夢は所詮夢であり夢を見ていました。
といっても、あまり珍しいことではありません。
わたしは元よりよく夢を見るのです。
わたしの生まれ故郷では、夢は予言である、と固く信じられていました。しょっちゅう夢を見るわたしを、いっぱしの占い師のように扱う人もいたくらいです。
もちろんただの夢ですから、「予言」が当たる確率は半々程度でけして高くはなかったのですが、それでも何かしらを当てると、大人にたくさん褒められて嬉しくなったものでした。
むろん町に出てからは、いろんな書籍を見たり話したりするうちに、それがうちの村での風説に過ぎず、事実ではないということも知りました。
けれど長年その話を聞かされて育ってきたからでしょうか、相変わらず夢というものを、未来を覗き見るもののように思えてしまうわたしもいるのでした。
今日見たのはこんな夢でした。
暖かい光がゆらゆら揺れるどこかの酒場で、わたしは仲間たちとテーブルを囲んでいます。
木で出来た丸テーブルの上には、魚料理、肉料理、それから何か東方の料理。わたしたちはおしゃべりを楽しみながら、めいめい好きなものを好きな量、大皿から取って食べています。
舌鼓を打ちながら話しているのはどうやら、その日こなした仕事のことのようでした。
仲間の言葉は泡のようにぼやけて、何を言っているか聞き取れません。
しかしそれは夢を見ているわたしにとってそうであるだけで、夢の中のわたしはいたってふつうに言葉を聞いて、頷き、笑い、言葉を返しています。
やはりわたしであるからでしょうか、わたしの言葉だけは、夢を見ているわたしも聞き取ることができるようでした。
「まさか!みなさんのおかげです。
わたし一人じゃ、きっと迷子になっていました」
「……ちょっと!すこしは否定してくださいよっ」
「ああ、もう、それ以上言うならお肉料理ぜんぶ食べちゃいますからね――」
笑い声に包まれると、怒っているようなふりをしていたわたしも、つられるようにして破顔します。
ほんとうに夢なのだろうかと思うほど、いつも通りの光景。
ああ、いつまでも覚めなければいいのに。
そう思いながらその景色を眺めていたのですが、何かの話題の流れで、仲間から乱暴にわしゃわしゃと頭を撫でられて笑ったとき、とうとう目が覚めてしまいました。
「……ああ」
起きてしまった。
いっそ気を失ったままだったほうが幸せだったかもしれないのに、神様というひとは相変わらず無慈悲なお方です。
もはや夢と現実とがあべこべならいいのに、なんてふざけたことを考えます。
だけど全身に走るびりびりとした痛みが、こちら側が現実なのだと突き付けてきます。
「だい……じょうぶ。だいじょう……ぶ……」
息を吸おうとした拍子に、かはっ、と口から何かが漏れ出ました。
赤かったような気がします。でも、視界全体が赤いせいで、よくわかりません。
杖を文字通り杖にして、縋りつくようにしながらどうにか身を起こします。
「ゆめ、は……予言。……だから……あれは、わたしの……未来」
自分自身に呼び掛けます。そう思わなくては未来を信じられない気がして。
光の戦士にだけ見える“死の予兆”の光が、気付けばわたしを包み込んでいました。
ふっと、口元に笑みが浮かびます。
絶望とも希望ともとれない、何とも知れない強い感情がわたしの心を満たしました。
とうとう魔物が腕を振りかぶったのを見て、わたしも杖を掲げます。
勝てる見込みはあまりない、けれどもわたしは生きて帰らなければならない。
だって結局夢の中では、あの贅沢な料理の数々の味がわからなかったのですから。
……仲間がなんと言ってわたしを撫でてくれたのか、その言葉もわからなかったのですから。
そういえば――夢の予言が当たったのと外れたの、結局どっちが多かったんだっけ。
「忘れちゃったな」
わたしは白魔法を放ちました。
(了)