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    kaerukikuti

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    kaerukikuti

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    キャプテンシティのクリスマス近くの話。
    ヴェルデバスターとアルセーヌ。オリキャラ、オリ設定多。

    路地裏の雪①オペラをネオワールドでも鑑賞できるとは、こちらに移住したばかりの頃には思いもしなかった。
    その感慨は、ある種、ネオワールドを軽く見ていた自身の浅はかさでもあるとアルセーヌは自戒している。特にこの街で親しき相手が出来た今では。
    商業での成功は、芸術さえ引き寄せる。
    そもそも芸術とは金がかかり、おのずと金がある場所に吸い寄せられるものだ。少なくとも、中心都市のキャプテンシティのオペラハウスはなかなか見事なもので、かかる演目もなかなかの趣味だ、その点は間違いない。書店にはあらゆる書籍が並び、気楽なペーパーバックから重厚な画集まで誰でも購入可能で、小さなビルの地下にある小さな劇場では役者の卵たちの荒削りだが斬新な演劇をランチくらいの値段で楽しめる。美術館博物館、どちらも容易に足を運べる立地に値段だ。
    一方、アルセーヌの生地は歴史こそ古いが、一番文化的な場所と言えば教会である、そんな土地柄であった。文化芸術など望むべくもない。そんな、もう長らく帰っていない故郷である。
    ただ、芸術は、金以外に時間も必要だった。
    芸術に溢れるキャプテンシティ暮らしをして数年経つが、最初の頃は生活や街の下見にハニーたちの動向の下調べ、その後しばらくは可哀想なハニーたちの回収に注力し、多忙であった。さらに最近まではオペラハウスよりも移動遊園地のほうがまだまだ好みであろう若く活発な弟子が傍におり、なかなか趣味を伸ばすような時間は取れずにいた。
    キャプテンシティに定住するなら手続きが…そう彼と話していたのに、当人である弟子があっさり故郷に帰ってから初めて迎える今冬、数年越しの大人のお楽しみだと、秋口から気合を入れ故郷に置いてきた夜会服の代わりを新たに仕立て直した。今身に着けているのがそれだ。掛かりは随分になったものの、細かな注文をつけた甲斐がある着心地である。
    整った姿は気分を良くする。
    あとは美しいレディが傍らに居てくれたらば完璧ながら、そちらはまたおいおいに……軽薄な身と思われがちだが、こちらに来てからは本当に多忙で。

    ──素敵な女性たちとのデートも、数えるほどしか出来なかったんだよね。

    そんなふうに、誰にともなく言い訳したいアルセーヌである。
    それにしても、今夜のヴィオレッタは素晴らしかった。
    クリスマスを近日に控え、きりきりと冷えたキャプテンシティらしい冬の夜を彩るイルミネーションの下を歩きながら、アルセーヌは反芻する。
    娼婦にはやや溌剌とし過ぎる感はあったけれど、すべてがエネルギッシュなキャプテンシティには相応しいプリマドンナかもしれない。少なくともまだ若い彼女は、十年後には円熟を迎えるだろう。
    バレリーナよりも花が長いオペラ歌手は、育てる楽しみがあるものだ。
    来年の冬もまた、あの立派な、いささか立派過ぎるのがキャプテンシティ風味であろうオペラハウスで、南国の小鳥のような歌声を聞きたいものだ。
    鼻歌を歌いたいような上機嫌で、雪で薄く白化粧し、街灯とイルミネーションからの明かりで仕上げを済ませた通りを歩く。
    南に向かう通りは、クリスマス関係なく賑やかだ。キャプテンシティはどこでも人が多い。エネルギーのある街だ。この賑やかさにも慣れて久しい。
    だからその足がふと止まったのは、飾り付けられたショウウインドウの中のチョコレート菓子に目を奪われたからでも、素敵な女性がこちらにウインクしたからでもない。
    人も車も賑やかな通りの向こうを足早に歩く人物に、よく見覚えがあったからだ。
    「ヴェルデバスター君じゃないか」
    ある意味、キャプテンシティで一番付き合いの長い彼は、武器も、バイザーもない、完全にオフの状態だ。
    部下を率いて追い回してくる彼の姿に慣れた身には見慣れないが、見慣れないからと言って見間違いはしない。
    このあたりは彼の自宅からは遠い。
    職場からも、彼の実家からもだ。
    これがばっちり着飾って花束やチョコレートのギフトボックスでも手にしていたなら、不規則な仕事柄、いささか早いクリスマスデートにでもお出かけかと暖かく見守った上で、後ほど首尾のほどを根掘り葉掘り聞いたことだろう。好奇心はいくつになっても大切にしたいのが持論だ。
    だが、残念ながら、あまりにも地味な装いかつ、なんだか人目を避けるように通りを南へ向かう姿は、よほどユニークな趣味の女性でない限りデートではないだろう。
    何となくただ事ならぬものを感じた。
    何しろ彼とも長い付き合いなので。
    行きつけのレストランの予約時間はまだ先だ、混み合う時間帯を避けた予約にしておいて良かったと数日前の自分を褒めて、向かう筈だったすぐ目の前の宝飾品の店の前を過ぎ、アルセーヌもそのまま真っすぐと南に向かう。
    楽しげな人々の間を縫って足早に進むヴェルデバスター君が、南下しすぎて、パイレーツワールドにまで行かないことだけを祈りつつ。




