Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kaerukikuti

    @kaerukikuti

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🍻 🍄 🍜
    POIPOI 30

    kaerukikuti

    ☆quiet follow

    めし屋 きつね
    じゃがいもの話1

    めし屋きつね 馬鈴薯1献上品として様々な品が信長様の元に届くのは今に始まったことではないが、天下が目前となればより山のように積まれるのは必然である。
    金銀に名刀に絹に錦、漆器に螺鈿、山海の珍味。
    名馬に鷹に、美女、各種職人は信長様の好むところだ。特に職人は、美女よりも喜んで、働きが良ければ惜しみなく褒美を与える。場合によっては進物の美女を添わせて一家を与えたりもする。そこまで厚遇されれば、職人とて信長様の元に骨を埋める覚悟もするというものだ。
    案外進物の美女も、贅沢三昧は出来ないが真面目で一筋な夫と暮らすのは悪くないと落ち着く場合が多く、こちらはちょくちょく信長様の奥の方が様子を伺い労るからこそ、とも言える。
    とにかく信長様は、進物をしまい込むより運用するのをよしとする御方であった。
    必要な場合に金を惜しまぬ姿を、田舎の成り金者がと揶揄する都者も居るそうだが、佐助をはじめ周囲の臣は憤っても当人はどこ吹く風…そうなるのは、才蔵にとっては容易い想像だ。
    信長の殿の評価は、対する相手によってあまりにも違う。
    魔王であったり、領民を慰撫する徳篤い殿様であったり、無骨な尾張の田舎者であり、金勘定が得意な俗物であり、風雅を愛する粋人でもある。
    才蔵にとっては、いまだ印象の定まらぬ御仁ではあるのだが、少なくとも吝嗇な男ではないのは確かだなと、改めて思った。
    黄金だけでなく、その他のものに関してもだ。
    「信長様、これは…?」
    すっかりめし屋の主人の姿が板についた佐助が、調理場の、台上に広げられた物を見下ろした。
    家紋こそないが、蘇芳色の上等な風呂敷の中から現れたのは、ゴロゴロとした、何かだ。
    「外つ国からの珍しい作物だそうだ、確か海向こうの、ネオワールドから来たとか」
    軽く土を落としてあるが、顔を近づければ大地の匂いが強くする。
    何だかんだと、負傷してから一線を半分退いた佐助が始めたこの【めし屋 きつね】に出入りする才蔵は、意図した訳では無いが食材の扱いに慣れてきた。そもそもが、忍の里は山間の村で、畑仕事をしたことがない忍など居ない。
    ひとつ取って匂いを嗅ぎ、佐助にも渡す。
    夕方の日差しが窓から差し込む調理場で、白つるばみ色の芋は、つるりと滑らかな皮を光らせている。
    「これは異国の……芋でございますか?」
    「うむ、馬鈴薯とやら呼ばれておる芋だそうな。外つ国ではよく好まれるらしい、花も美しいそうだ」
    「左様で」
    「寒冷地でもよく育つらしい。米が作れぬ場所で育てれば、百姓どもも飢える心配が減るのではないかと儂は思うのだが、どうだ佐助、才蔵」
    「少しでも実りが多ければ、村を捨てたり、子を間引く者も減るでしょう」
    国力、それから戰場の戦力は、兎にも角にも人の数が大事だ。
    拙者も同意見でござるとウンウンと佐助が頷くのも当然で、もちろん信長様ほどそれを理解しているお人も居ないだろうから、この話が前振りなのも忍たちは了解している。
    佐助は芋の重みを確かめるように、さらにひとつ、もう片方の手で掴んだ。
    「つまり」
    「うむ」
    「この芋が美味いかどうか、信長様はお知りになりたいと?」
    「うむ、さすが儂の佐助じゃ」
    最初から言えばよかろうに……と才蔵は思わないでもないが、これがこの主従の仲の良さの秘訣、他所の国では「いちゃいちゃする」と面妖な表現をされる行動と思えば見ないふりも難無くできると言うものだ。
    「城の厨の者たちより上手くはできませぬが、信長様のお望みならば、この佐助、励むでござる!」
    「頼むぞ佐助」
    くるりと、鷹のような蛇のような鋭い眼差しがこちらを向いた。
    「才蔵もな」
    「…承知」
    他に何が言えるだろうか。




