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    kaerukikuti

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    kaerukikuti

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    めし屋きつね、以前つぶやいたネタの小説版
    城下で居酒屋を営む佐助さん。

    めし屋 きつねアヅチ城を見下ろす山の中腹に構えた茶屋は、親から継いだ年季ものである。店主とおなじくあちこちガタが来ていると昔からのなじみ客には揶揄されるものの、茶屋の親父もそれには同意だ。
    客に出すのは、名物と自称するみたらし団子と茶。
    お客に請われれば握り飯の用意もできなくはないが、つまりはそれだけだ。
    城下町に近頃増えたと聞く、氷菓子や、異国渡りの菓子を出すしゃれた茶屋とはわけが違う。
    ただ、親父はこれで十分と心得ている。
    この山路の茶屋は、城下を目指し山越えしてきた旅人のしばしの休憩場所としてずっと親しまれてきた。少しばかり天気が悪かろうが、店は必ず開ける。山の変わりやすい天気は旅人には酷なもので、雨や雪に降られたお客を熱い茶で何度もてなしたか知れない。
    何もない場所に見えて、晴れた日にはそれはそれは美しく見渡せる信長の殿様のお城とそれを取り巻く人々の営みと、澄んだビワ湖の景色は格別である。
    この床几で一息つき、茶を片手に見下ろす景色は、そんじょそこらの茶屋にはあるまいと自負するところである。
    今は客が途切れた床几の前で、晴れた空の下、親父もその景色を堪能する。良い風が吹いている。
    親父の父がまだ幼少の頃に、戦と重税を逃れここに流れ着き、この茶屋を始めたと聞いている。酷い時代だったと、語る祖父は口が重かったものだ。
    いまだ戦はほうぼうで収まらず、天下泰平はまだ先だろう。
    けれど、このアヅチの城下はいたって平和だ。城主が今の信長様に代わって、ぐっと町は発展したし、勝ち戦続きで、他所の兵がこちらの民を襲うこともない。
    信長の殿様には皆が期待していた。
    こんなに町を豊かにした戦上手の我が殿なら、天下泰平を早晩実現してくれるに違いない……城下を眺め続けてきた親父もその意見に同感だ。
    きっと信長の殿が、何もかも良くしてくださる。
    こんな山の茶屋でもそういう日を待ち望みつつ、今日もまた山を越えてきた旅人のために、親父は団子を焼いて茶を淹れた。
    以前訪れた異国からの旅人も三本ぺろりと平らげたみたらし団子は、自称ではあるが、やはり名物と言っていい。
    そのように今日も自負しながら、山より先に春を迎えつつある城下を見つめる草臥れ気味の旅人に、親父は折敷を運ぶのだ。
    「お客さん、どちらから?」



    山でも下の方からぼちぼち桜が色をつけ始めた頃、親父は山を下りる機会を得た。
    なんてことは無い、いつもの仕入れと寄り合いである。年を取り、重い荷を担いで山道を行ったり来たりするのは無理が出てからは、手間賃を払って仕入先の若い者に頼んでいる。
    本日も、ふた月に一度の支払いと仕入れの確認を済ませ、物の値段は高いが安定しているのを愚痴り安堵し、それから女房から頼まれたいくつかの買い物を済ませてからの寄り合いであった。
    その座敷で、耳にしたのだ、「城下町のはずれに最近開いた小さな飯屋は、たいそう美味い」
    その評判は、知り合いの一膳飯屋の親父以外からも耳にしている。『テンポラ』だが『テンペロ』だか言う、異国渡りの料理を出す店も増えてきた城下で、同業からもそのような高い評価を取るとはなかなかの店なのだろう。
    茶屋の親父ではあるが、団子を一から作ってお客に出している以上、ほんの少しは料理人の端くれである。
    滅多に城下で飯を食う機会もないと、家で待つ古女房への土産話もかね、親父は寄り合い後の酒を断り独り人に溢れた路を歩きだした。