    「……」
    らしくもなくコソコソした様子ながら、健脚ぶりはさすがヴェルデバスター君と言わざるを得ない。
    当人は記憶にないだろうが、パトロール警官だった頃の彼を密かに知っている身としては懐かしい気持ちさえ覚えるけれど、現状の気持ちを代弁するなら大半が「疲れたな!」である。
    いつの間にか街並みは様相が変わり、ヴェルデバスター君よりこちらの格好が浮き始めている。
    ネオワールド、特にキャプテンシティは区画によって街の雰囲気がガラリと違う。
    他のワールドに比べて移民が圧倒的に多く、また、同郷の者同士、同レベルの経済状況の者が固まって暮らす故か。階級でないのが、アルセーヌの故郷とは違う点で、合理的て実に新世界らしいと好ましささえある。ヴェルデバスター君も、ずいぶん昔にナイトワールド近辺から移住したであろうことが、彼の風貌や実家の雰囲気、何より警察官であることから想像が容易である。実にキャプテンシティらしいと、いつも彼を見る度にアルセーヌは思う。
    そんなキャプテンシティを体現する彼ならば、この一角は似合う……かと言うと、それは全く違うのだが。
    街角に立つ、美しいがこの季節には相応しくない格好のレディたちの姿を見れば、この場所の傾向は一目瞭然と言うやつだ。表通りはまだマシだが、一本脇道に入ればさらにディープな世界だろう。
    キャプテンシティの裏の顔で、アルセーヌに全く馴染みがないわけではないが、直球なのは思えば初めてかもしれない…そう思った。どこかで焚き火をしているのか、煙の香りとあまりよろしくない葉の香りが鼻先をかすめていく。
    それでもクリスマス間近の街である。
    まだ開いているデリやダイナーには、クリスマスらしい料理と賑わいと、ささやかなイルミネーションが飾られ、人の出入りは頻繁だ。
    ヴェルデバスター君はそんなささやかな飾り付けに興味もないのかスタスタと目的がある足取りで進む。
    「お兄さん」
    不意に、道端のレディに声をかけられた。
    「お兄さん、マジックやる人?道に迷ったの?」
    少しからかうような口調だが、シンプルな気遣いも感じる。
    「実はそうなんだよ」
    話を合わせておけば、パーティーやってるのは一本先を右の通りよね、ね?と周りのレディたちにを見回す。
    「そうなんだ、ご親切にどうも、レディたち」一歩近づきマジシャンらしく見えるよう大仰に礼を述べると、「レディだって」と、可愛らしいクスクス笑いが耳に心地よい。
    そしてなんとなく声で察してはいたが、皆、どの子も若かった。
    突然賑やかに現れた弟子をずいぶんと若いなと思ったが、それよりも若いだろう。装いと夜の暗さでも誤魔化しきれない。
    ヴェルデバスター君なら、家に帰れと言っただろうかと、ふと思った。
    仕事中の彼なら言ったろう。
    だけど先程、彼は、この夜の街より学校が似合うだろうお嬢さんたちの前を足早に過ぎて行った。
    オフだから?
    それとも、もっと重大事件があるのか?
    いや、そんな事より。

    ヴェルデバスター君を見失ったな!

