800字小説練習(SB69) あの人と一緒に居ると不思議なの。あざとさを出すのも、アイドルとしての顔も忘れて感情を剥き出しにしてしまう。
チュチュさんを挑発してしちゃう事もあるけど、それは同じギター&ボーカルという立場からの対抗意識とプラズマジカさんとちょっとでもお近づきになれたらっていう思いから来るもの。
あの人に対しては、なんていうか、上手く言えないけど素直になれるっていうか……。なにも考えず言葉がすんなり出て来る。
すごく不思議、でも嫌じゃないの。
この感情の名前は、なに――?
ザラメをたくさん落としたような音と一緒に車軸を流す雨が地面に打ち付ける。すぐそこにあっという間に水溜まりが出来上がって、無数の波紋を広げながらどんよりとした空を映す。学校帰りに降られちゃって、私はシャッターの閉まったお店の軒下で雨宿りをしていた。
はあ……困ったなあ。
学生鞄の紐を両手でぎゅっと握って重い溜め息を吐く。今は本来雨の少ない時季だから折り畳み傘を入れてない。これからはちゃんと持ち歩こうとちょっと反省した。
「あれー? ロージアちゃん?」
俯いていたせいで不意に雨音の向こうから声を掛けられびっくりした。びくっとしてから声のした方を見るとあの人の――ゲンゲンさんの姿がある。髪と同じ黄色く明るい傘を差し、片手を青いパーカーのポケットに入れてこっちを見ながら親しそうに笑う。
「ボクはこの辺でライブの打ち上げをしてたんだ。そしたら雨に降られちゃって。やっぱ雨男なのかなー。ロージアちゃんは?」
「私は学校帰りでこんな状況です。傘、持って来てなくて」
「それじゃあ入ってく? このまま待ってても傘はピョンピョン来てくれる訳じゃないし」
それって相合傘のお誘い!?
驚きはしたけど、何故だか嫌な感じはしなくて、むしろ望んでいたような気がする。自分の顔がほんのり熱くなるのが分かった。
「じゃ、じゃあ近くのコンビニまでお願いします。そこでビニール傘買うんで」
「うん! じゃあ行こっか」
側に来て傘に入れてくれるゲンゲンさん。二人で歩き出すと、ちゃんと車道側を歩いてくれて歩幅もこっちに合わせてくれる。
傘の中でしてくれたのは盛り上がったライブの事。その楽しそうにニコニコ語る様子から、この人も多くのミューモンと同じように音楽が生き甲斐なんだなって感じる。
ゲンゲンさんに不思議な気持ちを抱いた直後から、私は04さんの音楽をよく聴くようになった。どれも明朗で大胆ながら、繊細な気持ちも歌い上げている。そんな音楽だから、そのライブきっとすごく楽しかったんだろうな。
「あ、そうだ。話は変わるんだけど、ロージアちゃんボクとカフェに行く気ない?」
いや、話変わり過ぎでしょ!
「デートにでも誘ってるんですか? ロージアちゃんとの逢引は高く付きますよ?」
「あはは、厳しいな。いや、実はねカフェに気になる料理があるんだけど、どうやらカップルデー限定らしいんだよねー。料理好きとしては一度は食べてみたいんだ」
「彼女さんと行けば良いじゃないですか」
「残念だけどそういうの居ないんだよねー。こういうの気軽に頼める女の子、ロージアちゃんだけなんだ」
“ロージアちゃんだけ”――その言葉に胸が異様に高鳴る。
「分かりましたよ。このロージアちゃんが行ってあげますよ」
「ホント!? じゃあはい、約束!」
ゲンゲンさんがパーカーから手を抜き、萌え袖気味の袖口から小指を出す。目は期待にわくわくきゅるんと輝きていて、この人やっぱあざといと少しライバル心を抱く。
私は渋々小指を絡ませた。ゲンゲンさんって中性的な印象だけど、手指は男の人なんだなあ……。大きくてたくましくて。
「いやー、楽しみだなー、ピョンピョン飛び跳ねたい気分だよ」
「飛沫が飛ぶんでやめてください!」
楽しみなのは、その料理が食べられる事? 私と一緒に行ける事?
後者なら……良いのに。
指切りを終えて離れる小指がなんだか惜しい。
それらの想いをザーザー降っている雨の中に隠して、彼の隣を歩いた。