見せるもの、見えるもの「……ストーカー、ですか?」
扉の向こうから聞こえたけんの声に、ドアノブを回す手が止まる。なんだか聞いちゃいけない話をしているような気がして、慌ててしゃがみこんだ。
忘れ物に気付いて急いで走ってきたんだろ。早くしなきゃ終電なくなるぞ。なんて心の中のオレはうるさくしているのに、どこかで聞かなきゃって騒いでもいる。なんでかバクバク鳴る心臓を押さえながら耳を澄ませると、もう一人の声が小さく聞こえた。
それは聞き慣れた声が張り詰めて、震えたものだった。
「証拠があるわけじゃないんだけど……少し怖くて……」
──バン、と扉を開いていた。思うより先に体が動いて、ちょっと焦る。話していた二人の目が驚いたようにオレに向けられて、ちょっと気まずい空気が生まれた。
「……悠介?」
「あっ……ゆ、悠介くん、どうかしたんですか?」
でも、今はそんなのどうでもいい。弱々しい声を出していた人──監督の顔を見て、また勝手に体が動いた。
監督のところに勝手に足が進んだ。それで、手を伸ばしそうになって……もどかしく思いながら、やっぱりおろす。
「……監督、ストーカーされてるの?」
オレ、そんなの知らなかった。そう言いたくて、でもダダをこねるみたいで言えなくて、じっと見つめた。監督は困ったように何度か瞬きをすると、眉を下げて笑った。
「聞かせちゃったか。ごめんね」
「……っ、じゃあ、ホントに──」
「ううん。まだ疑惑でしかないというか」
「……ふーん?」
ウッソだあ。そんな気持ちを込めてじーっと見ていると、ちょっとずつ困り顔が見えてきた。ほら、やっぱり!
そうしてじっと迫ってると、横からいきなり大きな声が響いた。
「あーっ!」
「うわっ、なに!?」
***
「……覚えてるかな。最初に呼び捨てでいいって言ってくれたの、悠介なんだよ」
「……うん」
「敬語もいらないって」
「言った。全部覚えてるよ」
「ふふ、ありがとう」
スカウトしてくれた時みたいに話してよって言ったんだ。だってオレは、あの時の監督の言葉でアイドルやりたいって思ったんだから。
「私、しっかりしたいんだけど、なかなかできなくて……正直何人もの、それも別分野で活躍していたような立派な人たちをプロデュースなんて自分で務まるのかって……何度も思ったよ」
「……不安だった?」
「うん。でも今は、自分だからできることがあるはず、と思ってる。最善の働きができてるのかってたまに心配になるけどね」
──知ってるよ。だから守りたいんだ。
喉まで出かかった言葉を唾と一緒に飲み込んで、ぎゅっと手に力を込める。
監督はいつも他の人のことばっかり。努力を向ける先だけじゃなくて、長所探しも全部他人が優先だ。自分だけができることも、必要とされてることも、わかってるようでわかってないことがある。
それは、すごく優しい。周りの人を信じてるってことだから。……でも、監督を優先する人も必要なんじゃないか。
オレがそうしちゃ、ダメ?
「今の監督は、えっとさ……キツくない?」
「うん、悠介のおかげで」
「オレのおかげって、なんで?」
「さっきも少し話したけど、気軽に話してくれたから、だよ」
「……それだけ?」
「あ、わかってない。だけじゃないよ、すごいことなんだから」
「え、あ、ゴメン……!」
ちょっとむくれた監督に慌てて謝ると、くるっと表情が変わる。楽しそうで、嬉しそうで、ちょっと子供っぽい顔に。
「ふふっ……怒ってないよ。こっちこそごめんね。悠介とこうやって話せるの、楽しくて」
よかった、笑ってくれて。ほっと息を吐くと、監督はまた嬉しそうにした。
「でも、だけじゃないっていうのは本心だよ。助けられてるなっていつも思ってる」
「……ホント?」
「うん。」