地よい空気が肌に触れる。バンカラジオの天気予報で三人が話していた通りのお出かけ日和だ。
     着替えて牛乳とシリアルで朝食を済ませる。いつもならばこのままクマサン商会に向かうのだが、今日はちょっと寄り道をすることにした。

     海を埋め立ててつくられたヤガラ市場には、海の向こうからやってきた様々な品物を売るテントが立ち並ぶ。果物や魚、衣類、雑貨から果ては何に使うのかよく分からない代物まで、雑多なそれを物色するのがユズキは好きだった。
     そのあとは桟橋で遠くに活気を聞きながらぼんやり海を眺めるのがお決まりのコースだ。いつもバイトで見る海は淀んでいるのに、ここはなぜか深い青を湛えていた。場所によって色が違ったりするものなのだろうか。海についてユズキが知っていることはほとんどないが、バイトをしていると誰もが頻繁にその名を聞くことになる。彼にはきっと思い入れのある特別な存在なんだろうと、ユズキはぼんやり考えていた。だからこそクマサンから海の話を聞いてみたいし、同時にそれが聞くのを躊躇ってしまう理由でもあった。
    4907

    related works

    recommended works