「あっつー…」
パタパタとうちわで扇ぎながら呟く。
7月の頭、すっかり梅雨は明けて真夏日が続いてた。太陽がガンガンと照りつけ、オフィス街の一角にある事務所内もかなり暑くなっていた。真宵ちゃんはというと暑いからどっか涼みに行って来ると言って1時間ほど前にどこかに出かけていった。部屋の温度を何とかしようと窓も開けているが効いてる様子はない。かれこれこの状況に1時間以上はいるわけだがこれじゃあ溶けちまう。どうしたものか……そうだ、たしか冷凍庫に……
「なるほどくんー!!」
移動しようと立ち上がったところで真宵ちゃんが嬉しそうな顔で事務所に飛び込んできた。
「そんな勢いで開けたらドアが壊れちゃうよ」
「いいから!いいから!見てみてー」
そう促されるまま彼女の指を目で追いかける。その先にはどこからか持ってきたであろうチラシがあった。
「花火…大会?」
「そうそう!せっかくだし行こうよー。なるほどくん!」
グイッとチラシを目の前に突きつけられて1歩仰け反る。こうなった真宵ちゃんを止めることはできないだろう。
「はいはい…それいつ?」
「お、さすがなるほどくん話が早いね。………んーとね、今週の日曜って書いてあるよ」
「日曜か………はぁ…わかったよ。その日は早く事務所を閉めようか」
「やったー!!」
真宵ちゃん嬉しそうだな。両手を上に掲げ全身で喜びを表現をしているのが分かる。にしても花火大会か…久しぶりに行くな…。毎回予定を立てても事件の調査や事務作業で長年行けてない年が続いていた。その度に真宵ちゃんが「えー!また行けないのー」って落胆した声を漏らしていたのを覚えている。今回は何も無いことを祈ろう。花火大会に関することを考えていると横目に給湯室から出てくる真宵ちゃんが見えた。
「いただきまーす」
ソファに座り右手に持ったものを口に運んでいる。まさか……
「それ、ぼくのアイスじゃないか!」
「え、暑かったからつい」
「つい、じゃないよ…まったく」
大きな声を出したからか余計に熱が上がったのを感じる。これ以上何かを考えるのもめんどくさい。椅子にどかっと座り脱力をする。
ぼーっとしようと思ったが真宵ちゃんの言葉で遮られた。
「あ、そうだ!なるほどくん」
振り向きざまに怪しい笑みを浮かべる彼女。なんだかヤな予感がするぞ…
「もちろんミツルギ検事もつれてきてね」
やっぱり…。現在、頭を悩ませている人物の名が出てきた。
「なんでその名前が出てくるんだよ」
「それはなるほどくんが1番知ってるでしょ?」
うう…。2週間前から御剣との連絡が取れていなかった。法廷で会うことも無くなってしまって避けられているということを最近自覚した。心当たりはあるっちゃあるけど…。いつも話していた存在から避けられて相当精神的なダメージを受けていた。
「早く仲直りしちゃいなよ?」
「そうは言っても今連絡をとれるか」
「大丈夫だよ。なるほどくんなら」
テキトーに返事された……。まぁ、やってみるしかないか。上手くいけばアレだし。
プルルル……プルルル……
携帯電話が机の上で振動しているのを感じる。誰からだろうか。手に取り名前を確認する。
「成歩堂…龍一…」
そこには未だに遠ざけている友人の名前が書いてあった。あんなに無視をされてもまだ連絡してくるとは…。迷わず拒否を押し込み、そのまま机に置く。座り直してから目の前の資料と向き合った。
プルルル……プルルル……
また電話が鳴る。確認するとさっき見たばかりのあの男の名前が書いてある。すぐさま拒否に指を伸ばす。
プルルル………ピッ
それでもかかってくる着信に嫌気がさしながらも電話に出る。
「キサマ、非常識にも程があるぞ」
「お前がすぐ出ないからだろ」
