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    にぃなん

    @Guardians801

    二次小説とか絵とか、オリジナルの絵とかかいてます。

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    にぃなん

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    カビ臭くて暗い部屋に閉じ込められたCEOの話。

    #オルグエ

    拘束されたC E O カビ臭い。目を覚ます前に、意識の中に入ってきたのは顔を顰める類の不快な臭いだった。
    (朝……?いや、まだ暗いな)
     目を開けてもまだ薄暗い室内に、まだ夜だと判断する。目覚めと同時に、特に意識をしなくても身体はいつもの通りに動こうとする。こんな時、グエルはいつも思う。まるでプログラムされているA Iのようだと。
     たぶん真夜中であるはずの時間を確認するために、ベッドサイドにある端末へ手を伸ばそうとした。だが、グエルの動きはガチッという音と共に阻まれる。
    「あ……?」
     まだ半分寝ぼけたまま、グエルはもう一度右手を動かそうとした。だが、やはりガチリと硬い音が鳴って動きは制限されてしまう。そうなってやっとグエルは両手が思うように動かないことに気づいた。
    「え……?」
     両手の状態を確かめるために振り返ろうとして、またしても制限がかかる。なんと脚も動かない。だが、その原因は身体を見下ろすことですぐに判明した。暗がりの中、己の両脚はロープで縛り付けられていた。どこに?腰掛けている椅子の脚にだ。
     予想もしていなかったものを見て、完全に目が覚める。グエルは肩越しに背中を振り返った。そこには手錠で椅子に繋がれた自分の両手があった。
    「……どう、して」
     思わず動揺が声に出る。それでもどうにか冷静さを保つように自分に言い聞かせ、グエルはこの状況を理解しようとつとめた。
     まずは昨夜のことを思い出すべきだ。最後のリモート会議が終わったのは22時頃だった。翌日のスケジュールを確認したところ、早朝から外せない会議の予定が入っていた。そのため、家に帰るのが面倒だったグエルは、執務室の隣にある仮眠室で眠ることにした。
    (仮眠室のベッドで横になって……)
     それが最後の記憶だ。そこからは覚えていない。おそらくベッドへ入って数秒で眠ったのだろう。だが、目を覚ましたこの場所は明らかに仮眠室ではなかった。
     いくらかは暗闇に慣れてきたグエルではあったが、部屋の隅々まではとても見通すことはできない。この状態では端末があっても確かめようもないが、夜中であったとしても暗すぎた。
    (地下、か……?)
     それならばこのカビ臭さにも暗闇にも一応説明がつく。フロントでは、主に物流のためにあると言える地下はA Iの独占場だ。彼らは人間のように光を必要としない。自分がいる場所が地下だと予想をつけてグエルは、次になぜこうなっているのかを考える。
     今、自分は見知らぬ地下室で、硬い椅子に縛り付けられている。自ら進んで縛られた覚えはないので、誰かに拘束されたはずだ。誰が、何らかの目的のために。
    (俺個人に対する恨みか、もしくはジェターク社への……?)
     それによって危険度はかなり変わってくるだろう。そして、そのどちらも身に覚えがないとは言えない。
     グエルはもう一度部屋を見回した。息を殺しているという可能性もなくはないが、暗闇の中に人の気配はない。誰がこの状況を作り出したにしろ、室内には今のところグエルしかいなかった。
    (とにかく、脱出するべきだな)
     状況は変わらないが、現状を把握したことでいくらか冷静になったグエルは、まず手錠を外せないか手首を回してみる。数分間、手を握ったり広げたりして工夫してみたが、それくらいで嵌められた手錠から逃れることはできなかった。手がだめなら脚だと果敢にも挑戦したが、こちらもロープでぐるぐる巻にされていてわずかに緩みもしない。グエルは完全に椅子と同化させられていた。血流が止まるギリギリの力加減の締め付けは、プロの仕業を思わせた。
     この拘束を解くことは難しい。ならば、このままどうにか逃げ出すしかない。グエルは背をしならせ、勢いをつけて戻す。椅子の脚が床を擦って嫌な音を立てた。少しずつではあるが、これで部屋の出口まで行けばなんとかなるかもしれない。
    (出口は……)
     部屋の中を見回しても、扉がどこにあるのか暗すぎて見えない。ならば壁に沿って確かめるしかない。とにかく壁際まで行こうと決意したグエルは再び背を死ならせるが、椅子が床を擦る直前、明かりが室内へ差し込んだ。
     暗闇に慣れていた目が突然の光に眩むが、それでそこが部屋の出入り口であることに気づく。そして、その扉を外側から開けただれかがいることにも。
     グエルは反射的に息を止め、項垂れた体勢をとった。まだ眠っていると相手に思わせたかったからだ。