    その店は【めし屋 きつね】といった。

    教えられた通りの道をたどり、着いた店はだいぶん狭く、広さだけなら親父の茶屋と大差ない。周りも飯屋は少なく、商家は店仕舞いを始めていた。
    「じゃまするよ」
    飯屋の親父と呼ぶにはいささか若い男が、随分愛想よく迎え入れてくれた狭い店には誰もおらず、おや、評判は間違いか、担がれたかと思う親父の横を通り、店主が暖簾を出しに行く。
    もう夕刻に差し掛かろうかというこの時刻、今から店を開けるのには魂消たが、もっと魂消たのは、すぐに一人二人と客が入り、狭い店が出された酒に口をつける頃いっぱいになったことだ。
    酒は出されるものの、ほとんどが一人客の店内は、飯が届いても不思議に静かだった。
    最初は女房と二人ででも切り盛りしているかと思ったが、店主が酒まで運び、くるくるとよく働く。小僧の一人も居ないのだから、この狭さでも手一杯だろう。
    次々人が暖簾の向こうから覗き込み「いっぱいかい?出直すぜ」「明日は一番に来るわ」と去る者、諦めきれず外で待つ者と客足が途切れない。先程は、妓であろう女が顔を出して持参の手提げの重箱に何やら詰めて貰って帰っていった。
    こんな小さな店なのに賑やかなことだ。
    ただ、気持ちは分かると、親父は葱味噌を乗せて焼いた厚揚げを口に運び思わず唸る。
    何しろ噂に違わず飯が美味い。値は安いしありふれた品揃えだが、どれも絶品、親父は店主の勧めで葱味噌の厚揚げと高野豆腐の煮物と漬物を酒とともに頼んだが、すべて美味い。酒は薄めてもいない上物だ。この値段で出して儲けが出るのか心配なほどだ。
    それから、やはりいなり寿司。
    店名から名物なのだろうが、屋台でもないこんな飯屋で出すのは珍しいいなり寿司がなんとも格別である。ジュワリと甘い出汁が酢飯と共に口で解ける。隠し味に刻み込まれた白胡麻と浅葱が爽やかで、いくらでも食べられそうだ。
    気づけば親父は、女房のためにいくつか包んで貰えるかと、客をひとりふたり見送った店主に訊いていた。
    「もちろんでござる」
    飯屋の親父らしからぬ返事ながら、なんとなくそれが馴染んで聞こえた。
    もしやこの店主は元はお武家かと思いつつ、刀を振り回すような御仁がこんな愛想は良くなかろうと思い直す。脳裏には、随分前に茶屋で休んでいった、色男だが無愛想な異国のお武家さんが浮かんでいる。
    「兄さん、ひとりで大変だろう?」
    「小さな店ゆえ、なんとかやっているでござるよ」
    「女房は身重で休みかね?手伝いの小僧でも置かないのか?」
    「女房を貰うほどの甲斐性もなく。ああ、けれど、たまに友が手伝いにきてくれるのでごさる」
    この店主の友、どんな男か気になるが、まさか一見客が根掘り葉掘り訊くものではない。
    とにかく不思議な店だ。
    店主の素性が一番の謎だ。
    けれど、店の雰囲気は悪くなく、味も噂通りの絶品で、いずれもっと大きな店を広くしてもおかしくはないと親父は思った。
    その頃には、この不思議な店主も女房を貰えるだろう。顔立ちはなかなかの色男なのだし。
    「ごちそうさん、美味かったよ」
    「また来てくだされ」
    混んでる店で長居は無用と、最後の酒を飲み干して席を立つ。卓に置いた支払いは、やはりこれだけ美味いものを食ったにしては払いが少なすぎる気分になる。
    さらに、忙しいだろうに、入口まで見送ってくれた店主の人懐こい笑顔に、ほだされる奴も多かろう。
    良い料理、良い店主。
    飯屋きつね、噂以上だった。
    親父がいなり寿司の包を受け取り表に出ると、すっかり日が陰っている。夜風が桜の香を含んでいる。それから湿気も。
    雨が降るかもしれない。
    雨の山道は、なれた道でも大変だ。
    信長の殿様のおかげで野盗も減り、夜歩きも危なげなくなったが、山道は獣も出る。女房にも余計な心配をかせてしまうだろう。
    ここは急いで帰ろう、そう急いで歩き出した親父は、ふと桜とは違う匂いを嗅ぎ取った。
    振り向くと、入れ違いに、傍らを過ぎて店に入っていく背中が見えた。
    背中だけでも判る。立派なお武家で、ふんわりと香がかおるのだから、さぞや位の高い御方だろう。
    「いつものを一杯貰おう」
    驚くしかない。
    こんな御方まで常連らしいこの飯屋は、やはりなかなか大したものだ。
    茶屋は身分問わずに、一杯の安らぎを提供する店だが、この店もきっと同じなのだろう…そう思えば不思議な店にも店主にも、急に親近感が増した。
    うちの茶屋も、いずれは信長の殿様にも来ていただきたいものだ。
    それは荒唐無稽な夢想に近いものだが、この先そう長くないだろう年寄りの夢としては悪くない。
    とりあえず、その夢を笑うだろう古女房にも、この店は見せてみたい。美味い団子のためには美味い物を食べなければ。
    贅沢だと女房は渋るかもしれないが、次回は必ずや共に来ようと決めた親父は、春の風を踏んで家路を急いだ。