    「ありがとうレディたち、助かったよ」
    良い夜を…そう言うのは違う気がして、なるべくキャプテンシティらしい簡潔な言い回しを心掛けた。
    小走りで道を進み、デリの前を過ぎて、道を曲がり。
    「大人しくしろ」
    やはり表通りから外れれば危険が一杯だった、間違いない。
    腕を後ろに決められ、壁にあっさりと押し付けられた。
    もちろんヴェルデバスター君にだ。
    「やあ、ヴェルデバスター君、良い夜だね」「私を尾行した目的を聞こうか」
    怪盗の汚名が晴れた後はそれなりに礼儀正しいヴェルデバスター君だが、現行犯のため久しぶりに容赦がない彼で、なんとなく懐かしくある。
    「いや、痛い、痛いよヴェルデバスター君!」
    「抵抗しないか?」
    多分武装をすべて解除しているように見せかけて、何かしら物騒な物は携帯しているはずだ。
    「私は平和を愛する男だよ、ヴェルデバスター君!」
    「検査する」
    なるべく場を明るくすべく心がけたが、返答は上から下までをバタバタ叩かれ武器の所持を確認されただけだった。
    「さて、私をつけた理由はなんだ?簡潔に」「ヴェルデバスター君が人目を憚るように夜道を急ぐから、どんな魅力的なハニーとデートなのかと好奇心が勝ったからだね」
    こんなに簡潔に自供したのに、目の前で考え込まれても困ってしまうし、そして立ち話をするにはいささか寒い。
    「デートの邪魔をして悪かったね、私は」
    退散するよと、私生活に介入するのをいつも嫌がる彼には喜ばしい予定を告げる前に、長年、キャプテンシティのやんちゃな青少年たちを取り押さえてきた手に腕を掴まれていた。
    「あ、痛いんだが」
    「デート、いいアイディアだ、付き合ってもらう」
    何処にと問う前に、すごい力で腕を引かれた。路地を出て、表通りを真っ直ぐ連行される。