     誰かが室内へ入ってくると扉は閉められてしまったが、その誰かは光源を持っているらしく揺れる光が床や壁を照らす。足音を忍ばせているだれかの聞き取ることはできないが、それで相手が近づいてきているのがわかる。
     まずは様子を見るべきだ。グエルは自分に言い聞かせた。相手の出方を見てからこちらの出方も決める。こんな形で拉致した以上、相手には必ず目的があるはずだ。殺したいだけならこんな手の込んだことをする必要はない。
     近づいてくる気配を緊張して待つ。顔を俯けたままなので、まず視界に映ったのは使い込まれたブーツだった。顔はそのままで目線だけを上げると、左手に嵌められたグローブが見えた。どこかで見覚えのあるデザインのそれに導かれるようにグエルは顔を上げ、そこに立っていた男の姿を目にすると、ポカンと口を開けた。
    「……オルコット」
     オルコット。彼はフォルドの夜明けのメンバーで、3年前にプラント・クエタのテロに巻き込まれたグエルを人質として地球へ連れて行き、その後軌道エレベーターまで道案内してまで宇宙へ帰してくれた人物だった。
     彼に会うのは3年ぶりだ。死んだとは聞いていなかったので、生きていることは信じていたが、まさかこんなところで会えるとは思っていなかった。3年前はろくに礼もできなかった。誰に間違っていると言われようと、グエルにとってオルコットは恩人だった。
    「どうしてあんたが……。で、でも助かった」
     地獄に仏とはこのことだろう。ひとりでも立ち向かうつもりでいた状況に心強い仲間ができてグエルはホッと胸を撫で下ろす。軌道エレベーターへ向かう道中で、オルコットの強さは見てきた。彼とふたりならば不可能はないとさえ思えた。
    「悪いが、これを外してくれないか。自分でもやってみたが、うまくいかないんだ」
     助けに来てくれたのなら、早く拘束を解いてほしい。その思いで見つめるグエルを、オルコットは無言で見下ろす。どうしてなのか、さっきから彼は一言も話さない。
    「……オルコット?」
     オルコットはもとから感情を表には出さない男ではあったが、その突き放すような視線の冷たさにグエルの胸には不安が宿る。オルコットは、グエルが黙るのを待っていたように口を開いた。
    「相変わらずの甘ったれだな。グエル・ジェターク」
    「………」
    「なぜ俺が助けに来たと思ったんだ」
     テロリストの俺がと、オルコットは続けた。
    「そ、れは……」
     オルコットは彼の言う通りテロリストだが、グエルにとっては違っていた。軌道エレベーターまでの旅でオルコットという男がどんな人間なのか、グエルなりに理解したつもりでいた。だが、その理解は間違っているとでも言うように、目の前の男は、まるで敵を見る目を自分へ向けている。
    「じゃあ……」
     あんたはなんでここにいるんだ。ここへ来たんだ。その疑問は言葉にならない。言葉にすることを躊躇ったのは、認めたくなかったからだ。
     室内に入ってきたオルコットはまっすぐグエルのもとへやってきた。その足取りに迷いはなかった。彼はグエルがここにいることを知っていた。助けに来たのでなければ、答えはひとつだ。カビ臭く暗闇に満ちたここが、偶然通りかかるような場所でないことはわかりきったことだった。
    「ジェターク社CEO。さて、身代金はいくらにするかな」
    「……カネが、必要なのか?」
     グエルは、この状況を作り出したのがオルコットだとまだ信じられない。信じたくないという気持ちのほうが大きい中、とにかく対話をしようと聞き返す。自分を拉致したのがオルコットであるとすれば、その目的を知るべきだ。3年前、プラント・クエタから地球へ連れて行かれた時、オルコットはグエルを対ベネリットの切り札にすると言っていた。あの時の自分にはそんな価値などなかったのに。
    「さすが大企業のCEOは物分かりがいいな」
    「それなら力になれると思う」
     この3年で、提携企業や弟、友人たちの協力と、グエル自身の努力の甲斐もありジェターク社は立ち直った。オルコットがいくら欲しいのかはわからないが、それならこんな方法を取らなくても相談してくれたらよかったのにとも思う。テロリストに金銭的援助をしたことが世間にバレれば会社として大ダメージを受けることは間違いないが、オルコットが困っているのなら、それがカネで解決できることなのなら、いくらだって手助けしたい。それくらいでは返せないほどの恩を、グエルはオルコットに対して感じていた。
    「いくらいるんだ?あぁ、ええと……、ひとまず拘束を解いてくれないか。さすがに手が痛い」
     何度か脱出しようと試みた時に手錠で擦れた手首がズキズキと痛む。グエルの2度目の懇願に、オルコットは口の端に浮かべた失笑で応えた。
    「なるほど。カネ持ちは違うな。なんでもカネで解決できると思っている」
    「そっ、そうじゃない!」
