アイスクリームとレプラファのお話。 ラファエルは絶望していた。
事の始まりは、ラファエルの些細な一言だった。
バルダーズゲートに新しい食べ物屋が出来た、アイスクリームというものだが案外と良いものだった。
甘い夜を過ごした後のピロートーク。
今日のハーレプの奉仕はアイスクリームよりも甘くてとても良かった。ウトウトと微睡ながら、ラファエルはうっかりと。そう、ついうっかりと口走ってしまったのだ。
「アイスクリーム? 何それ? ラファエルは食べたの? 一人で? お土産は?」
しまった。
そう思った時には既に遅し。
ハーレプはラファエルの言葉を聞き逃さなかった。ムクリと起き上がると、官能の熱に浮かされたまま眠りにつこうとしていたラファエルの肩を力いっぱいに揺さぶる。
「ねえ! アイスクリーム! 美味しかったのかい? 私も! 私も食べる!!」
ガクンガクンと揺さぶられる度に太股の内側を生温い液体が伝っていき、ラファエルは息を飲んだ。唯でさえ敏感になっているのだ。ナカに出されたハーレプの体液が伝う皮膚が燃えるように熱い。はしたなく体液を零す孔が、快感を思い出したかのようにヒクヒクと震え出す。揺さぶられる、それは先程までの行為と同じで。
「ハ、ハーレプ! 分かった、分かったから・・・・・・っ」
「約束だよ、アイスクリーム。アイスクリーム」
止めとばかりに耳元で囁かれ、ラファエルは下腹を震わせて答えたのだった。
それが。
「もう一回買って! もう一回買って!!」
ギャオオオン!!
レッドドラゴンの咆哮もここまでは響かないであろう、そんな声が広場に響き渡る。
ラファエルは目の前の光景に、目を閉じて帰りたくなった。
「ラファエル! ラファエル! アイスクリーム買って!!」
「止めろ! 大声で名前を呼ぶな!」
バルダーズゲートの広場、大勢の人が行き交う中で、ハーレプは暴れていた。
そもそも、ラファエルはハーレプを寛ぎの間から連れ出すつもりは無かった。アイスクリームが食べたいというのなら、土産に買って帰ろう。それくらいの気持ちだったのだ。
が、ハーレプはどこで聞き付けてきたのか、コーンに乗ったアイスクリームが食べたい。広場で、外で食べたい。そう言い始めたのだ。
このインキュバスが一度駄々を捏ね始めると、長く、しつこい。
ラファエルは深い深い溜め息の後、渋々ハーレプを連れて物質界、バルダーズゲートのアイスクリーム屋を訪れることにした。
そこまでは良かった。
アイスクリーム屋でのハーレプは、色とろどりのアイスクリームを前にそれはそれは嬉しそうに、楽しそうで、ラファエルはついつい3段アイスを買う事を許可してしまった。コーンの上に積み重なる、丸くて鮮やかで冷たい菓子に、ハーレプは目を輝かせた。
まるくて、冷たくて、甘い菓子。
ウキウキと広場に出て、ハーレプは「あーん」と二つに分かれた長い舌でアイスクリームを舐め上げた。
そして、悲劇は起こった。
3段積まれたアイスクリームはただでさえ不安定で、おまけにハーレプが勢いよく舐め上げたものだから、アイスクリームは無情にも、全て、地面へと落下した。
べしゃり。
無残にもアイスクリームは地面の上。
ハーレプの手には、空っぽのコーンだけが残った。
・・・・・・のが、つい先ほどの出来事だった。
「もう一回! もう一回買って!!」
落としたのか、仕方が無いな。一口くらいは食べただろう、じゃあ帰るぞ。
そう言ったのが悪かったのか。
ラファエルの言葉を聞くなりハーレプは地面に寝そべり、翼を広げ、長い手足を振り回し、尻尾をビタンビタンと打ち付けて駄々を捏ね始めた。
デカいのだ。ラファエルよりも更に一回り、ハーレプはデカいのだ。
その大きな身体で地面を叩き、転がり、アイスクリームを買ってくれと大声で泣き喚くハーレプに、ラファエルは絶望した。
自分と同じ顔をした悪魔が、物質界でアイスクリーム買って欲しさに駄々を捏ねている。
それも、大駄々だ。
道行く子供たちですら、驚き呆れた顔をする程の、大駄々だ。
「やめなさい。きちんと立つのだ。帰るぞ」
小声で宥めるが、ハーレプは聞く耳を持たない。
それどころか。
「買ってくれないと、ラファエルの秘密をこの場で叫んでやる! ラファエルはベッドで・・・・・・!」
「やめろ! ・・・・・・分かった、分かった! これで、もう一度買ってきなさい」
閨での事を叫ばれそうになり、慌ててラファエルはハーレプの手に財布を握らせた。
このインキュバスなら、やりかねない。
まあ、いざとなったら辺り一面を消し飛ばしてしまえば良いと思いつつ、定命の者は悪魔になりうる魂を持つのだ。やたらに殺してしまう事もできない。
「ありがとう、ラファエル」
財布を渡されたハーレプは、先程までの駄々はどうしたのだと思う程、ニッコリと笑うとアイスクリーム屋に向かって駆けて行った。
「・・・・・・」
周囲の視線が痛い。
ヒソヒソと、あれはシャレスに滞在中のラファエルでは? という声が聞こえてきて耳が痛い。ラファエルはあくまで平静を装いつつ、早くこの場を立ち去らねばと強く念じていた。
「ラファエル、はい、アイスクリーム」
にゅ、と目の前に3段のアイスクリームが現れて、ラファエルは顔を上げた。
「さっき、ラファエルは買っていなかったでしょう。これは、ラファエルの分」
5段アイスを手にしたハーレプが、3段アイスをラファエルに差し出した。
さっき3段アイスを落として食べ損ねたくせに、5段アイスを買ってきたな。
ちゃっかりとしたハーレプに呆れつつも、ラファエルはアイスクリームを受け取った。ハーレプは今度は慎重にアイスクリームに舌を伸ばしている。
「・・・・・・美味しい! 甘い! 冷たい!」
5個のアイスを順番に舐めながらニコニコと頬を緩ませるハーレプに、ラファエルは「まあ、いいか」という気持ちになった。自分専用のインキュバスを、こうして甘やかしてやるのも悪くはない。駄々を捏ねられたのも、ハーレプの甘えだと思えば可愛いものだ。それにこうして、自分の分まできちんと買ってくるのだから殊勝なところもあるではないか。
ラファエルは、満更でもない、そんな顔で手にしたアイスクリームに口を付けた。
「・・・・・・ん?」
甘くて、冷たい。それは、間違いない。
だが。
「・・・・・・ハーレプ、何故、全部同じ味なんだ」
3段に積まれたアイスクリーム。
ほんのり赤みを帯び、どことなく香ばしく、落ち着く香りのするアイスクリーム。
これは。
「豆のアイス」
アイスクリームを舐めながら、ハーレプがしれっと答えた。
「豆を煮て漉したものを混ぜたアイスに、煮た豆も入っているんだって。美味しい?」
ニコニコと笑うハーレプだが、その笑顔には悪戯な顔が隠れている。
カラフルな5段アイス舐めるハーレプの隣で、3段になった豆のアイスクリームをもそもそと舐めながら、
「もう二度とこいつは連れてこない」
ラファエルは強く誓ったのだった。
(おわり)