「避けているのだから当たり前だ」
「なんで避けるんだよ」
「…ッそれは」
核心をつく質問をされ、言葉につまる。だから出たくなかったんだ。これは私自身の問題だ。知られる訳にはいかない、どうにか話題をそらさなければ…
「ところで、こんなにしつこく電話をかけてきたということは重要なことなんだろうな」
「あー、そこまで重要では」
「切るぞ」
「待て!御剣」
「……なんだ」
スパッと切れば良かったのになぜか切れなかった。
「今週の日曜空いてるか?」
「午前中は難しいが午後からなら恐らく空いている。この前の続きをするのだろうか?」
「それは今度にしよう。今回は花火大会に一緒に行けないかなって」
「花火大会だと?」
そういや、もうそんな時期か。毎日が忙しすぎてすっかり忘れていた。思い返すと季節の行事というものにあまり参加したことがないな。
「避けられてる相手だというのによく誘えたものだな」
「真宵ちゃんがお前も誘えと」
「真宵くんがか」
どういう風の吹き回しだろうか。目をつぶって少し考える。……恐らくだが彼女のことだ、私たちが早く仲直りするようにと仕向けたのだろう。
「真宵くんからのお誘いならばやむを得ない」
「ありがとう、御剣」
「フッ、礼なら真宵くんに言うことだ」
「なんだよそれ。ぼくだけからのお誘いだったら来なかったということか?」
「さぁな」
さすが成歩堂、当たりだ。もし、2人だけならば断るつもりだった。嬉しいという気持ちもあるが少し恐れというのもあったからだ。1度自覚してしまったこの気持ちを捨てることはできない。だが、だからといって相手に気持ちを伝えるわけにもいかない。相手は親友で相棒でライバルだ。伝えてそれまでの関係までもがなかったことにされるのが怖く思う。最近はやっといつもの私を保つことができてきている。でも、2人っきりになってしまったら隠せる自信が無い。不安しかないが前回迷惑をかけたという点もあるし、今回は真宵くんもいることだ。完全とは言えないが自制がききやすくなるだろう。それならば…
「……るぎ………御剣!」
「…ム?なんだ」
私を呼ぶ声が思考の海から現実へと戻す。
「なんだ。じゃないよ!ずっと呼んでるのに無視しやがって」
「ム……すまない。考えごとをしていた」
「そう」
「ところで、なぜ呼んでいたのだ」
「待ち合わせの場所とか時間決めてないだろ」
「うム…たしかにそうだな」
私としたことが少し浮き足立っていたようだ。
「とりあえず、ぼくの事務所でいい?会場から近いし」
「それで構わない」
「じゃあ、決まりだな。時間はそうだな……17時30分くらいに来てくれ」
「ああ。了解した。」
「じゃあな、御剣。また日曜に会おう。」
「うム。」
ピッ…
はぁ……深く息を吐く。上手くごまかせただろうか。椅子に深く腰掛け、目を閉じる。久しぶりの成歩堂からの連絡に正直な話ほんの少しだが嬉しかった。電話の最中胸がいつもより早く鼓動を打っていて、絶対そんなことが有り得ることがないというのに電話の向こう側まで届いてしまったら…などと思っていた。こうもあの男にかき乱されるのは今に始まったことではない。たしかに法廷では予想もできないハッタリで乱されてきたがそれ以外にもある。それがずっと胸の内に渦巻いていたフワっとした何かだ。あの男が嬉しそうに私に笑いかけるときや真っ直ぐとこちらを見つめられるとより一層心の中でこの何かが広がる。最近までは心地いい気持ちの何かまでしか認識していなかったのだが、これが何なのかを知ってしまう出来事があった。それが2週間前のことだ。