     グエルは慌てて否定する。身代金と言うから、金銭で片がつくならと思っただけで、そこに嫌味など微塵もなかった。だが、本人が気づかないうちに相手を不快にさせてしまうことはある。その最たるものが、持つ者から持たざる者への悪意なき施しだ。持っている者はそれを施しと思っていなくても、持っていない者からすればそれに他ならない。持っている者には目を凝らさなければ見えないものがある。凝らしても見えない時もある。そのことをグエルが知ったのは、オルコットと一緒に、荒れ果てた地球の大地を歩いていた時だった。
    「地球ではその身ひとつしか持っていなかったガキが、宇宙に戻れば大富豪か。あの時、親切にしておいて正解だったな」
     あの旅でオルコットがグエルにくれたものは数え切れないが、一度だって見返りを求められたことはなかった。オルコットの顔は見たことがない形に歪んでいる。そんなことを言う人ではないと思っても、月日は人間を変える。3年は長いようで短く、短いようで長かった。ましてや、数日を共に過ごしただけの人間の本質を底の底まで理解していたのかと問われれば、簡単には頷けない。オルコットはこんな人ではないと思うのは、3年の間に都合よく捻じ曲げてしまったグエルの願望でしかないと言われたらそれまでだった。
    「気分を損ねたなら……謝る。すまなかった。必要なものを言ってくれたらすぐに、」
    「では、お言葉に甘えておまえの命をもらおうか」
     オルコットはグエルを遮ってそう言った。
     グエルはポカンと口を開けたまま、相変わらず表情ひとつ変えないオルコットを見上げる。きっと本音じゃない。これは彼の冗談だ。そう思いたいし、実際に思っているが、彼は冗談なんて口にする男ではない。
     オルコットが死んで欲しいと言っている。それを望んでいる。向けられた悪意とも敵意とも言えない感情は、ヒリヒリとグエルの肌を焼く。傷ついた手首が痛い。ずっと縛られたままの脚も、血が巡っていないのか重くて怠い。ズタズタに引き裂かれて血でも流れたように、酷く胸も痛んだ。
     軌道エレベーターまでの道中、オルコットはグエルにいろいろなことを教えた。教えているつもりはなかったのかもしれない。グエルがあまりに世間知らずであるから、構わずにはいられなかったのかもしれない。グエルは地球へ来たことがないわけではなかったが、過去に訪れたのは整備された街だった。そこはフロントとそう変わらない快適な場所だった。
     地球の過酷な自然環境に慣れていないグエルは体調を崩し、怪我もした。ある時は食料にするための動物の皮を剥がずに丸焼きにしようとして、ばかなのかと止められたこともあった。それでも、オルコットはグエルの命を守り、導いてくれた。そんな責任などなかったのに、最後まで。
    「だれかに……俺を殺せって、そう言われたのか?」
    「違う。俺がおまえを殺そうと思って、」
    「嘘だ」
     今度、言葉を遮るのはグエルの番だった。
    「俺を殺したいならなんでこんなところに拉致したんだよ……!俺はそんな嘘に騙されるほどガキじゃねえッ、い、一体これはなんの茶番なんだよ!頼むからちゃんと理由を言ってくれ!」
     訴えているうちにだんだんと感情が昂り、椅子がギイギイと耳障りな音を鳴らした。オルコットは小さくため息をついて手にしていたライトを床に置くと、フィッとグエルに背中を向ける。
    「なぁ、おい!」
     まだ話は終わっていない。グエルは呼び止めるが、歩き出したオルコットは止まらない。
    「待ってくれ!オルコットッ!」
    「あぁ、ひとつ言い忘れたが、ラウダ・ニールの身の安全はおまえ次第だと思え」
    「は……?」
     突然聞いたラウダの名に、グエルはポカンと口を開けた。オルコットの言ったことをその頭が理解すると、サッとその顔は青ざめる。
    「な……、なんだよ、それ……」
     なぜラウダの名がここで出てくるのか。狙いが個人だとしても、企業だとしても、グエルはCEOである自分だけがターゲットだと思い込み、他の可能性など考えていなかった。
    「弟が大切なら、脱出しようなどというばかなことは考えないことだ」
    「ラウダになにをしたッ!」
    「まだ、何も」
     振り返りもせずにそう言うと、オルコットは入ってきた扉から外へと出ていった。差し込んだ光の中へオルコットの姿が吸い込まれると重い音を立てて扉が閉まる。それからガチャリという施錠の音もした。
    「クソ野郎ッ!」
     グエルは獣のように吼え、激しく身体を揺らした。手首に血が滲むほど暴れても拘束は解けない。そして、190センチ近い体格の男が全力で暴れ続けた結果、標準サイズの椅子はついに倒れた。
     椅子とともに転倒し、床で強かに身体を打ちつけたグエルは、衝撃で舞い上がった埃にゲホゲホとむせる。生理的な涙がその青い瞳を濡らした。倒れた椅子を起こすこともできない。
    「なんなん、だよ……ッ」
     乏しい光を発するライトに照らされた埃が、キラキラとまるでパウダースノウのように光る。打ちひしがれるような無力さの中、それがやけに滑稽に見えた。
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