    あれから何度が町におりる用事の折には、必ずめし屋きつねには足を運んだ。いやいやついてきた女房は、今ではすっかりあのいなり寿司を気に入り、都合がつけば土産はあれである。
    ただ、最近、きつねは店を閉めている日が増えたらしい。
    その話を聞いたのは、信長の殿様がまた戦に出ていかれた頃だ。勝ち戦の報は届いていたが、お戻りは後一日か二日か。
    「二日、三日くらいだが、ちょくちょく店を閉めるんだよ」
    寄り合いで、顔馴染みが、煙管を置いて土産の団子を手に取りながら教えてくれた。
    「なんだ、流行ってるのに店仕舞いかい?」
    「いや、何日かしたら開けるんだよ。まさか戦に行ってるわけもないだろうに」
    「そりゃあ、そうだ」
    あの小柄で気さくな店主が、足軽として槍を担いでる姿は想像できない。
    「まあな。だから、あんまり何日も休んでるのを見ると不思議でな」
    小さな店は、休み休みやれるほどお気楽ではない。毎日のように稼がねば、店代も米を買う金にも事欠くだろうに。
    もしや、具合を悪くしてるのか資金繰りかと心配したものの、またしばらくしたら普通に店は開いて店主は変わらず元気に働いている……そう顔馴染みは続けた。
    相変わらず不思議な店だ。
    「そう言えば最近、店主が忙しいのか、ちょくちょく代わりにえらい別嬪が店に立ってるようだぜ」
    「飯屋のえらい別嬪か」
    笑って流したが、興味を惹かれたのは野次馬根性である。
    以前、友が手伝ってくれると言っていたが、別嬪ならば話が違う。
    もしやあの店主の女房候補かと思うのは自然な流れだ。
    まあ、酒のついでに女も…な店でもない、ただの居酒屋の女に『えらい別嬪』は言い過ぎだろうが、あの店主に似合う可愛らしい娘が飯屋を切り盛りしてるならば覗きたくなるもの。
    女房の風邪が治りかけで、土産に葛湯のための葛粉は買ったが、きつねのいなり寿司ならば食べたがるかも、そのような算段もあった。
    秋が深まる道をのんびりとたどると、幸い、めし屋きつねは本日は開いているようだ。
    暖簾はまだながら、慣れたものである。
    「暖簾前ですまないが、土産にいなり寿司を」
    言いかけて口をつぐんだ。
    板場から丁度顔を出したのは、色の白い、えらい別嬪であった。
    目つきの鋭い男であると、顔馴染みが言わなかっただけで。
    明らかに堅気に見えぬ雰囲気に怖気づき、後退ると、背中に当たるものがある。
    「いなり寿司、いかほど包むべばよいか?」
    後ろに、手伝いの別嬪が立っていて魂消たが、ここで逃げてもすぐ後ろに居るような、そんな気がした。
    秋の夕日が幸いに二人分の影を長くしていて、狐狸のたぐいではないと思いたいが。
    「6つ、頼むよ」
    「承知した」
    普通に歩いて板場に戻った白い男の別嬪が包んでくれたのが、本当に、あのなんとも絶品ないなり寿司なのか、枯れ葉なのか、確認したい欲求を堪えながら、親父は家路を急いだ。
    何者か、次回の来店時にあの飯屋の主に訊いてみようと心に決めて。

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