ぽつりぽつりと雨が降り始めた頃私は大きめな荷物と傘を手に検事局から出発した。梅雨の時期というものもあり、最近雨が降ることが多い。初めはそこまで降っていなかったが20分ほど歩いていると雨が強くなってきた。歩く足を早め目的地である成歩堂法律事務所へと向かう。今日は彼の事務所でお茶会をするという予定があるからだ。あの成歩堂がどうしても私のいれる紅茶が飲みたいとせがむものだからつい承諾してしまった。普段の私なら断っていただろう。しかし、真摯に頼む姿が心に響き断りきれなかった。しかも、自分がいれたものより美味しかったらしく私としても鼻が高い。そうこう考えているうちに目的地に辿り着く。このときには傘に打ち付ける音が激しくなっており、視界がだいぶ悪くなるほどだった。階段を上がり扉のチャイムを押して待つ。
「はーい、ただいま参ります」
声が聞こえるとカランコロンとこちらに向かう足音が聞こえる。
ガチャ……扉が開かれると真宵くんの姿があり、私のことを見るや否や嬉しそうな表情を浮かべる。
「あー!待ってましたよーミツルギ検事。今日お茶会ですよね」
「うム、その予定で訪問した次第だ。……ん?成歩堂の姿が見えないようだが」
「なるほどくんお茶菓子買ってなかったみたいでさっき買いに出かけたんですよ」
前々から予定していたことだというのに準備していなかったというのかあの男は。内心呆れ返っていると彼女から声がかかる。
「まぁ、すぐ帰ってくると思うんで中にどうぞ」
「……失礼する。」
促されるまま事務所の中へと入った。所長室内は綺麗とは言いがたいが前に見た時より片付いている方だ。今立て込んでいる依頼はないということだろう。荷物をテーブルの上に置き、ジャケットを脱ぐ。さて、成歩堂が帰ってくるまでにある程度の準備をしとこう。
「真宵くん、給湯室はどこだろうか」
「それなら、こっちに」
給湯室に繋がるドアを開けて手招きをしている。相当楽しみにしていたらしい。荷物を持って移動する。手を洗ってからそこにあったケトルに水を入れて電源を入れる。それが終わったら持ってきたティーポッドやカップをお盆の上に並べていく。あとは茶葉だが無難なものがいいだろうか。一応他のものも持ってきたが……。彼女に聞いてみるか
「どの茶葉がいいだろうか」
「んー。あたし、なるほどくんが飲んでいたやつがいいです!」
「ほう…ではそれにしよう」
たしか、あの日はダージリンをいれたはず…。それ以外の茶葉をしまいながら彼女に尋ねる。
「なぜ、成歩堂の飲んだものが良いと答えたのだろうか」
「なるほどくん、飲んだ時のことを嬉しそうに何度も話すんですよ。そんな様子を見てたらあたしだって気になりますよ。」
あのときのことは彼にとっても大切な思い出になってくれたということか。あの日、たまたま紅茶を飲んでいるときに私の執務室に訪ねてきたもんだからご馳走をしたのだ。仕事の話をしながら2人で過ごす時間は心地良かったことを覚えている。思わず小さな笑みがこぼれる。
ガチャ……
思い出に浸っていると現実に引き戻すように入口が開かれる音がした。
「ただいま…。」
どうやらここの所長が帰ってきたようだ。しかし、妙に気分が沈んでいる声音のような気がする。何かあったのだろうか。理由はすぐにわかった。
給湯室から所長室の入口を覗く…そこにはぽたぽたと髪から水滴が落ち、スーツの色がいつもより濃く染まった彼の姿があった。そして、手には骨が全て折れた傘とレジ袋がぶら下がっている。外の音に耳をすませると激しく地面を叩きつける水の音が聞こえる。この雨の中で壊れてしまうとはつくづく運が悪い男だ。
「あちゃー、これまたド派手に濡れたね」
彼女はタオルを棚から取ると成歩堂に手渡した。
