病院からの帰り道。夕陽に照らされて慣れない松葉杖をつきながら、スケートを始めた頃のことを思い出す。
初めて1人でフィールド上に立てた時、上手く滑走できた時。成長する度に母は自分の事のように喜び、父は「よくやったな」とその大きく優しい手で頭を撫でてくれた。それがケイゴには恥ずかしくもあり嬉しくもあった。
父がこの世から去った後も変わらずにスケートの練習に励んだ。たとえ傍にいなくともスケートを通じて父と一緒にいられる気がしていた。そして、スケートを続けることが最大級の親孝行になると信じていたのだ。
練習の成果もあってか、ケイゴは着実にスケートの技術を身につけていった。氷の上で美しく舞う彼の演技は多くの人を惹き付け、気がついた頃には将来を期待されるような選手になっていた。
「オリンピック目指せるのよ」と語るコーチの指導は今までよりも厳しさを増し、まだ幼い少年には抱えきれないほどの大人たちからの期待が重くのしかかった。コーチから目をかけられてることで、同じ教室に通う同年代の生徒から嫉妬の視線を向けられることもしばしばあった。
大好きだったスケートは、ケイゴを縛り苦しめるものになっていた。
両手に携えられた松葉杖がコツコツと音をたてる。
ケイゴは怪我をした脚に目をやる。
長年アスリートとして鍛えてきた脚は、ぐるぐると包帯を巻かれ美しく舞うどころか滑走することもままならない状態だ。
スケーターとして致命的な怪我に加え、以前から懸念していた別の問題のこともある。これがいい機会だったのだろう。
さて、これからどうしようか。クラスの陽キャたちが好きだと騒いでいた歌手の曲を聴いてみようか、それとも、以前から興味のあったプログラミングに手を出してみようか。やりたいと思っていたことがぼんやりと頭に浮かんでは消えていく。
医者は完治すれば事故以前とスケートが出来るようになるだろう、と言っていた。それでも、
「もう、跳ぶことは無いだろうな」
空気に溶けたその言葉を聞いたもう一人の誰かが何を思ったのか、ケイゴは知る由もない。