    デート。

    こちらの発言を受けたにしろ、らしくない単語を口走った以上、彼としては腕を組んでるつもりなのだろうが。
    「ちょっとヴェルデバスター君」
    どう見ても連行される犯人だし、十歩譲っても連行される犯人で、絶対にデートには見えないし、そもそもデートをするなら最初に花でも持ってきて誘うべきではないかと思う。
    「最初の誘いの際には、あまり大袈裟じゃないくらいの花束がおすすめだよ?」
    「アンティークショップで花も売るつもりか?」
    経営が苦しいのかと、こういう質問の時だけヴェルデバスター君は優しい。
    困った市民へ手を差し伸べる優しき善良なお巡りさんだ。
    「いや、経営は順調さ」
    「結構だ、納税を忘れるな」
    一応、ヴェルデバスター君いわくデートらしいのにロマンチックの欠片もない。少なくともデートに納税の話はしない。
    が、そもそも彼にロマンを求めるべきでないなと納得して、アルセーヌは何事かと周りに笑われるまま、連行されるがまま、いささか早足のエスコートに身を委ねる。
    幸いその速度は間もなく緩んだ。
    この界隈ではなかなか立派な屋敷には厳重な塀が張り巡らされ、門前には幾分荒々しいタイプの男たちが待ち構えているが、中は実に賑やかだ。
    なるほど、先程のレディたちの話していたパーティーをしているのはここかと納得する暇もなく、門前からの不審そうな眼差しも無視して、自然体でその前を通り過ぎる。
    「ヴェルデバスター君、パーティーへの参加はしないのかい?」
    「警官が行ける場所ではない」
    「へぇー」
    ではこれから向かうのは?とようやく適切な質問をぶつけかけたアルセーヌに、彼は軽く振り向いた。
    「あまり余計なことは喋るな」
    その口調がいつになく緊張していて、流石に茶化す気にはなれない。
    「ハニーたちに誓って」
    頷いた彼の足取りが、変わる。
    歩調がゆっくりめなのは同じながら、近所を散歩しているような雰囲気で、屋敷の裏口らしい小さな格子戸の向かい側、通りと、落書きだらけの街灯と、うろつく酔っぱらいの向こうあるシャッターの下りた建物の前に佇むレディたちに向かう。
    酒か、それとももっと別のものか、ふらつく男たちと話をつけているレディたちを素早く見回したヴェルデバスター君は、
    「やあ、ガイズ」
    そう言葉を発した。
    普段のカチカチの言葉からは想像出来ない下町訛りだ。
    「遅いよ、あんた」
    先程のような若いレディたちを後ろから出てきた、彼女たちの母親の年代のレディが、ヴェルデバスター君を手招いた。
    裏口から出てきたパーティー客を目当てにして立っていたのだろう、そこここにレディたち、彼女たちの客候補がうろつく通りを少しばかり進み、開いているバーの横に、比較的年齢が上のレディたちが数人固まって立っていた。
    「助かったよ」
    「あんた、もうちょい早く来な、こっちもかきいれ時なんだよ」
    文句を言いつつもレディはそれほど怒ってはおらず、ヴェルデバスター君の肩を叩いてさっきの場所に戻っていく。
    「今年はヘンテコな男連れで、あんたも変わり者の警官よね」
    と、呆れたように言い残し。
    「ありがとう」
    苦笑した変わり者の警官ことヴェルデバスター君は、歩み寄ったレディたちに今度は頷くだけで、さらに数歩、一人ポツリと佇む人に歩み寄って、その名を呼んだ。
    「あら、お巡りさん!」
    若い彼女は明るい声を出す。
    「あっ、もう、お巡りさんじゃないか、偉くなったんだっけ?」
    「いつもの呼び方で構わないさ」
    下町訛りで交わされる親しさを感じる会話に、最初、アルセーヌは、日頃の『ヴェルデバスター隊長』にまるで感じられない女性の影についに遭遇したかと驚きかけたが、すぐに内心で訂正した。
    「坊やはどうしてる?元気か?」
    「元気よ、男の子は元気すぎよね」
    なんて会話に、昔のロマンスを感じるのは簡単だが、ヴェルデバスター君の口調から厳重に隠された緊張感を聞き取った。
    長年追いかけあった仲だからこその察しで、彼は今、爆発物の処理より緊張している。
    こういう声を、アルセーヌは知っている。
    少なくとも、かつての恋人を探しに来た恋する男が発するものでない。
    これは、故郷に居たときに聞いた、病院で、穏やかな看護人が発していた物によく似た響きだ。
    「お巡りさん、なんでここに居るの?」
    彼女が言って、彼の背中の緊張が一気に高まった。
    だからアルセーヌは進み出て、普段なら裏拳で殴られかねないが、傍らのお巡りさんの腰に腕を回した。
    「こんばんは、美しいお嬢さん。彼は私とデート中でね!」
    「あら、お巡りさんの恋人、初めて見た。他所の国の人?」
    故郷の訛りを普段より押し出した。
    「そうなんだ、デートでキャプテンシティらしい場所を所望してね。そうしたら、彼の美しいご友人に会えた。嬉しい驚きの夜だ」
    初めましてと名乗り、故郷式にハグをしても彼女は朗らかに笑うばかりで、その体からは、厚い化粧では誤魔化しようもなく、スパイスを効かせた料理と、赤ん坊を育てている母親特有のミルクの香りがした。
    夜の香りは何処にもなかった。
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