真宵くんからタオルを受け取ると頭や体をガシガシと拭き始める。いつも尖っている髪は水に濡れた影響で下がり、走って帰ってきたのか雨で冷えたのか顔が赤くなっていた。前髪が何房か垂れ下がりそこから雫が落ちる様子だったりといつもと雰囲気が異なる彼を見て思わず息を呑む。おかしい。いつも見ているはずなのになぜこんなにも高鳴るのだろうか。しばらくその様子に魅了され立ちつくしていた。
「……あれ?御剣もう来てたのか……ん?」
ある程度拭き終わった成歩堂から話しかけられ我に返る。こちらに近づいてくる彼から視線を外すため俯こうとしたが手によって阻止された。
「顔が赤いな、熱でもあるのか」
目の前を見ると顔が近くにあり、おでこに手を当ててくる。瞬間、体が強ばり、顔に熱がさっきよりも集まってくる感覚もあった。こ、これは一体なんなのだ…!目の前で起きていることを整理しようにも頭が沸騰して何も出来ない。
「あっつ…大丈夫かこれ?」
そう言いながら真っ直ぐと見つめてくる。
このままではまずいことになる…!パッと浮かんだ危機感。反射的に ここから離れなければ と感じた。
「今日はこれで失礼する。」
成歩堂のことを跳ね除け、持ってきた鞄と傘だけを持って事務所を飛び出した。後ろでちょっと!という言葉が聞こえたが気にしていられない。
土砂降りの中傘もささずに走る。持っているというのにさしていない姿は滑稽に映るだろう。でも、そんなことを気にする暇なんてない。とにかくあの場所から離れたかった。今は落ち着ける場所に行きたいそんな一心で足を動かす。
がむしゃらに走っていたらいつの間にか自宅のマンションまで来ていた。すぐさま部屋まで行き扉を閉める。はっ……はっ…っと乱れる呼吸を整えるため玄関に座り、荷物を端に置く。ゆっくり息を吸い短く切れていた呼吸を整える。しばらくするとだんだん脈拍も落ち着いてきて霞んでいた思考もクリアになっていくのを感じた。しかし、物事を考えることができるようになってくると『あれは一体なんだったのだろうか』という疑問が浮かんでくる。成歩堂が見えたときから鼓動が早まり、目が離せなくなった。そして、彼に額を触られた瞬間体を動かすことができず、顔がどんどん熱くなっていって……。まさか……。これは……違う。絶対に違う。そんなことは許されない。許されるわけがない。必死に別の要因を探す。でも、否定できる材料がない。それならばとあの現象が体に起きた原因はと模索するためにさっきの状況をもう一度浮かべる。普段と違う成歩堂を見たとき、成歩堂に触れられたとき、成歩堂に見つめられたとき………
「どれも成歩堂が……絡んでいる…。」
そう口にした途端収まったはずの鼓動は早く打ち始める。先程触れられていた場所も熱を帯び始め、たまらず自分の手を置く。私は…。
「なんてことをしてしまったんだ…」
そう虚空につぶやく。これはきっと恋というやつなのだろう。しかも、叶うことがない苦しいだけの。わけも分からず涙がこぼれる。これからどう接せればいいかも分からない。こんなに辛いものなら自覚しなければ良かった。今の関係を壊さないためにはどうすればいい。色んな不安が一気に押し寄せ顔が歪んでいく。何分経っても涙は止まらず、拭っても拭っても溢れてくる。そのような状態を打ち破ってたのはメールの通知音だった。鞄を漁り携帯を取り出す。成歩堂からのようだ。何が書いてあるかを恐る恐る確認する。
「体調悪いなら先に連絡寄越してくれれば良かったのに。突然帰られると困るよ。
あと、カップとかポッドのティーセットとジャケット忘れてってるよ。ジャケットは今度裁判所で会う時に渡すから少しの間待っててくれ。ティーセットの方は割りそうだからまたうちでお茶会したときに持って帰るのはどうだ?
