800字小説練習(SB69) 昨日MIDI CITYにどっさり降った白い雪はまだまだ辺りに残っていた。それは
Mashumaireshの本拠地であるANZも例外ではなく、周りの空気はやっぱりキンと冷たい。そんな足元の悪い中、巣ごもりせずスーパーへ出掛けたのは自分の大好きなピザ味のポテトチップスの特売日だったからだ。ほわんと色違いのお揃いで持っているエコバッグにはそれがパンパンに詰まっている。帰ったらほわんにも分けてあげようと、白い煙を吐きながら内心で楽しみにした。
しばらく帰路を辿っていると、向かいから誰か歩いて来る。
一定の距離まで近づき、カフェのすぐ前でお互い足を止めた。
「あ」「あ」
互いの正体に気が付き、同時に短く声を出す。目線の先の彼は相変わらず不死鳥らしい赤い服を着ている。
ヒメコの存在に気づき、ジョウの方から歩いて目の前まで距離を詰めた。
「よう、買い物か? こんな寒い中大変だな」
「買い物って言っても、好きなお菓子買っただけだけどね。あんたはもしかして病院帰り?」
「分かっちまうか。薬を貰って来たんだ。……てか、お前それ一人で食うのか?」
彼がピザ味のポテトチップスが詰まったエコバッグを一瞥し、少し揶揄するように苦笑した。
ヒメコの中では急に羞恥が込み上げて来て顔を真っ赤にして大声を出す。
「な、なによ悪い!? ちゃんとほわんにも分けるし!」
するとジョウは『ははっ』と白い息を多めに吐き出しながらおおらかに笑う。
「悪くはねえさ。いや、なんていうか、俺は体質上大食いが出来ねえから羨ましいと思ってよ」
それを聞いて『そっか……』と一度冷静になる。体調不良で学校を長らく休んだ経験もあるという。留年を選択してでも学び舎の卒業を夢見る彼に一種の尊敬と憧憬を抱いた。彼は強い、病に絶対負けないという頑なな気概を感じる。
「それに、いっぱい食べる女子は嫌いじゃねえ」
「なにそれ、口説いてんの?」
「さあ、どうだろな」
「てか、今の時代そういうのもセクハラだから」
「おいおい、そいつは言い過ぎだろ」
そうツッコミが入った時、彼の視線が上を向く。焦った気色を顔に広げ、『危ねえ!』と叫ぶとヒメコの手を急いで引き、抱き寄せた。直後にどさどさと雪の塊が彼女の居た場所に落ちて来る。どうやらカフェの頭上看板から落下したらしい。
一瞬なにが起こったか分からず、ヒメコは呼吸の仕方も忘れた。さっきの恥ずかしさとはまた違う頬の紅潮があり、取りあえず理解出来たのは病弱とは思えないほど筋肉の付いた腕と胸の中に自分が居る事。不死鳥族特有のものなのか、腕の中は普通の体温より温かいように思える。
男の人にこんな風に体を覆われるという経験のないヒメコはどうしたら良いか分からない。助けられたから、ありがとう? それとも再びセクハラだと突き飛ばすべき。分からない、なにも。
内心でパニックになっていると、ジョウがゆっくりと抱擁を解く。
「わ、わりぃ。でも状況が状況だから、セクハラにはノーカンにしてくれよな? じゃあ、今後もこういう事があるかも知れねえから気を付けて帰れよ?」
そう言い残して去ろうとする彼の袖を、通り過ぎるすんでのところで掴んだ。彼が不思議そうにヒメコの顔を見る。
ヒメコは目を合わせるのが恥ずかしくて、視線を反らしながら未だに熱い頬をそのままにこんな提案をする。
「た、助けてくれたお礼に此処のカフェで奢ってあげる」
「え、良いのか?」
「大食い出来なくてもサンドウィッチくらい食べられるでしょ?」
「そうだな。そろそろ薬の時間だし、なんか腹に入れねえとな。じゃあお言葉に甘えるよ」
「う、うん」
何故そんな事を言ってしまったのか、自分でも分からなかった。
――ただ、借りを作りたくなかっただけ。
取りあえずそんな言い訳をした。