    用がある、馬鈴薯料理は明日食べに来ると、来たときと同じ唐突さで帰る背中を、開店前の店内で頭を下げて見送った。
    佐助は店の外まで見送りしたいだろうが、ここは城下町のめし屋の前で、それはあまりにも目立つと信長様ご自身からのお言葉があった。
    それでも、信長様の残り香まで見送るように、しばし、店の茜色に染まった出入り口を眺めていた佐助である。
    「今日はまだ開けないのかい?」
    そのとき、ヒョイと暖簾がまだの入り口から、客が顔を覗かせた。
    このめし屋も常連と呼ばれる客が増えつつある。わざわざこんな外れた場所にあるめし屋に足を運ぶだけあり、贔屓客は誰もが舌が肥えている。
    「いらっしゃい、どうぞ。暖簾は今出すところでござる」
    「それは有り難いね。今日は昼餉を食べそこねてね、何か腹に溜まるものが欲しいな。ああ、後から二人、わしの連れが来るよ」
    気を取り直した佐助が、酒を温め始めながらニッコリした。
    「ちょうどよく、今日は餅巾着があるでござる。油揚げに餅を入れて、甘辛く煮て…」
    めし屋の主人の顔で客を席に案内した佐助の横目で見ながら、才蔵な暖簾を出しに向かう。
    「おや、こんばんは。今日はちょっと遅いねぇ」
    「ちょっと立て込みました」
    月に一度、決まった時に顔を出す常連と鉢合わせた才蔵は、ふと思い出して付け足した。
    「いなり寿司、いつものように、持ち帰り用に包んでおきましょうか?」

    茶屋の主人と聞く初老の常連は、茶屋とはいえ、食べ物を扱う生業だけあり舌は確かである。
    「餅巾着、美味いねぇ。ちょっと唐辛子が効いててあとを引くし、柚子の香りで飽きないよ」
    「それは嬉しい褒め言葉にて、こちら大根と厚揚げの煮物とぬた、お待たせした」
    才蔵が置いた器から、優しい出汁の香りが立つだけで、茶屋の主は嬉しげに箸を伸ばす。
    小さな店だけあり、開けてしまえばあっという間に席は埋まる。今宵もそうで、埋まった席の客たちは、揃って餅巾着に舌鼓を打ち、大根と厚揚げの煮付けに、いなり寿司、豆腐田楽、豆の煮付けを楽しんでいる。それから湖の恵みをふんだんに使った鮎の佃煮にシジミと葱のぬた、鱒のあらを使った味噌汁を。鱒の塩焼きはすでに売り切れだ。
    めし屋きつねは、もっぱら夜に商いをするが、酒処ではなくあくまでめし屋だ。常連もそれは心得て、酒だけを片手に長居する真似はしない。酒を飲むならそのぶん食べる。
    おかげで料理は減りが早い。
    茶屋の主人は、山の自宅で待つ内儀にいなり寿司を必ず土産とするので、先に包んでおいて正解だと、才蔵は客の注文が途切れた隙をついて、包みと、それから熱い番茶を運んだ。
    「おや、お茶かい、有り難いね」
    「これは店から……少しばかり、訊きたいことがある」
    隅の席、才蔵が座れば死角になる位置の折敷に、干し柿の甘露煮をひとつふたつ乗せた皿を置く。めし屋きつねに甘味は無いので、これは完全な佐助の私物である。
    つまり賄賂なのだが、なにぶん物が菓子と茶であるから、茶屋の主は笑って話の続きを促してくれた。
    「飲食の最中に申し訳ない。ただ、あなたなら山の恵みを上手く食べるのにも長けており、適任と思ったのだ。…これを」
    懐紙に包んで持ってきた、信長様持参の芋を、茶屋の主に見せる。
    「異国渡りの芋のようだが、あなたなら如何様に調理される?」
    「珍しい芋だね、丸くて、芋ってよりムカゴのようだな。硬いし、身も詰まっていそうだ。これはただ茹でても美味いんじゃないかい?」
    確かに、里芋は茹でて塩を振るだけでも美味いものだ。
    ただ。
    「このめし屋を贔屓くださる大店の主人から、これをこのアヅチの名物になるよう料理せよとのお題を頂いたのだ、もう少し手が込んだ料理が良いかと」
    「酔狂な御仁が居たもんだねぇ」
    茶屋の主はそう笑って柿を口に運び、「これは絶品だ」と顔をほころばせる。
    小さめの干し柿を選び、砂糖を溶かした汁で戻して煮た料理は、干し柿好きな信長様も好む甘味だ。手間暇はかかるが、あまり出来がよくない干し柿もこうすれば上等な味になる。
    「そうだな……味見は出来ないから想像の話になるが、これが大きなムカゴとするなら、飯に炊き込むのも美味いだろうし……ああそうだ、揚げたらどうかな?」
    「揚げる?」
    「最近、城下には異国の菓子を商う店が増えたろう?わしも、土産に貰ってボウロウとかいうのを食べたが、なかなか美味いもんだ。その店のなかで、生地を揚げて出すのが最近出来たらしく、白砂糖が振ってあってなかなか高額だが、寄り合いで会った知り合いが香ばしくて、外はサクサク、中は柔らかな口当たりがたいそう美味かったと。揚げるとコクが出て美味くなるのは何でもそうだ、この芋があっさりした味なら、揚げれば何倍も美味くなりそうじゃないか」
    「なるほど」
    油揚げもそうだし、天ぷらもそうだが、揚げれば何でも美味い。
    油を沢山使い贅沢なのでこの店で揚げ物は出さないが、やってみても良いのでは。
    「なるほど、参考になった」
    「なんのなんの。わしが生きとるうちに、この芋料理が広まるのを楽しみにしとるよ」
    団子みたいに気軽に食べられたら嬉しいね…茶屋の主らしい言葉に、才蔵も頷いた。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🍟💗💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works