また時間が合う時にお茶会をしよう。お大事に。」
小言とともに送ってくるとは彼らしいな。フッと口角が上がった。しかし、ある事実を思い出させられる。私はあまりにも急いでいたため色んなものを置いてきてしまったようだ。ジャケットはイトノコギリ刑事に頼めば大丈夫だろう。でも、ティーセットはなるべく自分の手で持ち帰りたい。信用がないわけではないが割られるのはとても困る。自分の手で持ち帰るということは事務所に行って成歩堂と顔を合わせる必要があるということだ。今の私にとり繕える自信がない。彼には悪いがしばらくの間は会うことを避けなければ。自分を隠せるようになるまでの期間だけと拳を強く握った。
日曜日の夕方頃、事務所へと向かうが足取りが重い。大丈夫、あれからだいぶ経った…自覚する前の私でいられるはずだ。何度も唱えながら歩みを進めるがのっそりとした動きになる。このような歩き方になってしまった影響で約束よりも10分遅れて到着した。早めに出発したはずなんだがな。チャイムを押し待っていると勢いよく扉が開く。目の前には目をキラキラに輝かせた真宵くんがいた
「待ってましたー!!ささ、中に入って入って」
強引に腕を掴まれ引っ張られる。所長室に入るとそこには灰色がかった水色に薄くマダラに線が入り、裾の方には弁護士バッジを模した模様が複数個ある浴衣、腰には灰色の帯をしている成歩堂の姿があった。私の姿を見つけると腕を広げ、にへらと笑って「どう?」って聞いてくる。
心臓が跳ね上がっているがどうにか平静を保ちながら言葉を放つ。
「馬子にも衣装だな」
両手を上げ首を横に振る。目を奪われるほどカッコよく感じたが素直に言えない…。
「相変わらずにお元気そうで何よりだよ」
相手はやれやれという感じで以前と同じように接してくれている。
「サプライズ大成功だね!なるほどくん」
嬉しそうに笑いながらハイタッチをしている2人。思わず顔が緩む。そう思っていられたのも束の間、こちらに向き直り怪しい笑顔を浮かべる真宵くん。いったい何を企んでいるのだ。パンっと両手を合わせ…
「さてさて、まだまだまよいちゃんからのプレゼントは終わってないよ!」
そう言い放つと成歩堂を部屋から追い出し、私に向かってニコニコと近づいてくる。
「…なッ……何をする!」
ギュッと目を瞑る。次の瞬間には来ていた服を剥ぎ取られ、いつの間にか紅色の浴衣に黒の帯を結んだ姿になっていた。な、何が起きたのだ。あまりにも早すぎるスピードで頭の理解が追いつかない。
「御剣!!無事か!悲鳴が聞こえた…が……え」
勢いよく扉が開けられ追い出されたはずの彼が入ってくる。私の姿を捉えた目は驚きに満ちていた。そんなに似合ってないのだろうか。私はそう解釈した。しかし、彼はそう思っていなかったことをこの後知る。
「お前…和服も似合うんだな」
顔を手で隠して、コメントを残す。でも、耳までは隠しきれておらず真っ赤に染まっているのが見える。もしかして、これは期待していいのだろうか。私はこの気持ちを押し殺さなくていいのだろうか…。そんな希望が見えたように感じた。
「はぁ…ほらほら、早く行かないと終わっちゃうよ!戸締りはあたしがやっとくから楽しんできなよ」
「ちょ、真宵ちゃん押さないで!」
「ぬぉおおお…!」
固まっていた私たちを半ば無理やり押し出しドアが閉められる。
「あ、お土産よろしくね〜!」
ドア越しにみやげの頼みを聞き、成歩堂と顔を見合わせる。思わず、吹き出し笑いあっていた。
「……はぁ、笑った笑った。さすが真宵ちゃんだよ」
「ああ、彼女にはいつも驚かされるな」
「だよな。」
真宵くんの行動のおかげで心の重みが和らいだ気がした。
「よし、御剣。行こうか」
「そうだな。ここまでしてもらっていて行かないのは彼女に失礼になる」
日が沈みかけた頃2人で事務所を出発した。
ガヤガヤといろんな年齢層の人がいる。年に1回あるこの辺りで大きい夏祭り、それはものすごい量の人が集まっていた。
「混んでるな」
「ああ」
はぐれないように近くを歩く。幸い浴衣を着ている人は少なく、もしはぐれたとしても見つけやすい環境ではあった。
「どの屋台から見に行こうか」
「……あまりこういうものの知識がないのだ」
夏祭り…存在は知っていたが青春時代を勉強に費やしていた私にはあまり馴染みのないものだった。
一瞬、目を丸くしてからニコッと笑いかけられる。
「じゃあ、今日はぼくが案内してやるよ」
「そうしてくれると助かる」
そういうと腕を掴みズカズカと人混みをかき分けて行く。たどり着いたところはかき氷の屋台だった。
「これは?かき氷…」
「そう、かき氷。今暑いから冷そうと思って」
なるほど…この人混みを移動したのだ暑くなるのも頷ける。
「何味にしようか。ブルーハワイやいちご、メロン…色んな味があるよ」
「そうだな…私はこのブルーハワイというものにしよう」
「じゃあ、ぼくはいちごにしようかな」
二人で屋台に近づき購入する。ここでは落ち着いて食べることができないため近くの木陰に移動をする。たくさんのビルが立ち並ぶこの地区だが公園には木が茂っており、多くの人たちの安息の地となっている。カップを見るとちょっとずつ溶けてきており、シャーベット状になっていた。刺さっているストローの形をしたスプーンで一口食べる。食べると冷たさとともにサイダーのような風味が広がる。これが夏祭りで食べる特別感を噛みしめ二口目、三口目と次々に口に運ぶ。火照った体も氷の熱によって冷えて気持ちがいい。
「どう?おいしい?」
横から観察しながらにやにやと笑っている。
「…何を笑っている」
「だっていつも眉間にヒビが深く掘られているのに今は穏やかな表情をしてるもんだから珍しくって」
「な…私だって嬉しいときは笑うぞ」
にやけ顔を辞めずにそっかと軽く返事をされる。
お互いが食べ終わり、近くのごみ箱に捨てる。さて、次はどこに行くのだろうか。
「よし、次はゲーム系に行こう」
そういわれ引っ張られるままに次の屋台へと向かった。
ついた先は金魚すくい。普段よく見る赤い種類から黒色や白と赤がまだらに入っているもの、尾ひれが他よりもひらついているものなどさまざまな金魚が浅く広い水槽の中を泳いでいる。
隣を見ると二人分のポイとお椀を受け取っている最中の成歩堂がいる。そのままの流れでポイ三つとお椀を渡される。しかし、彼の手にはポイが一つしかなった。
「どういうことだ」
「御剣、勝負しよう。ルールはシンプルに多くとったほうが勝ち。フェアにするためにぼくはひとつでいいよ」
「う、うム」
「じゃあ、勝ったほうが秘密を一つ打ち明けるってことで!」
「え」
そういうと早速一匹器用にお椀へと運び込んでいる。私もやらなければとしゃがみ込みポイを構える。水にそっといれて金魚の下に滑り込ませる。そのまま上にあげ、入れようとするが破けてしまった。二本目も同様に上げるときに重みに耐えきれず落ちてしまう。最後の一本…。ここは冷静に周りを観察をしてから挑もう。周りを見渡し、上手な人を探す。すると斜め前のお客に目が留まる。その人のお椀には色とりどりで大きさもバラバラな金魚たちが入っていた。斜め前のお客のやり方を観察させてもらうおう。その者はポイを斜めから入水させ、頭のほうから狙っている。そして、斜めに持ち上げ尾びれ以外を乗せている。マネできるかわからんがやってみる価値はある。まず、ポイを斜めにして金魚の下に持っていく。そのまま、ゆっくり頭側を乗せて…。
「ほッ…!」
何とか一匹捕まえることができた。うれしさのあまり成歩堂に見せるが彼のお椀にはざっと10を超える量が入っているのを見え、衝撃でポイを水に落とし、成歩堂の勝利で幕を閉じた。
「キサマ、最初から勝たせる気なかっただろう」
花火が見やすい場所へと移動の最中文句をこぼす。この後、私は秘密を打ち明けることになるのかと足がすくむ。
「いや、そんなことは…」
「あるだろう!」
小学校からの友人なのだ。私が不器用なことくらい知っていただろう。
腕を組んでそっぽ向いていると溜息が聞こえた。
「話ちゃんと聞いてたか?」
「もちろん聞いていた。負けたほうが秘密を明かすのだろう」
「やっぱり、聞いてないね。ぼくは‘‘勝った‘‘ほうって言ったんだよ」
はい…?普通あの状況では負けたほうが罰ゲームを受けるのがセオリーではないのだろうか。
隣を歩いていた彼は突然前に出て私の肩をつかむ。
そして、その口は私が欲しかった言葉を…
「お前のことが好きなんだ」
発していた。
耳まで真っ赤にしてつかまれている手の力が強まる。
「返事はないの」
不意を突かれ真っ白になっていることもお構いなしに深層まで探るように見つめる瞳。
諦めたように下手な笑顔を作り、手が離される。
「花火始まるよ。いこっか…」
そういって、前を向き歩き始めてしまった。
声は震えていて、戸惑いに満ちた顔…この状態に私は覚えがある。そう、あの日逃げ出した私だ。
頭で考えるよりも体が動き出していた。
「待った」
その声とともに相手の袖を掴んでいた。
「どうしたの。」
「私も…好きだ。キミのこと」
絞りだした声は小さく、彼には聞こえないほどか細いものだった。
でも、そんな声でも彼の耳は捉え、景色がグイっと動く。抱きしめられている そう認識するまでに時間がかかった。
「……ありがとう」
その一言をつぶやかれ後ろに回された腕がきつくなる。私もそれに合わせて返す。言葉もない、周りのがやがやも聞こえない。二人だけの時間が流れていた。
ひゅ~……ドン
私たちを現実に戻したのは花火の音だった。どのくらい経ったのだろう。時計を確認すると現実ではそこまでの時間は経っていなかった。夢のような現実の時間。重かった心が軽くなった気がした。
「いこう」
照れくさそうに手を差し出される。迷いながら己の手を重ねる。
「ああ。」
二人で手をつなぎ歩く。その間も空には美しき光が輝いており、恋の成就も叶ったこともあり夢心地だった。でも今はあれこれ考えるよりこの夜空を埋める花をこの男ともに記憶に刻もうと思う。
「また今度改めて出かけようか。今日は解散ってことで」
「ああ」
事務所へと戻ってきた2人。着替えを済ませ、ビルの前で解散した。ぼくも帰路につき歩き始める。
やっと手に入った…
思わず口角が上がる。
これからどうしてやろう。はは…。
あのお茶会の日。ぼくは御剣の表情を見て確信した。耳だけでなく首まで真っ赤している様子、初めは熱があるのだと思った。しかし、触れた瞬間に強ばる筋肉や浅くなる呼吸…そして、その後焦った様子で逃げ出したこと。しかも、大事なものを持たずに。改めて考えると意識をされていたということが分かる。
ずっと追いかけていた人物がやっとこっちを見てくれた。でも、御剣は素直じゃないことを知っている。こちらから働きかけないと墓場まで持っていこうとすることは明白だった。そこで今回の花火大会を利用した。何か罰ゲームを設け伝えることができるし、祭りという陽気な雰囲気があるため言いやすくなるだろうと踏んだのだ。真宵ちゃんに2人で行きたいことを伝え、了承を得た。まさか、浴衣を準備してくれたことは想定外だったけど。きっとあの場にいたから察してくれたのだろう。ぼくとアイツの気持ちに。今度何かプレゼントしとこう。
その日、上機嫌で歩くトゲトゲの弁護士が目撃されたという。